第33話 「 I feel so good 」




「あ、あんたは……坂崎さん……か?」


 俺はに震える指を突きつけ、彼の名を呼んだ。


 そう。いたるところ焼け焦げたシャツを着てうずくまり、こちらに憎悪の目を向ける男は―――水瀬家の執事、坂崎氏だった。


「…………」


 俺の誰何すいかに、しかし目の前の男は無言で応えた。


 構わない。殺気立った目つきは別人のようだったが、彼は間違いなく坂崎氏だ。


「なぁアンタ、何やってるんだよ。明日香をそそのかしてあんな危険な目にあわせて……今もあんな怪物を生み出して……何が目的なんだ⁉︎」


 怒りと混乱で語気が荒くなる俺。そんな俺に対し、坂崎氏は顔を奇妙に歪め、暗い笑みを向ける。


「キシシシシ……馬鹿だなぁ。馬鹿だよなぁ……キシシ。前にも言ったよなぁ。僕ちんは天才だって。遊びだって。最高の天才が最高の傑作を創ったんだよぉ。出来栄えを試すには実験あそぶしかねぇだろぉがぁ。キシシシシ」


「…………っ‼︎」


 坂崎の言葉に絶句する俺。


 言うに事欠いて実験あそびだと?


「ゲスね」


 冷ややかに吐き捨てたレイラ。俺も同意見だよ。


「あの明日香がきも、僕ちんの最高傑作の実験台になれたんだ。栄誉なことだろ?キシシシシ!」


 ぎり。あまりの身勝手な言い草に、俺は奥歯を噛みしめる。


「死人をよみがえらせるとか言ってたそうだな。どういうことだ?」


「ああん? よく知ってんな。あんなの嘘っぱちに決まってんだろ。キシシシシ」


 ……なん、だって?


 嘲笑を浮かべる坂崎。その言葉に俺は愕然とした。


 明日香はアンタの取引を―――約束を信じて契約したんだぞ。


 あんなに苦しんでも、お母さんにもう一度会うために必死に耐えていたんだ。


 苦しみ倒れ込んだ明日香の蒼白な顔が、俺にすがりつき泣きじゃくった明日香の涙が、俺の脳裏にフラッシュバックされる。


 この心臓をグツグツと煮え滾らせるほどの感情はなんだ?


 無論、怒りだ。


 俺は己の中に、いまだかつてないほどの激しい怒りを感じていた。


 しかし―――


 しかし、同時に。


 胸の奥で燃える怒りとは別に、頭の方では深々と冷静になっていった。


 疑問。あまりにも違いすぎるんだ。以前会った坂崎氏と、様子が。言動が別人すぎる。


 双子? そうかもしれない。


 解離性同一性障害―――いわゆる二重人格?話には聞いたことはあるが、その可能性もありそうだ。


 今まで赤々と光り輝いていたイフリートの全身の炎が黄金色に輝きだした。


 イフリートは黄金に燃えさかる炎を1本の大振りの剣の形に変え、大きく振りかぶり―――、


 坂崎氏を正中線に沿って斬った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 坂崎高臣たかおみは水瀬家に使える執事の息子として生まれた。


 幼少の頃から利発な子で神童とまで呼ばれていて、特にその才は電子工学、機械工学の面において発揮された。無論、その他の学問でも非凡であった。


 その才を買われ、水瀬家の嫡男である龍馬の教育係を務めていたこともあった。


 学生時代は工学を学び、いずれは一流の技師になろうと志していた。


 大学へ進学するという段になって、高臣は父親に進路の相談をした。工学を学びたい。その道に進みたい、と。


 だが結果は散々だった。


 父親曰く―――坂崎家は先代の水無瀬家当主に拾われた。私たち坂崎のものは大恩ある水瀬家に御恩返しをしなければならない。私も執事として仕えている。だから高臣も私の後を継ぎ、執事となるのだ。


 父親の言うことは尤もだと思った。高臣の祖父の代に事業に失敗して多額の負債を抱えた坂崎家を救済し、その上、父親だけでなく高臣の生活や学費まで面倒を見てくれているのだ。


 水無瀬家がなければ、今頃坂崎家は路頭に迷っていたかもしれない。それどころか高臣が生まれてこなかった可能性もあるのだ。


 高臣は唯々諾々と言いつけに従った。従わざるを得なかった。


 厳格な父親の前にあっては。

 

__________________


 それから経済学部のある大学に進み、卒業してからは水瀬家の三太夫として淡々とした日々を送っていた。


 明日香母娘が水瀬家に入り、龍馬が成人して水瀬家の一端を担うまでに成長し―――それらを高臣は影に日向に支え続けてきた。


 そんなある日。


 所用でとある田舎町に出向いた高臣は、車の運転中に空を横切る一筋の赤い光を視た。


 光は緩い弧を描き、地上に消えた。


 直後、ドォォォォ……ンと言う、爆弾が炸裂したような音がそう遠くない場所から聞こえてきた。


―――アレは、なんだ?


