002 死して皮(&肉)を残す (1)

 まずは台所を直す、と決めたわけだが、実は私には、それよりも優先すべき事があった。

 今回の騒動の原因となった、ヘル・フレイム・グリズリー。

 ぶっ倒れる前に、なんとか下処理を行った各種素材ではあるけれど、動けなくなっちゃったので、あれ以降は放置したまま。

 当然ながら、お金に換わってはいない。

 そう、お金。

 危険なのに残ってくれたアンドレさんたち採集者や、家を壊されちゃった村人たち。

 その人たちにきちんと、そして早く分配しないと、申し訳ない。

 なので、どういう風に分配すべきかと、村長に話を聞きに来たんだけど……。

「――え? 必要ない、ですか?」

「そうじゃ。少なくとも、サラサちゃんが回収した素材に関しては、好きにしてもらってええ」

 村長から聞かされたのは意外な言葉。

「かなりの部分はサラサちゃんが斃したじゃろう? 文句を言う奴は誰もおらん。その代わり、残った部分はこちらで処理させてもらったんじゃが……」

「あぁ、いえ、それはもちろん、構いませんが……」

 残っていたのは、錬金術の素材としては使われない、もしくはそれほど価値がない箇所。

 具体的には、肉や皮など。

 やり方次第では活用できる部分もあったんだけど、私にそこまでの余裕は無かったからね。

「そうか。まぁ、そんなわけでの。それらを売れば、十分に報酬は払えるんじゃ」

「なるほど……」

 結局、何匹いたんだっけ?

 二〇以上、だよね?

 それらの肉と皮を売れば……うん、確かに結構良いお値段になるかも?

 でも、捌けるのかな?

 ダルナさんが売りに行くしかないんだよね、この村だと。

「あの、大丈夫ですか? 売り先には困りません? 何だったら、ある程度引き受けますけど」

「む……そうなんじゃよなぁ。肉の方は今、村人総出で塩漬けにしておるんじゃが、ダルナもあまり伝手が無いからのう……」

 ダルナさんの取引相手は、村で販売する雑貨類を仕入れる業者と、村で作った農産品を販売する業者。

 食料である肉はともかく、皮の方は正直、扱いに困っているらしい。

「でしたら、皮は私が引き受けます。特に採集者相手には、すぐに支払える現金が必要でしょう?」

「良いのか?」

「えぇ、私なら加工できますから」

 通常、皮は鞣して革に加工する必要があるけど、錬金術を使えば鞣しと同じ――いや、普通に鞣すよりもより良い状態にする事ができる。

 多少コストを掛ければ、特殊な効果も付ける事ができるから、多めにお金を払って買ったとしても、十分に元は取れる。

「それじゃ、申し訳ないが、よろしく頼む。後ほど持って行かせるから、代金の方はそれを見て、サラサちゃんが妥当と思う額を払っておくれ」

「解りました」


    ◇    ◇    ◇


 村長さんの家を辞した私は、村の現状を確認するため、少し遠回りをして村を見て回っていた。

 あの時は襲撃が終わったのとほぼ同時に倒れちゃったから、見てなかったんだけど……うん、アンドレさんたちの頑張りのおかげか、村の人が住んでいる家は大丈夫だったみたい。

 採集者向けの賃貸物件には、結構な被害が出ているが、あれは村の共同所有。

 村の資金で直す事になるし、壊れた状態でもたちまち困る事も無い。

 かなりの数の採集者が出て行ったから、今は誰も泊まっていないしね。

 ヘル・フレイム・グリズリーを受け止めるため、突貫作業で作った柵の方はすでに撤去され、その材料を使って、森と村の境界にちょっとした柵が出来ていた。

 今回の事で、少し危機感を持ったのかも?

 滅多にある事じゃないんだけどね。……たぶん。

 私も、ここの森に詳しいわけじゃないし、断言はできない。


 村の様子を確認した後は自宅へ。

 だけどその間、村の人たちから想像以上に声をかけられた。

「サラサちゃん、ありがとうね」

「いえいえ、みんなで頑張った結果です」

「サラサちゃん、アンタのおかげで、うちの人も無事だったよ! ほら、これを持って行きな!」

「あ、ありがとうございます」

「凄いんだねぇ、錬金術師様って。おや、それだけじゃ寂しいね。これも食べておくれ」

「は、はぁ。どうも……」

 想像以上と言うか、出会う人すべてと言うか。

 私が歩いているのを見ると、村の人が必ずと言って良いほど挨拶にやってくる。

 更に、色々くれる。

 作っている農作物を。

 これも、私が頑張ったおかげ?

 ……うん、村に受け入れられて良かった、そう思おう。

 でも、家に帰るまでに両手いっぱいになってしまったこの農作物は……どうしよう?

「おかえりなさ――どうしたんですか、それ?」

「よし、ロレアちゃん、任せた!」

 扉すら開けられなくなり、自宅の前で立ち往生していた私。

 そんな時に都合良くやって来たロレアちゃんに、私は理由を説明して、頂き物の管理を頼んだ。

 持っていても、私じゃ料理出来ないし?

