028 追い込み (1)

 氷牙コウモリの牙、売却作戦については、アイリスさんやロレアちゃんたちに後を任せ、私は一度、サウス・ストラグへと向かった。

 目的はレオノーラさんとの打ち合わせと、足りなくなった素材の仕入れ。

 件の商人がレオノーラさんの所で牙を売却してれば良いんだけど、そうじゃなければ、補填が必要になるからね。

 毎度の如く、身体強化で走り続け、レオノーラさんのお店へ直行する。

「こんにちは~。レオノーラさん」

「あ、サラサ。ひさしぶりー。おかげさまで、稼がせてもらってるよ」

 私を迎えてくれたのは、とても良い笑顔を浮かべているレオノーラさん。

「あ、やっぱりここに来ましたか?」

「ええ。思いっきり買い叩いてやってるわよ。持ち込む度に、少しずつ買い取り価格を下げて」

「それじゃ、ガッポガッポ、ですね?」

 ニコリと笑った私に、レオノーラさんもまた、ニヤリと笑う。

「えぇ、正にガッポガッポね。今じゃ、相場よりもかなり下になっているけど、それでも売るんだから、かなりヤバい状況じゃないかしら?」

「どうなんでしょうね? 私の懸念は、もう一人の錬金術師の所に持ち込むかも、というのがあったんですが……」

「あぁ、アイツのこと? アイツの店はもう無いからね。持ち込もうにも持ち込めないわよ」

「――え? 無くなったんですか?」

「潰れちゃったねぇ。あの村からの素材が入らなくなった事もあるんだろうけど、私も少し手を回して、色々と締めてやったから」

「………」

 再び、ニヤリと笑みを深めるレオノーラさん。

 師匠ほどじゃなくとも、その表情には経験に裏打ちされた凄味が感じられる。

 具体的に何をやったのかは知らないけど、それって、『潰れた』じゃなくて、『潰した』じゃ?

 まぁ、悪質な錬金術師が消えるのは、業界全体からすれば良いことだから、同情もしないけど。

「では、氷牙コウモリの牙は十分に足りている、って事で良いですか?」

「そうね。持ってきてくれたの? わざわざ悪いわね」

「いえ、他にも素材は持ってきてますし、買う物もありましたから」

 協力をお願いしているのだから、このくらいは当然。

 それに、古参の採集者に関しては、私が渡した氷牙コウモリの牙を売りに行ってもらっている関係で、最近は氷牙コウモリを狩りに行っていない。

 その代わりに他の素材を採取してウチに売りに来ているので、それなりに売る物もあるのだ。

 それらを並べて、レオノーラさんと半ば物々交換。

 レオノーラさんは、私が必要な物を常に用意してくれるので、本当に助かっている。

「……と言うか、良く私の欲しいものが揃っていますね?」

 そんな私の言葉に、レオノーラさんは微笑む。

「そりゃね。あの村でそうそう錬成具アーティファクトの注文なんて無いでしょ? それなら、サラサがほしがるのは、錬金術大全の……今なら、四巻から五巻で使う素材。後は村で必要な錬成薬ポーションの素材。その程度じゃない?」

「ご名答です。さすがですね」

 まさか、私が今取り組んでいる巻数まで当てられるとは。

「これでも、サラサの何倍も錬金術師をやってるからね! マスタークラスとは言わないけど、それなりに腕に自信はあるのよ」

「助かります、比較的近くに経験豊富な先輩がいるのは。あの村に行った時は、本当にどうした物かと思っていましたから」

「でも、サラサなら、師匠に相談すれば良いんじゃないの?」

「それはもちろん、相談すれば助けてくれるでしょうが、師匠のお店で修行するのを蹴っているのに、あまり頼りすぎるのは――」

「はぁ!? マスタークラスのお店への就職を蹴ったの!? 本当に?」

 私の台詞を食い気味に、レオノーラさんが声を上げた。

「えぇ、まぁ」

「私なら、卒業した時に声を掛けられたら、絶対、二つ返事で就職したけどねぇ。確実に安泰じゃない」

「私もそれは思いましたけど、そうなるともう、経験を積めなくなるというか……あ、いえ、錬金術師としてはすごく良い経験を積めるとは思うんですけど、人生経験の方が……」

「……何というか、マスタークラスが弟子にする人間は、やっぱりちょっと違うわね」

 レオノーラさんに、呆れたような、それでいて少し畏怖するような視線を向けられた。

 なぜ?

