004 死して皮(&肉)を残す (3)
「扉の再利用は、無理っぽいね……」
未だ破壊の跡が残る台所。
最初に調査したのは、裏庭丸見えで、風が吹き込んでいる裏口部分。
温かい時期だから、“自然を感じながらの食事”とか自分を騙せているけど、これが冬場なら、ただの苦行である。
「はい。完全に壊れてましたから、あそこに」
裏庭の隅。
ロレアちゃんが指さしたところにある瓦礫の山。
その中に扉のなれの果ては転がっていた。
バキバキ。
正にそんな状態。
穴を塞げば使えるよね、とかそんな状態ですら無い。
「……うん、あれは諦めよう。次は壁だけど……よくもまぁ、壊してくれたなぁ……」
この建物は刻印の効果で、普通に比べればかなり強固になっている。
それでも扉や窓などは、元の素材が素材なので、壊される事自体はあり得ないわけじゃない。
でも、壁は石造り。
元々かなり強固な石壁が、刻印によって更に強化されているわけで。
普通の人間では、ハンマーを持って来ても壊すことは
「熊でも壊せないはずなんだけど、さすがは狂乱状態って事かな」
「かなり強引に、侵入されてますよね」
扉のサイズは人間用。
ヘル・フレイム・グリズリーには小さすぎたらしく、周りの壁を破壊して入ろうとしたものだから、扉周りの壁が大きくえぐれている。
「……はぁ、ここの修復は、ゲベルクさんと協力して頑張るしかないよね」
刻印が含まれるから、大工さんだけにお任せ、とはいかないんだよね。
そして、その刻印の修復に必要な素材のコストは……考えたくない!
「さて、ロレアちゃん、台所に何が欲しい? もう、好きな物言っちゃって良いよ! 錬金術師の底力、見せてあげるから!」
半ば
「あ、いえ、普通にコンロがあれば……魔導コンロは使ってみたいですけど」
「魔導コンロ。了解、了解、もちろん付けますよ、その程度。水は? 井戸から自動で汲み上げてくれる魔道具とか欲しくない?」
「……あると便利ですけど、良いんですか? すぐ傍に井戸があるだけでも十分に贅沢なのに」
「錬金術師だからね! そもそも、そのうち作るつもりだったし」
もうこうなったら、徹底的に便利にしてやるっ!
「じゃあ、お願いします」
「他は……オーブンとかどう? パンとか、簡単に焼けちゃうよ?」
「い、良いんですか!? そんな高価な物!」
「だいじょーぶ! お姉さんに任せなさい! 魔導オーブン、作っちゃうから! ハハハ!」
驚きに目を見開いたロレアちゃんに、私は反っくり返って笑う。
実のところ、ちゃんとしたオーブンを持つ家は案外少ない。
いや、普通の家だと、ほぼ持ってないと言うべきかな?
魔導コンロと似た様な仕組みの魔導オーブンは別にして、普通のオーブン――所謂パン釜などは、まずは窯自体を温めるために、とにかくたくさんの薪を消費する。
家族分のパンを焼くために、そんなに大量の薪は使えないので、普通はパン屋や宿屋など、たくさんのパンを焼く所にしか窯は無い。
もしくは村に共有の窯があって、それで一気に焼く。……この村には無いけど。
そんな事もあって、個人で気軽に使える窯――オーブンはとても貴重なのだ。
もっとも、同じ理由からオーブンを使う機会も少ないので、使いこなせるかどうかは別問題だけどね。
「あとは……冷蔵庫と、冷凍庫も設置しようかな? あったら便利だよね?」
「た、確かに便利ですけど……サラサさん、いくら何でも贅沢しすぎでは……?」
冷凍庫は
なかなかに高いからね。
あれば便利だけど、無くてもそんなに困らないし。
「でも、ロレアちゃん、良い台所を作ろうって言ったよね?」
小首を傾げてそんな事を言ったわたしに、ロレアちゃんが慌てた様に、手をワタワタと動かす。
「い、言いましたけど! いくら何でも……!」
「冗談だよ、冗談」
「で、ですよね。さすがに、そこまでの物は設置しませんよね」
ホッとした様に息を吐いたロレアちゃんに、私は追い打ち。
「いや、それは設置するんだけども」
「するんですか!?」
「するんです。気にしなくても大丈夫だよ、練習も兼ねてだから。これでも私、修行中の身ですから」
「そう、なんですか? なら良い……んでしょうか?」
「うん。気にしない、気にしない」
実際、そのへんの道具は一度作らないとダメなのだ。
ちょうど錬金術大全の四巻に載っている物だから、これを作らないと五巻に進めない。
売れる物なら別にうちに設置する必要も無いんだけど、この村じゃまず無理だろうからね。
「まずは、素材の発注と壁の修理だよね。ロレアちゃん、店番お願いできる? ちょっと出てくるから」
「解りました。行ってらっしゃいませ」
◇ ◇ ◇
魔導コンロ、それに魔導オーブンの作製には鉄板が必要となる。
ベースとなる鉄板を錬金術で加工して、魔導コンロやオーブンにするのだ。
必要なのは一四枚の鉄板。
それに、他の部品を作ったりするための多少の鉄塊。
それらを鍛冶師のジズドさんに注文した後、私は大工のゲベルクさんの家へ。
一軒、普通の民家にしか見えない家の扉を開け、声を掛ける。
「こんにちは~~。サラサです」
一見すると気難しそうなお爺さんであるゲベルクさん。
でも、実際にはとても良い人。
