030 追い込み (3)

 レオノーラさんと悪巧み――もとい、商談を終えた翌日。

 私はフィリオーネさんが作ってくれた遅めの朝食を頂いて、サウス・ストラグの町を発っていた。

 色々な事が上手くいき、足取りも軽く村への道をひた走る私。

 だが、そんな私の気持ちに水を差すように、それは起きた。

 もう少しで村に着くという場所。

 そこの街道脇の茂みから、突然現れた一〇人ほどの男たちが、私の前に立ち塞がったのだ。

「お、おい! 止まれ!」

 武器を持った男たちに、そんな風に声を掛けられて、私はズリズリと地面に跡を残しながら急停止。

 男たちは少し安堵した様に息を吐く。

「よ、よーし、いいぞ」

 微妙に腰が引けているのは、私の走る速度が並みの馬よりも速かったからだろう。

 ……まぁ、正直な事を言うと、あのまま突っ切ってしまっても良かったんだけど、せっかく出てきてくれたのだ。

 止まってあげないと可哀想だよね?

 人数も多くないしね……フフフ。

「で、何か用ですか?」

「『何か用』じゃねぇぜ。この状況を見て、わかんねぇのか? あぁん?」

「げはは、まさかこんなガキだとはな!」

「楽な仕事ってヤツじゃねぇか!」

 私が小柄な事に安心したのか、急に強気になる男たち。

 いや、もう盗賊たちで良いか。

「錬金術師を襲うとは、度胸がありますね?」

「はっ! 頭でっかちがどうだって言うんだ?」

「ギャハハハ、貴族だって護衛がいなけりゃ、ただの獲物だぜ?」

 一応警告してみるけど、返ってきたのは、なんとも頭の悪い言葉だった。

 あまりに考え無しのその言葉に、思わずため息が漏れる。

「はぁ……、一般的な錬金術師への認識って、やっぱりそんな感じなんですね」

「はぁ? 何言ってんだ、このガキは」

「ギャハハハ、はったりなんか意味ねぇーぜぇ?」

「だよなぁ。オイ、有り金だしな! そうすりゃ、命だけは助けてやるぜぇ? 命だけはな」

「げへへへ、おめぇ、こんな貧相なガキが好みなのかよぅ? へへ」

? 『力弾フォース・バレット』」

 その言葉と共に、下卑た笑みを浮かべていた盗賊が一人、後方へと吹っ飛び、地面に落下。

 そのまま十数メートルほど転がって動かなくなる。

「「「………」」」

 その様子を目にした盗賊たちが、見事なまでに静まりかえった。

「錬金術師って、魔法を使えるんですよ? 知りませんでした?」

 そう言って微笑む私に、我に返った盗賊たちが一斉に武器を構える。

「お、おい! 一斉にかかれ! 集中を邪魔すれば魔法は使えねぇはずだ!」

「考え方は悪くないですが、私、剣も使えるんですよね。『力弾フォース・バレット』。ついでに言えば、動きながらでも、魔法は使えますし」

 そもそも速度が違う。

 走っている速度を見れば、襲おうなんて思わないはずだけどなぁ。

 少し頭が良ければ。

 ま、頭が良ければ盗賊になんかならないか。

 一斉に襲いかかってきた盗賊たちの背後に回り、数人斬り斃しながら、『力弾フォース・バレット』でも吹き飛ばしていく。

 そして、僅かな時間で人数が半分以下になる盗賊たち。

 その時点でやっと慌て始めた盗賊が声を上げた。

「ま、待て! 待ってくれ! 取引、取引しようぜ!」

 その言葉に、私は一旦、動きを止める。

「取引?」

「ああ! 俺たちは頼まれただけなんだ! 見逃してくれ!」

 私からジリジリと距離を取りつつ、そんな勝手な事を言う盗賊に対し、私は首を振る。

「それは取引じゃないですね。私にメリットがありません」

「い、依頼主を教える! 商人、商人だった!」

「それもどうでも良いです。あなたたちの証言が、その商人を捕まえるのに役に立つとも思えませんし」

 怪しい人物を雇うのであれば、ある程度の対策ぐらいはしているはず。

 普通の商人と盗賊。

 互いの証言を聞いて、どちらが信用されるかなんて、言うまでも無い。

 そもそも、今の状況で私を襲わせる人なんて、一人しかいないよね?

