第16話 「 fly riotously in confusion 」
《
思い描くアンプは
電源スイッチは既にオン。真空管は充分に温まっている。
さぁ覚醒しろJCM800。スタンバイ・スイッチ、オン。
100wのハイパワーが、チリチリと空気を震わせる。
焦るなよJCM800。どうせなら最高の『音』で叫びたいだろう?
待たせたなJCM800。
……ォオン。
ギターと
俺の《想像》と同調し、現実の空気も同じ音がする。
ローEのパワーコードを中心としたリフを刻む。
曲名は『
俺のオリジナル曲。
「来い―――
俺とレイラを囲い込むように火の円が廻る。火の円は火柱となり、火柱から巨大な手が突き出され、徐々に全身が現れだす。
そう、この『炎の巨人』をモチーフにしたインストゥルメンタルだ。
「な、なんだぁ、お前らぁ⁉︎」
マスク男が上体を
ようやく意思の疎通が叶いそうだ。
「こっちこそ『なんだお前?』だよ。あんた、こんな所でなに物騒な奴らを
俺は炎の巨人を、マスク男は怪鳥の軍勢を待機させながら睨み合う。
「ボクちん?ボクちんはタッちんじゃないか。当たり前だろぉ?そんなことも知らないのかよ、お前バカだなぁ」
ムカ。
な、なんだコイツは。お前なんぞ知らんわ。
「落ち着いて。相手のペースに乗せられてはダメよ」
「わかってるって。大丈夫だ」
嘘である。
危なかった。レイラの
深呼吸をひとつ。スー、ハー。よし。
相手の調子に乗せられるのではなく、こちらから合わせるのだ。
「あーそうそう、タッちんだ。ウンウン、聞いたことがあるぞ。なんだか凄い人らしいな」
と、適当に話を合わせる。
豚はおだてれば木に登る。
馬鹿はおだてれば口が軽くなる。
「あ〜、バレたぁ〜?そうだゾォ、ボクちんはそのタッちんだゾォ。キシシシ」
おお。かかった。
ていうか、本当に大丈夫なのかこの男。会話は成り立っても、正確な意思の疎通が成り立たない気がする。
「ところでそのタッちんはどう凄いんだ? 教えて欲しいな〜」
「え〜? 仕方ないなぁ、キシシシ。ボクちんは天才なんだぞ。今回も凄いものを使ったんだ」
「そうなのか。一体なにを作ったんだ?」
一気に核心に踏み込む。
「ん〜、それは秘密。キシシシ」
だが、見込みが甘かったようだ。
「それにしてもお前たち、ボクちんの遊びを邪魔するなんて、許せないなぁ」
それまで空中を旋回しながら、俺たち―――というよりも『炎の巨人』―――を遠巻きに警戒していた怪鳥のうち、1匹がこちらに近づいてきた。
あまりに急な接近だったので身の危険を感じた俺は、炎の巨人に命じて怪鳥をはたき落した。
だが、それは
仲間が攻撃されたことで、残りの怪鳥の眼の色が変わった。
「キエエエエエエ!」
雄叫びをあげながら、敵意を剥き出しにして、すべての巨鳥が襲いかかってくる。
「このぉ!」
ギターを再び鳴らしながら《想像》に集中する。
まず急降下しながら迫り来る2匹を、それぞれ両腕で弾き飛ばす。
左前方から飛んできた1匹を左手で鷲掴みにして、その後ろから突撃してきた1匹にぶつけると、右前方に着して長い首を振り回しながら走ってきた2匹を蹴り飛ばす。
後手に回りながらも、何とか残り6匹までに減らすことができた。
この調子でいけば、なんとか全滅させられそうだ。
しかし俺の目論見はあっけなく崩れ去った。
「キシシシ!お前、凄いな!でもボクちんも負けてないもんね。もっと遊ぼう、遊ぼう!」
タッちんと名乗るマスク男は、ジャズマスターをかき鳴らした。
はっきり言って演奏は下手だ。押弦していてもしっかりと抑えきれていないので、音が出ていない箇所もあるし、ピッキングもヘロヘロなせいか、ピックが弦に引っかかって、不自然に止まるときがある。
そういう意味では下手というよりも、演奏にすらなっていない。
しかし彼―――タッちんは猫背の体を揺らしながら、楽しそうに弾いている。
もしかしたら彼はギターを楽器としてではなく、『音の出る玩具』として
しかし俺はそんな呑気な事を考えている場合ではなかった。
なぜなら、また世界に亀裂が走ったからだ。
「キシャシャシャシャシャ!」
しかもそれが空中のいたるところに、いくつも出現したのだ。
巨大なガラス窓をリズミカルに叩き割ったかのような破砕音が、いくつも轟いた。
「まさか……おい、嘘だろ……」
