031 お片付け (1)

「ただいま~」

「お帰りなさい、サラサさん」

 帰宅した私を出迎えてくれたのはロレアちゃん。

 奥にいたらしい、アイリスさんたちもすぐに出てくる。

 万が一に備え、二人には仕事に行かず、家にいてくれるように頼んでおいたのだ。

 さすがに店を襲撃することは無いと思ったけど、帰り道のことを考えると、備えておいたのは正解だったかもしれない。

「店長さん、お帰りなさい」

「ただいま帰りました」

「店長殿、どうだった?」

 少し楽しげな様子で聞いてきたアイリスさんに、私は頷いて答える。

「順調、と言って良いと思います。かなり焦っているみたいですよ。帰り道、盗賊をけしかけられましたし」

「えっ!! 大丈夫……よね、店長さんなら」

「もう少し、心配してくれても良いんですよ? ケイトさん」

 後ろで不安そうな表情を浮かべている、ロレアちゃんの様に。

 たぶん、彼女の場合は、私の事だけじゃないんだと思うけど。

「だが、問題なかったのだろう?」

「はい。綺麗に駆除しておきました。なので、ロレアちゃん、ダルナさんは心配ないですよ」

「ありがとうございます! お父さん、腕っ節の方はさっぱりだから……」

 まぁ、この村とサウス・ストラグの間は、基本的には安全みたいだからねぇ。

 これまで、盗賊が出たという話も聞いてないし。

 領主がきちんと対処しているのか、それとも襲うほどの収益が見込めないと思われているのか。

 ……たぶん、後者だね。

 武器が扱える採集者は襲うリスクが高いし、それ以外の商人なんてダルナさんぐらい。

 こんな小さな村の商人が持つお金なんて高がしれているし、運んでいる物も雑貨類か村の農作物。襲ったところで利益は少ない。

 けど、冷却帽子みたいな高価な物も扱いだしたわけだし、たまには私が見回りした方が良いのかも。

「しかし、あの商人も粘るなぁ」

「既に引けなくなっているんでしょ。ここまでお金を使って、成果無しだと最悪、商会が破綻するんじゃないかしら?」

「もちろん、それを狙っています。色々餌も撒いてますしね。先ほど、氷牙コウモリの牙の在庫が残り少ない、と言ったら、明らかに喜んでましたよ」

 そう言って笑う私に、ロレアちゃんが微妙な表情になる。

「少ない、ですか。まだまだありますよね、在庫」

「うん。私が使うだけなら、一〇年経っても無くならないね」

 それはもちろん、販売用の冷却帽子などに使う物を含めても、である。

 つまり、この件がどうなろうと、この村の産業は安泰。問題なしである。

「その商人は完全に店長殿の手のひらの上か。少々哀れだな」

「人聞きが悪いですね。この件、レオノーラさんも噛んでますからね?」

 むしろ、情報収集なども含めて、絵図面の半分以上はレオノーラ作である。

 私の感覚では。

 レオノーラさんがどう言うかは知らない。

「それに、話を聞いた感じ、あの商人は潰した方が良さそうでしたからね」

 ついでにアイリスさんたちにも、レオノーラさんから聞いた話も教えてあげる。

「――と、まぁ、そんな話や、私が盗賊に襲われたことを考えても、かなり非合法な手段を使ってやってると思うんですよね、借金を背負わせたのも」

「よし、潰そう」

「えぇ、慈悲は必要ないわ」

「酷いです! そんな商人、許せません」

 簡単に意見が纏まった。

「もちろん、そのつもりです」

 私はそう応えて頷く。

 と言っても、やることは変わらないんだけどね。


 アイリスさんたちとそんな会話をして、更に一〇日間ほど。

 私の店を訪れる、でっぷりと太った人影があった。

「いらっしゃいませ。あれ? ヨクさんでしたよね。今日はどうしました?」

 そう、件の商人である。

 ――とか言ってる私だけど、実際のところ彼が店に来ることは、事前に知っていた。

 私には心強い、採集者情報ネットワークがあるから。

 なので、ロレアちゃんに代わって私が店番に立っているのだ。

「こんにちは、サラサさん。あー、氷牙コウモリの牙の在庫状況はどうかと思いましてね。不足しているようなら、融通致しますよ?」

「あ、その件ですか。お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。知り合いに相談すると、安く融通してもらえることになりましたので」

 一見すると人の良さそうな笑みを浮かべて提案するヨクに、私もまた笑みを浮かべて応える。

 と、同時に、彼の笑みが引きつった。

「……それは、もしかしてサウス・ストラグから?」

「えぇ。一番近い町ですからね。買い付けるなら、あそこですよね?」

「ぐっ……で、ですが、あそこで仕入れるとなると運搬コストが必要でしょう? 私ならそのあたり、ご相談に乗れますよ?」

「いえ、サウス・ストラグで仕入れないといけない素材は、氷牙コウモリの牙だけじゃないですから。幸い、牙はあまり場所を取りませんし、そう大量に使う物じゃないので、ついでに買ってくる程度で十分なんですよ、私のお店では」

「そ、そうなのですか……」

「はい」

 キッパリと答える私に、ヨクが鼻白む。

 うん、うん。そろそろ限界だよねー。

 今日明日にでも纏まった額を手に入れないと、結構ヤバい状況ってのは聞いてるよ、レオノーラさんから。

 ……あの人、どこから情報を仕入れているんだろ?

 かなり裏の情報っぽい物まで知ってたし。

「実は私ども、そろそろこの村を離れようかと思っているのです」

「そうなんですか。寂しくなりますね、ヨクさんたちのおかげで村が随分と活気づいていたようですのに」

「ははは……私どもも商売がありますからね」

 だからこそ、何とか損害を少なくして引こうとしているんだろうけど……もう遅いと思うよ?

