第32話 「 Combat desperately 」



「ぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」


 怒りの咆哮と共に、タッちんはジャズマスターをデタラメにかき鳴らした。


 和音コード調性キーも無視したギターの音をトリガーとして、引きも切らずに怪鳥が空間をって生まれ出てくる。


 俺は変わらずイフリートを操作し、次々と怪鳥たちを撃ち落としていった。


 危なげはない。


 だが、焦りが俺の心を少しずつむしばんでいるのを感じていた。


 一体一体はもはや大した脅威ではない。だがその数は何十―――事によると百を超えるかもしれない。


 「うぜえんだよ、クソ!」


 そこで俺の焦りをなだめるような、レイラの指示が聞こえた。


「ゲンキ、やはりあのコンパクトフットエフェクターペダルが怪しいわ。恐らく、十中八九あれが例の装置よ。攻撃して無効化して!」


 そうか。その方法しかないか。


 しかし言うは易しというやつで、この化け鳥の数をさばきつつというのは……。いや、やるしかない。


 俺はタッちんの足元に置かれているにび色の筐体に狙いを定め、イフリートにエネルギーを注ぐべくギターを鳴らそうとした。


 だがレイラの言葉を聞きつけたタッちんは明らかに慌てた様子で……何だ? 足元のエフェクターをいじり出したぞ。


「お、お、お前ら! このボクちんの芸術品を狙ってんのか⁉︎ そ、そそそ、それが目的だったのかぁっ⁉︎」


 怒鳴り上げるタッちん。


 この反応……やはり間違いなく、あれが明日香を苦しめる《装置》のようだ。


「そうは……そうはさせないぞぉぉぉぉ!」


 タッちんは声を張り上げ、さらにギターをかき鳴らした。


 再び現れ出てくるだろう怪鳥どもを警戒した俺。しかし、今度は様子が違った。


 もう見飽きた感のある空間の破砕現象。だがその割れ目から現れたのは、独眼が顔の中心にあるライオンのようの生物だった。


  化け鳥じゃ……ない?


 予想外の出来事に混乱する俺をよそに、次々とバケモノどもは虚空の空を罅割って出現する。


 独眼のライオンもどきだけでなく、口が2つあり地面まで届く舌を伸ばす犬のような生物や、吐き気を催す悪臭を放つ全身縮れ毛のゴリラ(ただし猫とサルを足して2で割ったような頭)など、多種多様なクリーチャーどもが俺の眼前にゾロゾロと湧き出てくる。


 悪夢のような光景だ。


 高画質のVRゲームをプレイしている錯覚に陥ってしまう。


 だがこの悲しいことに、俺はこの2ヶ月ほどの経験で、これが現実だと受け入れてしまっていた。


 人間などひとたまりもなく捻り潰せそうな異形の怪物たちを目の前にして、逃げ出しそうになる足を俺は必死に押しとどめる。


 バケモノどもの恐怖もさることながら、俺は焦りにどうにかなりそうだった。


 もう何匹怪物が現れたのか、数え切れない。このままのペースが続けば、明日香の生命力は奪われ続け、遅からず枯渇してしまう。そうなれば―――。


 『死』という最悪の結末にゾッとする。


 なんとかしなければ。なんとかしなければ……。


 どうすれば……いいんだ?



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 高熱を発した時のような吐き気と全身の毛穴が開くような悪寒に耐えながら、明日香は肩で息をしながらもなんとか懸命に立ち上がろうとしていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 フェスの司会進行役の女性が明日香に駆け寄り、安否を尋ねる。


「大丈……夫……です」


 か細い声で息も切れ切れに、弱々しくはあるが、なんとか笑顔を作って明日香は応じる。


「でも……」


 司会者は反駁はんばくしようとする。当然だ。目の前の少女は血の気が引いた真っ青な顔に、滝のような汗を流しているのだから。


「本当に……大丈夫……ですから」


 大丈夫、大丈夫。


 私は倒れ息絶えることになるだろう。それは覚悟していた。


 でもそれは『今』じゃない。


 そう、だから―――大丈夫。


 明日香は立ち上がるため、足腰に力を込めて一気に立ち上がった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「大丈夫よ、ゲンキ。everything can out all right 。全てうまくいくわ」


