003 死して皮(&肉)を残す (2)

 アンドレさんが帰った後も断続的に村人が訪れ、最終的に集まった革袋は五つ。

 中に入っていた皮の総数は、二八。

「処理のレベルには……差があるね」

 綺麗に剥がされている物もあれば、脂肪が残ったままの、あまり綺麗でない皮もまた多く。

 たぶん綺麗なのは、ジャスパーさんの手による処理なんだろうね。

 ただ、意外にも変に千切れたりしている物は無かった。

 もちろん、戦闘で傷付いた皮はあるんだけど、皮を剥ぐのに失敗して穴が空いた、みたいなのは無い。

 買い取り価格に影響するから、かなり注意して剥いだのかな?

「さて、まずは下処理から。慣れていても、やっぱり臭いしね」

 巨大な錬金釜に二八匹分の皮をぎゅうぎゅうと詰め込む。

 そして追加で一枚。

 これは、今回の発端となった、最初のヘル・フレイム・グリズリー。

 ある程度の処理が済んでいる物だから、最初から入れる必要は無いんだけど、面倒なので放り込んでしまおう。

「水入れてー♪ 薬品を入れてー♪ 火に掛けてー♪」

 錬金釜を炉の上に載せて、グツグツと。

 そのままグリグリとかき混ぜていると、最初は漂っていた嫌な臭いが段々と消えていく。

「……うん、こんなものかな?」

 処理の終わった皮を錬金釜から取り出し、しっかりと水洗いしながら、皮の状態を確認していく。

 頭まで残っている完全に無傷の物は、最初の一つだけ。

 でも、全体としてはそう悪くない、かな?

 私が首を落とした奴なんかも含まれてるしね。

「“優”が七、“良”が一〇、残りが“可”、ってところかな?」

 実用上はあまり差が無くても、高いのは“優”。

 “良”は補修すれば、“優”と同じように使える物。

 “可”は実用上でもちょっと質が落ちる物。

 使い道次第、だけどね。全身まるまる使う物ばかりじゃないから。

 下処理だけをしたこの状態でも、しっかりと乾かせば毛はふわふわになって、革としても丈夫だから十分に商品になるんだけど、どうせなら何らかの効果を付けたいところ。

「向いているのは、やっぱり火属性なんだけど……時期的にはあんまり良くないよねぇ」

 これから暑くなる時期。

 “凄く暖かい毛皮”、なんて需要があるはずも無い。

 かといって、素材の特性を無視した処理を行うのも、勿体なすぎる。

「これは、冬までは倉庫行きかな……? あ、その前に、師匠に連絡してみよう」

 今回の経緯をサラサラとメモに書き、転送陣で師匠のところに送る。

 そして、毛皮を乾かしたりしながら待っていると、すぐに返事が戻ってきた。

「えっと……『八枚までは即金で買ってやる。送れ』か。さすが師匠、頼りになる!」

 村長さんに払う代金、相場通りで買えば、手持ちのお金でも何とかなるけど、私も現金が無くなると困っちゃうからね。

 私が最初に狩った一枚に、“優”の七枚。それに“良”も一枚追加して、メモメモ。

「えっと、『八枚分の現金と、一枚分で温々草おんおんそうの種を送ってください』っと」

 八枚とは書いてあったけど、品質は書いてなかったからね!

 ふっふっふ。

 大丈夫、師匠ならきっと問題ない!

 私じゃ、品質が“優”の毛皮なんて売り先が無いけど!

 そして、皮の補修をしながら待つ事暫し。

 転送陣から革袋が二つに、紙が一枚送られてきた。

 革袋の中身は大量の現金と、私がお願いした温々草の種。

「紙は……『悪くない』。余裕かっ!」

 さすが師匠。

 ちょっとだけ、『高い物ばかり送ってくるな』とか言われるかと思ったんだけど、全然そんな事、無かったよ!

 でも無事に現金が手に入ったので、ロレアちゃんにそれを村長さんの元へと届けてもらい、私は毛皮の処理を続行。

「残った毛皮を再び錬金釜に投入。温々草の種を一掴み、魔石を……このくらい。火炎袋も一つ入れて、眼球は……勿体ないから止めておこうかな」

 入れれば効果は高くなるけど、その分、販売価格も上昇するし、そうなると逆に売りづらくなってしまう。

「あ、そうだ、眼球や火炎袋。師匠に買ってもらおう」

 普通の眼球ならともかく、今回は狂乱状態の眼球。

 実に希少。

 極論、討伐に行けば入手可能な普通の眼球に対し、狂乱状態の眼球は手に入れようと思っても手に入らない代物。

 当然、価値も高い。

 ……売れるかどうかは別なんだけどね。

 使い道も限られるから、仮にうちの店に並べたところで、誰も買わないだろう。

 いや、うちの場合、他の錬金素材でも同じか。

 錬金術師が買いに来ないんだから。

 少しはレオノーラさんのお店に卸すとして、半分以上は当分の間、死蔵かな?

