第18話 「 Let's go shoppinng 」




 翌日の昼休み。クラスメイトと弁当をつつきながら駄弁に興じていると、俺のスマホが鳴った。


 水瀬からのメッセージ。だがその内容を確かめて、俺は怪訝な顔になってしまった。


「どうした、不夜城?」


「いや、なんでもない。悪いけどちょっと抜けるわ」


 弁当の残りを掻き込み、俺は足早に教室を出る。向かうは隣のクラスだ。


 窓から中を伺うと、目当ての人物はいた。だが相手はまだ友人たちとおしゃべりしながら食事中だった。


 出直すかと思案していると、相手と目が合った。


 俺は軽く手を挙げ、合図を送った。


「不夜城〜、どうしたの〜?」


 出入り口まで歩いてきた灰田は、昼休みのせいかいつもより二割り増しの眠そうな眼で尋ねてきた。


「悪いな、メシの邪魔して。水瀬から2日ほど練習休ませてくれって連絡あってさ。なんかあったのかなって。灰田、何か聞いてるか?」


「ん〜?いや、何も聞いてないよ〜。そうなんだ、あ〜ちゃんが2日もね〜。やると決めたことは地を這ってでも〜血を吐いてでも〜やりそうなのにね〜」


「そうなんだよ。実は俺もそこらへんが気になってさ。でもよく考えたら灰田は水瀬の保護者でもなんでもないしな。変なことを訊いて悪かったな」


 手刀を切る俺に、あははと笑って手を振る灰田。


「いいよ〜別に。てか、あ〜ちゃんに訊いても素直に答えないだろうしね〜。いちおう私からも連絡してみるよ〜。不夜城、今日部活出るんでしょ〜?」


「おう。じゃあ頼むよ。また部活でな」


 そして放課後。


 灰田がもたらした情報は少なくない衝撃を俺に与えた。


 水瀬が入院したというのだ。


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 2日後の放課後。俺は部活には参加せずに聖の家に向かっていた。


 正確には、先日破損したストラップの代わりを買いにクレセント・ミュージックへ行くだけだ。


 片側3車線の国道沿いの歩道を歩いていると、前方から見覚えのある高級セダン、マセラティのクアトロポルテが走ってきた。


 坂崎氏が運転している。


 俺とすれ違いで走りすぎると、20メートルくらい先の位置でハザードを焚いて停車した。


 歩道側の後部ウインドウが下りて、予想通りの人物が顔を覗かせた。


 水瀬明日香だ。


 彼女は俺に手招きすると「乗って」と言った。


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「水瀬。お前、大丈夫なのか?入院してるって聞いたんだが……」


 マセラティの座っただけで値段の違いがわかるシートの座り心地に密かに驚嘆しながら、俺は開口一番気になっていることを尋ねた。


「はーりんに聞いたの?仕方ないなぁ……。でも大丈夫よ。全然問題なし。ただの検査入院なんだから」


 本人が大丈夫だというのなら、それ以上追求しても仕方ない。


 ただ俺には、水瀬が心なしかやつれたように見える。


「それにしても、タイミングよく見つかって良かったわ」


「何がだ?」


「今からアンタを迎えに行こうとしていたところなのよ。アンタの学校まで」


「は?何でだ?」


「忘れたの?この間、私がアンプ買うときにアドバイスしてくれるって言ったでしょ?」


 確かに、数日前の練習の合間にそんなことを話した気がする。


 それにしても、さっき俺の学校まで迎えに行こうとしてたとか言ったか?だとしたら間一髪だ。校門で待ち伏せなど、かつてのレイラで懲りているのだ。


「いや待て。アドバイスするのと、お前が俺を迎えに来るのとどう関係するんだ?」


「関係大アリよ。実物を見ながらの方がアドバイスしやすいでしょ?」


「まさか、俺に買い物に付き合えというんじゃないだろうな……」


「正解!何よ、嫌なの?約束したじゃない」


「わかったよ……」


 頭を抱えてしまった俺と勝ち誇った顔の水瀬を乗せて、マセラティは駅前に向かっていった。


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 俺たちがまず向かったのは、駅近くにある大きなデパートだった。


