026 商戦 (3)
「了解。それじゃ、全員で牙の回収を始めるか」
「はい、お願いします」
処理済みの死体を置く場所を決め、牙を折っては死体を積む作業を繰り返す私たち。
最初こそ雑談もしていたのだが、やがて話す事も無くなり、黙々と、ひたすら黙々と作業を続ける。
やがてケイトさんが立ち上がって、身体をぐっと伸ばすと、周囲を見回してため息をついた。
「……先が見えないって、このことかしら?」
「あはは……ちょっと数が多いですね」
数時間が経過しても、未だ自分の周りに積み上がっている死体すら処理が終わっていないのだから、ケイトさんがウンザリとした声を漏らしてしまうのも良く解る。
他の人たちも時折身体を解しながら作業を続け、外ではそろそろ日が落ちる頃。
ついに、最後の一匹が山の上に放り投げられた。
「終わったーーー!!」
同時に叫んだのはアイリスさん。
他の人たちも叫びこそしないものの、ホッと息をつき、笑顔を漏らす。
「ケイトさん、お疲れ様でした」
「店長さん――あ、シンジーニもね」
「ははっ、さすがにこの時間に人はいないでしょうから良いですよ」
「想像以上の数だったな。一体何匹いたんだ?」
アンドレさんのその問いに、私もケイトさんも揃って小首を傾げる。
「さぁ……さすがに途中から数えるのは止めたので」
「私も。ウンザリしそうだったから」
他の人を見ても、自分の処理した数を数えた人は誰もいないようだ。
「数千はあるよな……。シンジーニ、明日は何人ぐらい声を掛ければ良い?」
「そうですね……」
延べ数十回は運搬が必要そうに見えるけど、半端に制限するのも不和の元かも。
一応、普通にやるよりは多い報酬を払うつもりだし。
「アンドレさんが信用できる相手で、やりたいという人は全員で。私、一応、こんな格好して正体を隠してますけど、もしバレた時のために」
そう言った私の言葉に、アンドレさんたちは顔を見合わせ、ため息をついた。
「つーか、古参で判らない奴はいねぇって」
「戦っているところを見れば、一発だな。魔法を使う採集者なんか、この村にいないから」
「……バレバレ?」
アッサリと全員に頷かれる。
「せっかく準備したのに……」
「もちろん、入口で顔を隠す事や名前を呼ばないのは意味があると思うぞ?」
「そうそう。最近来た採集者なら、判らないわよ、きっと」
あぁ、つまり、古参の採集者は全員判るって事ですね。
あそこにいた古参の人たち全員、私が『うむ。入ろう』とか言っているのを聞いて、内心笑っていたんですね。
「――まぁ、良いです。せっかくなので、この路線は継続します。それで、報酬は今回も山分けで良いですか?」
「いや、そんなに貰ったら俺たちが他の奴らに妬まれちまう」
「そうそう。普段俺たちが稼いでいる額に、少し色を付けるぐらいで十分だぜ?」
「ああ。安全に斃せるのは、シンジーニの魔法があってこそ、なんだからな」
「そうですか? でも、そう言って頂けると、助かります。明日以降、死体を運んでもらう方たちにも報酬を払わないといけませんし」
普段の稼ぎに少し色付けるぐらいで払うにしても、人数が多くなればバカにならないし。
それに、その人たちには牙を商人に売りに行く手伝いもしてもらいたいから、その時の手数料も必要になる。
さすがに覆面をしたまま、大量の牙を持ち込むなんて、怪しい事、この上ないからね。
「アイリスさんたちはどうしますか?」
「うっ。この場面で、山分けにしてくれ、と言えるはずが無いだろう」
「えぇ。アンドレさんたちと同じぐらいで」
「解りました。では、労働時間に応じてという事で、全員に普段の稼ぎ三日分ぐらいをお支払いしますね」
「十分だ。だが、今日のところはこの死体、このままで良いか? さすがにこの状態で、重い荷物を運んで数時間歩くのは……」
「ええ、構いませんよ」
明日になれば、人手がたくさん確保できるわけだし。
「あとは、あの果物の山ですが……回収したい人、いますか?」
私が指さした、今回の“牙の回収デスマーチ”の原因になった果物の山に、全員の視線が集まり、次にギルさんへとその視線が向かう。
全員の視線を受け、彼は少し困ったように笑いながら、片手を上げた。
「あー、今度は手を付けても大丈夫なんだよな?」
「はい、今なら。明日になると、このあたりにまた氷牙コウモリが来るはずですから、ダメですけど」
最奥部が空白地帯になったので、これまでは入口に近い場所にいた年齢の若い氷牙コウモリが、より奥へと進出してくる事になる。
その状態で手を出せば、今日の惨劇(?)再び、である。