 少なくとも、現状では。

「なるほど。皆さん、感謝しているんですよ。あの場にいた人なら、サラサさんがいなければ、どうにもならなかった事を解っていますから」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと照れるね。あんなに感謝されると」

 慣れない事だけに。

 これまで、あまり人と関わってこなかったから。

「これらはウチで料理して、持ってきますね」

「ありがと。助かる~。正直、そのまま食べられる物以外は、どうしようも無かったから」

 芋ぐらいなら、錬金工房にある炉で焼けなくはないけど……さすがにそれは、ね?

「ですが、早く台所、作ってくださいね?」

「了解です!」たちまちたちまち

 念を押す様に言うロレアちゃんに、私はピシリと敬礼。

「でも、まずは壁の修復かなぁ。“刻印”があるから、ちょっと大変なんだけど……。あ、その前に皮の処理か。忙しいね、これは」

「皮の処理、ですか?」

「うん。肉は村の人でも処理できるけど、皮の扱いには困ってたみたいだから、私が買い取る事にした。そろそろ持ってくるんじゃ――」

 私がロレアちゃんに事情を説明していると、ちょうどそこに大きな革袋を抱えたアンドレさんがやって来た。

 家の前に立っている私たち二人の姿を見ると、笑顔で手を挙げ、声を掛けてくる。

「サラサちゃん、回復おめでとう。皮、持ってきたぜ」

「ありがとうございます。アンドレさんもお疲れ様でした。おかげさまで、何とか回復しました」

「みたいだな。怪我は無いって話だったし、女の子の家に行くのも、と思ったから見舞いは遠慮したんだが」

「おや、アンドレさん。外見に似合わず気遣いができる人ですね?」

「言うなあ、サラサちゃん。これでも多少は生きてるからな。その程度の気遣いはするんだぜ?」

 私の軽口に、アンドレさんはニヤリと笑って言葉を返す。

「そうなんですか。これで、ケイトさんたちにお見舞いの品を託せる様になれば、もうワンランク、男ぶりが上がりますよ?」

「おっと! これは一本取られたな! はっはっはっは! だけど、この村で見舞いの品ってのもねぇだろ? さすがに、宿のパンを贈るわけにもいくめぇ」

「確かに、お見舞いの品じゃないですね。美味しいですけど」

 お見舞いに花を、とか、栄養の付く食べ物を、とか思っても、この村で店と言えば、ダルナさんの雑貨屋さんのみ。入手自体が難しい。

 それに今、“栄養の付く物”とか言ったら、ヘル・フレイム・グリズリーの肉が届きそうだ。

「それで、その革袋がヘル・フレイム・グリズリーの皮ですか」

「おう。一部だがな」

 そう言ってアンドレさんは、膨らんだ革袋を地面に下ろす。

 それと同時に、そこから漂ってきた臭いに、ロレアちゃんが顔をしかめた。

「うっ。結構臭いますね。生臭い匂いが……」

「すまねぇな。下手くそがやった分もあっから、どうしてもな」

「いえいえ、その処理も錬金術師の仕事ですから」

「錬金術師って……大変なんですね」

「結構、臭いのきつい物って多いからねぇ。そのうち慣れるよ」

 鉱物はともかく、動物由来、植物由来の素材を使う場合も多く、中には本当に臭いがキツい物もある。

 それこそ、専用のマスクを使わなければ、意識を失いかねないほどに。

 それに比べればこの程度、大した事ない。

 もちろん、臭いことは臭いんだけどね。

「しかし、今回は本当に助かったぜ。サラサちゃんがいなければ、マジでダメだったぞ? あの数は予想外だぜ」

「お礼はたくさん言って頂きました。村の人にも」

「時の人だからな! 直後は凄かったぜ、噂が」

「……そんなに?」

「あぁ! 誰も彼も、サラサちゃんの話題を口にしてたな! よくぞ斃してくれたって」

 ニヤリと笑うアンドレさんに、私は思わず額に手を当てる。

「ですね。四日経って、だいぶ落ち着きましたが、あの熊の大きさは、それだけの説得力がありましたから」

「……三日間寝込む事になって、少し良かったかも、と思ってしまいますね」

 だいぶ落ち着いて、あの状態。

 人との付き合いがそこまで得意じゃない私だと、元気だったとしても、家から出られなかったかもしれない。

 不幸中の幸い、寝込んだおかげで、家に押しかける人もいなかったわけで。

 いくら感謝してくれているとはいっても、さすがにそれはしんどい。

「ところで、店の方はいつから再開するんだ? やっぱ、サラサちゃんの錬成薬ポーションがあるのと無いのじゃ、全然違うからな、安全性が」

錬成薬ポーションだけであれば、今日からでも構いませんよ? 買って行かれますか?」

「お、良いのかい?」

「はい。ロレアちゃん、お願いできる?」

「解りました! それではアンドレさん、お店の中へ」

「おう、すまねぇな」

 店舗スペースへ入っていく二人を見送り、私は皮の詰まった革袋を持って、裏手から錬金工房へ。

 ひとまず革袋を工房の隅に置いて、店舗スペースへ移動すると、ちょうどアンドレさんが錬成薬ポーションを受け取り、精算を終えたところだった。

「毎度、お買い上げ、ありがとうございます」

「こっちこそ、助かったぜ。他の奴らにも再開した事を伝えておくな」

「はい。またよろしくお願いします」

「「ありがとうございました」」

 扉から出ていくアンドレさんを見送り、私とロレアちゃんは口を揃えた。

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