第37話 「 What is jorkers ? 」




  目を覚ますと、俺はソファーの上で横になっていた。


 どこかの事務所っぽい作り。見覚えがある。


 レイラのオフィスだ。


 どうやら俺は浄水場で倒れたあと、レイラとジョーによってここに運ばれたらしい。


 と、そこまで考えたところでオフィスのドアがガチャっと開いた。


「……あ、ゲン!起きたの⁉︎―――レイラ、ゲンが起きたよ!」


 ジリだった。たぶん俺を運ぶ途中で文化ホールに寄り、彼女をピックアップしたのだろう。


「本当?―――ああ、良かった……もう目を覚まさないかと思って心配しちゃったわ」


 言いながら、ジリの後ろから現れたのはレイラ。しかし言うほど心配はしてなさそうな笑顔だった。まぁ信頼の現れだと思っておこう。



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「そっかぁ……。なんだかトンデモないことになってきてるねぇ」


 俺とレイラから浄水場で起こった話を聞いたジリは、呆気にとられたようなため息を吐きながら言った。


 俺たちはソファに腰を落ち着けてコーヒーを飲みながら、それぞれに起こったことを報告しあっていた。


 ちなみに俺の横にレイラが当たり前のように腰掛け、それを見たジリが眉をピクリと動かして、渋々向かい合わせのソファに座っているという配置だ。


 協力してくれた聖ともひとまず現状の情報共有をしようということで、まず俺とレイラが浄水場での顛末を聖に話したのだった。


「本当にね。まさかあんな大物が絡んでるなんて……まぁ薄々は、アスカの回想を聞いた時から予想していたけれど」


 両手で『お手上げ』の仕草を外国人らしくしながら言ったレイラに、俺は疑問をぶつける。


「なぁレイラ。あの2人―――レオナルドとメフィストは何者なんだ?レオナルド・ダ・ヴィンチって言ったらアレだよな、昔の画家だっけ。あれ? 発明家だったっけな?」


「どちらも正解よ。レオナルド・ダ・ヴィンチは中世ヨーロッパの末期に実在した人物。一流の画家でありながら、稀代の発明家でもあったと言われているわ」


「あーそうそう、そんなだったな。でも世界史の教科書に載ってる自画像って、ヒゲのおっさんだよな。あのレオナルドって名乗ったガキは、どう見ても14、15歳くらいだろ。ただの同姓同名か?」


「あの子は恐らく、《偉業を継ぐ者たちジョーカーズ》よ」


「「《偉業を継ぐ者たちジョーカーズ》?」」


 俺と聖は、異口同音でオウム返しした。


「ジョーカーズとは、世界に数人いる破格の天才たちの事よ。彼らはその才能の分野や特異性によって、歴史上の偉人の『名』が与えられるわ。畏敬と恐怖の念を込めてね」


「恐怖って、なんで?」


 聖の質問だ。


「今回の件も含め、彼らは自らの知識欲や探究心を満たすためならば手段を選ばない。そして彼らはその有り余る才覚で大概の無茶を実現するわ。なんの関係もない無辜の人々の迷惑や被害ななど、一切御構い無しに、ね」


「おいおい、なんだそりゃ。そんな危ないやつら、さっさと全員捕まえろよ」


「それが出来れば苦労しないわ。できない理由があるのよ」


「何でだよ。いくら頭よかろうが強かろうが、世界中の魔術師やらが総出でかかればイチコロだろう。それに、そんなヤバい奴らなら世界中のお偉いさんが黙ってないはずだろ?」


「困ったことに、その『お偉いさん』達が《ジョーカーズ》を擁護しているから手出しできないのよ。《ジョーカーズ》がやる事なす事は全てデタラメで迷惑極まりないけれど、まれに人類のためになる成果が得られることもあるの。ただし、それはあくまで副産物で、結果論だけれどね。だから世の権力者達や有識者達の中には、《ジョーカーズ》の行為から成る被害はささやかな代償とする派閥があって、むしろ援助さえしている者達もいるわ」


 何だそりゃ。俺は眩暈めまいがしそうだった。


 1つの大きな成果のために大勢の犠牲は止むなしって……ゼノもそうだったな。大人ってそんな奴らばっかりか? だとしたら俺は大人になんかなりたくないな……。


 いや、そんな大人ばかりじゃないだろうけど。俺には理解できない考えだな。


「ふーん。つまりそのレオナルドって子は、歴史上の偉人の名を名乗れるくらいすごい子ってことなんだ。そんで、自分の目的のためなら周りの迷惑も顧みないと。さらに、同じような人たちが世界中に何人かいるわけだ」


 コーヒーを飲みながら、聖は自分なりに《ジョーカーズ》のことを要約した。


「レオナルドのことは理解したよ、ある程度は。それよりも、問題はアイツだ。メフィストとかいうコウモリ男」


 俺はメフィストの魁偉を思い出しながら言った。


 イフリート並みの巨体に、黒く禍々しい翼と血のように紅い瞳。そして何より生物が根源に有する原始的な―――圧倒的な強者に対する―――恐怖心を喚起させるオーラ。もし今までに俺が化け物達に出会って耐性が付いてなければ、無様にも失禁ちびって失神していたことだろう。