「……食うかどうかは別にして、回収はしておくか。高く売れるんだよな?」
「売り先があれば? ただ、輸送が難しいんですよね、融けてしまうと価値がなくなりますから」
その言葉に、アンドレさんたちが『えっ?』と私に視線を向ける。
「それって、普通の採集者じゃ無理じゃねぇ?」
「――ウチのお店では、冷凍庫という便利な
逆に言うと、魔法が使えない人の場合、これが無いと回収は難しい。
「それって、元が取れるような値段なのか?」
アンドレさんの確認に、私は少し考えて答える。
「……売り先があれば?」
「やっぱりそれか!」
確かに扱いづらい商品ではあるよね、これって。
常に冷やしておかないとダメだし、買い取れる人も限られる。
それこそ、大商人や貴族にでも
「ちなみに、シンジーニなら、持ち帰る事はできるんだよな?」
「はい、可能ですよ。保存の方も……今なら、しばらくの間は可能ですね」
「あぁ、せっかく作った冷凍庫、ほぼカラッポだものな。ちょうど良いな!」
「……えぇ、そうですね」
良い笑顔で言うアイリスさんに、私は少し苦い表情で応える。
食事関係は、ほぼ完全にロレアちゃんにお任せ状態なんだけど、冷蔵庫の方はともかく、冷凍庫の方はあんまり使ってくれてないんだよねぇ。氷を作るぐらいで。
ロレアちゃん曰く『何に使ったら良いか判らない』って事なんだけど……。
まぁ、その気持ちは理解できる。
私も師匠のところで使っているのを見ていなかったら、『あんまり必要ないかも?』って思ってただろうし。
「普通の人は、冷凍庫なんて縁が無いからね」
「ですよねー。お肉の保存とかに便利なんですけど……」
「シンジーニ、普通の村人は保存できるほど肉を買えねぇよ」
「ですよねー。判ってます」
ケイトさんとアンドレさんの言葉に、私は頷くしかない。
この前のヘル・フレイム・グリズリーは特殊事例であって、普段、ジャスパーさんが狩ってくる様な獲物は、冷凍保存するほどの量が無い。
村の人に分配してしまえば、多くても二食分程度。
腐る時間も無い。
普段の生活が冷蔵庫無しで成り立っているのだから、完全な贅沢品である。
「夏場に氷の入った水が出てくりゃ、そりゃありがたいが、個人で買えるようなもんじゃねぇよな」
「アンドレさん、ここの果物、保存するために買ってくれても良いんですよ?」
「売り先が無けりゃ、元が取れねぇんだろう?」
「はい」
正直に答えた私に、アンドレさんは肩をすくめて苦笑する。
「それじゃ買えねぇよ。俺たちみたいな普通の採集者に、貴族との繋がりがあると思うか? アイリスの嬢ちゃんたちはどうだ?」
「……私も、難しいな」
アンドレさんに訊かれたアイリスさんは、少し沈黙し、難しい顔で頭を振る。
「だよな。となると、自分たちで楽しむか、だが……」
「この状況を見ても食べようと思うなんて、勇気ありますね、アンドレさん」
「いや、俺も躊躇するところはあるぞ?」
「けどよ、美味いんだろ? 興味はあるよな」
「滅多に食べられない物、と言われるとな」
さすがベテラン採集者。
メンタルが強い。
私なんて、こんなグズグズに腐った果物の中にある物なんて、手を出そうとは思えないけど……。
「まぁ、まずは回収してみましょうか。ここで議論しても時間の無駄ですし」
「そうだな。おい、ギル、グレイ、やるぞ」
「「了解」」
そう言って、腐った果物の山を崩し始める三人。
現状、かなり鼻が麻痺しているのに、作業を始めると漂い始めた甘い匂いが、鼻につく。
そして、山を崩してみて判ったのだが、腐っているのは本当に表面部分のみ。
内側にある果物はまだ凍ったままで、一見すると、まともそうに見える。
「……これは、いけるんじゃないか?」
「あぁ、なんか食えそうだよな」
そう言いながら、アンドレさんたちは見た目の綺麗な果物をピックアップして、それを革袋に詰めていく。
思ったよりも量は多くなりそうだけど……ま、そのぐらいは良いか。
「良し悪しの判断は任せますけど、内側のだけにしてくださいね? ――あ、いえ。怪しい物を食べてお腹を壊し、ウチの
売買されているんだから、たぶん大丈夫なんだろうけど……最初に食べた人って勇気あるよね。
「それは戻ってからにするわ。ここで腹を壊したら、シャレにならないからな」
「これだけ臭けりゃ、ここにお前の糞が混じっても、判らねぇんじゃねぇの? ぶははは…………すまん」
下品な事を口にしたギルさんに、私たち女性の鋭い視線が突き刺さり、彼は即座に謝罪した。
確かにコウモリの糞が積もってるけど、それとはちょっと違うよね?
