005 魔導コンロ (1)

「それじゃ、今日から魔導コンロとかの作製にかかるんですか?」

「そうね。材料の鉄板ができてれば、だけど」

「楽しみです! 魔導オーブン……何を作ろうかなぁ……」

 そんなロレアちゃんを不思議そうに見ているのは、アイリスさん。

 今日は休みの日なので、アイリスさんたちも家にいるのだ。

 実は彼女たち、早く借金を返そうと、連日のように大樹海へと入っていたんだけど、それで身体を壊してしまっては本末転倒。

 なので、きちんと休息日を入れるように厳命したんだよね。

 債権者の強権を発動して。

 踏み倒すような人たちなら、早く返せと催促するところだけど、彼女たちにその心配は無さそうだしね。

「ロレアはオーブンを使った料理ができるのか? 普通の家では、なかなか使う機会なんて無いと思うが」

 アイリスさんの疑問に、ケイトさんもまた同意するように頷く。

「だよね。私もオーブン料理なんて、パン以外、ほとんどできないもの」

「うっ……。実は、憧れだけで、あんまり……ごめんなさい」

 私相手に『料理を作る!』といった手前、ちょっと気まずげに、そして恥ずかしそうに笑って舌を出すロレアちゃん。

「私なんて全然だから、それは良いんだけど……そういえば、師匠にオーブンを作るって話をしたら、こんな物が送られてきたんだよね。えっと……」

 つい先日、転送陣で送られてきた一冊の本。

 棚の上に置いたままになっていたそれを、皆に見える様にテーブルの上に置く。

 本なんて高価な物をポンと送ってくる当たり、さすがは師匠。

 特に手紙は付いていなかったけど、活用しろって事だろう。

 ――タイトルが、“オーブンを使った料理集”だったから。

「ロレアちゃん、読んでみる?」

「えっ!? 良いんですか?」

「うん、活用してくれるなら」

「もちろんです! サラサさんのために、美味しい物、作りますから!」

「期待してるね」

 目を輝かせてレシピ本を抱き締めるロレアちゃんに、私はそう言って頷いた。

 私が料理の勉強をしても良いんだけど、今は錬金術の方に集中したいから、ロレアちゃんが活用してくれるならありがたい。

「でも、今日のところは、昼食、食べに行きましょうか」

「そうだな」

「「はい」」

 お給料をもらうようになった事で、ロレアちゃんも半ば一人前という事なのか、最近は昼食を食べに家に戻ることもなく、私と一緒に食事を摂ることが多くなった。

 そして、ケイトさんとアイリスさんは言うまでも無く、他に食事を取れる場所も無いので、家にいる時はいつもディラルさんの所。

 休憩中の看板を店の前に出し、揃って家を出た私たちはその足で――。

「と、その前に、ジズドさんの所によって良いかな? 鉄板、できてるかもしれないし」

「構わないぞ」

「はい」

「じゃ、遠慮無く」

 少しだけ脇道に逸れて、ジズドさんの所へ寄ってみたんだけど……。

「すみません、まだ全部はできてなくて……」

 対応してくれたのは奥さんのジメナさん。

 示したテーブルの上にあるのは七、八枚の鉄板。

 家の奥からは「カンッ! カンッ!」と鎚を振るう音が聞こえてくるので、ジズドさんは仕事中なのだろう。

「いえ、構いませんよ。それではとりあえず、二枚だけ、頂いて帰りますね」

 魔導コンロに必要なのは二枚の鉄板。

 それがあれば、普通の料理は作れる。

 オーブンはその後でも良いだろう。

「大丈夫ですか? 結構重たいですが……」

「えぇ、そのぐらいは――」

「店長殿。それは私に持たせてくれ」

 『問題ない』と言いかけた私の横にアイリスさんが立つと、「これで良いのか?」と上の二枚を指さした。

「あ、いえ、必要なのは一番下の二枚ですね、サイズ的に。でも、大丈夫ですよ?」

 重いことは確かだけど、持てない重さじゃないし。

「あー、店長さん、アイリスに任せてくれる? 色々お世話になってるから、それぐらいはさせて」

「そうだ。私の精神衛生上もな。……そもそも、店長殿がこの鉄板を持って、私が手ぶらだと、村人からどう見られるか」

 アイリスさんの言葉に、私以外の全員が一斉に苦笑を浮かべる。

「あぁ、サラサさんの体格から考えると……」

「外見通りじゃないことは、村の全員が知っているのですが……」

「本当は、この村で一番強いんだけどね」

 そして、揃って笑う四人。