「まぁ、いいわ。それよりサラサ、今日は泊まっていかない? 私の方でもくだんの商人について色々調べてみたんだよね。その事、話しておきたいから」

「あ、そうなんですか? もちろん、断る理由はありませんが……」

「じゃあ、決まり! お昼は、まだ?」

「はい。食べてこようかと思ったんですが、少し中途半端だったので」

 少し考えがあって、今日、村を出たのは早朝ではなく朝。

 そのため、サウス・ストラグに着いたのも、お昼のちょっと前。

 昼食にはまだ早い時間帯で、食堂もあまり開いていなかったため、レオノーラさんへの訪問を優先したのだ。

「そっか。食べに行っても良いんだけど、この時間なら……」

 レオノーラさんは少し考えると、カウンターの後ろの扉を開けて、その奥へと声を掛けた。

「ねぇー、お昼ご飯、三人分ある~?」

「――あるわよー」

 僅かな間を置いて帰ってきた返答に、レオノーラさんはこちらを向いてニコリと笑った。

「そんなわけだから、今日はウチで食べましょ。マスタークラスの従業員ほどじゃないけど、ウチのもそれなりに美味しい料理、作るから」


    ◇    ◇    ◇


 レオノーラさんに連れられて入った店の奥では、レオノーラさんと同じくらいの年齢の女性が一人、食卓に料理を並べていた。

「サラサと申します。よろしくお願いします」

「あぁ、そんなにかしこまらなくて良いわよ。私はフィリオーネ。見ての通り、ノーラ……レオノーラの店の従業員ね。店番とか雑用とか、ま、そのへんの事をしてるわ」

 私が挨拶をすると、女性は軽く手を振って笑うと、軽く応えた。

「ま、座ってちょうだい」

「すみません。突然お邪魔して、ご迷惑じゃなかったですか?」

「大丈夫。ノーラがそれなりに稼いでるから、食べる物に余裕はあるからね。ご馳走というわけにはいかないけど」

 そう言いながらも、食卓にはパンとスープ、鶏肉のソテー、それに卵に野菜を混ぜて焼いた物が並んでいる。

 それは、一般的に言ってご馳走。

 特に卵とか、村ではそうそう手に入らない。

「すごく美味しそうですね!」

「そう? なら良かった。味も気に入ってもらえたら良いんだけど……。冷めないうちに食べましょ。ノーラも座って」

「はいはーい。それじゃいただきましょ」

「はい、いただきます」

 まずは……スープから。

 スプーンで掬って一口。……うん、あっさり系。

 でも、野菜の旨味と干した肉の出汁が出ていて、美味しい。

 パンを一口かじると、次は卵。

 いろんな野菜が刻まれて入っているそれは、結構な高級料理。

 一切れ食べれば、ふんわりと解ける卵と野菜が混ざり合って、これまた美味しい。

 師匠の所のマリアさんがプロの料理人なら、こちらは料理の上手なお母さんみたいな感じ。

「どう? ウチの料理番もなかなかのものでしょ?」

「美味しいです。これだけの料理は、なかなか食べられませんね」

「ありがとう。料理番じゃないけどね。――この子がノーラの言っていた錬金術師なのね。可愛くて良い子じゃない」

「でしょ? これは保護するしかないわよね」

「あれ? 私、保護されてたんですか?」

 私のその言葉に、レオノーラさんは頭を掻いて苦笑を浮かべる。

「いやー、そのまま放り出すのは、なんか不安だったから。変な宿とかに引っかかったりしそうで」

 それで前回、泊めてくれたのかぁ。

 確かに、そういった方面では不案内ではあるけど。

「そういえば、この前はフィリオーネさんにお会いしませんでしたよね?」

「あの時はちょっと用事があって出てたからね。大丈夫だった? 変な物、食べさせられなかった?」

「いえ、大丈夫でしたよ? ……少し、シンプルな食事ではありましたけど」

「やっぱり。ごめんねぇ。ノーラは料理が下手だから」

 息を吐いて首を振るフィリオーネさんに、レオノーラさんは拗ねたように口を尖らせる。

