019 エピローグ

「うぅ~、ロレアちゃん、お水、お願い~~」

「はいはい。ちょっと待ってくださいね」

 村人や採集者、みんなの頑張りでヘル・フレイム・グリズリーを撃退したその翌日、私は一人、ベッドの上の住人になっていた。

 と言っても、べつに怪我をしたわけではない。

 単なる筋肉痛。

 ただし、全身の。

 とってもキツいです。

 全体的に結構無理して頑張っていたのは勿論だけど、一番の要因は言うまでも無く最後の二匹。

 私の身体では無理がある、強大な魔力にあかせた強引な身体強化。

 その結果がこれである。

 原因が原因なので、普通の錬成薬ポーションでは治す事ができず、かといって治せるような高価な錬成薬を使うのはさすがに勿体ない。

 故にコレ。

 一応、ヘル・フレイム・グリズリーの中で、急いで処理が必要な部位だけは全部回収を終わらせたんだけど、処理の終わり頃には、体中がピキピキいっていたから、本当にギリギリ。

 根性だけでやりきりました!

 そこを疎かにしたら、復興資金や頑張ってくれた人たちに分配する報酬にも影響するからね。

 ――そう、復興。

 大多数のヘル・フレイム・グリズリーは集めて殲滅する事ができたんだけど、アンドレさんたちが対処に向かった先には、三匹のヘル・フレイム・グリズリーがいた。

 アンドレさんたちは、採集者に貸し出すために確保してある空き家を利用し、なんとか三人で斃しきる事に成功したんだけど、その代償として、壁が壊れた家が数軒、半壊した家が一軒、燃え尽きた家が一軒。

 結構な被害である。

 でも実際のところ、最も被害を受けたのは、私の家なんだよね。

 塀だけならともかく、荒らされた高級薬草の畑、破壊された裏口の扉と壁。

 中でも一番の問題は、壁を壊されちゃった事。

 私の家って、“刻印”が使われてるから、それに含まれる壁を修復するのにかかる費用、単なる壁を直すのとは正に桁が違うんだよね……。

 壁を壊された家共々、私の家に関しても、村からお金を出してくれるって話だけど、さすがに全額出してもらう事もできないし、これは、もしかすると赤字かもしれない。

 ちなみに、なんで私の家にヘル・フレイム・グリズリーがやってきたかと言えば、推測でしかないんだけど、たぶん、ヘル・フレイム・グリズリーを誘導するための魔晶石を作っていたからじゃないかと。

 一応、全部持ち出して家の中には残っていなかったのだが、細かく砕いて運んだものだから、その途中、つまり裏口から出て裏庭、門扉、森への経路にわずかに落ちていたとしても不思議ではない。

