第27話 「 You don't need a requirements to sing 」
明日香に打ち明けられた話は、俺に決して少なくない衝撃をいくつも与えた。打ちのめされそうだ。
まず何も関係ないと思っていた明日香がどっぷりと―――引き返せないほどに深く『魔術』なんて物騒な
しかもきっかけはどうあれ、最終的には彼女は自らの意思で関わっている。
その上、何らかの魔術回路と明日香はリンクしたらしい。明日香の
駄目押しとばかりに並んだ不穏な要素。
《レオ》、《メフィスト》、《霊魂と死者の復活》、《悪魔》。
レイラのお陰で(?)で割とこういうデンジャラスな展開にも慣れてきた感がある俺だが、流石に悪魔とか……いや、今更か。精霊や触手の大怪獣や女神までいるんだ。悪魔くらいいてもおかしくはないのか。
告白の後に訪れる、無言の気まずい時間。
それを破ったのは俺からだった。
「話はわかった。話してくれてありがとう。それにしても、とんでもない事態になってるみたいだな。まさか魔術とは―――って何だよ。そんな驚いた顔して」
「いや、その……信じるの? 今の話。自分で話してなんだけど、荒唐無稽すぎでしょ」
「そりゃ信じるよ。え、それとも何だ、嘘だったのか?」
「嘘じゃないわよ!嘘じゃない……けど、え、でも、アクマとか霊とか……普通じゃないでしょ?」
信じてもらえないことは分かっている。けれど信じて欲しい。
そんな切実な思いがこもった、苦しそうな表情。
「普通じゃないな。でも、信じる」
俺は明日香に向かって、はっきりと宣言した。
明日香の眼が瞠かれる。
「まぁ正直、世の中不思議なことだらけだ。俺にも不思議っていうか、常識じゃちょっと計れない体験をしたことがあるしな。だから信じられる」
「そう……なんだ」
「そうだ。それよりも問題は、これからどうするかだ。明日香、お前の生命力はもう枯渇しかけている。今すぐにでもお前とリンクしている魔術を切り離さなきゃならないんだ。でも安心してくれ。俺の知り合いにそういうのに詳しい子がいるんだ。今から俺とそいつのところに行って元に戻してもらおう」
「ゴメン。私はいけない」
「よし、だったら早いところ行動しよう――って、え? いま、行かないって言ったか?」
「……うん。ゴメンね」
訊き返す俺に、項垂れて謝る明日香。その表情は前髪の陰に隠れて見えない。
「なんでだよ?明日香お前、もうすぐ死ぬかもしれないんだぞ?」
「解ってるよ。でも、いま話したでしょ? 私は納得してあの人達に協力したの。ママに会いたいから」
淡々と答える明日香。その口調の静かさは、何かを堪えているようにも感じられた。
解っている。彼女に生きて欲しいなんて、俺のエゴだ。
彼女の意思を尊重するならば、俺は明日香の事情に土足でこれ以上踏み込む引きではないし、彼女の人生をかけた決断を否定するべきではないと。
だがそれがどうした? 俺はまだ高校2年生のただの子供だ。変に達観して大切なものを見捨てるのはゴメンだ。
友達をみすみす死なせたくない。
だからその為に、嫌われていいから手を尽くす。
「このままじゃ、フェスまで保たないかもしれないんだぞ」
ビクッと明日香の方が動いた。
「実を言うと、俺は『タッちん』と名乗るマスク男と何度か遭遇している。とある事情から俺はタッちんと
レイラはタッちんの行動パターンなどを分析した結果、一連の行動は『実験』で、ある一定のサイクルに基づいていることを突き止めた。そして、次に行動するのはフェスの開催日の前後だろうという事も。
あれだけフェスにでたがっていた明日香だ。フェスに出場できないと知れば翻意するのではと踏んだのだが、
「別にもういいわ。諦めた」
彼女の言葉に、俺は衝撃を受けた。
「本気で言ってるのか?」
「そうよ。今までギターを教えてくれた弦輝には悪いけど、私にはママを生き返らせる方が大切なの」