「あれは……理解わかり安い言葉で言うならば『悪魔』よ。アスカもそう言ってたんでしょう?あらゆる伝承や伝説の中に登場するから、貴方達もその存在は知っているでしょう?」


 コーヒーが苦手なレイラは紅茶を一口飲んだ後、そう言った。


「悪魔ねぇ……まぁ大蛇やらでかい触手の肉饅頭やら怪鳥やらがいるんだ、悪魔がいてもおかしくは無いんだろうけど……」


 と呟いた俺に、


「え? ゲン、それで納得しちゃうの⁉︎」


 とツッコミを入れる聖。


「仕方ないだろ。もう不審な物に慣れちまったんだから。それよりもあのメフィストってやつも《ジョーカーズ》の一味なのか?」


「というよりも、アレはレオナルドが個人的に使役しているようね」


「悪魔を使役って……そんなこともできるのか?」


 感嘆しかけた俺に、しかしレイラは、


「普通は無理ね」


「オイ……」


 ソファでずっこけかけたじゃねーか。ってこのリアクションは古いか?


 しかし向いでは、聖が同じようなリアクションをしていた。


「悪魔は《召喚魔術》の契約対象としてポピュラーでは無いわ。確かに彼らは強力な力を有し、知力も人間並みかそれ以上に高く、それ故にあらゆる願いも叶えられ得る存在よ。でも彼らから求められる代価は不等価なの。誰かを一時不幸にするために、自らの命を差し出さなければならないというインバランスな取引も往々にしてあるわ。でも―――」


 そこでレイラは少し目を細め、食指を顎に当てて続けた。


「―――それが悪魔メフィスト・フェレスならば、話は別よ。メフィスト・フェレスという悪魔は、様々な書物に頻繁に描かれているわ。人間の契約相手としてね。それはとりも直さず、契約の不均衡さを払拭するがあるということよね」


「それじゃあ、メフィストはあくまでレオナルドに付き従ってるだけで、やつ自身に目的はないんだな?」


「《ジョーカーズ》の意向とは無関係という意味では、そうね。メフィスト自身には積極的に人類をどうこうしようという目的はないはずよ」


「なるほどね。ひとまずあの2人のことは理解った。あっちから何か仕掛けてこない限りはこっちから何もしようがないし、とりあえず放っておくか」


 頭の後ろで手を組み言った俺に、ジリも続く。


「さんせー。君子危うきに近寄らずだよ」


 昔はこいつこそが好奇心旺盛で、危ないことや未知の場所に飛び込んでいったものだが、いつの間にかそういう性格もなりを潜めたな。なぜだろうか? まぁ聖も大人になりつつあるって事か。


「情報収取だけはこちらで行っておくわ。とはいえ《ジョーカーズ》には情報規制がしばしばかけられるから、めぼしい収穫は期待しないで頂戴。ああそれと、あのマスクドマンは《魔術協会》のエージェントに命じて病院に運ばせたわ。もちろん監視付きでね」


 覆面男マスクドマン―――坂崎氏か……あの人が今回の騒動の元凶、という事になるのか。


 彼の過去を覗き見てしまったが、それでも同情は……どうかな、今の俺には出来るとも出来ないとも判断がつかない。今の俺に確実に分かることは、彼が正気を取り戻した時、明日香に対して償わなくてはいけないという事だ。


 しかしそれにしても、抑圧された精神が彼にもたらした変化は劇的なものだった。


 それを可能にしたのは、彼が見つけた謎の隕石。これに関してはレイラも解らないと言っていた。不思議なことはなんでも知っていそうなレイラが解らないと言ったのには驚きがあったが、よく考えたら当たり前か。世の中には知らないことが多すぎるんだ。レイラも物知りではあるが、俺と同い年なんだからその全てを知るのは無理というものだ。


 俺はれかけた思考を一旦戻す事にした。


「レイラとジョー以外にも《魔術協会》の人間がいたのか、この街に」


「増員したのよ。ゼノの一件以来。正確には勝手にワラワラと押しかけてきたから、そのまま働いてもらっているだけなのだけれど」


 こともなげにいうが、レイラは意外と(?)人望がある。明らかに年上のジョーが、『マム』とか慕って従順に動いているし、学校でも学年や男女の区別なく人気があるのだ。


 俺には何となくその理由が理解る気がする。


 見た目の可憐さだけではなく、分け隔てなく接する公平さや、場の空気を読んで人と上手く付き合える社交性があり、団結が必要な時には周りを纏め上げる統率力を見せる。しかし必要な時以外はでしゃばらない。要するに、リーダーとしての資質が高いのだろう。多分、この歳にしてプロデューサーという重責を担っているからこそ身についた能力なんだと思う。


