憎しみ

 ほどなくして私は酒場に到着しました。

 裏の入り口など知らない私だが、店主に詰め寄ると、店主は簡単に口を割りました。裏のつながりにはよくある事ですが黙認こそすれ、彼らを匿うつもりはない様でした。


 裏口の見張りは二人。

 私はそれを奇襲で仕留めました。投石から接近しての殴打。投石は威力も弱く、跳ね返って物に当たれば不自然な物音も出るので潜入には向かない手口ですが、伝心を持つ私にはそもそも隠れて行動するという権利がありませんでした。なので自身の伝心の射程より遠方からできる唯一の攻撃である投石は私に限り有用な手段なのです。


 次に私は扉を無作為に蹴破りました。


『正解だな・・・・・・』


 蹴破った扉と共に男が一人倒れました。

 私はこの厄介な能力をよく知っているのです。私が侵入するよりも先にそれを知った悪人がすることなど手に取るように分かります。


 彼らは少なからず戸惑いました。

 そして、私はそれを逃しませんでした。数名の男を地に寝かせ、先に進みます。


『ヘレン!!いるんだろ!?』


 私はこの厄介な能力をよく知っていました。今まで一度として必要のない用途でしたが、私は声の聞こえない彼女に届けるために意識的に伝心を強く広く届けました。


 しかし、彼女の返事はありませんでした。

 気を失っているのか、気を失っているだけであってほしかったのですが、先に発見されたのはヘレンの姉でした。


 両手を縛られ、衣服を剥がされた姿は何をされたのか聞くまでもないもので、無数の生傷が抵抗と加虐的な男がいた事を思わせましたが、私は彼女を憐れむ感情を持つこともなく、一層ヘレンへの心配を強めました。


「ヘレンはどこだ!?」

「ひっ・・・・・・し、知らない。私は、何もっ!!いやああああああ」


 無造作に拘束を剥がし問い詰めるも姉は錯乱した様にそれだけを言い残すとみすぼらしい姿を気に留めもせず逃げ出しました。


『なんだそれ……こんな時でも……そこまで邪険に出来るのかよ!!?』


 追いかけて手にかけていたい衝動に駆られました。

 今彼女があった被害でさえ生ぬるく思いました。それは、勝手な事ですが家族を知らない私が理想を重ねた家庭だったからこそ、彼女の行為はあまりにも許せなく映ったのです。


 ……実際、その声が聞こえなければ私はそうしていたかもしれません。


「ふぅん、この子、ヘレンっていうのかぁ♪」


 物陰からその男が立ち上がりました。先の会話にいたリーダーと呼ばれる男です。


 男は頬についた血を舌で舐めとりニマリと笑った。


「お前、ヘレンに何をした……」「……へぇ、分かってるんだろ?」


 男は小さくほくそ笑み・・・・・・言いました。


「結構、楽しかったぜ♪」「おぉぉぉおおぉぉおおおおおお!!」


 私は怒りに任せて拳を振るいました。

 しかし、その拳は空を切ります。リーダーと呼ばれた男は先までの男とは根本的に戦いの経験数が違いました。


 いかに私の拳が早くても、伝心により手口の分かってしまう拳では、慣れた者に通用はしない。


 それどころか彼は片手に構えたナイフを突きだして見せました。

 分かりやすい魂胆です。避けたついでに少しづつ私の体に傷をつける事に適した構え方でした。


「はっ!!馬鹿じゃん♪次、どっか切れるよ♪」


 しかし、私はその言葉を気にとめる事さえなかった。


『憎い……』


 心の底からそう思いました。

 私はヘレンを異性として見ていたのか、それとも妹が傷ついた事への憎悪だったのかは今も計りかねます。


 ただ、その感情はあまりにも大きく、強いものでした。

 それこそ、ナイフで手が刻まれる事に恐怖の欠片も抱かないほどに心の全てが彼を憎むことに満たされていました。


「なっ!!・・・・・・狂ってるのか!?」


 突き出したナイフを思いきり握りしめた私に男は動揺しました。


 結果的にそれは彼の動きを封じました。

 押すことも引くことも出来ないナイフはそれ以上肉に食い込むことはなく、その距離はあまりにも私の伝心が良く届く距離でした。


『●ろしたい』

「な!?・・・・・・なんだよこれ!?ひぃいい!!」


 彼に届いた伝心はどれ程おぞましいものだったでしょう。


 自身の手足が万力で引きちぎられるか、縛られ食材の様に焼かれ、はたまた腸を・・・・・・それとも爪を剥ぎ、意識を覚醒させたまま・・・・・・みじん切りの要領で・・・・・・


 彼が脳内で体験したのは自身の息絶える瞬間、或いはその過程の拷問の様、それが私の考えつく限りに伝えられ、脳内の彼は数十回、百数回と死の体験を繰り返したのです。


「やめてくれ、頭がっ!!頭が割れそうなんだぁああああ!!」

「『聞こえないのか?……俺は●ねと言っているんだよ』」

「あああああぁっぁあぁっぁぁぁぁぁ!!あ!」


 男は突然声を発しなくなり白目を向いて倒れこむと、そのままピクリとも動かなくなりました。


 その時、私はどれ程冷たい目をしていたかは想像にも難しいことです。

 倒れた男への憎しみはすぐに消え、それは私にとって興味のない物となりました。

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