ギュッ。ベッドのシーツを握って、明日香は弱々しく呟いた。
本気だ。本気で母親を生き返らせたいのだろう。それは間違い無いと思う。
でも100%の本気では無いと俺は推察した。
あんなに必死で練習して、瞳を輝かせて歌っていた彼女。フェスに出たく無いわけでは無いだろう。
ただ、母親の件と天秤にかけてフェスを諦めざるを得ないだけだ。
「フェスに出たく無いんじゃないよな。どうしても優勝したい理由があるんだろ?」
再び明日香の方が震えた。今度は大きく。
そして顔を上げた明日香と俺の目が合った。
彼女の瞳は、堤防が決壊しそうなほどに涙が湛えられていた。
「私には……出場する資格がないもん」
「出場する資格? どういう事だ?」
確かにフェスには年齢などの参加出場条件はあるが、それらは全てクリアしていたはずだ。
だが明日香は、口を真一文字に閉じてしまった。
何かある。他に何か理由が。
そしてそれが今の明日香の行動の起点。
ここだ。ここに事態を好転させるヒントがある。
俺は直感で確信した。
「なぁ明日香。さっきも言ったが、俺はお前を救けたい。これは俺のわがままだという事も承知してる。それでも俺は、お前と生きたいんだ」
ん?間違えた。『お前に生きていて欲しいんだ』だった。まぁ、友達と一緒に生きたいというのはおかしくないから、大した間違いではないかな。
だが明日香は、ハッと息を飲み、頬を赤くした。どういう反応?
気になる反応だったが、どうやら俺の想いは伝わったらしい。
やがて明日香はポツポツと話し出した。
「私はこの水瀬家に来るまで、別の苗字だった。それまではママと2人で、ここよりももっと小さな家で暮らしていた。でも幸せだった。ママは私を可愛がってくれたし、頑張って働いて私を育ててくれたから。でも私の本当のお父さんが私を認知してしばらく経った後、ママは交通事故で死んじゃった。道路に飛び出してきた子供を助けて、その身代わりのように轢かれちゃったんだって」
俺は何も言わずに、ただ黙って聞いていた。
「ところで、私には昔から仲のよかった子がいたの。なんでも打ち明けられる唯一の親友。でも去年の夏、あることがきっかけで大ゲンカしちゃった。ううん、一方的に私が
明るく装った声。だが、その奥にある後悔は隠しきれていない。
「……何を言ったんだ?」
俺はこここそが訊くべきポイントだと思った。
「『アンタが死ねば良かったのに』―――って」
自嘲の笑いを作って明日香は言った。
辛辣な言葉だ。友達との口喧嘩だとしても、なかなかいう言葉ではない。
だが俺は、その言葉の中に違う引っ掛かりを覚えた。
「『アンタ
俺の問いを否定も肯定もせず、彼女は続ける。
「その子―――杏と私はあの日もいつも通りおしゃべりしてたわ。音楽の話、服の話、好きな本の話、あの子の好きな男の子の話……本当に私たちはなんでも話した。隠し事なんてなかった……と思ってた」
―――あのね、明日香だから話すんだけど……。
杏という少女はこう切り出したらしい。
明日香と杏はなんでも話していたという。あくまで明日香の主観では。だが打ち明けにくいことはあるし、遅いか早いかの違いだけ。明日香はそう思ったという。むしろ、そんなに重大な話を開示してくれることに喜びを感じたという。
「あの子は言ったわ。『昔、人を殺しちゃった事がある』って。当然、『どういう事?』って訊いた。だって杏は人を傷つけたりできるような子じゃなかったから」
そして杏は語り出した。過去の過ちを。
時代は杏が小学生だった頃。明日香がこの水瀬家に移住する少し前の時期。
杏には当時、お気に入りの麦わら帽子があったらしい。それがある日、いたずらな風にさらわれてしまった。
杏は咄嗟に追いかけた。帽子が落ち着いた先は車道。
気づいた時には車が猛烈な速さで迫ってきたという。
ついで体を襲う衝撃。
暗転。
瞼を開くと、先ほどまで杏が居た場所には倒れた大人の女性と、その女性を中心に広がる赤い水溜り。
