第6話「 growth & request 」
◆◇◆◇◆◇
薄暗い部屋の彼方此方には、歪な形の生活感漂う塔が幾柱も出来ていた。
それはCDの山であったり脱ぎ散らかした衣類の山であったりしたが、とりわけ多いのは、コンビニ弁当の空箱や食べかけのスナック菓子の袋で発生した山だろう。
故に、
あるていど常識的な感覚を持ち合わせていれば、鼻をつまみ、顔を顰めるだろう。
だがこの部屋の『王』にして主人である男には、むしろ誇らしい匂いであった。
ところが現在、男は部屋の匂いなど全く気にならなかった。
何故ならば、いま彼の集中力は
「か……完成だ」
嗄れたバリトンが、彼の口からこぼれ出た。
男の正面の作業台には、インパクトドライバーや半田ごてなどの様々な工具や、赤青緑とカラフルな配線が所狭しと散乱していた。
その中央。
男の血走った
「ケヒ、ケヒ、ケヒャヒャヒャヒャヒャっ!」
男の口からは、我知らずと哄笑が漏れ出てくる。
これは唯一無二の最高傑作だ。
もう他の誰にも作ることはできない。
世界中の誰にも。
それこそ、
「ボクちゃんって、やっぱ天才! キシシシシシシシ♪」
彼の声に応えるように、鈍色の筐体がキラリと輝いた。
◆◇◆◇◆◇
「ワン、トゥ、スリー、フォー」
高梨学部長のカウントに続いて、ドラムス、ベース、ギター、キーボード、ボーカルが一斉に音を出す。
疾走感のあるキレの良いドラムに合わせて、ノリの良いベースを弾くのは2年の鈴木ましろ。
リズム隊をセンスの良い音色で彩るのは、キーボード担当、3年の御堂詩織先輩。
彩り豊かな歌声で曲にさらなる躍動感を与えているのは、2年の灰田凛。
そしてギターはこの俺、不夜城弦輝だ。
今日は軽音部の上級生チームBの集中練習を行なっている。
ちなみに上級生チームにはAとBの2チームがあり、Aチームは三年生の割合が多く、Bチームは二年生の割合が多い。
曲がアウトロに入り、全員の息を合わせてフィニッシュ。
演奏の完成度の高さに、見学していた残りの部員や部外者たちから快哉が上がる。
「部長、ちょっと休憩しませんか?」
3曲をちょうど5回ずつ演り終えたとき、俺は提案した。
「そうだな。じゃあ10分休憩しよう」
部長の合図で、銘々楽器を置いて休息に入った。
灰田に声をかけられたのは、そんな時だった。
「なんかさ〜、不夜城って〜、演奏が変わったよね〜」
「そうか? 自分じゃ特に意識してないんだけどな」
「そうだよ〜。なんか〜、大人になった? ていうか〜、大人の階段登ったっていうか〜」
「なんだそりゃ」
「ん〜……。エロいことした?」
「ぶっ‼︎」
飲んでいたペットボトルのコーラを盛大に吹き出した俺は、咳き込みつつ灰田を睨んだ。
「変なこと言うな! してねぇ!」
「え〜? じゃあ不夜城って童て」
「ヤメロ!言うなそれ以上!」
「あはは〜、冗談だよ〜。でも何か変わったっていうのは〜、本当〜」
「眠たそうな目をして眠い冗談言わないでくれよ……」
「あ、でも私もそう思ってましたよ」
「わぁっ⁉︎」
急に後ろから声をかけてきたのは、
「何だ、香山か……。驚かすなよ」
「何だはひどいですよ、不夜城先輩」
ひどいと言うわりには笑顔の香山せいら。この後輩はいつもニコニコしていて、穏やかな性格をしている。
「それで、俺の何がどう変わったって?」
「あ、そうそう。上手く言えないんですけど、余裕があるっていうか……」
「そうだね〜。歌ってて楽しいギターになったよ〜」
「あ、わかります。私はなんか、包まれてる、みたいな」
「な、何だよそれ?」
きゃっきゃっと頷きあう女性ボーカリスト二人。
彼女らに悪気はないのだろうが、俺には
座りの悪さを覚えていると、
「確かに最近の不夜城の演奏には、周りをよく見る余裕があるな」