 いや、ヘル・フレイム・グリズリーの時のことを考えると、否定はできないんだけど。


 結局、アイリスさんに鉄板を任せることにして、鍛冶屋さんを後にした私たちは、そのままディラルさんの宿屋へ。

 幸いと言うべきなのか、例の事件で採集者の数が減ったおかげで、昼時にもかかわらず、私たち四人が座れるテーブルが空いていた。

 そのテーブルの上にアイリスさんが鉄板を置いて「ふぅ……」と一息。

 私たちもテーブルに座って、ディラルさんに声を掛けた。

「ディラルさん、ランチ、四人分!」

「あいよっ! ――おや、その鉄板はなんだい?」

 注文を受けに来たディラルさんが、テーブルの真ん中に鎮座した鉄板に目を止め、不思議そうに訊ねる。

 ま、普通はあまり持ち歩く物じゃないよね。

「これ? 魔導コンロの素材です。家に設置しようかと」

「へぇ、とうとうサラサちゃんの家でも料理が出来るようになるのかい?」

「はい、作るのはロレアちゃんですけどね」

「ほうほう、ロレアが。それじゃ、今後はウチの利用も少なくなるのかねぇ」

「すみません、その可能性が高いかな? 私だけだったら、魔導コンロを導入しても、通うことになったと思うけど。私、そんなに料理、上手くないから」

 私の料理スキルは学校に入る前、10歳未満で停滞している。

 そんな私が作る料理なんて、贔屓目で見ても、大して美味しくないんだよ。

 料理も少しずつは勉強したいと思ってるんだけど……独学だと時間もかかるだろうし、お店をやってたら、なかなか時間は取れないからねぇ。

「はっはっは、気にする必要は無いさね。採集者が増えたら、ウチも混むからね。しかし、魔導コンロ、羨ましいねぇ。ウチも入れたいんだけど、高いからねぇ……」

「まぁ、最低でも一二万レアはするから、なかなか買えないよね」

 少なくとも、普通の家庭で買えるようなお値段ではない。

 いくら薪代が節約できるといっても、割が合わないから。

 特に、ここみたいに、薪が集めやすい田舎だとね。

「おや! 一二万で買えるのかい? 前、ダルナの奴に聞いたら、安くても二〇万、場合によったら三〇万はかかると言っていたよ?」

「あぁ、これは家庭用だから。ここで使ってる鍋で一番大きいサイズ、どのくらい?」

「うーん、五〇センチだね」

 さすが業務用。でっかい鍋だね。

 今回作る予定の魔導コンロで三〇センチぐらいまでだから、二回りほどは大きい感じか。

「それなら……一五万ぐらいかな?」

「それでも随分安いじゃないか! ダルナのとこはそんなに手数料を取ってたのかい?」

 不満そうに言うディラルさんに、ロレアちゃんが『えぇっ!?』と困ったような表情を浮かべて、私とディラルさんの顔を見比べているけど――決して、ダルナさんがぼったくっているわけじゃないよ?

「それは輸送費が入ってるからだよ。あれ、物によると一〇〇キロ近いから。落としたら壊れるし?」

 おかしな風評被害を防ぐため、私はきちんと説明する。

 村人の不和の原因が私とか、震える。

 ロレアちゃんにも申し訳ないし。

 使用する鉄板自体が大きく、少し厚みも増すのでどうしても重くなるんだよね。

 作る手間自体はそんなに変わらないんだけど、輸送は大変。

 だから、ダルナさんの見積もりが高すぎ、というわけじゃないのだ。

「ほら、この鉄板。これが家庭用の魔導コンロの材料。これよりも数倍重いとなれば、解るでしょ?」

「輸送費がかからない分、サラサちゃんの物は安いってわけかい?」

「そういうこと。でも導入を検討したってことは、魔力の方は大丈夫なの?」

「ああ。あたしと旦那、二人ならなんとかなるさね。他に使うことも無いからねぇ」

 消費する魔力は火力に比例するので、五〇センチサイズの業務用となれば、家庭用の二倍以上の魔力を消費する。

 しかも、食事時しか魔導コンロを使わない一般家庭に対し、食堂はほぼ一日中。

 魔力が少ない人だと枯渇しそうだけど、ディラルさんたちは程々に魔力持ちなんだろう。

 まぁ、一般人は錬成具アーティファクト以外で魔力を消費する機会も無いので、燃料が不要になる分、節約にはなると思う。

「一五万か。頑張れば……う~ん」

「注文はいつでも受け付けますよ~。魔導コンロ、便利ですよ~、燃料不要で火力も自由自在。火を使わないので、夏場は暑くなりにくい」

 ちょっとセールストークしてみる私。

 別に無理して売る必要は無いんだけど、せっかくのお客さん(予定)だし?

