第34話 「 Be alive 」




 それからタッちんは眼帯の子供―――レオからいくつかレクチャーを受けた。


 隕石の性質やその使い方、タッちんが機械工学に明るいこと知ったレオはそれに応じた用法を教示していった。


 そしてレオは協力する代わりにある条件を提示してきた。


 それは楽器に関する作品を作って欲しいと言うことと、隕石を調査させて欲しい―――と言うことだった。


 レオの調査によって、隕石は死者をも蘇らせることができるかもしれないと言うことが判明した。


 これにはレオも驚いたと言った。と言うのもレオが知っていた隕石の性質は『世界の運命に干渉する』と言うことだけだったからだ。


 それからレオは死者を蘇らせると言う実験をしようとしているみたいだが、タッちんにとってはどうでも良いことだった。要は『なんだか凄いもの』を造れれば、タッちんはそれで満足なのだ。


 レオに指示された通り楽器(なぜ楽器なのかは判らないが)関連ということでエフェクターを作ろうと思った。


 レオはそのエフェクターに魔術回路を組み込もうと言ったので、そのエネルギーの供給源として水瀬家の明日香に目をつけた。


 若くて活きが良いということもあったが、目をつけた最大の理由は、何よりもエフェクターの電子回路には魔術回路と生け贄を繋ぐための媒体が必要という点にあった。


 媒体には生け贄の体の一部が良いと言われたが機械に組み込むので臓器などの生ものは駄目だ。腐ってしまう。髪の毛は手に入りやすいが、機械が発する熱で燃え尽きてしまう恐れがあった。


 そこでタッちんは思い出した。幼い明日香が水瀬家を初めて訪れた際、明日香が抜けた乳歯を庭の隅に埋めていたことを。


 昼間、家の者の目を盗んで明日香の乳歯を掘り出すと、早速加工して基盤に組み込んだ。


 そのあとは明日香を呼び出して丸め込み、魔術回路につなげるだけだった。呼び出すネタも協力させる材料も、明日香の教育係として働いていた坂崎 (タッちん)には豊富にあり、造作もないことだった。


 ひとまず杏と口喧嘩して事故に追い込んだネタを使うことにした。タッちんが明日香の日記を盗み読みして知ったのだが、それは明日香の与り知らぬことではあった。


 ともあれ案の定そのネタに引っ掛かり、ホイホイと呼び出されてきた明日香を魔術回路に組み込んだ。


 やがて完成した最高傑作―――タッちんはそれを《メテオ・ドライバー》と命名した―――を前に雀躍じゃくやくした。そして《メテオ・ドライバー》を使って世界の常識を壊し自分の才能を世に知らしめてやるのだと決めた。


 だのに、なのに―――。


 タッちんが実験をするたびに邪魔をしに現れる奴らがいる。

 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 なんてヤツだ。


 この坂崎―――いや、タッちんは


 崇高な思想も誰かのためにという使命感もない。


 あるのはチンケな自己顕示欲だけだ。


 俺はイフリートの《黄金の炎》に依って、タッちんの記憶や思いを読み取った。


 ゼノの時もそうだったが、どうやらこの黄金の炎には相手の心を感じ取る能力があるようだ。


 だが読み取ったところで、タッちんに同情の余地も酌量の必要もなかったな。


 大人をさばけるような人生経験も資格もないし、高慢な人間になりたくないと思っている俺だが、女の子を踏み台にしてする事が自分の名誉欲を満たすなんてヤツをぶん殴っても、文句は言われないと思う。


 とはいえ、先ずはやはりを壊すべきだ。


 俺は改めて目標を鈍色の筐体に定めた。


 イフリートは俺の《想像》に応え、金色の光をさらに輝かせる。


 ギター演奏をリードプレイに切り替えると、イフリートはタッちんに刺したままの《黄金の焔剣》の出力を上げた。


 揺らめいていた焔の剣のシルエットが、ガスバーナーのように激しくなる。まるで力を奥に奥に押し込むように。


 タッちんを包んだ焔は、彼の抱えているジャズマスターにも飛び火し、シールド・ケーブルを導火線よろしくはしって行き、やがて―――、


 ボゥッ!