高梨部長も話に加わってきた。
「どういうことですか〜?」
灰田が小首を傾げて訊ねると、高梨部長は「うん」と首肯した。
「俺はドラムスだから、バンドの様子を後ろから見てるんだが、最近の不夜城はバンドのメンバーをよく見て、その演奏に合わせているな」
「演奏に合わせて……」
「うん。ギターというのはドラムスやベースなどのリズム楽器と違ってウワモノだからな。必ずしもそうとは言えないが、とにかくギタリストというのは独り善がりなプレイをしがちだな。特に
そう言うと、部長は苦虫を噛み潰したような顔になる。
過去に何かあったんだろうか。
「とにかく、不夜城はバッキングに関しても、リズム隊とのグルーヴ感が良い感じになってきたし、オブリに関しても、以前はギターの演奏のひとつとして引いていたのが、いまはボーカルとの掛け合いが出来ているな。そこが変化したと言えば変化したところだな」
「そうなんですね。へ〜」
香山はしきりに感心している。
「ま、みんなで合わせるのがバンドだしな。これからもそんな感じで頼むぞ」
言うだけ言って、部長は背を向けて離れて行った。
俺はと言えば、高梨部長の言葉に衝撃を受けていた。
この軽音部に入部するまで、俺は同年代の人間と一緒に演奏したことがなかった。
例外は幼馴染の天野清音くらいなものだ。
今まで俺は、自分で演奏に合わせていたと思っていた。しかし実際はそうじゃなかった。
周りの大人たちが俺に合わせてくれていたのだ。
それは清音にしても例外ではなかったはずだ。
彼女は俺を遥かに凌駕する才能の持ち主だ。彼女の性格も加味すると、さりげなく俺をフォローしてくれていたのだろう。
まだまだだな、俺は打ちのめされた気分になる。
「どうしたの〜、不夜城〜?」
やにわに
「いや、何でもない」
いまは部活中だったことを思い出し、頭を振って気持ちを切り替える。
「あ〜、そう言えば、いま思い出したけど〜、不夜城〜?」
「ん、何だ?」
「今日ね〜、部活終わったら時間ある〜?あるよね〜?」
「勝手に決めつけるなよ。まぁあるけど……」
以前も聖に勝手に決めつけられたよな、俺の予定。扱い悪すぎだろ。
「あるけど、それがどうしたんだ?」
頭をふにゃふにゃ揺らしながら灰田は一つ二つ頷くと、
「不夜城にね〜、会ってもらいたい人がいるんだ〜」
「今日か? 突然だな。って言うか、会ってもらいたい人って誰だ?」
「そうだよね〜、突然だよね〜。本当は昼休みにでも言おうと思ったんだけど〜、忘れてた〜。てへ♪」
俺はリアルで『テヘペロ』をする人を、初めて見たかもしれない。
「えっとね〜、会ってもらいたい人っていうのは私の中学の時の友達でね〜、その子も最近音楽始めたから〜、私に
「でも?」
「よく考えたら私〜、ギター弾けないし〜」
「安請け合いしすぎだろ」
俺のツッコミに対して、灰田は再度の『テヘペロ』。彼女のマイブームなのだろうか。
「それで〜、私の知り合いで一番ギターが上手い人って、やっぱり不夜城だから〜」
「ありがとう。褒められて悪い気はしないが……本当にいいのか、俺で」
「だって〜、不夜城の家って、ギター教室なんでしょ〜?」
「あれ? 俺、灰田に家のこと教えたことあったっけ?」
俺と灰田は割と話をする方だが、そこまでプライベートなことを話した覚えはない気がする。
「ううん〜。ジリから聞いた〜」
「あいつ……。俺の個人情報を何だと思っているんだ」
「そういうわけで〜、今日お願いね〜」
「ああ、わかった。また後でな」
そこで折良く練習再開の合図がかかったため、俺たちは所定の位置へ戻った。
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