「うーーーん、買いたいんだけどねぇ……。サラサちゃん、ちょっと値引きしてくれないかい?」

 そう言ってディラルさんが私に手を合わせてくるけど、錬金術師としては簡単に値引きするわけにもいかない理由が……。

「えーっと、あまり相場を乱すと睨まれちゃうんだよ」

「あぁ、やっぱりそう言うの、あるんだな」

 困った様に言った私に、アイリスさんがどこか納得したように頷く。

「どこのお店でも、あまり差が無いもんねぇ。――効果には差があったりするけど」

「あはは……そのへんは、錬金術師の腕、ですね。値段の方は基準がありますから……もちろん、その場所での素材の入手のしやすさなどで、変化しますけどね」

 先ほどは『睨まれる』と表現をしたけど、この国は国家の方針として、質の良い錬金術師を増やす事を目標に、様々なことをやっているのだ。

 錬金術師養成学校然り、奨学金然り、錬金術師の権威然り。

 それらに反する行為をすれば、実際には睨まれる程度では済まない。

 具体的には言わないけれど。

「そういう事情があるんじゃ、無理は言えないねぇ……二つ買ったらどうだい?」

「え? 二つですか? 本当に買ってくれるなら、一割引きしても良いですけど……」

 そのぐらいなら、許容範囲――。

「よし買った! 二つお願いね!」

「えぇっ!? 本当に? 良いの? ご主人にも相談せずに」

 いきなり即決!?

 いくら一割引きでも、二つで二七万レアである。

 一般家庭なら年収に匹敵する金額。

 錬金術師になった私でも、ちょっと躊躇する金額なんだけど……。

「かまやしないよ! ウチみたいな食堂兼宿屋だと、そりゃもう凄い量の薪が必要なんだ。薪の確保、濡れないように保存、それに薪割りが不要になると思やぁ高くないさね!」

 ああ、確かに、孤児院でも冬の間に使う薪の量はかなりの物だったね。

 それを年長者が森で集めてきて、皆で割って……結構大変だった。

 場所も取るから、孤児院だと屋内の廊下にも積み上げていたほど。

 薪屋から買える人は、そこまで溜める必要が無いんだけど、孤児院にそんな余裕、あるはずもない。

「あと、臨時収入もあったしね。先日の熊。毛皮を換金してくれたの、サラサちゃんだろう? 少しぐらい還元しないとね」

「あぁ、村長さん、もう配ったんですね」

「私たちも、もらったぞ。なぁ、ケイト」

「えぇ。結構たくさんくれたわね。活躍してたからって」

 確かに二人は活躍していた。

 ヘル・フレイム・グリズリーが、借金を背負う原因になったとは思えないほどに。

 まぁ、あれは、足手まといがいたからなんだろうけど。

「ま、そんなわけで、今この村の住人は、ちょっと小金持ちなのさ。それに、魔導コンロって、ずっと使えるんだろう?」

「あ、いや、ずっとではないよ? 魔晶石は消耗品だから。一日中使って三〇年程度は保証できるけど、魔晶石が壊れたら交換か買い換えが必要だから」

「三〇年使えりゃ十分だよ! サラサちゃんも律儀だねぇ。三〇年なら『ずっと』って言っても良いだろうに」

 いや、私は正確な説明をする錬金術師のお店にするつもりだから。

 信頼、大事だよね。

 ちなみに魔晶石の交換作業は錬金術師しか行えないので、その時、この村に対応できる錬金術師がいないと、買い直した方が安い可能性もある。

 修理だと往復の輸送費が、新規購入だと片道の輸送費が。

 ダルナさんの見積もりでも判るとおり、輸送コストはバカにならないのだ。

「他の注意点は……コンロは木枠に入ってるんだけど、この木枠は時々交換が必要かな? 汚さなければ問題ないけど、料理してたらどうしても濡れたりすると思うし。ただの木枠だから、ゲベルクさんに頼めば良いと思うけどね」

「あっはっは、その頃にはゲベルク爺さんもくたばっちまってるんじゃないかねぇ!」

「いやー、多分元気なんじゃ無いかなぁ?」

 確か七〇歳と聞いた気がするから、否定はできないけど、さすがに『そうですね』なんて同意もできない。このへんの話題は。

「……あのー、ディラルさん? ランチは? 私、お腹減った」

「おっと、すまないね、ロレア。すぐに持ってくるよ。それじゃ、サラサちゃん、頼んだよ!」

「はい、ご注文、ありがとうございます!」

 厨房へと引っ込んだディラルさんは、その言葉通り、すぐに私たち四人分のランチを持って戻ってきた。

 私たちはその“安い割りには安定して美味しいランチ”に舌鼓を打つと、帰りにもう一度ジズドさんの所へ寄り、追加の鉄板を注文してから家に戻ったのだった。

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