 私、そんなに恨みを買っているつもりは無いし。

「な、なら、有り金を全部出す! だから、頼む、見逃してくれ! な?」

「え? なぜ? あなたたちを斃せば、自動的に手に入るのに?」

「「「マジか、この女!?」」」

 至極当然の事を言った私の言葉に、盗賊たちは目を剥いて叫び声を上げる。

 でも、自分たちは他人から奪っておきながら、自分たちは大丈夫とか都合良すぎるよね、考え方が。

 それに、盗賊を見逃すなんて選択肢は、最初から私には存在しない。

「ごめんなさい。“盗賊を見つけたら、確実に駆除すべし”。それがウチの家訓なんです。見逃すと他の人の迷惑になるからって」

 仕入れから帰ってくる度に、『今回は何匹駆除した!』とか、自慢話を聞かされたもの。

 『何匹』とか、さすがにそれはどうなの? と子供心に思ったものだけど、町を行き来する商人からすれば、盗賊なんて害虫扱いなんだろう。

 お父さんも、『商人が必死で稼いでいる物を、楽して横から奪おうなんて、絶対に許さん!』と言ってたし、お父さんみたいに返り討ちにできない知り合いの商人の中には、命を落とした人もいた。

 つまり、盗賊の駆除は人助け。

 正義は我にあり。

「そんなわけで。――さようなら」

 私はニコリと笑って、手を振った。


 有り金を全部出す、とか言っていたわりに、彼らは大したお金も持っていなかった。

 ――いや、別にお金目当てに返り討ちにしたわけじゃないよ?

 ここに盗賊なんて居着いちゃったら、ダルナさんとかが被害に遭うかもしれないから、しっかりと退治しただけで。

「でもさすがに、全員分集めても、数千レアしか無いとは……ちょっと予想外」

 一応、埋葬してあげたのに、その手間賃にもならない。

 ま、埋葬したのは盗賊のためというよりも、街道を通る人が死体を見ると気分が悪いだろうから、なんだけどね。

 お金の他には、土に還らない武器類も回収してるけど、このへんはジズドさんにプレゼントかな? あんまり品質も良くないし。

「後は……何も残ってないね。問題なし」

 処理のし忘れが無い事を確認して、私は再び走り出す。

 そしてすぐに見えてくる村の入口。

 そこには、でっぷりと太った商人が立っていた。

 直接会ったことは無いけど、アイリスさんたちから聞いていた外見の情報からすれば、たぶんこれが件のヨク・バールという商人だろう。

 その商人は村に入ってきた私を見つけると、ドタドタと走って近寄ってきて、慌てたように声を掛けてきたが、その言葉の途中で戸惑いを見せた。

「大丈夫……です、か?」

「何がですか?」

「あ、いえ、ウチの商会の者が、この街道で盗賊を見かけたと話していましたので……」

「あぁ、それでわざわざ? 面識も無い私のために? これはこれは、ご丁寧にありがとうございます」

 まったく怪我をした様子も無く、ニッコリと笑って丁寧に頭を下げる私に、商人は一瞬だけ苦い表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべた。

「いえいえ、杞憂だったようで。確か、この村の錬金術師の方ですよね?」

「はい、サラサと言います。そちらは? 商人さんが滞在しているとは聞いていますが」

「これは申し遅れました。私はヨク・バールと申します。どうぞヨクとお呼びください」

「ヨクさんですね。よろしくお願いします」

「こちらこそ。それで、サラサさんは盗賊に襲われたりは……?」

「えぇ、いましたね。お引き取り頂きましたが」

 アッサリと答えた私に、ヨクは困惑したような表情を浮かべる。

「はぁ……? 盗賊が、素直に?」

「えぇ、お引き取りくださいましたよ。――

 私がそう言って微笑むと、ヨクの表情が歪んだ。

「あ、あは、あはは……そ、そうですか。いやー、助かりますね。街道を荒らす盗賊は本当に困りますからね」

「まったくですね」

「「……あははは」」

 とても乾いた笑いが、周囲に響く。

 自分でやっておきながら、この面の皮の厚さはなかなか。

 まぁ、動揺が見えているあたり、小物っぽいけど。

「……ところで、サラサさんは、氷牙コウモリの牙などはご入り用ではありませんか? 少し必要性があって、最近、買い集めているのですが、もし足りないようでしたら、融通致しますが」

「そうですね……もう少しだけ在庫はありますが、無くなったらその時はお願いします」

 その言葉を聞いた途端、ヨクの表情が明らかに輝いた。

 この状況でなお、諦めていないあたり、粘り強いと評するべきか、引き際を見極められないと評するべきか。

 でも、手を引かないのは、私からすれば都合が良い。

 今手を引かれると、せっかくレオノーラさんと考えた作戦が無駄になっちゃうからね。

 この様子なら、新しい餌を撒く必要も無いかな?

「おぉ、そうですか。その時は是非、お声がけください」

「えぇ、その時はお願いします」

 ――さて。彼はあと何日、耐えられるかな?

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