だいぶ慣れたので、今では私も、気軽に話せるほどに成長しました。
「おう、嬢ちゃん。やっと来たか。行くぞ」
「――え? ええっ?」
挨拶しただけなのに、すぐさま家を出て行こうとするゲベルクさんに、私が目を白黒させていると、ゲベルクさんは急かす様に私の背中をパシーンと叩いた。
「お前さんの家を直すんだろうが。一番の功労者の家が壊れたままっつーのは、この村の大工としての矜恃が許さんかったんだが、さすがに寝こんどる家に押しかけるわけにいかんかったからな」
「あの、他の家の補修の予定などは……?」
今日のところは、いつ頃なら直してもらえるか、その打ち合わせに来たつもりだったんだけど。
「バカヤロウ! 嬢ちゃんの家が優先に決まっとるだろうが! ほれ、急がんか!」
「は、はい!」
再びパシン、と背中を叩かれた私は、
急かされるまま、壊れてしまった裏側へと案内する。
「かぁ! こいつは、見事に壊れちまったな! 塀は元通りに直せば良いのか?」
「はい。そちらはそれで」
緊急ではないとはいえ、せっかく作った裏庭の塀。
薬草畑を守るため、そして何より、人目を気にせずに洗濯物を干すためにも、こちらも直さないといけない。
でもより重要なのは、やっぱり家の方。
「塀の方は急がないんですが、家の方が……」
自然を感じられるのは良いけれど、雨が降ったりしたら困るからね。
「ふむ、扉だけじゃなく、壁もやられたか。ここの壁、なんか知らんが、普通に比べて頑丈なんだろう?」
「ご存じなんですか?」
「この家の建築にはワシも関わっとるからな」
「あぁ、そうなんですね」
――考えてみれば当然か。
ゲベルクさんがこの村の大工である事と、その年齢を考えれば。
逆にこの村の建物で、ゲベルクさんが関わっていない物を探す方が難しいんじゃないかな?
「刻印がどうとか言われて、面倒かったのを覚えとるわ」
「あー……」
まぁ、刻印を入れるとなると、大工さんの思う様には建てられないからねぇ。
形にも制限が掛かるし、作業途中に何度も錬金術的作業が挟まるから、短気な人はイライラすると思う。
「今回も、その……修復時にはご迷惑をおかけすると思うのですが……」
「解っとる。客の要望に応えるのが大工の仕事だ。自分の好きな物を作るのは仕事じゃない。趣味だ」
「おぉ……」
素晴らしい。尊敬。
仮にプロだとしても、客の要望を端から無視して、『こっちが良いんだからこうしろ』とか言うのはやっぱダメだよね。
変える必要があるのなら、理由をきちんと説明して、納得してもらうべき。
お客商売なんだから。
そんな私の視線を受け、ゲベルクさんはくすぐったそうに視線を逸らして鼻を鳴らす。
「ふん。それで、すぐに修復を始めて良いのか? 嬢ちゃんの予定は」
「もちろん大丈夫です。お店の方はロレアちゃんに任せてますし、ここを直すのも重要ですから」
「じゃあ、さっさと始めるぞ。このままじゃ、嬢ちゃんたちも落ちつかんじゃろう」
「はい」
家の補修は専門的作業という事で、塀を作る時に呼んできた村の人たちの参加は無し。
私とゲベルクさんだけで作業を進める。
ゲベルクさんがブロックを積んだり漆喰を塗ったりして、私が錬金術的仕組みを施すんだけど――。
「結構慣れてますね?」
「ワシは嬢ちゃんの人生、その何倍も職人としてやってんだぞ」
「ですよね」
この家の建築にも関わってるって言ってたしね。
しかし、刻印の補修というのは案外難しい。
新規に作るのなら、自分が作りやすい様に作れば良いけど、補修の場合は、既存の刻印とズレが無い様にかなり慎重に作業しないといけないから、神経を使う。
そして、ゴリゴリと消耗していく、高価な素材。
うぅ、痛い。とても痛い。お財布的に。延いては精神的に。
総額がいくらになるか、正直、考えたくも無い。
そんな苦行を続けること、数時間。ついに壁の補修が完成した。
……うん、ついにというほど時間掛かってないね。
ま、ゲベルクさんの手並みが良いことは当然として、私も魔法も使って手伝ったからね。
「惜しいな。嬢ちゃんが錬金術師じゃなけりゃ、弟子にしたんだがな」
「錬金術師じゃなかったら、大工の真似事なんてできてないですけどね、学校で習ったことですから」
「器用さは学校、関係なかろう? 仕込めば良いだけよ」
「そう言えば、ゲベルクさんって、弟子がいませんよね?」
「それよ。なかなか根性のある奴がおらんのだ」
不満そうに、鼻から息を吐くゲベルクさんだけど、この親方はなかなかに厳しそうだから、ねぇ。
これまでの仕事ぶりを見ても。
依頼する方としては良いんだけど、弟子になるのは大変そう。
「まぁ、それは良い。――扉は普通で良いんだよな?」
「はい。あ、でも、丈夫なのでお願いします。前の、ああなっちゃいましたから」
私が指さした扉の残骸を見て、ゲベルクさんも苦笑を浮かべる。
「あんなことが何度もあったら困るんだが……解った。庭の塀の方も近いうちに直しておく」
「よろしくお願いします」
『近いうち』と言いつつも、そこはゲベルクさん。
その翌日には、家の裏口に扉がつき、塀も綺麗に完成してしまったのだった。
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