018 襲撃

「すまない、店長殿、マズい事になった」

 ヘル・フレイム・グリズリー対策を始めて二日目。

 家に戻ってきたアイリスさんから告げられたのは、そんな不吉な言葉だった。

「採集者がほとんどいなくなってしまいました」

「……え?」

 詳しく訊いてみると、最近この村にやって来た採集者の大半、そして以前からいた採集者の一部が村から逃げるようにして出て行ってしまったらしい。

 いや、事実逃げたんだろうね。ヘル・フレイム・グリズリーの事を聞いて。

「私たちとパーティーを組んだ例の二人、あいつらがその怖さを吹聴したみたいで……」

 村長がヘル・フレイム・グリズリーの事を明かし、採集者に協力を要請したのは昨日の事。

 その日の夜、彼らは自分たちが体験した事をやや大げさに、宿の食堂で話してしまったらしい。

 それを聞いた多くの採集者は怖じ気づき、今朝のうちに村を出た。

 彼らの話を鵜呑みにしなかった採集者も、アイリスさんたちに話を聞き、間違っていないことが判るとその多くは同様の行動を取る。

 アイリスさんにしても、腕を無くした事は事実であるため、否定はできなかったのだ。

「自分の命が一番だから、逃げる事は否定しないけど……少し厳しいかも」

「すまない。私があんな怪我をしなければっ!」

 顔をしかめて拳を握りしめるアイリスさんだけど、さすがにそれは気にしすぎ。

「いえ、アイリスさんの責任じゃないですよ。むしろ、アイリスさんたちが遭遇していなければ、突然襲われる危険性もあったわけですから、準備をできるだけマシです」

「はい! むしろ、アイリスさんたちは村人じゃないのに、手伝ってくれて嬉しいです」

「そう言ってくれると……」

 私とロレアちゃんの言葉に、アイリスさんの表情も少し緩む。

「でも、店長さん、採集者がいなくても何とかなりますか?」

「ちょっと忙しくはなりそうだし、何とかなる……と良いなぁ」

 少し気弱な私の言葉に、ロレアちゃんたちが少し不安そうになる。

 けど、こればっかりは私一人で何とかなるものじゃないので。

 スタミナの方は自信がないしねぇ……これは、体力回復用の錬成薬ポーションを多めに作っておくべきかもしれない。


    ◇    ◇    ◇


 ヘル・フレイム・グリズリーの接近を知らせる笛が聞こえてきたのは、準備を始めて四日目の事だった。

 それを耳にした私はすぐさま剣を掴むと、外へと走る。

「サラサさん! 私は――」

「ロレアちゃんはここの二階に避難していて! ヘル・フレイム・グリズリーが近づいてきたら、笛を吹くんだよ!」

「解りました!」

 採集者の数が足りなくなったため、村人には笛を配布してあり、戦闘エリアから外れたヘル・フレイム・グリズリーを見つけた場合には、笛を吹いて知らせるように頼んである。

 その音で逆に呼び寄せてしまう危険もあるんだけど、村の中に配置するだけの戦力がないのだからどうしようもない。

 ロレアちゃんを残していくのが少し不安だけど、この家は丈夫なので、大丈夫と信じるしかない。

 私が戦闘エリアに駆けつけると、そこには既に採集者や、体力にある程度自信がある村人が集まっていた。

 柵作りなどの作業を手伝っていたアイリスさんとケイトさんもすでに来てくれていて、ケイトさんは建物の上で弓を構え、アイリスさんは柵の前で、採集者たちに混じっている。

 私はその中に、比較的親しい人の姿を見かけ声を掛けた。

「アンドレさん、それにギルさんとグレイさんも。残ってくれたんですね?」

