第13話 「What I want to foget is a photograph like that nightmare 」
「ふぁぁ……痛て」
休日の朝。予定は何もないが、逆にいえばなんでもできる可能性に満ちた一日の始まり。
ビバ自由!
しかし、そんな爽やかな朝とは程遠い俺の目覚めだった。
その理由は―――。
「あーマジで痛え。身体中バキバキだよ。レイラのヤツ、マジで三倍に増やしやがって……」
口に出すのも恐ろしい、レイラによる秘密特訓の所為だった。
「まぁいいか。今日はゆっくり―――え?」
休日を謳歌しようという俺の宣言は、スマホを確認した時に出来なくなった。
『今日、私のオフィスに来てね。ダーリン :) 』
―――――――――――――――――
落胆しながらレイラのオフィスへ向かうと、彼女はパソコンに向かってキーボードを叩いていた。
どうやら文章を作成しているようだが、全て英文だ。普段の彼女は流暢な日本語を操るので失念しがちだが、英語は彼女の母国語だ。
やがてパソコンのウインドウを閉じ、俺のいるソファまで来た。
「ごめんなさいゲンキ。いま終わったわ」
「それは構わないけど、急に呼び出したりしてどうしたんだ?」
俺は幾分か緊張をにじませた声で問う。
というのも、彼女が俺をオフィスに呼び出すときは、だいたいが
「早速だけれど、これを見てちょうだい」
レイラはレイラでビジネスライクに話を進めて、プリントアウトされたA4紙を差し出す。
「これは……地図か?」
しかもこの街の地図だ。
カラーで印刷された地図に、手書きで赤くバッテンがいくつか付けられている。
「そしてこれも」
そう言って彼女は、もう一枚A4紙を差し出した。
英文で長々と文章が綴られている。見たこともない単語や難解な文法もあり、俺程度の英語力では解読できない。
文字通りお手上げをして、
「降参だ。これは一体なんだ?」
「今から説明するわ。まずこのマップのチェックは、ここ数日間で観測された空間の
そして一つのバツ印を指差した。赤いバツは大きめの川の上に書かれており、そこは先日亜鳥の怪物出現したところだ。
「
「これは私も昨日報告を受けたのだけれど、実は私たちが感知できない範囲で同様の事件が起きていたらしいの」
「そんな……まさか。しかし、なんのニュースにもなっていないぞ」
あんな怪物が町中を
「ああいった『怪異』に対応するのは、何も
そこでレイラは紅茶で喉を湿らせた。
「彼らの目的に違いはあれど、共通点は『秘匿すべき』ということよ。あらゆる手を持って『無かったこと』にするの。ちなみに、先日は偶然ではあったけれど、私が対処したわ。ゲンキは気付かなかったでしょうけれど、戦闘時は精霊術で私たちを周囲から視認できないようにしていたの。半径500メートルくらいならば、私でも何とかなるわ」
俺もコーヒーを飲む。以前から思っていたが、レイラの煎れてくれたコーヒーは何故こんなにも薄いのだろう。
無言でレイラに続きを促す。
「古来からこの現象は起きている。でも……それは数年に一度、というものだったわ。よく起きても年に2回ほどね。記録によれば10年インターバルがあった時期もあるくらいよ。ところが、ここ数日で幾度も頻発している。これは明らかに
外国人特有のオーバージェスチャーで首を振るレイラ。
俺はそれを見ながら、話が嫌な方向へ推移する予感がした。
「というわけでゲンキ。手伝ってちょうだいね。あら、嬉しいわ。その顔は
「どこをどう見たらそう思う。口をへの字に曲げて眉が八の字なんだから、明らかに嫌がっているだろう」
「まぁ何てこと!あなたは困っている友達を見捨てるというのね」
よよよ、と泣き崩れるレイラ。嘘泣きなので、もちろん涙など一雫も流れていていない。
「だいいち、魔術協会とやらは地域安全のために立ち上がるような組織なのかよ」
「どうやら、今日の異常の原因は魔術的なものらしいの。とはいえ、私一人では手に余りそうだし、何よりか弱いレディだもの
「つってもなぁ……」
今回は俺がレイラに……というよりも魔術協会とやらに協力する義務はない。
「仕方ないわね。これは極力使いたく無かったのだけれど……」
彼女は傍のハンドバッグから、そっとスマホを取り出し、俺に画面を示した。
「またこのパターンか……」
そこには、かつて俺がレイラの策略に嵌められたがために盗撮された、俺とレイラのきわどい画像があった。
黄門様の印籠よろしく、俺はこれを持ち出されては肩を落とすしか無かった。
「またよろしくね、ダーリン」
天使の微笑みを浮かべる小悪魔に、俺はただただ空疎な引きつった笑いを返すしか無かった。
――――――――――――――――――――
「はぁ」
まだ仕事があるというレイラを残し、俺はため息をつきながらオフィスを出た。
義務はないがレイラに対し義理はある。ということで自分を納得させて歩き出す。
時刻は昼を少し過ぎたところだ。
どうせならば駅前をぶらついて昼食を済ませよう。
ハンバーガーは食べ飽きたし、カレーは今度は水瀬との約束があるから今度にしよう。
そんな考えを巡らせていると―――。
「わ!」
「わぁ⁉︎」
背中を叩かれ、
振り向くとそこには、私服姿の灰田が手を振りながら立っていた。
「な、なんだ灰田か。
周囲の通行人の迷惑そうな視線を意識しながら俺は言った。
「いや〜、ごめん〜。なんかトボトボ歩いてる不夜城の背中が煤けてたからさ〜。それ見てたら手がうずいちゃってさ〜」
「傍迷惑な性癖だな。それより何してんだよ、一人か?」
「何してんだよ、はこっちのセリフ〜。私は友達と買い物〜……だったんだけど、そいつ〜彼氏見つけたらそっち行っちゃってね〜。不夜城は〜?」
「まぁ、似たようなもんだな」
まさかレイラと世界の怪異についてマジ話してましたとは云えず、適当にごまかした。
「そうなんだ〜。じゃあ遊ぼうよ〜」
「まぁいいけど」
俺も特に予定があるわけではないし。
灰田も昼食はまだということで、彼女に案内されてカフェに入った。
食事をしながら、来月参加するグレイテスト・ティーンズの事や部活などの事を話した。
そんな中、ふと水瀬の事を訊いてみようと思った。
「え〜?あ〜ちゃんの音楽する理由〜?」
「ああ。この間なんか明らかに体調悪そうだったのに、必死でやってたよ。フェスに出て優勝したいからっていっても、あの様子は普通じゃない。だから、もっと深い理由があるんじゃないかと思ってな」
「ん〜」
視線を上空に漂わせながら唸る灰田。
心当たりはあるが、話すべきかどうか考えているのだろう。
俺は辛抱強く待った。やがて彼女は―――灰田にしては珍しいが―――重々しく口を開いた。
「本当は私が話すような事じゃないんだろうけど、あ〜ちゃん不器用だからね。突っ走って怪我しないように、不夜城にも知ってもらっといたほうがいいかも知んない」
このことは他言無用だよ、と念押しした上で、彼女は語り出した。
水瀬明日香の過去を。
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