第16話 「 fly riotously in confusion 」




想像/創造イマジネーション》―――開始スタート


 思い描くアンプはMarshallマーシャル JCM800。


 電源スイッチは既にオン。真空管は充分に温まっている。


 さぁ覚醒しろJCM800。スタンバイ・スイッチ、オン。


 100wのハイパワーが、チリチリと空気を震わせる。


 焦るなよJCM800。どうせなら最高の『音』で叫びたいだろう?


 低音ベース高音ハイのツマミを10、中音ミッドを4に設定。超高音プレゼンスを少々上げて、残響リバーブを4くらいに設定。歪みゲインは7に。―――いい感じのが出るポイントだ。音量ボリュームを7に。


 待たせたなJCM800。


 主音量マスターを一気に上げる。


 ……ォオン。


 ギターとJCM800アンプが完全に接続された。


 俺の《想像》と同調し、現実の空気も同じ音がする。


 ローEのパワーコードを中心としたリフを刻む。


 曲名は『Afrītイフリート


 俺のオリジナル曲。


「来い―――炎の巨人イフリート


 俺とレイラを囲い込むように火の円が廻る。火の円は火柱となり、火柱から巨大な手が突き出され、徐々に全身が現れだす。


 そう、この『炎の巨人』をモチーフにしたインストゥルメンタルだ。


「な、なんだぁ、お前らぁ⁉︎」


 マスク男が上体をけ反らせ、驚愕をあらわにした。非現実的な『炎の巨人』の偉容を目の当たりにして、初めて俺たちをに認識したようだ。


 ようやく意思の疎通が叶いそうだ。


「こっちこそ『なんだお前?』だよ。あんた、こんな所でなに物騒な奴らをび出してんだよ。なにが目的だ?」


 俺は炎の巨人を、マスク男は怪鳥の軍勢を待機させながら睨み合う。


「ボクちん?ボクちんはタッちんじゃないか。当たり前だろぉ?そんなことも知らないのかよ、お前バカだなぁ」


 ムカ。


 な、なんだコイツは。お前なんぞ知らんわ。


「落ち着いて。相手のペースに乗せられてはダメよ」


「わかってるって。大丈夫だ」


 嘘である。


 危なかった。レイラの諫言かんげんがなければ小学生レベルの醜態を晒していただろう。断言できる。


 深呼吸をひとつ。スー、ハー。よし。


 相手の調子に乗せられるのではなく、こちらから合わせるのだ。


「あーそうそう、タッちんだ。ウンウン、聞いたことがあるぞ。なんだか凄い人らしいな」


 と、適当に話を合わせる。


 豚はおだてれば木に登る。


 馬鹿はおだてれば口が軽くなる。


「あ〜、バレたぁ〜?そうだゾォ、ボクちんはそのタッちんだゾォ。キシシシ」


 おお。かかった。


 ていうか、本当に大丈夫なのかこの男。会話は成り立っても、正確な意思の疎通が成り立たない気がする。


「ところでそのタッちんはどう凄いんだ? 教えて欲しいな〜」


「え〜? 仕方ないなぁ、キシシシ。ボクちんは天才なんだぞ。今回も凄いものを使ったんだ」


「そうなのか。一体なにを作ったんだ?」


 一気に核心に踏み込む。


「ん〜、それは秘密。キシシシ」


 だが、見込みが甘かったようだ。


「それにしてもお前たち、ボクちんの遊びを邪魔するなんて、許せないなぁ」


 それまで空中を旋回しながら、俺たち―――というよりも『炎の巨人』―――を遠巻きに警戒していた怪鳥のうち、1匹がこちらに近づいてきた。


 あまりに急な接近だったので身の危険を感じた俺は、炎の巨人に命じて怪鳥をはたき落した。


 だが、それは迂闊うかつに過ぎたようだ。


 仲間が攻撃されたことで、残りの怪鳥の眼の色が変わった。


「キエエエエエエ!」


 雄叫びをあげながら、敵意を剥き出しにして、すべての巨鳥が襲いかかってくる。


「このぉ!」


 ギターを再び鳴らしながら《想像》に集中する。


 まず急降下しながら迫り来る2匹を、それぞれ両腕で弾き飛ばす。


 左前方から飛んできた1匹を左手で鷲掴みにして、その後ろから突撃してきた1匹にぶつけると、右前方に着して長い首を振り回しながら走ってきた2匹を蹴り飛ばす。


 後手に回りながらも、何とか残り6匹までに減らすことができた。


 この調子でいけば、なんとか全滅させられそうだ。


 しかし俺の目論見はあっけなく崩れ去った。


「キシシシ!お前、凄いな!でもボクちんも負けてないもんね。もっと遊ぼう、遊ぼう!」


 タッちんと名乗るマスク男は、ジャズマスターをかき鳴らした。


 はっきり言って演奏は下手だ。押弦していてもしっかりと抑えきれていないので、音が出ていない箇所もあるし、ピッキングもヘロヘロなせいか、ピックが弦に引っかかって、不自然に止まるときがある。