 自分でも何故かは解らないが、矢も盾もたまらずに何が落ちたのかを確かめずにはいられなかった。


 光の消えた方向に車を走らせると、割とすんなりにたどり着いた。田畑ばかりの開けた風景だったことも、早く発見できた要因だろう。


 すぐにだと気づけたのは、小さくはないクレーターが出来ていたからだ。一目瞭然だった。


 大型バスほどの直径で、すり鉢状にえぐられた地面。大人1人分ほどの深さのそこには、黒くゴツゴツした塊が土からいた。


 ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。


 黒塊が放つ禍々しい気配に呑み込まれたからだ。


 しゅうしゅうと上がる白い煙が、触れるとタダでは済まない熱を帯びていることを伝えているからだろうか。


 いや、そんな表面的なものではない。


 高臣の精神に呼びかけるように、何かの意思が高臣を掴んで離さない。


―――呼ばれている?


―――違う。そそのかされている。


(お前は何を我慢している? 何を溜め込んでいるのだ? 何も押さえつける必要なない。開放すれば良い)


 黒い塊の意思のようなものを高臣はしかとうけとめると、


 ドクン。


 心臓が一つ大きく跳ね、ドーパミンが脳から大量に放出された。


 そうだ、何を我慢してたのだろうか、私は。


 この数十年間、執事という退屈な仕事に漫然と甘んじてきた。誰かの下に隷属し、誰かのために働く。なんら創造性もなく、自らを窮屈な枠に押し込める生き方。


 こんなものは―――私の生き方では無い。


 今まで圧殺してきた感情を認めて開放した時、言い知れぬ陶酔感が全身に広がっていった。


 だがそれも、


「あ〜あ、先を越されちゃったか」


 という声によって途中で遮られた。


 声を掛けられて後ろを振り返ると、そこには銀髪に眼帯という奇異な身なりの子供が立っていた。


 明らかに外国人だ。なぜこんな日本の片田舎に―――?という疑問を浮かべるより先に、目の前の子供が高臣に語りかけてきた。


こんばんわBuona sera、おじさん, signore。キミ、なかなか面白いことになっているね。精神なかみが分離しかけている? いや、乖離させられ掛けているんだね。それも外部要因から半強制的に……その原因は、地面に埋まっている隕石それかな?」


 高臣には意味不明な内容を繰り出していくが、どう対応するか反応しかねる彼のことなど御構い無しに、眼帯の子供はなおも続ける。


「しかし参ったな……落下予想地点に喜び勇んで駆けつけてみれば、先客がいるときてる。しかも既に魅入られているらしい……さて、どうしたものかな?」


 そこで子供は高臣の顔を見遣り、ニヤリと笑んだ。


「そうだ、こうしよう。ねぇ君、おじさんsignore。ボクはそこの地面に埋まっている隕石アレが欲しいんだ。でも隕石はどうやら君が気に入ったらしい。君もそうだろう? 顔を見れば判るよ。君は《Diavolo》に魅入られた者の貌をしている。

 そこでだ。ボクから提案があるよ。君は多分今、何かがあるね。それを叶えるためにそこの石ころを使えばいい。隕石アレには力がある。ボクは隕石アレについて多少なりとも知識があるから、君がやりたいことを叶える手助けをしようじゃないか。それがいい。そうしよう」


 暗闇に、子供の独眼が妖しく光り出していた。


 子供の話を聞きながら、高臣は子供の瞳に吸い寄せられていた。そのうち、この子が言うことに間違いない、そうしようという気になっていった。


「……わ、わかった」


 気付いた時にはすでに同意の言葉を口にしていた。


ありがとうGrazie。ではボクたちの出会いと同盟締結を祝して、ボクからささやかな贈り物をしよう」


 そう言うなり、子供は右手を高臣の前にかざした。


「キミの精神なかに生まれ掛けている、本当のキミが出てくる手伝いをしよう。このままだと表裏……いや主従がはっきりしないだろうから、ボクがベクトルを与えて本当のキミが主導権を握れるようにしてあげるよ」


 続けて外国語で何某なにがしかを呟くと、不思議なことに右の掌が淡く光だし、高臣の意識はその光に取り込まれた。


 そして意識は光の奔流に飲み込まれた。


「おめでとう。キミはいま、生まれ変わった」


 子供の言葉に高臣―――いや、かつて高臣だった男は、底気味悪い笑顔で答えた。


「キシシシシ。い〜い気持ちだぁ」


 こうして彼―――タッちんは生まれた。



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