第7話「 the serious girl 」

 



 軽音部の練習が終わり、俺は灰田と共に駅前に来ていた。


 くだんの友達とは、駅前のファストフード店で待ち合わせているらしい。俺もたまに利用する店だが、最近はちょっと良い思い出がない。


「なんかね〜、もう先に着いてるって〜、連絡あったよ〜」


 スマホを確認しつつ、灰田はそういって店内を覗き込んだ。


 灰田の視線を追ってみると、店内の奥まったところにあるテーブルに人影が見える。


 手前のテーブルにいる他の利用客の影に隠れて見えづらいが、確かにどこかの制服らしきブレザーとプリーツスカート姿の人物がいた。


 オーダーを済ませた俺と灰田がトレイを持って席に近づくと、先客もこちらに気付いた。


「あ、はーりん!」


 灰田を瞳に捉えた先客の少女は、主人を見つけた子犬のような明るい笑顔で手を振り、ついで灰田の後方にいた俺を視認するやいなや、


「うぁ」


 コーラだと言われて飲まされたのが炭酸入りの醤油だった、みたいなしかめ面をされた。


 そんな顔をされた俺も、プリンだと言われて食べさせられたらカラメル付きの玉子豆腐だった、みたいな顔をした。


 つまり、お互い『なんでお前がここにいる⁉︎ 』という心境だった。


 待ち合わせ相手はやがて戦慄わななきながら俺を指差した。


「あ、アンタ……やっぱりストーカー……」


「なワケねーだろ!よく考えろよ。俺は灰田に頼まれて付いてきたんだから、ただの偶然だろ⁉︎」


 そう。灰田の友人たる待ち合わせ相手は、二度も俺を変態呼ばわりした、ツインテールの少女だった。


「え〜なに〜? もしかして知り合いだったりする〜?」


「顔見知り程度だよ。名前も知らねーし」


「へ〜? まぁとにかく〜、まずは座らない〜?」


 言われて俺は、店内の好奇の視線を浴びていることに遅まきながら気付き、しぶしぶ卓についた。


 しかもよりによってこの席は、かつてレイラが俺に『非日常』を持ち込んだ席だ。


「とりあえず〜、まずは紹介するね〜。この子は私の同中の〜、アスカだよ〜」


「……水瀬明日香よ」


 灰田の紹介を受けて、ブスっとしながらも名乗るツインテール改め水瀬明日香。


「で、こっちが〜我が軽音部が誇るスケコマシ〜、不夜城〜」


「おいなんだその紹介。謂れのない中傷を俺は受けているぞ。取り消しを要求する」


「え〜? でも〜ナイスバディの幼馴染や〜金髪美少女や〜いたいけな後輩をたぶらかしてる不夜城にはピッタリじゃない〜?」


「なんだそのラインナップ⁉︎ 特に最後、どっから出てきた⁉︎ 事実無根すぎるだろ!撤回を要求する」


「知らぬは本人ばかりなり〜♪ しかもそれに飽き足らず〜、ちゃっかり他校の女子にも手を伸ばそうとしてるし〜」


「聞けよ俺の話を!てか伸ばしてねぇ!」


「あは〜、冗談冗談〜。あーちゃん、この不夜城は私の知り合いで一番ギター上手い人だよ〜」


「……不夜城弦輝だ」


 俺も何となく口を尖らせて自己紹介する。


「はーりん。せっかく連れてきてもらって悪いけど、やっぱりこの話、無かったことにさせて」


 眉間にしわを寄せ、紙コップに挿したストローに口をつけながら水瀬は言った。


「え〜、どうしたの〜?」


「私、この不夜城って人からは習いたくないから」


 すげなく一刀両断。


「ね〜、何かあったの〜?」


「何もねーよ」


「本当に〜? 何もないのにこの態度は普通ないよ〜?」


 激しく同意だ。


 しかし、無い物は無い。


「あーちゃんさ〜、不夜城に何かされた〜?」


「特に何かされたってわけではないけど……」


「つまり〜、何となく気に入らないってこと〜?」


「えっと……まぁそうなる……かな?」


「あーちゃんの覚悟は〜、その程度で尻込みしちゃうほど軽いものだったわけ〜?」


「!」


 灰田の言葉に、冷水を浴びせられたようにハッとする水瀬。


 覚悟?