「当たり前だろ? 俺たち、サラサちゃんよりもずっと昔からこの村を拠点にしてるんだぜ?」

「そうそう。知り合いが危ないってのに、逃げ出せねぇよ」

「サラサちゃんみたいな子供が頑張ってるなら、なおさらだな」

「いえ、これでも私、成人してるんですけど……。でも、ありがとうございます」

 私が改めてお礼を言うと、アンドレさんたちは照れたように男臭い笑みを浮かべた。

「礼を言われる事じゃねぇよ。サラサちゃんこそ、大量の錬成薬ポーションを提供してくれてるじゃねぇか」

「ちょっと大変でしたけど、上手く凌げれば、資金は回収できますからね」

 普通の傷薬に加えて、解毒薬も必要だったので、作業量はかなりのもの。

 大型の錬金釜のおかげで薬液自体はそこまでじゃなかったけど、やっぱりネックは瓶作り。

 これが終わった後、瓶を回収したら、当分は瓶作りが不要になるほどに頑張った。

 しんどかった。

 でも、できるだけの準備は整えた。

 柵は完全には完成していないけど、戦闘エリアに関してはしっかりとできているし、水を入れられる物にはすべて水を入れ、火災にも備えた。

 子供や女性は頑丈な建物に避難しているから、万が一、侵入されてもしばらくは持つはず。

「おいおい、サラサちゃん、アンドレたちだけじゃなくて、俺たちもいるんだぜ?」

「おう。俺たちは、最近来たようなヘタレとは違うからな!」

「正直、どれだけ役に立つか判らねぇけどな! がははは!」

 やはり残っている採集者の大半は、私が顔を覚えているようなベテランたち。

 そこまで強くない人もいるけど、経験があるだけ、ルーキーとは安心感が違う。

「大丈夫です! 柵を上手く利用して複数で掛かれば十分に斃せる相手です! 頑張っていきましょう!」

「「「おう!!」」」

 私が声を掛けると、周りから頼もしい返事が返ってきた。

 ……あれ? なんか私が指揮するみたいになってる?

 私なんてこの中だと所詮、小娘なのに……むむっ、これが錬金術師の社会的信用度の高さか。

 プレッシャーが掛かるんだけど。

 かといって、あの村長に任せるのも不安。

 ジャスパーさんかアンドレさんあたりに任せたかったんだけど、今更か。

 探知魔法で確認すると、魔晶石を播いた場所に沿ってヘル・フレイム・グリズリーが近づいてきているのが確認できる。

 ――って、ちょっと多くない? 二〇匹はいるんだけど。

 でも、この状況ではやるしかない。

「皆さん、そろそろ出てきます! 注意してください」

 私のその言葉からさほど間を置かず、森の中からヘル・フレイム・グリズリーが姿を現す。

 最初に一匹、その後ろから更に一匹、もう一匹……。

 頑丈な柵で半円形に作られた戦闘エリア、その中心部分には火の魔力を込めた魔晶石が置かれているのだが、敵はそちらよりも、柵の外で武器を構えている私たちの方に意識を向けている。

「おいおい……あんなにデカいのかよ……」

 そう言葉を漏らしたのは誰だったか。

 ヘル・フレイム・グリズリーの大きさ自体は、数日前に私が倒した物と大差なかったが、普通の熊などに比べれば圧倒的に大きい。

 初めて目にする探索者、ましてや村人にとっては、十分な脅威だろう。

 わずかに怯んだこちらの空気を感じたのか、先頭の一匹が「ごがぁぁぁぁぁ!!」と咆哮を放つと同時に突進してきた。

 マズい。

 一度の突進で壊れるほど柵は弱くないと思うけど、恐れて攻撃できなければいつかは壊される。

 今できることは――出鼻をくじく!