杏は車に轢かれる寸前、通りがかりの女性に突き飛ばされて九死に一生を得た。だがその女性は杏の代わりに
「要は子供の不注意のために、1人の人間が犠牲になったていう、ありふれた話よ。未来ある子供を文字通り身を
明日香はここで顔を苦しみに歪め、吐き捨てるように言った。
「―――
杏の話を聞いた時、明日香は単純に驚いただけだったという。
だが明日香の心に、アレ? という思いが出てきた。
杏から事故の時期だけでなく、場所、状況などを
明日香はそう言った。
「ここでちょっと話を戻すけど、私のお母さん、死んだって言ったよね。なんでだと思う?」
光の失った瞳を俺に向けて問いかけてくる明日香。
俺は答えられない。
答えがわからないからじゃない。話の流れからわかりすぎてしまったから。嫌になるほど。
そして導き出された最悪の真実に、絶句してしまったからだ。
そんな俺を見て、明日香は厭世的な笑みを浮かべて言う。
「たぶん弦輝の思っている通りよ。そう、杏の身代わりになって死んだのは、私のママよ」
なんという残酷な運命だろうか。
大好きな親友の代わりに死んだのは、大好きな母。
大好きな母を―――結果的にしろ―――死なせてしまったのは、大好きな親友。
その時の精神を襲った衝撃は想像を絶するものだろう。
「正直、それからの事は興奮しすぎてて、あまり憶えてないわ。憶えてるのは杏を酷く罵った事。そして凄く傷ついたあの子の泣きそうな顔」
「……そこで言ったのか」
「そう。そこだけは
そこで初めて、明日香の頬に涙が流れた。
彼女の悔いを現したような、大粒の涙。
「あの子は……杏は数日後、自分で車道に飛び出してトラックに撥ねられたわ」
そして、
数日前、灰田が俺に話した内容と一致する。
明日香がフェス出場を目指した理由。その契機となった杏という少女の事故の話。
「私がフェスに出たいそもそものキッカケが、この事なの。私は杏を傷付けた。そのせいで杏は今でも意識が戻らない。私にはあの子を治せる力なんてない。だからせめて私があの子の作った曲をフェスで歌う事で『2人でフェスに出演する』っていう約束を果たそうと思った。それが償いになればって思った」
「でも、資格がない―――と思った?」
俺の言葉に、明日香はこくんと頷いた。
「少し前のことだけど、元気は私に言ったよね。『曲で何を伝いたいか明確であれば、作詞をしやすい』って。憶えてる?」
確か―――ジリが俺の家におさんどんをしに来てくれた日だ。
「ああ、憶えてる」
あの日、明日香は様子を急変させた。それは確か、俺の作詞に対するアドバイスを聞いた後ではないかっただろうか。
「あのとき私は嫌悪感に陥ってたわ。だってその時も頭にあったのは、ママのことだから。杏のためにフェスに出ようって思ったのに、ママのことを歌いたいって思っちゃった。笑っちゃうわよね。何がしたいの? ってかんじ」
滂沱たる涙を流しながら、己を卑下し続ける明日香。
そんな彼女を、俺は見ちゃいられなかった。
「それは違うぞ明日香。お前はダメじゃない」
ただの気休めと受け取ったのだろう、明日香はイヤイヤするように首を振り、こう叫んだ。
「だから私には歌う資格なんてないの‼︎」
悲痛な叫び。
だが俺はそんな明日香になおも語りかける。
「なに言ってんだ。歌に資格なんて―――歌うことに資格なんていらねーよ」
「……え?」
呆然と俺を見つめる明日香。そんな彼女には構わず俺は続ける。
「歌はただ歌いたいように歌えばいいんだ。堅く考える必要はない。明日香、お前は歌うことが嫌いなのか? 違うよな。あんなに一生懸命、楽しそうに練習してたじゃないか」
「……でも」
「でも、友達とは違う人のことを思ってたからダメだって言いたいんだな? でも俺はそれこそ違うと思うぞ」
「……違う?」
「なんでどっちか1人のことしか歌っちゃいけないんだ?」
