027 商戦 (4)
「ふぅ~~」
私たちが洞窟の外に出ると、すでに日は完全に落ちていた。
一日ぶりの綺麗な空気に、私は大きく息を吸い込み、深呼吸をした。
「嗅覚はほとんど麻痺しちゃったけど、やっぱりキツいわね」
「はい。なので、しっかりと消臭しておきましょう」
きちんと持ってきていた消臭剤をプシュプシュと全身に振りかけ、アイリスさんやアンドレさんたちにもしっかりと振りかける。
「そういえば最近、食堂の入口にもこれが置かれていたな。やっぱりシンジーニが置いたのか?」
「はい。ディラルさんに相談して。やっぱり困っていたみたいで、二つ返事で了解してくれました」
作った物を見せに行くと、即座に『これを使わない奴は出入り禁止にしてやるよ!』と言って、設置が決まった。
最初は買い取ると言ってくれたんだけど、原因に私が関わっている事もあり、無料で貸し出して、一回使うごとに、採集者が利用料を料金箱に入れる形にしたのだ。
「あれは俺たちも助かっている。だが、あれって、元が取れているのか?」
「あー、赤字ですね、確実に」
利用料は一回三レア。
ディラルさんが『しっかり見張っておくよ!』と言っていたので、お金を払わない人はいないだろうけど、軽く使った場合でトントン。
臭いがきついからと、大量に使われれば完全な赤字。
採集者向け、そしてディラルさん向けのサービスである。
こういう村だと、近所づきあい、とても大事なので。
「さて、今日はもう帰りましょうか。アンドレさんたちは、この果物、多少持って帰りますか?」
「……そう、だな。試してみるか」
「だな。宿ならヤバくても何とかなるし」
「大丈夫だとは思いますが、本当にマズい状態なら、ウチに来てくださいね。
「まぁ、大丈夫だろ、俺たちの腹は丈夫だからな」
そう言いながら、アンドレさんたちは私の背負った革袋から、一人二つずつ果物を取り出し、自分の持つ革袋へと移した。
「しばらくはウチの冷凍庫で保存しておきますので、処分方法――売るのか、自分たちで食べるのかが決まったら、教えてください」
「おう、ありがとう。……おっと、そうだった。その果物、分配は人数割りって事で良いか? シンジーニには、持ち帰る手間と保存する手間を掛けるだけに申し訳ないんだが」
「えぇ、私は構いませんよ。アンドレさんたちにはお世話になっていますし」
冷凍状態で持ち運ぶのに必要な魔力も、私からすれば大した量じゃないし、冷凍庫も空いているからね。
「良いのだろうか? 私たちはあまり役に立ってないのだが……」
「そこはまぁ、下品なギルに付き合ってもらっている礼って事で」
「俺っ!? 下品な事は否定しねぇけどよー」
アンドレさんの言葉にギルさんが自分を指さし、少しわざとらしく、不満そうな言葉を漏らす。
「ふふっ、それじゃあ、ありがたくもらっておきますね」
「助かる。少し興味はあるし、食べなくても借金返済の足しにはなるだろうからな」
アンドレさんたちの気遣いに、ケイトさんたちは微笑んで頷いた。
「それでは、今日はありがとうございました。また明日からもよろしくお願いします」
「「「おう|(はい)!」」」
◇ ◇ ◇
翌日からは、アンドレさんたちが声を掛けた採集者も私たちに合流した。
初日に狩った大量の氷牙コウモリと、翌日以降、私たちが程々に狩っている氷牙コウモリ。
それらの死体を洞窟の外へと運び出し、穴を掘って埋める作業、それらを依頼したのだ。
量が量だけに、さすがに森の自浄作用に任せるには不安だったし、この時季だとすぐに腐敗してしまい、絶対に迷惑を掛ける事になってしまうからね。
そして彼らには、一日の終わりに、氷牙コウモリの牙を商人に売りに行ってもらう。
普段の稼ぎ程度の日当と、この時の売価の一割が採集者の人たちに支払う給料。
万が一、渡した牙を持ち逃げされちゃうと困るんだけど、そこはアンドレさんが集めてきた人たちだけあって、特に問題が発生する事も無く、一週間ほど。
大量の牙が溜まった事と、洞窟の氷牙コウモリの数が目に見えて減ってしまったので、そこでシンジーニの活躍は一区切りとした。
「それで、ケイトさん、商人の様子はどうですか?」
覆面状態で売りに行くのは難しいので、直接様子がうかがえないのが難点。
なので、そのあたりの機微の判断が、アイリスさんよりも信用できそうなケイトさんに訊ねてみる。
「焦りは見えている、気はするけど……どうなのかしら?」
「私は、『予想外に粘る』とか言っていたのを聞いたぞ?」
少し考えて、なんとも言い難い様子で小首を傾げたケイトさんに対し、アイリスさんから別の情報が提供された。
「『粘る』って、ここでは私の事ですよね? 私が氷牙コウモリの牙を手に入れられなくなって、泣きつくとでも思っているんでしょうか? 私からすれば、『予想外に粘る』のは、彼らの方なんですけど」
正直なところ、牙の売却で私の元に集まっているお金は、思わず頬がだらしなく緩んでしまうほど。
一度ロレアちゃんに見せてみたら、口をパクパクさせて、両手を振ってあわあわ。
その後、顔を青くして倒れかけた。
具体的な金額は言わないけれど、錬金術大全が定価で何セットでも買えるレベル。
かなりの商人じゃないと、ここまでの現金はそう簡単には集められないと思うんだけど……本当に良く粘る。