「『力弾フォース・バレット』!」

 頭を下げて突進してくるヘル・フレイム・グリズリー、その顔面に魔法を叩きつける。

 正に出鼻を挫くように、鼻先に。

 それにより、ヘル・フレイム・グリズリーの顎が跳ね上がり、わずかに速度が緩む。

 でもこれ、普通の成人男性なら吹っ飛んで骨折するぐらいの魔法なんだけど……。

 ちょっぴりショック。

 攻撃魔法、練習すべきかも。

 でも、それもここを乗り切ってからのこと。

 私は一気に前に出ると、剣を抜き放つと同時にそれをヘル・フレイム・グリズリーの首へと振り下ろした。

 ズバン。

 正に一刀両断。

 師匠から貰った剣はさしたる抵抗もなく、ゴトリとその首を切り落とす。

 そして切断された頭と胴体は、突進の勢いのままゴロゴロと地面を転がり、柵にドンとぶつかって動きを止めた。

 そして切断面から吹き出る、大量の血。

「……わぉ」

 いくら魔力で身体能力を強化しているとはいえ、ちょっと予想外の結果に、思わず声が漏れる。

 いや、首を切り裂くつもりはあったけど、あそこまであっさりと落ちるとは。

 さすが師匠の剣、シャレにならない。

 こちら側に加え、ヘル・フレイム・グリズリーまでも、動きを止めている。

「んっ、んんっ! ヘル・フレイム・グリズリーは十分に倒せる敵です! 恐れずに攻撃を!」

 私が咳払いをして声を出すと、ハッとしたように、採集者や村人から、つぶてや矢が飛び始めた。

 それに呼応するように、ヘル・フレイム・グリズリーの方も続々と森から出てくる。

 効果がある攻撃は一部でも、多少でも怯んでくれれば意味はある。

 ――あ、上手い。あれは、ケイトさんか。

 的確に矢で急所を狙っている。

 目に突き刺さっている物すらあるけど……眼球って良いお値段で売れるんだよね。

 いや、まずは生き残る方が重要なのは解ってるけど。

 火を吐いてくる敵もいるが、しっかりと濡らした柵は簡単には燃えないし、戦えない村人が探索者も含めてバシャバシャと水を掛けているので、今のところ大きな被害は出ていない。

「っらぁ! 数人で掛かれば十分に斃せる! 不安な奴は、柵を上手く利用しろ!」

 気を吐いているのはアンドレさん。

 ギルさんたちと共に、既に一匹斃している。

 私も奮闘しているけど、体格によるリーチの短さ、敵が増えた事による動き回れるスペースの減少の影響、危なそうな人のサポートなどで、追加で斃したのはまだ三匹。

 しかも最初のように即死には持って行けていないので、息絶えるまでに振り回される腕を避けたり、押し返したりで、なかなかに体力を消耗する。

 スタミナ、無いのに!

 更に、地面に転がる死体のせいで動きも制限され、五匹目を斃した時点でついに、柵の後ろに撤退することになった。

「アンドレさん、状況は?」

「わからん。俺たちはまだ二匹だが――」

「半数は斃せています!」

 そんな私たちに、屋根の上にいるケイトさんから声が掛かる。

 私の身長では、周りが見通せないので非常に助かる。

「ありがと! ここまでは順調。でも……」

「あぁ。柵がヤバいな」

 蓄積されたダメージに加え、柵の前に転がっている死体。それが邪魔で柵を盾にした戦いがしづらくなってきている。

「柵を二重にするべきだったかもしれませんね」

「時間が無かったんだ。仕方ない。それで半端な物を作っていたら、既に壊されている――」


 ドガァァァン!


 まるでアンドレさんのその言葉が契機になったかのように、辺りに轟音が響き、バラバラと木の破片が飛び散った。

 それと共に、弾き飛ばされるように、アイリスさんが私たちのところまで転がってくる。

 その向こうにいるのは、一ひときわ巨大なヘル・フレイム・グリズリー。

 二本足で立ち上がったその身長は、私の二倍ほどはあり、腕の太さなど、私の腰回りよりも太そうである。

 そんな敵に対してケイトさんから矢が飛ぶが、それをまるで小枝でも払うかのように腕で撥ね除けてしまう。

「すまない! 抑えきれなかった!」

「アイリスさん、その剣……」

「ああ、さっきので折れてしまった」

 あの時、アイリスさんが森から回収してきたその剣は、先端三分の一ほどがポッキリと折れていた。

 それに加え、アイリスさんの着ている鎧や服には多くの裂傷が走っている。

 彼女にはかなり多めに錬成薬ポーションを渡しておいた事もあり、傷こそ残っていないが、こびりついている血痕が、戦闘の激しさを物語る。

「こいつぁ、群のボスってところか?」

「みたいだな。こりゃ、俺たち三人じゃ無理だぞ」

「全員で対処しましょう」

「わ、私も! ――あ、剣が」

「コイツを使え。俺の予備だ」

「恩に着る!」

 他の人には下がってもらい、アンドレさんたち三人に私、アンドレさんから予備の剣を借りたアイリスさんを加えた五人でボスを囲む。

 ボスもこちらを警戒するように動きを止め、睨み合う私たち。


 ピー、ピー、ピー!