 何のことだといぶかっている俺に、灰田は目を向けて言った。


「さっきも言ったけど、この不夜城は〜、私が知る中で一番ギターが上手いし、家もギター教室やってるだけあって〜、軽音部でも後輩たちにわかりやすく教えてるし〜。もうこれ以上の物件ないよ〜?」


 物件言うな。


「それに〜、一大決心だったんでしょ〜? ならチャンスは最大限に活用すべきじゃない〜」


 軽く唇を噛みながら少し考えた後、水瀬は俺を真っ直ぐに見た。


「不夜城……だったっけ? この間から失礼なこと言ってごめんなさい。私、どうしてもギターをうまく弾けるようにならないとダメなの。それも短期間で。だからお願い!私にギターを教えて!」


 最後の方は立ち上がり、体をくの字に曲げて頭を下げた。


「お、おい。わかったから、とりあえず座れよ」


 他の客の目を気にして焦った俺は、両手で彼女に座るよう促した。


「なんだかよく分からないけど……いいよ」


「え? いいの?」


「いいよ、別に。よく分からないけど、ギターを上手くなりたい理由があるんだろ?ただ俺も色々と都合があるから、都合がつくときでいいなら、だけどな」


「お〜、よかったね〜、あ〜ちゃん〜」


 ペチペチと緩く拍手する灰田。どうでも良いが、拍手の勢いのなさがお愛想にしか思えない気がする俺は、性格がひねくれているのだろうか?


「う、うん。ありがとう、不夜城……くん」


 あっさりと俺が承諾したので肩透かしを食らったような顔をしていた水瀬だが、灰田の声に急いで何度も頷き、礼を言った。


「不夜城でいいよ。それよりもなんか妙な感じだな」


「え?」


「初対面の時からさっきまで、嫌な態度を取られてたからな。いきなり素直になられても、こっちも対応に困る的な……。ていうか、初めからそうしろよな」


「な……」


「「あ」」


 照れ隠しだったとはいえ、咄嗟に出た内容は失言だった。


 そして俺と灰田は、口の端を引きつらせる→プルプルと湧き上がる感情に震える→まなじりがつり上がる、という水瀬の表情の変化を見ることで、人の怒りの発露のシーケンスを(我ながら冷静に)観察していた。


「も……元はといえば!アンタが覗き見やストーキングなんて変態行動するからでじゃない!」


「ちょっ……待て待て!さっきも言ったが、今日の件も駅前の件も偶然だ!」


「へぇ〜。不夜城にそんなシュミが〜」


「おい待て灰田。理解わかってるだろうが、誤解だからな? 何でニヤニヤしているんだ? そしてその右手で操作しているスマホはなんだ⁉︎ おい待て、誰に何を報告する気だ?」


「でもノゾキはしたでしょ⁉︎」


「人聞きの悪い言い方するなよ!あんな人気のないところで歌声が聞こえてきたら、とりあえず様子をうかがうだろ!そして灰田、一度しまったスマホをなぜ再び取り出す⁉︎」


「この変態!」


「変態じゃねぇ!」


「このpervert〜」


「英語で言っても同じことだろ!てかその単語、理解されにくいだろ!てかいま言ったの灰田だろ!あーもう、誤解だって言ってるじゃねーか。あんまりしつこいと、この話は無かったことにさせてもらうぞ?」


「ぐ……」


 俺の強権発動に鼻白むツインテール。


「あ〜、それは大人気ないよ不夜城〜。カッコワルイ〜♪」


「黙っててくれ灰田。ややこしくなりそうだ。いやもう既になってる」


「で、どうすんだ水瀬?」


 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる俺に、水瀬は「くっ……!」と悔しそうに歯噛みし、


「変態じゃなくて、まさか卑怯者だったなんて……。仕方ないわ、今は従ってあげる。でも勘違いしないで。体は従わせられても、心までは自由にできないんだから!」


「クククク!せいぜい吠えるがいいわ―――は⁉︎」


 勝ち誇った哄笑をあげる俺の横顔に突き刺さる、一筋の冷気。


 その方向を振り向いた先には……。


「…………」


 コキュートスもかくやという、冷たい視線を俺に向ける聖がいた。


 なぜ聖がここにいるのかは判らないが、飲み終わった空の容器が乗ったトレイを持っていることから、だいぶ前から居たようだ。


 無言のままトレイを返却ボックスに押し込み、そのまま店内を出て行った。


 その後ろを、聖の友人たちらしき二人の少女が追いかけていく。その顔が俺をチラ見してニヤついているので、俺は



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 こんな感じになった。


 ええ、なりましたとも。


「ちょっとアンタ、大丈夫?」


 何の脈絡もなく凹んだ俺に声をかけたのは水瀬だけだった。


 灰田を見遣ると、眠そうな眼で首を横に振る。どうやら聖がここに居たのは本当に偶然らしい。


 ピロン。


 俺のスマホに、メッセージ到着のメロディ。


『アホ』 By聖。


 ポン、と俺の肩に置かれる誰かの手。


 首を向けると、慈母の笑みを浮かべた灰田がいた。


「ドンマイ。ゲンキダセヨ、ボーイ」


 なぜかカタコト外国人口調でサムズアップ。



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「え、え?なに?どうしたの、一体?」


 何が起きたのか理解していない水瀬だけが、一人うろたえていた。










 

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