 そんな彼女を助けたくて、海外からはるばる日本のこんな街に来た―――というのが真相だろう。


「こっちは以上だ。ジリ、フェスの様子はどうだった?」


「フェスっていうか、気になるのはあの水瀬ってのことでしょ?」


 なぜか俺を軽く睨みながら、聖は言った。


「いや別にアイツだけって事もないが……まぁとりあえず、明日香の様子を教えてくれ」


 そして聖は語った。明日香の頑張りと、それがもたらした熱狂の渦を。


「凄かったよ。もし奇跡の歌声こえっていうのがあったら、ああいうのを言うのかも。ま、でももう1人知ってるんだけどね。奇跡の歌声の持ち主」


 意味深なことをいう聖に俺は当然尋ねる。


「へぇ、誰だよソイツ。聴いてみたいな」


「……秘密」


「はぁ? なんだよソレ。教えろよ」


 俺と聖のやり取りを見て、「ふふ」とレイラが笑った。


「何だよレイラ。お前も知ってるのか?」


「ええ、知っているわ。でも私も教えない。トップシークレットよ」


「ええ〜……」


 なんなんだ、2人して。誰だよ、この2人の共通の知人という相当限られてくるぞ……。それか有名人とか? いたかな、そんな人。むしろプロだとそんな人がいすぎて逆に判らないし……。


 懊悩する俺を見て、2人ともお互いに視線を交わしてニヤッと笑うし。


「それにしても、水瀬さんが倒れかけた時に駆け寄ってきた娘には驚いたなぁ。あの娘が例の杏って娘なんでしょ? でも話じゃ昏睡状態だったんだよね。なんで急に回復してたんだろう?」


 そう言って、しきりに首を捻る聖。


「あ? ああ、それか。実は昨日、杏って子のいる病院をレイラに調べてもらって侵入したんだ、俺」


「……いま、さらっと凄いこと言ったね。まぁいいわ。ひとまずスルーしたげる。で?」


 半眼の聖に促されて、俺は続ける。


「それで眠ってる彼女に向かって、イフリートの炎を浴びせた」


「…………っ‼︎」


 口の端を痙攣させながら絶句する聖。


「どうした、ジリ? そんなに仰け反って」


「ど、どうしたもこうしたもないでしょ!アンタ、女の子の病室にこっそり這入り込んで炎を浴びせたって、正気の沙汰じゃないよ!しかもそんなことするからには夜中なんでしょ、どうせ。変態か、アンタは!アタシはアンタをそんなヘンタイに育てた覚えはないわ!」


「俺もジリに育てられた覚えはねーよ。しかもなんで変態なんだよ」


「うるさい、もう喋るな変態」


 腕を組んでプイッと横をむいた聖に、俺は困惑。取りつく島も無くなったな、コイツ……。


「心配することは無いわ、ジリ。あの時は私もジョーも一緒だったから」


 と、レイラ。


「うーん。それならまぁ、安心か。いやでもレイラと夜中に一緒だったってのも……でもでもジョーさんも一緒ならセーフ……かな?」


「なんでレイラが一緒ならいいんだよ。てかもう話を戻してもいいか?」


「え?ああ、うん。お願い」


「……ったく。まぁいくらイフリートの《緑の炎》とはいえ、怪我や病気に効くとは限らなかったから一か八かだったけど、『早く良くなれ』って念じてやったし、実際に目を覚ましたんだから結果オーライだよな。まぁ俺がいる間には目を覚まさなかったけど。で、『明日香が君のためにある場所で歌います』って日付と場所を書いたメモを、念のためテーブルの上に置いて帰ったってだけだ」


「ふ〜ん。そうなんだ」


 と一応聖も納得したみたいだ。


 ちなみに水瀬と杏の話について灰田からは『他言無用』と言われたが、レイラと聖に関してはチームということで情報共有の必要性があったので、必要悪ということで約束を反故にさせてもらった。


 ごめんよ灰田。お詫びに次お前が俺を弄る時は、大人しくしてるからさ……。


 その後は、レイラが迎えにくるまでのフェスの様子をジリに聞いたところで、


「あ、もうそろそろこんな時間か……」


 時計を見ると、そろそろフェスがフィナーレの頃合いだった。今から急げば間に合うかな。さすがにラストまでに軽音部のみんな合流しないと、みんなに怒られる。


 というわけで、俺はレイラ(正確にはジョー)に会場まで送ってもらい、なんとかラストまでには戻れた。


 しかし、1年生のバンド《バニラアイス丼》のステージには間に合わず、そのことをリンゴに告げるとむくれられる、といった一幕があったりした。


 明日香はというと、あの後、救急車で病院に搬送されたらしい。


 部員達もしきりに明日香のパフォーマンスを誉めそやしていた。本当にすごかったんだな……。俺も出来ることならその場で観たかった。


 それが唯一の心残りだ。


 まぁいずれはまた、明日香のステージを拝める日が来るんだろう。


 そう高を括っていた。


 そんな俺の楽観はしかし、一週間後に打ち砕かれる事になるのだった。







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