006 魔導コンロ (2)

 魔導コンロの作り方は、意外に簡単である。

 二枚ある鉄板、その一方の表面に特殊なインクを使って回路を描いていくだけ。

 ごく一般的な物を作るのなら、錬金術大全に載っている物を書き写せばそれで良い。

「作り方自体は簡単なんだよねぇ。面倒なだけで」

 この時、難しいのは、間違いなく写すことと、常に一定量の魔力を注ぐこと。

 どちらも錬金術の基礎なので、丁寧に行えば失敗するような事は無い。

 回路ができたら、魔晶石をはめ込む穴を掘り、そこに魔晶石を固定してから二枚の鉄板を貼り合わせる。

 単純に発熱させるだけならこれで完成なのだが、このままでは使えない。

 ――正確に言うなら、使えるけど火傷する。

 魔力を魔晶石に注ぐ時、直接鉄板に触れることになるから。

 当たり前だよね。

 加熱開始時は良いんだけど、火力の調整時と停止時には熱々だからね。

 なので、二回りほど大きな浅い木の箱を作り、そこに断熱性能の高い特殊な粘土を敷き詰めて、鉄板を埋め込む。

 これを錬金釜に入れて処理をすれば、粘土が固まるのだが、この粘土、断熱性能が高い代わりに、一つ難点が。

 一度固まってしまうと、かなり脆くなるんだよね。

 木箱を少し強くぶつけただけで、中の粘土が砕けちゃうぐらいに。

 当然、運搬注意。

 輸送費が高くなるのもこれの影響である。

 お金を掛けるなら、木以外の箱でも良いんだけど、腐らない以外のメリットは無いかな?

 最後に、粘土と鉄板の隙間に樹脂を詰めて段差を無くし、鉄板に防錆コーティング、その上で全体に防水加工を施せば耐久性も高まり、三〇年使い続けられる最もスタンダードな魔導コンロの完成だ。

 派生型としては、魔力が少ない人向けの高効率タイプ、ディラルさんから注文を受けた飲食店向けの大火力タイプなんかがあるけど、この村でそれらが売れる可能性はほぼ皆無。

 ディラルさんが最初で最後のお客さんかな?

「お店に並べても、売れないよね、たぶん。標準タイプですら」

 標準タイプで価格は一〇~一五万レア。

 ウチだと一二万レア(予定)。

 この村には他に飲食店は無いし、薪が容易に手に入る地域では高すぎる。

 王都のような都市部であれば、長期的に見ればこっちの方が安いし、煤が出なくて掃除が楽、薪割りなども不要と良いことずくめなんだけど、庶民が一度に払うには厳しい金額だから、やっぱり売れない。

「えーっと、発熱は……する。温度調節も……オッケー。成功だね!」

 魔力を通して思った通りの動作をするのを確認し、私はうんうんと頷いた。

「あとは設置だけど……やっぱり重い!」

 重量は二〇キロ以上。

 一度設置すれば動かさないから良いけど、身体強化無しで動かすには、なかなかにしんどい。

 素直に身体強化を使って台所まで運び、元々魔導コンロが設置されていたと思われる場所に設置する。

 きちんとサイズを考えて作ったので、ピッタリと嵌まり、がたつきも無い。

「あ、サラサさん、できたんですか?」

「うん。この通り」

 私が台所でゴソゴソしている事に気付いたのか、ロレアちゃんとケイトさんがやって来て、設置したばかりの魔導コンロを珍しそうに見ている。

 そっか、普通の人だと、見るのも初めてだよね。

「使い方は……せっかくだから、お茶でも湧かしてみようか」

「準備しますね!」

 魔導コンロを使えるのが嬉しいのか、ロレアちゃんはすぐにヤカンを準備、井戸から汲んできた水を注いで、この村で最も一般的なスヤ茶の茶葉を入れて私に差し出した。

「ありがと。これをコンロの中心に置いて……点火!」

 いや、火じゃ無いから、点火はおかしい?

 ……どうでも良いか。魔力炉も火は着かないけど、『火に掛ける』っていうし。

「フムフム、ここを押せば良いんですか?」

「うん。この線の部分、左側が最小で、右側が最大ね。消す場合は、ここ。魔力は自動で吸収されるから、意識する必要は無いよ」

 そんな説明をしている間にも、ヤカンのお湯は沸騰し始め、スヤ茶が出来上がる。

 魔導コンロの最大火力は、なかなかに強力なのだ。

 お湯を沸かすだけなら良いけど、調理に使う場合には、気を付けないと焦がしそうなほどに。

「後はこれをコップに注いで……さ、どうぞ」

 ヤカンの口から流れ出す、綺麗なグリーンのお茶。

 ちょっと生っぽい風味はあるけれど、これはこれで良し。

 清涼感のある香りは悪くない。

 ただ、若干クセはあるから、好みは分かれるかも。

 もう一つの難点は、コップに注いじゃうと、その綺麗な色が見えないことかな?