 鈍色のエフェクターを黄金の焔で包み込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 明日香は暗くじっとりとした世界へ落ちていた。


 もしかしたら昇っているのかもしれない。


 いずれにせよ、明日香という少女の核となる大切な部分が住み慣れた世界ではなく、人間が通常到達し得ない世界へ進んでいることには変わりなかった。


 ふわふわと、ゆっくりと。


 何を考えているわけでもない。ただ『私はどこかへ進んでいる』という認識だけがあった。それも朧げに、だが。


 次第に何かが行く手に現われた。


 それは明日香の知識のフィルターを通して『大きくて黒い孔』として形を成した。


 黒い孔に近づくにつれ、明日香の全身を悪寒が支配しだした。


 外側から徐々に、でも確実に凍っていき、最後の一片が凍りつこうとしている。


『水瀬明日香』という存在が終わりかけた時、遠くから何かが近づいてくる気配があった。それも、猛烈な勢いで。


 ゴウっと明日香めがけて飛んできたそれは、太陽の光を凝集したかと思わせる黄金のだった。


 箭は明日香の中心を射抜くや、そこから熱を広げて彼女の凍りついた部分を溶かしていく。


 そして明日香は聴いた。明瞭はっきりと。


 彼の声を―――。




『明日香、生きろ!』




 瞬間、意識を覆っていたもやがたちまちのうちに霧散した。


「弦輝!」


 明日香は知り合って間もない、だが大切な存在である少年の姿を探す。


 しかし、どこにもその姿はない。


 その代わり明日香を襲っていた、冷たく、暗く、恐ろしいものを溶かしている、この暖い金色の炎から『彼』を感じる。


 再び『彼』の声が聴こえてくる。


『明日香、諦めるな!生きるんだ!』


 その声で初めて明日香は自分が現在『死』の直面に瀕していることを覚った。


「でも……でも私、もう疲れたよ」


 悄然と呟く明日香。


 そんな彼女に弦輝の叱咤が飛ぶ。


『疲れたくらいがなんだ!明日香、お前はミュージシャンなんだろ!だったら全力で歌った後で倒れろ!』


 全く優しさのない言葉。だがそれゆえに、力強く明日香の心に響いた。


『力が尽きたって言うなら、思い出せ!』


「思い出す……何を?」


『思い出せ!お前は誰のために歌うのかを!』


「―――――――っ‼︎」


 初心というものは、時にどんな魔法よりも大きな力を与えてくれる。


 前人未到のエベレストの頂を目指し急峻な道のりに心が折れそうになった登山家も、大航海時代に新大陸を目指し大嵐で諦めかけた冒険家も、きっとそれぞれの初心を胸に秘め偉業を成し遂げたのだ。


 同じようにいま、明日香の―――友と母のために歌うという―――初心に火がいた。


 弦輝の想いが明日香の心に火を移したのだ。


 だが弦輝の火はあくまで種火に過ぎない。


 明日香の心に灯った火は、明日香自身が燃やしているのだ。


 明日香の火はすっかり全身から、冷たく暗く恐ろしいものを退けた。


 そして―――。


________________



 わずかに瞼を開いた明日香を見たスタッフの1人が「大丈夫ですか?」と声をかけた。


 明日香は自分の側に置かれた担架を見て跳ね起きた―――つもりだったが、実際にはよろよろとした覚束ない起き方だった。


 周りを囲むスタッフたちに「大丈夫です、すみません」と謝り、大事無いと告げる。


 なおも食い下がるスタッフ達。当然だ。出演者―――それも未成年者に何かあっては大問題なのだから。


 そんなスタッフ達に、「緊張し過ぎて目眩がしただけです。もう大丈夫です」と飛び跳ねてアピールする。駄目押しに、


「私、今日のこのステージのために頑張ったんです!ぜひ歌わせてください。後1曲だけでいいんです。私、後悔したくない……」


(今は血の気が引いている所為で)儚げな美少女の切実な哀願。おまけに涙を浮かべながらとあっては、男性スタッフ達も渋々引き下がるしかない。


 それに元々このフェスは若いミュージシャン達の頑張りを応援する趣もあり、スタッフ達も若かりし頃は夢に向かってひたむきだった者ばかりが集まっている。


 次、危ないと判断した中止させるからねと言い残し、スタッフ達は下がっていった。 


 明日香は体を大きく曲げてスタッフ達に最敬礼した後、正面に向き直った。


 観客に倒れたことを詫びると大きく息を吸い、改めて歌い出した。

 

 


 この日この会場にいた観客は、水瀬明日香という少女の歌声を聴いたものは1人の例外もなく確信した。

 

 近い将来、音楽界に新たな歌姫ディーバが誕生することを。






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