007 魔導コンロ (3)
魔導コンロの作製が終わった後は、追加の鉄板が納品されるまで、滅茶苦茶になってしまった裏庭の薬草畑の修復や、
基本的には採集者向けに商売をしている私だけど、今回の件で少し小金持ちになった村の人に対してプッシュしたいのがこちら。
“初級解毒薬”。
毒虫などに刺されたときに塗っても良し、
お手頃価格なわりに、なかなか便利なポーションなのだ。
なので一家に一本、常備したいところ。
私のいた孤児院でも、万が一に備えて常備していたけど、当然、使わせてもらった事は無い。
あれは赤ちゃんとか小さい子供用。
食中りでも死んじゃう事があるからね。
例の如く、
ちなみにこの
彼女たちが半ばウチの専属のような立場になったので、欲しい物をリクエストしやすくなったし、『
あ、もちろん、適正な取引だよ?
家主とか、債権者とか、そんな立場を利用したりはしてない……たぶん。
そして、そんな事をしつつ数日ほど。
待っていた鉄板が納品された。
「サ、サラサさん、お疲れさまです……」
「はい、お疲れさまです。本当に、お疲れみたいですね?」
「えぇ、なかなかに重たかったです、これは」
ウチに納品に来たのは、ジズドさんの奥さんのジメナさん。
鉄板が一六枚載った――そのうち四枚は、業務用魔導コンロ用で、かなり大きい――荷車を引いてきた事で、疲れたように荷車にもたれかかっている。
地面の轍もかなり深いし、彼女一人で牽いてくるには、なかなかに大変だったんじゃ?
えっと……簡単に計算しても総重量、一〇〇キロは軽く超えているよね。
石畳ならまだマシだったんだろうけど、この辺りは石畳は疎か、人通りの多くない村はずれだから、道もあまり良くないから。
「かなり重いので、運び込むのにお手伝いをお願いしたいんですが……今日は、アイリスさんたちは?」
「ああ、彼女たちは仕事です。自分で運びますから、大丈夫ですよ。ちょっと待ってください」
私は手を保護する手袋を工房から取ってくると、荷車の上に鎮座した鉄板を検分する。
魔導オーブン用の鉄板はともかく、業務用魔導コンロの鉄板四枚はかなり大きい。
さすがにこれを一度に運ぶのは止めた方が良いよね。
手を滑らせて指でも挟んでしまったら、普通に骨折しそうだし。
「あの、サラサさん……?」
「よいしょ!」
「――!? えぇ!? なんで……? 積み込むとき、旦那と一緒に運んだんですけど!?」
魔導オーブン用の一二枚。
ひとまずそれを持ち上げると、ジメナさんから声が上がる。
私の体格からすれば、不思議に見えるのかもしれないけど――。
「魔法ですよ。そもそも一人で持てないと、加工もできないじゃないですか」
「それは、そうですけど……正直、サラサさんの背格好だと、違和感が……」
ははは……。
この鉄板、私の体重の半分を軽く超えてるしねぇ。
確かに見た目はちょっと異様かも。
「私はこの魔法、そこまで得意じゃないですけど、錬金術師には必須ですね。最初のうちは錬金術師も、手伝いとか雇えるほどお金持ってませんしね」
そのため、身体強化が使えなければ、『重いので、その
「凄いですねぇ。ウチみたいな鍛冶屋でも使えたら便利そうですけど……難しいですか?」
「魔力は
精密な魔力操作が
錬金術師が使うには向いている魔法だけど、逆に精密さよりも、とにかく破壊力を求める魔術師なんかには、使えない人も多い。
ちなみに、比較的魔力操作が得意な私が、この魔法がそこまで得意じゃないのは別の理由である。
単純に“元の筋力が少ないから”。それだけ。
他の人が三割上乗せすれば済むところを、私の場合は六割の上乗せが必要となれば、他の人よりも二倍強力に、二倍精緻に使わなければいけない。
――いや、素直に身体を鍛えない私が悪いんだけどね。
これまでの生活、知力極振りで体力方面は怠ってたから。
学校は卒業できたし、これからは少しずつ改善していく、予定。
さしあたっては、師匠に言われた剣の修行を真面目に続けている。
「これで最後……っと。ジメナさん、ありがとうございました」
三度工房と家の前を往復し、私は革手袋を外して息を吐いた。
「いえ、こちらこそ。結局運ぶの、任せちゃいましたし」
「廊下とか、二人だと逆に運びにくいですから、問題ないですよ」
五〇センチも幅がある鉄板だからね。
二人で運ぶと逆に移動しにくい。
「これって、ディラルさんの所の魔導コンロになるんですよね?」
「はい、注文、頂きました」
「魔力で動くコンロがあるんでしたら、魔力で動く、鍛冶用の炉って無いんですか? 鍛冶もやっぱり燃料消費が大きいので」
「ありますよ?」
「あるんですか!?」
「はい」
驚いて声を上げるジメナさんだけど、ウチの工房にも、それの小さい物は設置されている。
魔力だけで動くので、木炭とかは一切必要無い。
無いけど、これを鍛冶屋さんに売るには問題もあるのだ。
「それを使えば、燃料が不要になるんですよね?」
「そうですけど、鍛冶屋さんで使っている所は、ほとんど無いですよ?」