「店長さん、たぶん牙を他の町に運んで処分しているんだと思うわよ? いくら何でも、そこまでの大金を持ってきていたとは思えないもの」
「それは私も思った。何度か馬で往復しているのを見た事がある」
「氷牙コウモリの牙は小さい割に高く売れますからね。フフフ……」
「どうしたの、店長さん。怪しげに笑って」
「いえいえ、予想通りだな、と思って」
私の想定通りの動きに、思わず笑みがこぼれる。
「どういうことだ?」
「アイリスさん、この村で手に入れた牙、売るとしたらどこですか?」
「普通に考えれば、サウス・ストラグだろう。最も近いのだから。他にも小さな村や町はあるが、商品を捌くには効率が悪い」
「ですよね。そして、その売り先は?」
「……一般人は買わない。錬金術師だな」
「えぇ。そしてサウス・ストラグの錬金術師。その一人は私の知り合いです」
そう言った私の顔を、ケイトさんがハッとした様に見つめる。
「もしかして、事前に連絡しておいたの?」
「はい。対決すると決めた時に。ギリギリまで買い叩いてくださいとお願いしておきました」
事情を
レオノーラさんは安く氷牙コウモリの牙が手に入り、私は商人の資金源を制限できる。
もし叩きすぎて買い取れなかった場合には、私が提供すると伝えてあるので、彼女が氷牙コウモリの牙の不足に悩む心配も無い。
悪徳錬金術師の方へ持ち込まれる可能性もあるけど、その時はその時。
商人と悪徳錬金術師が繋がっていれば考えても無意味な話だし、繋がっていなくても、あんな商売をしている錬金術師の資金量など、高がしれている。
音を上げるまで供給量を増やすだけである。
「さすがね、その用意周到さ……。こんなに小さいのに」
「小さいは余計です! これから成長するんですから!」
強く主張した私に、アイリスさんたちから向けられたのは、生暖かい視線だった。
「それは……無理じゃないか?」
「何でですか!」
「いや、だって店長殿、成人しているんだよな? そんな
「そんな形!?」
「大体は成人までに決まるわよ? それ以降に伸びる子もいるけど……少数派よね」
「……私はその少数派という事で、どうでしょう?」
そんな私の希望を、アイリスさんは苦笑しながら首を振って否定した。
「残念ながら孤児院で育った子供って、小柄な子が多いんだよな。どうしても子供時代の食事量が少ないから」
「うっ……」
心当たり、あります。
飢えるほどではなかったけれど、お腹いっぱい食べられる、なんて事もなかった。
あまり働いてなかったから、ちょっと遠慮もしてたし……。
「大丈夫よ。店長さんは十分に可愛いから」
「そうそう。気にする必要は無いだろ、その程度。店長殿にはそれ以外にも良い所がたくさんあるんだから」
「慰めになってません! 二人とも立派だから、そんな事が言えるですよ! えい! えい!」
二人のぽにょぽにょした部分を攻撃。
くそぅ。私とは重量感が違うじゃないか。
「……お二人がもし借金の返済に失敗したら、借金の形にこれを取り上げてしまいましょうか」
私がボソリと呟いた言葉に、アイリスさんたちが慌てたように私から距離を取り、自分の胸を両腕で庇った。
「こ、怖い事を言うな!」
「そうよ。第一、形に取っても意味なんて無いでしょ!? ……無いわよね? 錬金術師なら、何とかできる、とかないわよね!?」
「えぇ、できません……とは言えませんが、ただの憂さ晴らしで」
「やめて! 憂さ晴らしでそんな怖い事!」
結構真面目な表情でそんな事を言われたので、私は肩をすくめて笑う。
「冗談ですよ。実際のところ、その気になれば
その言葉を聞き、アイリスさんたちも少し安心したように、息を吐く。
いくら何でも、そんな酷い事、しませんよ?
「さすが錬金術師。半端ないな」
「なら、そのうち、本当に店長さんの身長は伸びるのかしら?」
「いえ、私は使うつもりはありませんね」
私のレベルではまだ作れないという事もあるけど、親が残してくれたのは私のこの身体だけ。
それを不自然に変えるつもりは毛頭無い。
だからこそ、自然に成長する事を願っているんだけど……望み薄かぁ。
やっぱり、ちょっと残念。
「……店長殿は両親の事を大切に思っているんだな」
「えぇ。死に別れた時は子供だったし、両親が家を空ける事も多かったので、思い出は少ないですが、尊敬できる両親だったと思います」
「……店長殿は凄いな。両親の事を大切に思い、孤児になっても腐る事も無く努力をし、しっかりと錬金術師になっているのだから」
「そうよね。錬金術師になるのは孤児の夢とは言うけれど、そう簡単にできる物じゃないわよね」
二人からしみじみと言われた言葉に、思わず顔が熱くなる。
「な、何ですか、突然。褒められると照れるんですが……」
努力はしたけど、それもいろんな人の助けがあってこそ。
師匠とか、孤児院の先生、他の子供たち。
だからあまり褒められると、恥ずかしい。
「……コホン。とりあえず、氷牙コウモリの牙はまだまだあります。作戦は続行です」
「ふふっ。了解。任せておいて。しっかりとお金を巻き上げておくから」
「ああ。高値で買ってくれる、良い金蔓だからな」
「はい。その調子で頑張ってください」
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