 そこに突如聞こえてきたのは笛の音だった。

 三回。別の場所からの侵入を知らせる音。

「――っ! アンドレさんたち、行けますか?」

「良いのか!?」

「安定して斃せそうなのは、アンドレさんたちだけみたいですし、私がここを離れるのも……マズそうですから」

 最初に私が一撃で斃したのを見ていたのか、ボスの注意はかなりの部分、私に向いているような気がする。

 もし私が離脱したら、後を追いかけてきそうなほどに。

「みたいだな。解った。できるだけ早く戻ってくる! おい、お前ら! サラサちゃんに怪我させるんじゃねぇぞ!」

「「おうっ!!」」

 アンドレさんの言葉に、野太い声が応える。

 でも、変に手助けに入られる方が、ちょっと危ない。

「邪魔が入らないよう、それだけをお願いします」

「解ったな! お前ら! 他の敵を近づけさせんじゃねぇぞ!」

 そう言い置いて、アンドレさんたちは、笛の音が聞こえた方に走って向かった。

 幸い、彼らが離脱しても、ボスは動かず、私を注視している。

「アイリスさんも他に回ってください。人数で抑えられない状態だと、逆に危ないです」

「……解った」

 私の言葉にアイリスさんは一瞬沈黙、悔しそうな表情で頷くと、そろそろと私の傍から離れた。

 私一人になったからか、ボスも少しずつ動き出したが、私もまた、他の人から離れる方向へ少しずつ下がり、距離を保つ。

 そんな私の動きに焦れたのか、ボスが大きく口を開いた。

 炎のブレス。

 状況次第では危険だが、一対一で対峙していれば対処はできる。

水球ウォーター・ボール!」

 大きく開いた口の中に、私の頭ほどはある水球が勢いよく飛び込む。

「グギャッ!」

 逆流した水を鼻から溢れさせ、ボスが苦しそうな声を上げる。

 その隙に飛び込み、剣を振るう。――が、浅い。

 四本ある腕、そのうちの左下を半ばまで切り落とす事に成功したが、胴体には届かなかった。

 本来であれば首を狙いたいところだが、いかんせんその高さは、私の頭のはるか上。

 頭を下げて突進してきてくれれば何とかなるのだが、最初に斃したヘル・フレイム・グリズリーの事を覚えているのか、腕を切られても頭を下げようとはしなかった。

 これは、素材とか言ってられるような状況じゃ、無さそうだね。

 私の持つ剣は強力でも、私だってあの太い腕から繰り出される攻撃を一回でも喰らえば、たぶん終わり。

 スタミナ切れで、身体強化ができなくなっても終わり。

 救いは、他の人たちが頑張ってくれて、邪魔が入らない事か。

「――っ!」

 ボスが動く。

 私の頭上高くから振り下ろされた腕。

 その腕を素早く避けると、鋭い爪が地面に突き刺さり、ドンという音と共に、地面が爆発したように土や石が飛び散る。

 それが身体に当たる痛みに顔をしかめつつ、そこに踏み込み、剣を切り上げる。

 ボスも腕を引こうとしたが少し遅かった。

 右上側の腕、それを半ばで切り落とす事に成功し、子供の身体ほどもある腕が、どさりと地面に転がる。

「グオォォォ!」

 怒りか。痛みか。

 半分の長さになった腕から血を吹き出させつつ、ボスが身体をよじる。

 これで腕の残りは二本。

 攻撃力も半減?

 いや、出血量を考えれば、それ以下かも。

 だけど油断はしない。

 私にとっては死ぬ直前まで、ゼロかイチ。

 当たれば死ぬのに変わりはない。

 こんな事なら、まともな防具でも準備しておけば良かった。

 でも、後の祭り。

 今後に生かすためにも今を生き延びる。

「『力弾フォース・バレット』!! 『力弾フォース・バレット』!!」

 暴れるボスから少し距離を取り、魔法を連打。

 体格差は如何ともしがたく、倒れてくれなければ、致命傷を与えにくい。

 かなりの威力を込めた『力弾フォース・バレット』を鼻面に二発喰らったボスは、一発目で顎が上がり、二発目で大きく後ろにかしいだ。

 その瞬間に踏み込む。

 無防備になった足。

 そこを狙う。

 右足は半ばまで、下腕が動かなくなっている左側の足は、完全に切り落とし、私は大きく距離を取った。

 ズズンッ!