「そうなんですか? 燃料が不要になれば凄く楽になるのに……」
「『魔力炉なんぞ邪道だ!』って人もいますけど、大半は魔力の問題ですね」
“魔力が少ない人用の魔導コンロ”みたいに、特別な細工を施さない限り、熱量は使用する魔力の量に比例する。
簡単に言えば、魔導コンロなら鍋が熱くなればそれで良いが、鍛冶に使う炉では、その鍋が融けるぐらいの温度が必要になる。
必然的に、必要魔力は大幅に増える。
私たち錬金術師が鍛冶用の魔力炉を使えているのは、普通の人に比べて魔力量が多い事に加えて、炉のサイズも小さく、鍛冶師に比べれば使用時間も少ないためである。
一日鍛冶仕事をするとなると、錬金術師でも魔力が足りなくなる人は多いだろう。
高効率化した魔力炉も原理的には作れるのだが、そのコストを考えると、とても普通の鍛冶師に導入できる代物にはならない。
そんな説明をジメナさんにすると、彼女は残念そうに、でも納得したように頷いた。
「なるほど。旨い話は無いんですね」
「魔力があり余っている鍛冶師は使ってるみたいですけど……少数派ですね」
ジズドさんは? と視線を向けると、ジメナさんは首を振った。
「まぁ、ジメナさんが知らなかったみたいに、あんまり一般的ではないですからねぇ。他にも鍛冶に便利な
「あぁ、解ります。ウチの旦那もそういう所ありますから」
軽いのに打撃力はあるハンマーや自動で動く
大がかりな物だと人間以上の力で叩き続けるハンマーなんて物もあるが、鍛冶屋さんには微妙に受けが悪い。
錬金術師は喜んで使っているので、便利なことは確かなんだけど、きっと譲れない物があるんだろうね。
◇ ◇ ◇
魔導コンロの作り方は、サイズが大きくなっても基本的には変わらない。
大きさに比例して多くの魔力が必要になるとはいえ、一度に作ろうとはせず、休み休みやれば、魔力が少なくても作れる。
「むしろ問題になるのは体力面、だよねぇ……」
回路を書く際、紙のように鉄板を動かしながら書くわけにもいかず、テーブルに置いた鉄板の周りを自分が動き回りながら、細かい回路を書いていくことになる。
更に鉄板を二枚貼り合わせ、粘土を詰めた箱に入れ、錬金釜に入れる段階ともなれば、その重さは軽く私の体重を超える。
しかも今回はそれが二つ。
滅茶苦茶重い。
よいしょっと持ち上げて、釜の口からゆっくりと入れて、そっと側面に立てかける。
「ふぃ~。そもそも、底が丸い釜に板を入れること自体、間違ってる気がするんだよね!」
もっと浅い鍋のような、いやむしろフライパンのような錬金釜なら楽なのに。
まあ、そうなると
錬金釜って、簡単に買えるような値段じゃないから、用途によって使い分けるなんて、土台無理な話である。
でも、入れてしまえば処理工程は簡単。
多少多めの魔力が必要なだけ。
「そして、取り出すのは更に大変、と。……おや? よく考えたらこれって……」
錬金釜を魔力炉から下ろし、口を横にしてゆっくりと寝かせる。
そこから魔導コンロをズリズリと引きずり出す。
「……わぉ、楽じゃなーい。私の苦労、なんだったの」
いや、むしろ錬金釜を横にしたまま処理しても良かったんじゃないの?
液体を入れるわけじゃないんだから、口が横向きでも全く問題は無いのだ。
「うぅ~~、次からは、
いや、
体格の関係で、私にはこのサイズの錬金釜、少し使いづらいんだよねぇ。
「背伸び薬とか、あったよね……?」
錬金術師といえど、すべての
むしろ、自分の読める巻数までの中身しか知らないと言うべきかも。
有名な物や変な物は知ったりするけど。
“禿げ薬”とか。
ちなみに、一〇巻に載っているらしい。
そう、無駄な
“毛生え薬”の失敗作として生まれたらしいけど……これ、試した人、涙目じゃない?
生やすつもりで塗ったら、抜けるとか。
でも、この“禿げ薬”、意外なことに需要はあるんだって。
髭を剃るのが面倒くさいとか、宗教上の理由で髪を剃っている人とか、脱毛したい人には、肌に優しく、それでいて劇的な効果があると大人気。
すっごくニッチだけどね。
まぁ、そんな薬もあるんだから、背が伸びる
ただ、親からもらったこの身体、安易にそんな
病気というわけじゃないんだから。
……健康な成長を促す
「っと、そんなことより、仕上げ、仕上げ」
使用頻度が高い食堂で使うのだから、通常よりも念入りに防錆・防水加工を施していく。
「裏面にもしっかりとね~、ぬりぬり」
うちで使っている物は土台への埋め込み式で綺麗にはめ込んであるから、そうそう裏が汚れることは無いけど、ディラルさんのところは後付け。
今使っている竈の上にただ置くだけになりそうだし、このへんも気をつけた方が良いよね。
「あとは、明日まで乾かせば完成、だね!」
魔晶石さえ事前に準備しておけば、所要時間、数時間ほど。
更にその後、サクサクとウチの台所用に魔導オーブンの作製を行い、その日のお仕事は終了と相成ったのだった。
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