 そういう意味では下手というよりも、演奏にすらなっていない。


 しかし彼―――タッちんは猫背の体を揺らしながら、楽しそうに弾いている。


 もしかしたら彼はギターを楽器としてではなく、『音の出る玩具』としてもてあそんでいるのではないだろうか。


 しかし俺はそんな呑気な事を考えている場合ではなかった。


 なぜなら、また世界に亀裂が走ったからだ。


「キシャシャシャシャシャ!」


 しかもそれが空中のいたるところに、いくつも出現したのだ。


 巨大なガラス窓をリズミカルに叩き割ったかのような破砕音が、いくつも轟いた。


「まさか……おい、嘘だろ……」


 俺の呆然とした呟きには、誰も答えない。


 嘘であって欲しかったが、残念ながら俺たちの目前に厚い雷雲のごとく広がる巨鳥の大群は、間違いなく現実だ。


「ゲンキ、来るわ!」


 隣に立っていたレイラが、警告を発した。


 彼女の視線の先には、今にも襲いかからんと迫り来る怪鳥の姿。


「くっ!」


 間一髪のところで炎の巨人が殴り飛ばした。


 だがホッとしたのもつかの間、俺たちを取り囲むように次々と飛来する怪鳥ども。


 まず前方からの群れ。こいつらが一番数が多い。


 炎の巨人の右手から炎を壁状に広げ、対処する。


 次に左方向の群れを、左手で投擲とうてきする炎塊で次々と狙い撃ちにする。


 その合間に、右方向から迫る群れに対処。炎の巨人の面を右に向かせ、鉄仮面のアイレンズから二条の熱光線を放射して薙ぎ払っていく。


 一見順調に見えるが、俺は内心焦っていた。


 数が多すぎる。


 今は各方位から別々にきているからなんとかなっているが、これが全方位から一度に群がられては、ひとたまりもない。


「ゲンキ、このままではらちがあかないわ。全方位に向けて攻撃できない?」


「わかった。一か八かやってみる」


 レイラの提案に、汗をかきながら頷く。


 今まで試したことはないが、現状を打破するには賭けに出るしかない。


 想像しろ。全方位に向けて、放射状に広がる炎の輪を。


 俺の《想像》に応え、炎の巨人が動く――ことはなかった。


 ピタリと、動きが急に固まった炎の巨人。ここで大きな隙が生じてしまった。


「きゃあああ‼︎」


 絹を引き裂いたような、レイラの悲鳴。


 ハッとして振り向くと、レイラが巨鳥に襲われる寸前だった。


 禍々しい刃が並んだクチバシが彼女の小さな頭を挟み込むには、軽く開くだけでいい。


 しかし興奮のためか、怪鳥は限界まで広げていた。


 それが幸いした。


「レイラ‼︎」


 とっさの判断で、俺はレイラを押し倒した。


 彼女の輝くポニーテールの先端をクチバシが捉える前に、回避に成功した。


 レイラは無事だ。だが―――。


「ああ、ゲンキ!なんてことOh my got!」


 俺の背中が、鋭く熱くなる。一拍遅れて、強烈な痛みが襲ってきた。


「ぐ……ぁああっ」


 自分で背中の状況を確認することができないが、この痛み、レイラの悲壮な表情、そして切断されたギターストラップ、何より地面に広がる赤い血だまりが、ことを報せていた。


 俺はそのまま背中から倒れ込んだ。


 そこで見たのは、上級から次々と飛来してくる怪鳥だった。


 萎えるな。


《擬似召喚魔術》は俺の『情熱』を燃料としている。つまり、俺のボルテージが下がれば魔術が解除されてしまうのだ。


 仰向けのまま、俺はギターをかき鳴らした。


 今度は炎の巨人も俺の命令に従い、とにかく並み居る敵を千切っては投げていた。


 だが、徐々に炎の巨人の手数より怪鳥の物量の方が勝っていく。


 時折、炎の巨人の対処が間に合わず、俺たちのすぐ近くを怪鳥の攻撃がかすめる。もうダメかもしれない。


 レイラが俺の体を庇うように、その小さな体で覆いかぶさる。


 俺は諦めの感情をねじ伏せながら、弾き続ける。


 ピリロン。ピリロン。


 この緊迫した状況には場違いなほど明るく軽快なメロディーがどこからか聞こえてきた。


「もしもし。なに?」


 俺の視界の片隅で、タッちんがスマホを片耳に当て、通話をしていた。


「―――あ?そうか。わかった。すぐ戻る」


 通話を終えると「あーくそ、あいつマジかよぉ。使えねぇなぁ」などとボヤキながら猫背の体を更にかがめ、足元に手をやって何かを弄っていた。


 そして俺はまたもや信じられない光景を目撃した。


 タッちんがジャズマスターをぞんざいに鳴らすと、上空に三度孔が開いた。だが今度はひび割れる事なく、唐突に。


 それから孔は強烈な勢いを以って、怪鳥の群れを


 呆然とする俺たちの目の前で、怪鳥たちは―――抵抗むなしく―――次々と吸い込まれていった。


 その全てを吸い込むと、昏い孔は収縮し、やがて何事も無かったかのように消え去ったのだ。


 バタン。


 自動車のドアが閉まる音がした。


 タッちんはワーゲンのエンジンをかけると駐車場の出口に車を滑らせ、そのまま出ていった。


 急転直下の出来事で何が起きたのかは判らない。だが、ひとつ言えることは、


「助かった、のか?」


 緊張の糸が切れた途端、激しい疲労と眠気が襲ってきた。


 極度の重さをもった瞼に抗えず、レイラが俺を呼ぶ声を遠くに聞きながら意識は闇に落ちていった。







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