 無理に処分しようとしたら買い叩かれちゃうし、私はまだ錬金術大全が四巻までしか行っていないのだ。

 今後必要になった時に確保出来るとは限らないのだから、希少な素材は余裕を持って溜めておくに越した事はない。

「後は、魔力を注ぎながらかき回せば……」

 ポイントは無理をせず、ゆっくりと魔力を込めていく事。

 錬金釜に投入した、毛皮以外の物が無くなったら、完了の証。

「よし、できた!」

 後は、これを綺麗に洗って乾燥させればできあがり。

「サラサさん、戻りました」

 私が毛皮をジャブジャブ洗っていると、ロレアちゃんが戻ってきた。

「あ、お帰りなさい。ちゃんと渡してくれた?」

「はい。村長さん、想像以上の額だったみたいで、驚いていました。と言うか、私も驚きました。まさか、あんなにたくさんのお金が入っているなんて……言ってくださいよ! 普通に持って歩いちゃいましたよ!」

 確かに、子供が持つには大きい額だったけど――。

「でも、言ったら、逆に不安にならなかった? 村長さんの家までの間」

「……なりました。たぶん、挙動不審にも」

 改めてその時の事を思ったのか、少し顔色を青くするロレアちゃん。

「でしょ? 私はロレアちゃんの事を思って何も言わなかったんだよ!」

 本当は、気にしてなかっただけだけど。

 ――うん。次からは、アイリスさんかケイトさんでも護衛に付けよう。

 今はともかく、身元不詳の採集者とか増えたら、危ないかもしれないし。

「もう……」

 ロレアちゃんから、微妙に白い目を向けられた気がするけど、気のせいだよね?

「まあ良いです。――それって、あの熊の毛皮、ですよね?」

「うん、そう。見てみる?」

 洗って乾燥させた物を差し出すと、それを受け取ったロレアちゃんは驚いた様に目を丸くした。

「すっごく手触りが良いです。それに臭いも無くなってますし……ほんのりと温かい?」

「そういう効果があるの。冬場なんて、それで作った毛皮のコートを着ていると、凄く温かいよ」

「便利ですねぇ。でも……お高いんですよね?」

「まぁ、安くは無いかな? さっき、ロレアちゃんが持っていったお金、この皮を買い取ったお金だし」

「わわっ! その上、錬金術で加工してるんですよね……?」

 なんとなーく、お値段を想像したのか、毛皮を撫でていた手を止めて、そっと私に返してくる。

「ふふっ。切れ端を使って作った、手袋や帽子ぐらいならそこまででも無いけどね」

「うぅ、それでも、私のお給料じゃ買えそうに無いです……。けど、こんな時期から作るんですね。今から暑くなるのに」

 少し不思議そうなロレアちゃんに、私は苦笑して肩をすくめる。

「手に入っちゃったからね。服の素材としては、早くても売れるし」

 毛皮のコートなどが売れるのは秋口からだけど、それを仕立てる服屋の方は、当然、もっと前から買い集める。

 普通は夏頃、人気店になると数を確保する必要があるため、春から集めたりすると言う話も聞くけど……残念ながら私にそんなお店への伝手は無い。

 師匠なんかは、そのへんのお店に卸すんじゃないかな?

 送ったの、質が良い物ばかりで、普通のお店じゃ扱いにくいだろうし。

「……よし、これでオッケー」

 全部の毛皮を洗浄、乾燥まで終わらせた私は、それらを一頭分ずつ畳んでいく。

「あ、畳むのは手伝いますね」

「ありがと。……あとは倉庫に片付けて」

 劣化しないよう、専用の木箱に入れてから倉庫の隅に保管。

 秋頃までには処理方法を考えないといけないんだけど……ま、先送り、先送り。

「それじゃ、ロレアちゃん、台所、どうするか、一緒に考えようか?」

「あ、はい! 楽しみです!」

 その言葉通り、台所ができるのが嬉しいのか、ロレアちゃんは、にぱっと笑顔を浮かべた。

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