 傍からかけられた声に、俺は振り向いた。


 レイラが微笑みを浮かべ、いつの間にか俺のすぐそばまで来ていた。


 俺はこんな苦境にありながらも、その可憐な笑顔に一瞬、見惚れてしまった。


「あんなチープなSFムービーから出てきたようなモンスター、あなたの敵ではないわ。それに私たちは全力でやるべき事を為そうとしている。私とあなたが力を合わせれば不可能なんてないわ。いままでそうだったでしょう?」


 このレイラの華奢な矮躯わいくのどこに、こんな大きな自信があるのだろうか。


 しかし、そうだ。確かにその通り。


 先程まであの多勢の怪鳥を相手にしてたんだ。少し姿形が変わっただけで、俺がやることに変わりはないはず。


 俺の決意に反応したのか、怪物どもは一斉に俺を敵意丸出しでめ付ける。


「レイラ、俺の後ろに隠れていてくれ」


ええSure、頼りにしているわ、ダーリン」


 俺の背後に回り可愛らしくウインクを送ってくるレイラ。彼女はこんな時でも余裕を崩さない。


 それは多分、俺を気遣ってのことなのだろう。もしくは俺を心底信頼してくれているのか。


 どちらでも良いか。どっちにしても嬉しいことに変わりはない。


「いくぜ、バケモノども!」


 俺はギターを鳴らし、戦闘再開のときの代わりとした。


イフリートの仮面の眼孔が烱々けいけいとした輝きを放ち、あたかも奮起するかのように全身から炎のオーラを綽々しゃくしゃくと噴出した。


 臨戦体制だったクリーチャーたちはイフリートに四方八方から飛びかかるが、イフリートは歯牙にも掛けず、次々となぎ倒していく。


 鋭い牙をむいて噛み付いてくる単眼のライオンもどきを左の打撃で吹っ飛ばし、二口の犬もどきが足めがけて迫ってくれば踏み潰す。


 右手が空けば離れて隙を伺っているゴリラもどきに火球を放ち、左脚が空けば水平蹴りを叩き込む。蹴りを怪物が後退して回避しようとしても、炎が太い鞭のように追撃し、怪物を呑み込んでいく。


 極限に集中し《創造/想像》と《演奏》を続ける俺とレイラを狩ろうと迫る怪物たちもいたが、俺たち2人の周囲は炎の防壁で囲まれているので手出しが出来なかった。


 荒れ狂う鬼神が魑魅魍魎を退治していく―――そんな神話を彷彿とさせる光景にさしものタッちんも唖然としている。


 しめた。タッちんの手が止まっているので、バケモノの供給が中断されている。好機到来だ。


 イフリートは俺の意思を汲み取り、タッちんのエフェクターを破壊すべく小さめの火球を投擲とうてきした。


「―――っ‼︎」


 そこでタッちんが思いがけない行動をとった。


「ぐっあああああああああああ‼︎」


 エフェクターの上に覆いかぶさり、身を呈して火球を受け止めたのだ。


「お……おい……大丈夫か……?」


 俺の口から思わずつぶやきが漏れた。


 小さく威力も抑えたとはいえ、金属製の機械を破壊しようとして放ったのだ。無傷では済むまい。


「ぐ……うぅ」


 苦しげにうめき声をあげるタッちん。


 帽子やマスク、衣服の一部が燃えて跡形も無くなっているが、軽い火傷くらいで済んだようだ。


 タッちんが俯いていたせいで顔は見えなかったが、顔をこちらに向けた時、俺は仰天した。


 しかし、もしかしたら俺はどこか心の片隅でこの展開を予想していたのかもしれない。


 何故ならば、明日香の個人情報(メールアドレスなど)を容易に手に入れることができ、行動を監視することが可能な人物など限られてくるからだ。


 俺はその顔に見覚えがあった。


「あ、あんたは……」


 俺はに震える指を突きつけ、彼の名を呼んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 明日香は足腰に力を込め立ち上がった―――つもりだった。


 しかし瞬きをしたあと視界に映ったのは、90° 回転した観客席だった。


 いや、違う。


 明日香が横向きに倒れたのだ。


 どよめきが大きくなる観客席。数人のスタッフが慌てて駆け寄ってくる。


 間断なく明日香の全身を苛む疼痛と虚脱がここにきていや増した。


―――もう、ダメかも……。


 狼狽し明日香に大声で呼びかけるスタッフの声が遠くにフェードアウトしていき、視界が霞に沈みゆく中、明日香はかろうじてこの一言だけを心の中で言うことができた。


―――バイバイ、みんな。



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