 雑貨屋で買ったコップは木製だから。

 割れないのは良いけど、色は見えないし、木の香りがお茶の香りを邪魔するので、お茶を楽しむにはちょっと微妙。

「このお茶、この村に来て初めて飲んだけど、悪くないわよね」

「私もです。どうせならちゃんとしたカップで飲みたいところだけど」

「すみません。ちゃんとしたカップを売ってなくて……」

 そう言った私に、ロレアちゃんがばつの悪そうな表情になる。

 おっと、このコップ、ロレアちゃんから買った物だった。

「あぁ、別に雑貨屋さんを非難してるわけじゃないよ? 割れ物だから、輸送も大変だし、ここじゃお店に並べても売れないと思うから、仕方ないよ、うん」

 王都では、ちょっと裕福な家であれば、ガラスや陶器の食器も普通に使っている。

 けど、やっぱり割れやすく値段も少し高いので、庶民にはあまり普及していない。

 当然それは運搬時にも問題となり、商人も仕入れるのを躊躇する。

 それ故、ガラス工房や陶磁器工房が無い町では、販売自体がほとんど無いのだ。

「うーん、自分で作ってみても良いかな? ガラスなら作れるし」

 ウチの錬金工房には、錬成薬ポーション用の瓶を作るため、ガラス炉があるのだ。

 ガラスのコップやカップを作るぐらいはわけない。

 もし割れても、溶かしてまた作れば良いだけだしね。

「へぇ、良いわね。ガラスだと、お酒を飲む時もひと味違うし。……良いお酒なら、だけどね」

「そういうものですか? ちなみにサラサさん、そのガラス食器を売ったりは……?」

「しない、かな? 専門じゃないし、ガラスの素材も安くは無いしね」

「そうですか……」

 私の返答に、ロレアちゃんは少し残念そうに呟く。

 実家の雑貨屋に並べられればと思ったのかもしれないけど、いくら輸送費が無くなったとしても、村人が普段使いするには高すぎるよ? たぶん。

 いや、ガラスの素材は凄く高いわけじゃないけど、ありふれている木に比べれば、どうしてもね。

「陶磁器の方なら……」

 何故かウチの錬金工房、陶磁器用の窯が無いんだよねぇ。

 師匠の工房には、結構立派なサイズの物があったのに。

 その理由はたぶん、アレ。

 魔導コンロを設置した台の下にポッカリと空いた四角い穴。

 普通ならコンロの焚き口がある場所にスペースがある。

 あそこに設置できそうな物と言えば、ほぼ確実に魔導オーブン。

 もちろん、私もあそこに魔導オーブンを設置する予定なんだけど、魔導オーブンは薪を使う普通のオーブンに比べると、とっても便利。

 燃料が不要なことはもちろん、温度調節も簡単。

 その範囲も広く、ほんのりと温かいレベルから、滅茶苦茶高温にする事もできる。

 ――そう、設定次第で陶器だって焼けるほどに。

 たぶん、これで代用していたんだろう。

 この村で大量の陶磁器なんて必要なさそうだし。

「ま、気が向いたら作ろうかな? ロレアちゃんも作ってみる?」

「えぇ!? 難しいんじゃ……」

「うーん、轆轤を使った器は難しいけど、コップぐらいならそこまでじゃないかな?」

「それなら、サラサさんが作る時に、一緒に」

「うん。暇になったら、作ろうね」

 今は色々やることがあるし、焼くために必要な魔導オーブンも作ってないから。

「しかし、店長さんって、色々できるわよね。さすがは、錬金術師って感じで……」

「錬金術師ですから。資格を取るのが難しいのは伊達じゃないです」

「やっぱり厳しいの? 噂程度しか知らないんだけど」

「そりゃ厳しいですよー。入学が難しいのは良く知られていると思いますけど、入った後でも成績が悪ければ、簡単に追い出されますから」

 ガラス作製、陶磁器作製、木工など、錬金術に付随する各種の技術。

 要求されるレベルはそこまで高くないけど、“できない”というのはダメ。

 少なくとも、“その道の見習い”程度にはならないと単位は出ない。

 つまりそれは、放校されるという事。

 その代わり、練習環境はしっかりと用意されていて、私みたいな孤児でも授業時間外に練習を繰り返すことはできたし、それでお金を請求されることも無かった。

 再利用できるガラスはともかく、陶磁器なんてかなりコストが掛かったと思うんだけど……ホント、ありがたいことです。

「その成果が、色々できる錬金術師って事なのかぁ……私たちなんて、専門分野でも負けちゃったしね?」

「ははは……。でも、国がお金を掛けて育成して、社会的権威もある錬金術師が、実は大したことないってのも、嫌じゃないですか?」

「それは確かに。凄い方が納得できる……かも? ――無能が優遇されることに比べるとずっと」

 何か嫌なことを思い出したのか、ケイトさんは吐き捨てるように、そんな事を小さく言う。

 だが、すぐにそんな発言は無かったかの様に、笑顔を浮かべた。

「でも、やっぱり魔導コンロって便利よね。これが持ち歩ければ採集者の野営もずっと楽になるんだけど……無理なの?」

「えーっと……体力があれば?」

「……鉄板、だもんね」

 素材の鉄板を運搬する時、アイリスさんがそれなりに大変そうだった事を思い出したのか、ケイトさんは苦笑を浮かべる。

 火力が必要ないなら、もうちょっとコンパクトに――四分の一ぐらいまで小型化することはできるし、それでもお湯を沸かしたり、ちょっとした料理には十分に使える。

 けど、問題はお値段。

 サイズが四分の一になっても、お値段は四分の一にはならないんだよね。

 実際にはお値段据え置き……どころか、値上がりするかも?

 鉄板に回路を書く手間は変わらないし、小さくなる分、逆に神経を使うぐらいだから。

「落としたら、壊れますしねぇ。後は……お金があれば、かな? 重量軽減や容量拡大の効果の付いた鞄があれば何とかなります」

「……店長さん、そんな物を買える人は、採集者にならないのよ?」

「ですよねー」

 呆れたように言うケイトさんに、私も同意して苦笑する。

 私はを、タダでもらったんだけどね! 師匠から。

「やっぱり、魔導コンロを買えるのは、ディラルさんのとこぐらいですよ。私の家も、村ではお金を持っている方ですけど、さすがに買えませんもん」

「だよねー」

 首を振るロレアちゃんに、私も頷くしかない。

 やっぱりこれを店に並べるのは無しだね。


 ――でも、万が一があるから、価格だけは掲示しておこうかな?

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