「そこで相談なのですが、よろしければ私どもの持つ氷牙コウモリの牙の在庫、引き取って頂けませんか?」

 そう来るよね。

 そうなるように頑張ったから。私とレオノーラさんが。

「今は氷牙コウモリの牙、必要ないのですが……」

「そう言わずに、そこをなんとか!」

 半ば拝むように言うヨクに、私は腕を組んで唸る。

「う~ん、そうですねぇ……とりあえず、見せて頂きましょうか」

「解りました!」

 私が“渋々”という様子をハッキリと見せつつ頷くと、ヨクは急かされるように、持っていた革袋を『ドン』とカウンターの上に置いた。

 私はその革袋の中から、一掴みほど氷牙コウモリの牙を取り出すと、それをカウンターの上に並べ、焦らすようにじっくりと、一つずつ検分する。

 そして、その様子をイライラしながら見ていたヨクに対し、私はこれ見よがしにため息をついた。

「うーん、保存状態が良くないですねぇ」

「そ、そんなっ!? 氷牙コウモリの牙は特に処理をしなくても、劣化しない素材のはず!」

 驚きと、困惑、それに怒りを混ぜ合わせたような表情で、額に脂汗を浮かべながら身を乗り出してきたヨクから、私は身体を反らして距離を取る。

「いえいえ、それは違いますよ。確かに氷牙コウモリの牙は素材です」

「なら!!」

「でもそれは、採集者が氷牙コウモリを狩って、錬金術師の所に持ち込むまでの時間程度では、です。そのまま置いておけば、劣化は進みます。つまり、価値はドンドン下がっていくんですよ」

 これはもちろん、嘘ない。

 ただ、普通の用途だとあまり影響は無いし、そこまで細かく調べるのは大変なので、おおよその値段で買い取っているだけ。

 ロレアちゃんみたいに、錬金術師以外が店番をしている場合は、それを調べることもできないからね。

「な、ならこれは……?」

「あまり良くないですねぇ。しかもこれだけの量となると、消費するまでにはかなりの時間が必要になります。正直、価値が無くなる物も多いでしょうね」

 ――何の処理もしなければ、ね。

「そ、そんな……」

 ヨクの額に浮かんだ脂汗が流れ始め、顔色も少し悪くなっているご様子。

 くぷぷ、大丈夫ですか?

「まぁ、私も多少は使いますから一〇本程度なら買い取っても良いですが……」

「こ、ここには一万本どころじゃなくあるんだぞ!?」

「そうですねぇ、たくさん買い集められましたねぇ」

 うん、たくさん狩ったなぁ……。

 思わず遠い目をしてしまうほど。

「ふ、ふざけるな!」

「いえ、私に怒鳴られても困るんですが……もちろん、他の町に持ち込まれても良いとは思いますが、これだけの量、買い取れる人はそういないでしょうし、その間も価値はドンドン下がっていきますから……いくらぐらいになるでしょうね」

 言外に、運んでいる間にも価値は下がることを示唆。

 実際の所、誤差かなーって感じなんだけど、買い取れるところが無いのは、たぶん事実。

「うぐぐっ……」

「どうしても、とおっしゃるのなら、全部買い取っても良いですが……」

「ほ、本当か!?」

 もったいを付けていった私の言葉に、ヨクが救われたような表情になる。

 でも、私が救うと思いますか? 盗賊を嗾けられたのに。

「えぇ。ただ、これだけの量だと普通の使い方では使い切れないので、少々効率の悪い使い方でも消費する必要があります。高くは買えませんよ?」

「ううぅ、そ、それでも構わない。買ってくれ!」

「解りました。それでは査定しますから……そうですね、四日後にお越しください」

「……は? 四日後? それじゃ間に合わない!」

 青くなったり、赤くなったり、ヨクの顔色が忙しい。

「と、言われましても。この数の牙、簡単に査定できると思いますか? 常識的に考えて」

「むむむ……!」

 一万本あるとして、一本あたり十秒程度でチェックするとしても、何日かかるやら。

 営業時間内でチェックするなら、三日ぐらいが妥当な線じゃない?

 そういう事をやんわりと伝えれば、ヨクとしても否定はできなかったのだろう。

 ただ『うぐぐ』と唸るだけになってしまった。

「お急ぎでしたら、今すぐ即金で買い取っても構いませんが――」

「た、頼む!」

「はい。ただし、評価額の方は、かなり下がることになりますよ? どんな状態かも判らないまま買うんですから」

「ぐぎぎぎっ! か、構わん! それで買ってくれ!」

「解りました。少々お待ちください」

 ギリギリと砕けそうなほどに歯を食いしばり、絞り出すように言ったヨクの言葉に私は頷き、氷牙コウモリの牙を数えながら木箱に放り込んでいく。

 そして簡単に計算、硬貨をカウンターの上に並べる。

 その少なさにヨクは目を剥いて顎を落としたが、私がニコリと微笑むと、拳を握りしめてブルブルと震わせながら、首を縦に振る。

「それでは、商談成立という事で」

「クソッ!」

 ヨクは悪態をつきつつ、お金をひっつかむと、革袋の中に詰めていく。

 その姿には、最初にこのお店に入ってきた時のような余裕は無い。

 だよねー、サウス・ストラグで待っている人たち、いるもんねぇ。

「ありがとうございましたー。またどうぞー」

「二度と来るか!!」

 笑顔で手を振ってあげた私に対し、返ってきたのはそんな悪態だった。

 酷い人だよね?

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