俺の呆然とした呟きには、誰も答えない。
嘘であって欲しかったが、残念ながら俺たちの目前に厚い雷雲のごとく広がる巨鳥の大群は、間違いなく現実だ。
「ゲンキ、来るわ!」
隣に立っていたレイラが、警告を発した。
彼女の視線の先には、今にも襲いかからんと迫り来る怪鳥の姿。
「くっ!」
間一髪のところで炎の巨人が殴り飛ばした。
だがホッとしたのもつかの間、俺たちを取り囲むように次々と飛来する怪鳥ども。
まず前方からの群れ。こいつらが一番数が多い。
炎の巨人の右手から炎を壁状に広げ、対処する。
次に左方向の群れを、左手で
その合間に、右方向から迫る群れに対処。炎の巨人の面を右に向かせ、鉄仮面のアイレンズから二条の熱光線を放射して薙ぎ払っていく。
一見順調に見えるが、俺は内心焦っていた。
数が多すぎる。
今は各方位から別々にきているからなんとかなっているが、これが全方位から一度に群がられては、ひとたまりもない。
「ゲンキ、このままでは
「わかった。一か八かやってみる」
レイラの提案に、汗をかきながら頷く。
今まで試したことはないが、現状を打破するには賭けに出るしかない。
想像しろ。全方位に向けて、放射状に広がる炎の輪を。
俺の《想像》に応え、炎の巨人が動く――ことはなかった。
ピタリと、動きが急に固まった炎の巨人。ここで大きな隙が生じてしまった。
「きゃあああ‼︎」
絹を引き裂いたような、レイラの悲鳴。
ハッとして振り向くと、レイラが巨鳥に襲われる寸前だった。
禍々しい刃が並んだクチバシが彼女の小さな頭を挟み込むには、軽く開くだけでいい。
しかし興奮のためか、怪鳥は限界まで広げていた。
それが幸いした。
「レイラ‼︎」
とっさの判断で、俺はレイラを押し倒した。
彼女の輝くポニーテールの先端をクチバシが捉える前に、回避に成功した。
レイラは無事だ。だが―――。
「ああ、ゲンキ!
俺の背中が、鋭く熱くなる。一拍遅れて、強烈な痛みが襲ってきた。
「ぐ……ぁああっ」
自分で背中の状況を確認することができないが、この痛み、レイラの悲壮な表情、そして切断されたギターストラップ、何より地面に広がる赤い血だまりが、
俺はそのまま背中から倒れ込んだ。
そこで見たのは、上級から次々と飛来してくる怪鳥だった。
萎えるな。
《擬似召喚魔術》は俺の『情熱』を燃料としている。つまり、俺のボルテージが下がれば魔術が解除されてしまうのだ。
仰向けのまま、俺はギターをかき鳴らした。
今度は炎の巨人も俺の命令に従い、とにかく並み居る敵を千切っては投げていた。
だが、徐々に炎の巨人の手数より怪鳥の物量の方が勝っていく。
時折、炎の巨人の対処が間に合わず、俺たちのすぐ近くを怪鳥の攻撃がかすめる。もうダメかもしれない。
レイラが俺の体を庇うように、その小さな体で覆いかぶさる。
俺は諦めの感情をねじ伏せながら、弾き続ける。
ピリロン。ピリロン。
この緊迫した状況には場違いなほど明るく軽快なメロディーがどこからか聞こえてきた。
「もしもし。なに?」
俺の視界の片隅で、タッちんがスマホを片耳に当て、通話をしていた。
「―――あ?そうか。わかった。すぐ戻る」
通話を終えると「あーくそ、あいつマジかよぉ。使えねぇなぁ」などとボヤキながら猫背の体を更にかがめ、足元に手をやって何かを弄っていた。
そして俺はまたもや信じられない光景を目撃した。
タッちんがジャズマスターをぞんざいに鳴らすと、上空に三度孔が開いた。だが今度はひび割れる事なく、唐突に。
それから孔は強烈な勢いを以って、怪鳥の群れを
呆然とする俺たちの目の前で、怪鳥たちは―――抵抗むなしく―――次々と吸い込まれていった。
その全てを吸い込むと、昏い孔は収縮し、やがて何事も無かったかのように消え去ったのだ。
バタン。
自動車のドアが閉まる音がした。
タッちんはワーゲンのエンジンをかけると駐車場の出口に車を滑らせ、そのまま出ていった。
急転直下の出来事で何が起きたのかは判らない。だが、ひとつ言えることは、
「助かった、のか?」
緊張の糸が切れた途端、激しい疲労と眠気が襲ってきた。
極度の重さをもった瞼に抗えず、レイラが俺を呼ぶ声を遠くに聞きながら意識は闇に落ちていった。
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