 つまり……うん、私のミス。

 実際のところは判らないけどね。

「サラサさん、お待たせしました」

「ありがと~。うぅ、痛い……」

「あ、支えますね」

 ロレアちゃんが持ってきてくれた水を飲むために身体を起こそうとすると、体中に引きつるような痛みが走る。

 そんな私の身体を、ベッドに腰を下ろしたロレアちゃんが補助して起こしてくれた。

「ごめんねぇ」

「これぐらい、気にしないでください。サラサさんのおかげで、私たちの村が救われたんですから」

「みんなで頑張ったからだよ。残ってくれた採集者がいたのも、普段から村の人たちが良くしていたからだと思うし」

 定住しているわけじゃないアンドレさんたちにすれば、無理してこの村を守る必要は無く、出て行った採集者たちと同様、危険を避けたところで非難されるような事でもない。

 それでも留まってくれたのは、ここの村の人たちを見捨てられなかったからだろうし、そう思わせたのは、村の人たちのこれまでの行いだろう。

 私が頑張ろうと思ったのも、ロレアちゃんとかがいたからだし。

「ロレアちゃんも、怖かったよね?」

「少し。でも、すぐにサラサさんが来てくれましたし、この家の壁、かなり丈夫でしたから、そこまでは」

「“刻印”が使ってあるからねぇ。人間の力じゃ壊れないくらいには丈夫なんだけど」

 それでも、ヘル・フレイム・グリズリーの怪力には耐えきれなかったワケで。

 まぁ、あの太い腕だしねぇ。

「でも、誰も大怪我をした人がいないのは、サラサさんのおかげです。錬成薬ポーションが無かったら死んでいた、って人、何人も知っています」

「あー、それは、結構、頑張ったね。うん。ロレアちゃんにも手伝ってもらったけど」

 睡眠時間を削って作った錬成薬ポーション

 特に毒に関しては、錬成薬ポーション無しには対処できないので、事前準備ができて、本当に良かった。

 あれらを大量に配布したおかげで、少しの怪我でもすぐに使う事ができ、それによって大きな怪我にも繋がらず、結果的に人的被害を出す事もなく事は終わった。

 多少の怪我が残っていた人も、錬成薬ポーションで治療されているので、今日現在、動けなくなっているのは、たぶん私一人。

 ちょっと情けない事に。

 でも仕方ない。

 私、一応、頭脳労働者だもの。

 私はもう一度ロレアちゃんに支えてもらって、ベッドに横になる。

「ふぅ……。でも、こうやって年下の子に介護されるのは、少し気恥ずかしいものがあるね」

「そんな事、気にしなくても――」

「ならばその役目、この私に任せてもらおう!」

 扉をバン、と開き、そんな言葉と共に飛び込んできたのは、村の後片付けなどを手伝っていたはずのアイリスさんだった。

 その様子は控えめに言っても元気いっぱい。

 数日前には死にかけていたとは、とても見えない。

 昨日も大変だったのに、タフなことである。

「アイリスさん。作業、終わったんですか?」

「うっ。ま、まぁな」

 ロレアちゃんの言葉に、少し目を逸らしながら答えたアイリスさんだったが、すぐに後ろから入ってきたケイトさんによって否定された。

「なにが、『まぁな』よ。追い返されたのよ、不器用すぎて」

「うぅ……仕方ないじゃないか。ああいう作業は苦手なんだ」

 ケイトさんに真実を暴露され、アイリスさんはちょっと拗ねたように唇を尖らせる。

 そんな彼女が何をやっていたかと言えば、ヘル・フレイム・グリズリーの解体らしい。

 今日は朝から、不要になった柵や壊れた家の後片付けなどを行っていたみたいだが、それは比較的すぐに終わり、その後に行われたのがヘル・フレイム・グリズリーの解体。

 すぐに処理が必要な部位に関しては、昨日のうちに私がなんとか終わらせているので、残っているのは皮を剥いだり、肉を処理したりの、ジャスパーさんの様な普通の猟師でも行える事。

 でも、ヘル・フレイム・グリズリーはとにかく巨大な上に、数も多い。

 なんだかんだで、最終的な総数は二八匹。

 それはジャスパーさん一人でどうにかできる数ではなく、村の男性総出で、そして力のある女性も加わって、処理を行っていたらしい。

 そんな作業にアイリスさんも加わっていたみたいだけど……ケイトさんが言ったように、『アイリスさんに作業をさせたら価値が落ちる』と追い返されたらしい。

 まぁ、皮を剥ぐのにもそれなりにコツがあるしね。仕方ないよね。

「そういうケイトだって戻ってきてるじゃないか」

「私は作業を終わらせたからです」

 ちなみに、ケイトさんが行っていたのは、肉を塩漬けにする作業らしい。

 そちらに関しては、使える樽などの関係で、一時中断となっているようだ。

 しかし、ヘル・フレイム・グリズリーのお肉って、食品としてはどうなんだろう?

 錬金術の素材にはならないから、そのへんに関しては良く知らないのだ。

「ケイトさんも昨日はお疲れ様でした。弓の腕、思った以上でしたし、上から状況を把握してくれたのは助かりました」

「今回は接近が事前に把握できましたし、射点が確保できましたから。アイリスが襲われた時も、あいつらが無駄なおしゃべりをしてなければ、突然襲われる事もなかったんですが……」

「ははは……、ご愁傷様です」

「えぇ、本当に。でも、もうさすがに戻ってこないでしょう、彼らも。でも今回は、お金になる部分もだいぶダメにしてしまいましたね」

「それは仕方ないですよ。まずは斃す事が重要でしたから」

 急所への攻撃を避けて、自分たちが死んだりすれば本末転倒。稼ぎどころの話じゃなくなる。

「アイリスさんは、雪辱が果たせたんじゃないですか?」

「まぁな。一人で倒す事ができなかったのは少し残念だが、何匹も斃したからな! ……その結果として、私の剣が犠牲になったわけだが。うぅぅ……」

 最初のうちこそ、得意げな表情で胸を張っていたアイリスさんだったが、失われた剣を思い出したのか、表情を暗くする。

 戦闘の後、折れた剣先もきちんと回収し、綺麗に洗って持ち帰っていたので、実は何かしらの思い入れがある剣なのかもしれない。

「まぁまぁ、アイリス。今回の件で報酬も頂けるようですし、新しい剣も購入できるでしょ?」

「それはそうなのだが! でも、この剣は私のっ!」

「折れた物にいつまでも拘っても仕方ないでしょう? それとも直して使いますか? 折れた剣を」

 そんなの無理でしょ、とでも言うように、肩をすくめるケイトさんに、アイリスさんは憮然として表情を浮かべる。

「いや、さすがに直すのが難しい事ぐらいは解っている」

「なら、答えは決まっていますね。元々、そこまで高価な剣でもないんですから」

「むっ、それは解っている。でも、そんな言い方はないだろう」

「もうっ、二人とも! サラサさんはお疲れなんですから、騒がないでください!」

「いや、しかしっ」

 アイリスさん、私の介護をするために来たんじゃなかったっけ?

 別に良いんだけど。

 ちょっと賑やかだけど、少なくとも一人でさびしく寝ているより、こっちの方がよっぽど良い。

 ――うん。この村に来たのは正解だったかも。

 私は三人のそんなじゃれ合い聞きながら、今は身体を癒やすため、布団へと潜り込んだのだった。

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