「良いんです~。フィーが料理してくれるから、困りませんから~」

「まったく。錬金術に力を注ぎたいのは解るけど、少しぐらい、他のこともして欲しいんだけど?」

「嫌です。そのためにフィーを雇ってるんだから」

 きっぱりと首を振るレオノーラさんに、フィリオーネさんの眉がピクリと跳ねる。

「……私は別に辞めても良いのよ?」

「いつも助かってます! 捨てないでください!」

 即座にすがりついたレオノーラさんを引き剥がしつつ、フィリオーネさんがため息をついた。

「ごめんなさい。いい年をした先輩の錬金術師がこんなので」

「い、いえ……お二人は長いんですか?」

「残念ながら、長くなってしまったわね」

「うん、フィーとの付き合いは、私が店を構えてしばらくしてだから……一〇年以上?」

「そうなるわね」

 指折り数えて言ったレオノーラさんの言葉に、フィリオーネさんが頷く。

 師匠とマリアさんも長いみたいだし、やっぱり錬金術師のお店の従業員ってそんなものなのかも。

 どうしても専門的知識が必要になるし、それらを覚えた人を手放すのは勿体ないもんねぇ。

 ある程度の錬金術師であれば、高めの給料を払うだけの余裕もあるだろうし、雇われている方も、それ以上の仕事場なんて、そうそう望めない。

「私も店員は雇いましたけど、やっぱり店を構えると雇うものなんですね」

「開店してすぐは、あまり余裕も無いし、良い相手に巡り会うのも難しいけど、可能なら雇いたいわよね。店番をしてくれる人がいないと、錬金術に時間を使えなくなるから」

「ですよね。店番をしていると、昼間は本格的な作業ができませんし、閉店後にやるにしても、家の掃除や食事の準備とかの雑用とかもありますから。仕入れのために、こうしてお店を空ける事も難しいですし」

「そうなのよ。その点、フィーは色々してくれて便利なのよ~」

「最初は店番として雇われたんだけどね。今じゃ、食事の準備や家の掃除、洗濯まで。ノーラ、何にもしないから……」

 フィリオーネさんはそう言って、困った様にため息をつく。

「あはは、助かってます。でも、ま、あんまり相性の良い相手と巡り会うと、それはそれで困るんだけど」

「そうなんですか?」

 相性が良くて、お店が上手く回っているなら良いと思うんだけど……。

「うん。このままで良いかなぁ、とか思っちゃうから」

「その結果、ノーラは結婚もしないでこの歳よ?」

「それはフィーも一緒でしょ!?」

「だからなのよ。サラサちゃんも気を付けてね? 楽だなぁ、とか思い始めたら危ないわ。それは“結婚”が立ち去っていく足音だから」

「ははは……」

 そっちかぁ……既にその足音、聞いてますね。私。

「かと言って、相性悪いと続かないから、ダメなんだけどね~」

「それはあるわよね。どうしても覚えることが多いから、すぐにはものにならないし」

 相性が悪ければ、仕事を覚えて使える従業員になるまで続かない。

 相性が良くて仕事を長く続けられた場合、貴重な従業員になって、手放せなくなる。

「……えっと、どうしようも無いのでは?」

「うん。お店の仕事だけ任せて、家の事は自分でやるって方法もあるけど――」

「たぶん、優秀な錬金術師ほど難しいんじゃない? ノーラなんかも、一度やり始めたら寝食を忘れてやってるから」

「気分が乗ると、どうしてもね~。フィーを雇って、錬金術をする時間が作れたものだから」

「それで、荒れていく家の中に私が耐えきれずに、手を出したんだけどね。今じゃもう、完全に……」

「頼りっきりです。はい」

「はぁ。サラサちゃんも気を付けた方が良いわよ? 結婚したいなら」

「き、肝に銘じます」

 私はまだ大丈夫、だよね?

 若いもん。うん。

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