第二章 商売をしよう

001 プロローグ

「これは、なんとも……見事に壊れたね」

 全身筋肉痛からの回復に数日。

 やっと動ける様になった私は、家の被害状況を確認してるんだけど……うん、とっても、ね!

 台所から家の後ろの森まで、見事なまでに良く見える様になっている。

 裏庭への扉も、裏庭を囲む塀も、まとめて破壊されたからね!

 ただ、もっと滅茶苦茶になっていたと思われる裏庭と台所は少し片付き、瓦礫は隅の方に積み上げられていた。

「店長殿、私たちも多少は片付けたのだが、薬草などはどう手を付けるべきか解らず……」

「あぁ、いえ、良いんですよ。ありがとうございます」

 私と一緒に見て回っているアイリスさんが申し訳なさそうに言うけど、そもそもここは私の家。

 片付けるのは私の仕事だ。

「私たちもできる事があれば何でも手伝うから、言ってね! お部屋、借りているんだから」

「ケイトさんもありがとうございます。でも、何から手を付けるべきか……」

 少し考え込んだ私に、ロレアちゃんがピッと手を上げて口を開いた。

「サラサさん、良い機会です。台所を作りましょう!」

「台所? 台所から修復しようって事?」

「いえ、ちゃんと料理ができる、良い台所を、ですよ。今までの台所って、料理ができなかったじゃないですか」

 まぁ、かまど、無かったしね。

 コンロも付いてなかったし。

 完全に、買ってきた物を食べるための食堂だった。

「でも、私、あんまり料理、しないし……」

 実際の所、ディラルさんの所があるから、あんまり困ってない。

 料理をする事で節約になるならともかく、この村だと自分で作っても、あんまり変わらないと思うんだよね。ディラルさんの食堂、リーズナブルだから。

「でも、採集者が戻ってきたら、また混むようになりますよ? ちょっと前、混んでいて大変って言ってませんでした? サラサさん」

「うっ……」

 それは否定できない。

 私がこの村に来た頃には待つ事なんか無く座れたのに、あの騒動の前頃には、食事どきを少しずらさないと座れなくなってたし。

「戻ってくるかな? ヘル・フレイム・グリズリーに逃げ出した採集者が」

 自分の実力と敵の強さを考えて、戦わない事を選択する事自体は、採集者として間違って無いとは思う。

 だけど、ほぼ全員が知り合いのこの村に於いて、“危ない時に逃げ出した”という烙印は、なかなかに重い。

 ウチと雑貨屋のダルナさん、それに宿屋のディラルさんが取引を拒否しただけで、収入無し、宿無し、食料も買えないで詰んじゃうからね。

 それをやるかどうかは別にしても、結構肩身の狭い思いをする事は間違いないと思う。

「店長殿、本人たちは戻ってこないかもしれないが、別の採集者は来るんじゃないか?」

「いえ、逃げ出した採集者も戻って来るんじゃないかしら。他人の視線なんか気にしない採集者も多いから」

「確かにな。まったく! 嘆かわしい。村人が危ない時に逃げ出しておきながら」

「アイリス、それは仕方ないわよ。採集者は騎士じゃないもの」

「しかしだな、守る力がありながら逃げ出すのは、人としてどうなんだ?」

 憤懣やるかたないとばかり、鼻息も荒く言葉を吐き捨てるアイリスさんをケイトさんが宥める。

 私としても、どちらかと言えば、ケイトさん寄りかな?

 公平に考えると、大して親しくもない相手のために、命を懸けるのはなかなか難しいし。

「いい年をした男が逃げ出すとか! 店長殿の様な小さい女の子でも…………いや、うん、店長殿は例外だな、うん」

 語気も荒く不満を口にしていたアイリスさんだったが、私の方をチラリと見て、急にトーンダウン。

「言っときますけど、ちゃんと成人してますからね? 少し小柄ですけど!」

「も、もちろん解っているとも! 決して、子供だなんて思っていない!」

「絶対思ってましたよね!」

 思ってなければ、先ほどの台詞は出てこないはずっ!

「ま、ま。サラサさん、今はそれよりも台所です。壊れちゃった扉回りもこのままじゃダメですし、ちゃんとしたのを作りましょう、この機会に。サラサさんがあまり使わなくても、私が活用しますから」

「……ロレアちゃんが?」

「はい。お昼ご飯とか、作りますよ? 私も店番だけじゃ、あのお給料は、ちょっと心苦しいですし。よろしければ、朝と夜も」

「それは……とてもありがたいね」

 ロレアちゃんの料理の腕は良く知らないけど、作ると言う以上、それなりに自信がある……んだよね?

 まぁ、少しつたなくても、人の多い食堂に行かずに済むのなら、それはそれで楽だし。

「アイリスさんとケイトさんもその方が良いですよね? 今、食事に困ってますよね?」

「わ、私たちか? い、いや、ちゃんと食べているぞ、うん」

「え、えぇ。採集者は身体が資本だもの」

 ロレアちゃんの問いに、問題ないと答えた二人だけど、その様子は明らかに怪しい。

 視線が泳いでいる。

 なので、ちょっと強引に聞き出してみれば、私が寝込んでいた間、ほとんどの食事を安いパンで済ませていたらしい。

 私に大きな借金があるからみたいだけど……これはダメだね。

「解りました! しっかりとした台所を作ります! 毎回の食事は、みんなで一緒に食べましょう!」

「いや、しかし――」

 戸惑った様に、何か言おうとしたアイリスさんの言葉を私は少し語気を強めて遮る。

「もちろん! アイリスさんとケイトさんには食費を払ってもらいます。少なくとも、食べに行くよりは安く付くはずです。ケイトさんが言った様に、採集者は身体が資本。体調を崩してしまっては、結果的に返済が遅れますから。良いですね?」

「私としては、ありがたい事だが……」

「ええ。でも店長さん、良いの?」

「構いません。そのうち、台所をキチンとしようとは思っていましたから。あ、ロレアちゃんの食費は要らないよ。料理を作ってもらう分で相殺ね」

「そのくらいは、今もらっているお給料のうちで良いんですけど……」

「ダメダメ。最初の契約に無かった仕事なんだから。そのへんはきっちりやるよ、私は」

 なあなあはダメです。

 本当は、三食分の料理をする手間賃、ロレアちゃんが食べる分の材料費だけじゃ少ない気もするんだけど、追加で給料を払うと言っても受け取りそうに無いしね。

「と、言う事で、食事は全員で。そう決めました! 家主権限で!」

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