「育ちが悪くてすまんな」
「育ちじゃなくて、ギルの人格の問題だろう? そんなんじゃ、女性にモテないぞ?」
申し訳なさそうに謝罪するグレイさんに、アイリスさんはバッサリと、かなり厳しい事を言う。
「アイリスちゃん、キツい!」
「そう思うなら、ギルも変な軽口は止めて、女性に気を使えるようになるべきだな」
「うっ!」
「まったく。採集者はどうしてこう、下品な奴が多いんだ?」
腕を組み不満そうに息を吐くアイリスさんに対し、アンドレさんは苦笑を浮かべる。
「女がほとんどいないからな。だから、アイリスの嬢ちゃんたちみたいな美人がいたら、声を掛ける奴が多いんだよ」
「そうなんですか?」
「たぶん、新参連中の三人に一人は声を掛けてんじゃねぇか?」
アンドレさんに訊ねると、想像以上に多い数字が返ってきた。
「そうなんですか?」
今度はアイリスさんに。
「……遺憾だが、それぐらいはいるな。面倒くさい事に」
「大人気ですね?」
「嬉しくないわよー。シンジーニだって、店に来る人から毎回ナンパとかされたら、嫌でしょ?」
「嫌ですね。――経験は無いですけど」
一人もね!
まっ、カッコイイ人とかいないから、別に良いんだけどね!
悔しくなんか無いけどねっ!
「いや、錬金術師をナンパする採集者なんてそうそういねぇだろ」
「あぁ。エリートと俺たちでは、立場が違いすぎる。その点、アイリスたちは同じ採集者だからな。声が掛けやすいんだろうな」
「なるほど、そういう面もあるんですか」
それが良いのか悪いのか。
アイリスさんたちにとっては迷惑極まりないようだし、私にとっては……うん、そのへんの事は将来的に考える事にしよう。
師匠だって結婚してないみたいだし?
「さて、良さそうな物はあらかた回収したが、後はどうやって売るか、だよな。全部自分たちで食うのは無駄だし……」
「飛び込みで大商人に持ち込むのもなぁ」
「そもそも運べねぇだろ、俺たちだと」
「……もし良かったら、私の伝手で聞いてみましょうか?」
「ん? シンジーニは、確か孤児とか言ってなかったか?」
悩んでいるアンドレさんたちを見かね、私が提案すると、彼は少し不思議そうに私の顔を見返した。
孤児なのに、そんな伝手があるのか、という事なんだろうけど――。
「あ! そうか、師匠か! 確かにマスタークラスの錬金術師なら……」
「はい。私は無理ですが、師匠の伝手なら捌けるかもしれません」
もしかしたら、学校の先輩に連絡すればそちらでも捌けるかもしれないけど、修行中だから迷惑を掛けるのは避けておきたいところ。
その点、師匠なら転移陣で手紙も現物も送れるし、色々都合が良い。
「あー、つまりシンジーニの師匠は、マスタークラスの錬金術師なのか?」
「はい。なので、それなりの伝手はあるんじゃないかと……。断られるかもしれませんが」
あの師匠だけに、『面倒だから』と言って断られても、まったく不思議では無い。
貴族からの依頼でも、面倒なら断るのが師匠だから。
「それでも可能性があるなら、是非頼みたいな」
「おう。仮にこれが美味くても、俺たちからすりゃ、扱いにくい物よりも普通の酒とかの方が良いからな」
「そこまで高くなくて良いが、量飲める方が良いな」
「解りました。その方向で交渉してみますね」
この村だとお酒は食堂で飲むか、ダルナさんの所で買うか。
師匠にお願いすれば、この村では売っていないようなお酒も手に入れてくれるんじゃないかな?
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