 ここの6階にそこそこ大きめの楽器チェーン店があるからだ。


 色々と試してみたが、水瀬のお気に召すものはここでは見つからなかった。


 ついでなので、隣のCDショップによって音楽の話などもしながら冷やかした。


「ちょっとお店の外に出てくるわ。すぐ戻るから、ちょっとだけ待ってて」


 恥じらいながら、内緒話をするようにこっそり耳打ちする水瀬。そのままそそくさと出て行ってしまった。


 どうせトイレだろうと高を括っていたら、30分待っても戻ってこない。『大丈夫か?』とメッセージを送っても返信なし。


 いよいよ心配になったので様子を見に行くことにした。


 トイレの案内標識を頼りに歩いていると、程なくして水瀬を見つけた―――が、一人ではなかった。


 水瀬を取り囲むように、2人の男が水瀬に言い寄っていた。そこはかとなく既視感を覚える光景だ。


 男たちはヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら言い寄っているし、水瀬はもう少しで毛を逆立たせかねないほど不機嫌そうに男たちを無視している。


「おい、モテるな水瀬」


 声をかけた俺を見て、パッと顔を輝かせる水瀬。これもなんかデジャヴ。


「はぁ、何だテメーは?」


 水瀬に向けていた笑いを引っ込め、厳しい貌を作って俺を威嚇する男の片割れ。


 制服は着ていないが、歳の頃は俺と同じくらいだろう。


「あー……悪いけど、その子、俺の連れなんだ。買い物の途中だから、返してもらえないかな?」


 なるたけ穏便を心がけて話しかけたつもりだが、


「ウッセーな。引っ込んでろよ」


 だが、相手にとっては邪魔されたこと自体がすでに業腹らしい。困ったことに会話が成立しそうにないな。


 その証拠に、


「オラっ!」


 ドスッという太く重い音が俺の腹部から響き、同時にそこから鈍痛を感じた。


 男からボディーブローを食らったのだ。


 痛ぇな。だがここは忍耐に限る。


 俺は眉ひとつ動かさず、あえて緩慢な動作でギターバッグを肩から下ろした。


 ネックの部分を逆手に握り、斧のような持ち方をすると、ゆっくりボディの部分を男の頰にピタリと当てた。


「俺はそんなに喧嘩が強い方じゃないけど、ギターこいつでなら何とかなるかな?なぁ、頼むから今の腹パンで勘弁してくれないか?」


 強気すぎても相手を刺激するだけし、弱気過ぎても相手を漬け上がらせる、らしい。


 ダメもとでハッタリをかましてみたが、少しは効果があったようだ。


「おい、行こうぜ。こいつなんかおかしいよ」


 もう一人の男が連れの男を制止する。


「お、おう」


 振り上げた拳は自分では下ろしにくいものだ。


 今回は2人組だったことが良い方向に作用した、かな?


 悪態をつきながら男たちが去った後、やけに静かな水瀬を見やると、両眼と口を皿のように開いた間抜けなマネキンのようになっていた。


「どうした?」


「……はっ‼︎ あ、ああああアンタ、大丈夫なの?」


「ああ、全然大丈夫だ。俺はボーカルトレーニングで腹筋は死ぬほど鍛えてあるからな」


 痛くないわけがないが、これくらいの強がりならご愛嬌だろう。


「そ、そう……」


「お、おい。どうした?」


 急にへなへなぺたんと床に女の子座りで座り込む水瀬。どうやら腰が抜けたようだ。


 しかしよく考えれば水瀬も女の子。こんな暴力的な場面に免疫がなかったのだろう。


 やれやれと手を差し伸べようとしたが、


「ふ……ふぇぇぇぇ」


「水瀬?」


 水瀬の整った顔がくしゃっと歪み、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。


 デパートのワンフロアの中だ。他の買い物客の胡乱げな視線が突き刺さる。


 これではまるで俺が水瀬を泣かせているみたいじゃないか。





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