 鈍い音を立てて、そのまま後方に倒れ込むヘル・フレイム・グリズリーのボス。

 完全に切り落とされた一本ずつの腕と足、そして半ばまで切られた腕と足も一本ずつ。

 そこから吹き出す血の量はかなりのもので、見る見るうちにその周囲は血の池に沈んでいく。

 それに伴い、ボスの動きも鈍くなっていく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 私はそれから目を逸らすこと無く、崩れそうな膝を両手で支え、腰のポーチから取り出した体力回復用の錬成薬ポーションあおる。

 うん。不味い。

 飲めなくはないけど、疲れているんだから甘い方が良い。

 これは、美味しい物を作れば、売れるかもしれない。

 使用者目線というやつだね。

 少しずつ回復していく体力を感じながら、私は動きを止めたボスを確認し、フッと息を吐き、周囲を見回す。

 まだ戦闘は続いている。

 一匹当たり三、四人で囲んで対処しているので、致命的な怪我をした人はいないようだけど、離脱した人は何人かいるみたい。

 錬成薬ポーションで怪我は治せても、体力までは回復しないし、素材の関係で体力回復用の錬成薬はあまり配布できていない。

「とりあえず、後ろから不意打ちして、数を減らして――」


 ピー、ピー、ピー!


「また!? しかも今度は――っ」

 聞こえてきたのは、私の家がある方向。

 ジャスパーさんの家もあるけど、ジャスパーさん本人はもちろん、エルズさんもまたここに来て手助けをしている。つまり、今あの周辺にいるのは――。

「ロレアちゃん!」

「店長さん! 行ってください!」

「でもっ!」

「店長殿、残りは私たちでも何とかなる!」

「おう! これぐらい、支えられねぇ奴は、男じゃねぇ! なぁ!」

「おうとも!」

 アイリスさんの言葉に、ジャスパーさんが応じ、他の探索者の人たちもまた、声を上げる。

「――お願いします!」

 私は転がっているヘル・フレイム・グリズリーの死体の間を駆け抜け、家へと向かう。

 多少ばらける事は想定していたけど、まさかウチの方に来るとは。

 裏が森に面しているから、考えなかったわけじゃないけど――。

 森沿いを走り、エルズさんの家の後ろを抜け、私の家の裏手へ。

「――あぁっ!!」

 少し前に、ゲベルクさんたちの手によって作られたばかりの、新品の塀。

 その裏手には、出入りしやすいように門扉があったのだが、現在それは、大きな爪痕を残して粉砕され、無残にも地面へと転がっていた。

 その上、その周囲の塀にも破壊の跡が。

「くぅぅっ、せっかく作ってもらったのに!」

 慌てて裏庭に足を踏み入れると、そこに広がっていたのは更に無残な光景。

 私が頑張って育てていた薬草畑、しかも自生していた物を丁寧に回収した高価な薬草、それらはすべて踏み荒らされ、明らかにダメになっていた。

 そしてそれを実行したのは、家の裏口を破壊し、その中に頭を突っ込んでいるヘル・フレイム・グリズリー二匹。

 狭い入口から強引に中に入ろうとしているらしく、扉の周りの壁まで破壊されている。

「私の家が……」


 ――熊、ぶっ殺す。


 その時の私の速度は、もしかすると過去最高だったかもしれない。

 こちらに向いている二匹の四本の足、それを軒並み刈り取り、一匹の背中の毛皮を掴んで放り投げつつ、頭を切り落とす。

 更にもう一匹は、腹を蹴り飛ばし、身体が浮いたところで同様に首を刈る。

 そしてそのまま家の外へ殴り飛ばした。

「ロレアちゃん、無事!?」

「サラサさん! 大丈夫です」

 破壊された台所へ飛び込み、大声を上げると、二階から聞こえてきたのは元気そうなロレアちゃんの声だった。

 その声に私はホッと安堵に息を吐く。

「ロレアちゃん、こっちに来たのは二匹?」

「はい! ここから見えた範囲では」

「解った。もうしばらくそこにいてね!」

「解りました~」

 私はもう一本、体力回復薬を飲み干し、村を見て回るため、再び走り出す。

 しかし、幸いな事に、と言うべきか、私が家を出た時点で既に残りのヘル・フレイム・グリズリーは討伐し終わっており、結局、私の最後の頑張りは無駄に終わったのだった。

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