「…………っ!」
「その友達も、お前のお母さんのことも好きなんだろ。だったら、そのことを歌えばいいんじゃないか?」
息を飲み、瞠目する明日香。
「明日香はどちらかを愛してたんじゃない。どっちも愛してたんだよ。どっちかを選ぶ必要なんてない。だから―――」
俺は明日香の瞳にしっかり目線を合わせて、続ける。
「―――明日香が苦しむ必要はない。明日香は歌っていいんだ」
明日香はくしゃっと顔を歪ませて、とめどない涙を溢れさせる。
俺は明日香にもう少し何か声かけようかと近づいた。
というところで、唐突に明日香が俺に抱きついてきた。
これには俺も仰天した。
だが、「う〜」と唸りながらボロボロと涙を流し続ける明日香を見ては押しのけることなんてできやしない。
仕方なく俺は軽く彼女の背を撫でるようにたたき、あやし続けた。
そして、明日香を苦しめた奴らに一矢報いてやると決意を新たにした。
_________________________
水瀬家の門をくぐった俺の前に、見覚えのあるセダンが停車した。
運転席には
「レイラ、待っていてくれたのか」
金髪の少女がにこやかに手を振りながら座っていた。
「
促されてレイラの隣に乗車した後、セダンは滑るように走り出した。
レイラ(とジョー)は水瀬家まで俺を車で運んでくれた後、調査をしていたらしい。
二、三言葉を交わした後、俺は水瀬家で明日香に聞いた話の要点を報告した。
それを受けてレイラは少し考えた後、こう言った。
「驚くべき内容ね。それについて、いくつか気になる事があるわ」
「聞かせてくれ」
俺の言葉に一つ頷くと、レイラは自分の考えを
「まず、なぜアスカでないとならなかったのか―――という事ね」
「それは……『純粋な波動を持った生命力』が明日香にあったからじゃないのか?」
「その条件は、魔術装置のエネルギー源としての要因にはなっても、ミナセ・アスカという人物が魔術回路のエネルギーの役割を担うための要因にはならないわ」
確かにそうだ。レイラに指摘されるまで気付かなかった。俺は自分の間抜けさを呪いながらレイラに問う。
「明日香じゃなくてもよかったってことか?」
「単純に人間の生命力をエネルギー源にするだけならばそうなるわね。でも、
「そんなことまで判るのか」
内心、舌を巻く。さすが専門家だな。
「私とゲンキのように術者間同士、しかも短期かつその場限りの回路ならば即席の回路で成立するわ。でも明日香の証言や今までの状況から推察する限り、彼女の魔術回路の接続先は機械的もしくは非生命の装置で、それも永続的に繋がりっぱなしみたいね。そんな接続ならば、装置側に調整が必要よ。
ともあれ、これで私の『装置』についての仮説が現実味を帯びてきたわね」
「そう……だな」
昨日、レイラが明かした仮説を、俺とジリは
「じゃあやっぱり、タッちんが持っているかもしれない『装置』とやらを壊して明日香を解放するっていう、昨日決めた方針のままでいいんだな?」
「ええ、それが多分ベストだわ。現状、私たちが為し得る限りのね」
レイラがドリンクホルダーから取り出したペットボトルで喉を湿らせるのを待って、俺は口を開く。
「問題は
「その点は抜かりが無いわ。つい先刻、彼らを出し抜けるアイディアを確信したところよ」
可愛らしくウインクするレイラ。しかし次の瞬間に顔を曇らせ、懸念材料を呟いた。
「それにしても……レオナルドとメフィスト、ね」
「知っているのか?」
という俺の問いに、
「いえ……多分勘違いよ」
と言葉を濁した。
あまり突っ込まない方が良いかもしれないな。そんな雰囲気だ。
それにレイラは必要になれば話すだろうという妙な信頼もあった。
そのままセダンは俺たちを乗せ、帰路を走った。
そして―――その日がやって来た。
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