第5話「 an unwelcome reunion 」
そして日曜日。
人。人。人。
休日ということもあり、駅前は街中の人々が集まっているのではないかと思うほどの、人の大河が出来ていた。
改札口を出た俺は時間を確認し、少し後悔した。
早く着き過ぎたのだ。
先日もレイラとの待ち合わせに遅れたが為に、ペナルティを与えられたのだ。同じ轍を踏まぬ為に早く到着したのだが、約束の時間まであと三十分もある。
(どっかで時間潰そうかな……)
俺は周囲を見渡した。
「お?」
そこで、俺の目に止まる光景があった。
駅前広場には数組のストリートミュージシャンの姿があったが、その中でたった一人、ギターを持った人がいた。
栗色の髪をツインテール にし、ミディアムスケールのアコースティック・ギターを持っている少女。
彼女の前には譜面台が立てられており、オーソドックスな弾き語りをするスタイルの様だ。
チューニングを終わらせた彼女は、おもむろにギターを鳴らし始めた。
まだギターを始めたばかりのビギナーなのだろう。
辛うじて押さえられているコード、必死さが感じられるギリギリのポジションチェンジ、ぎこちない右手のストローク。
俺にもあんな時代があったなぁと懐古に浸り、暖かい目で見ていたが、
「え……?」
俺は―――いや、俺だけでなく往来を通り過ぎる人々も足を止め、彼女に耳を奪われた。
彼女がその歌声を紡ぎ出した途端、駅前の空気が変わった。
一言で表せば、存在感。
透明感があり、芯がある歌声を、個性的な歌い方で駅前広場に響き渡していく。
だが、8小節ほど歌ったところでアクシデントが発生した。
ビィイン!
「きゃっ⁉︎」
力み過ぎたからか、ギターのB弦(2弦)が切れた。
一番切れやすいE弦(1弦)ではなく、次に太いB弦が切れた切れたのは珍しいが、あり得なくはない。
さて、このアクシデントに彼女はどう対応するのか、と見ていたのだが……。
「え?あれ?え、ええ⁉︎」
ギターを見下ろし、歯抜け状態の弦を見て、ネックヘッドのペグ(弦を巻きつける金具)からアホ毛のように飛びだているB弦を確認し、
「ど、どうしよう!どうしよう!」
と、慌てふためいていて、一向に再開する気配がない。
こう言う場合の対処法は、いくつかある。
まずギターでの伴奏を諦め、アカペラで歌う。しかしこれは、かなりの度胸を要する。
次に、弦を張り替えて改めてやり直す。ただ、弦を張り替えている間は場が白けきってしまう。その場を持たせるには作業を行いながらマイクパフォーマンスをすることだが、彼女の
最後―――これはとても簡単だ。切れた弦のことなど気にせずに弾けば良い。
だが彼女の様子を見るに、この方法も取るつもりもないのは何故だろう。
「まさか……」
ここで俺は、ある一つの可能性に思い至った。
「まさか、他のコードポジションを知らないのか……?」
その可能性は高い気がする。
(どうしようかな?)
このまま黙って見ていれば、恐らく彼女はギターを仕舞いこのまま帰ってしまうだろう。
しかし俺は、彼女の歌声をまだ聴いていたかった。
だから俺の足は自然と彼女に向かって歩き出していた。
俯いていた自分の近くに差した人影に、顔をあげる少女。
「貸して」
「……ふぇ?」
半ベソをかいていた彼女に手を差し出し、再び告げた。
「そのギター、貸して」
「え?」
「いいから。弦が切れて困ってるんだろ?」
「あ……うん」
何の脈絡も無く現れギターを貸せとのたまう俺に、戸惑いつつも頷きギターを渡す彼女。
俺はギターのストラップを袈裟懸けにすると、自分のピックケースから取り出したオニギリ型のピックでストロークした。
彼女が弾いていた曲はTaylor Swift の『We Are Never Ever Getting Back Together 』だ。
ひと時期、俺が所属する軽音部でも盛んに演奏されていた。だから俺もコード進行は丸暗記している。とはいえ原曲は細かい分散和音が特徴的。だがここはストロークでジャカジャカ慣らすしかない。若干雰囲気は変わるがそこは勢いで乗り切ろう。
所詮、
だから彼女が目を瞠いているいるのも、彼女が自分とはボジションで俺が同じ曲を弾いているからだろう。
降って湧いた事態についていけず目を丸くしているツインテール の少女に、俺は目で合図する。
口を「あっ」という形に開いて、ギャラリーに向き直る少女。
どうやら正しく理解してもらえたようだ。
彼女は気を取り直し、再びあの存在感のある歌声を響かせた。
――――――――――――――――――――
「あんたが何者か知らないけど、とにかくお礼を言っておくわ。ありがと」
五曲を歌い終わり、彼女は満足げな笑みで俺に例を言った。
「特にナニモンでもないけどな。ただギター弾きとして、困っているギター弾きを見過ごせなかっただけだ」
結局俺は初めての一曲目を演奏し終えたあと、譜面台に用意された歌詞が既知の曲のものだったので、その場の勢いで続けて4曲も演ってしまった。
まぁオーディエンスも沸いたし、主役の少女も特に気を害した風もなかったので、結果オーライだろう。
「ふ〜ん。ところであんた、ギター上手いのね」
「いや、ぜんぜん……普通だろ」
ギターを彼女に返しながら俺は謙遜して見せるが、内心では『それほどでもあるけどね♪』なんて思っていたりする。多少なりとも自信が無ければ、他人の前で良い演奏などできないのだ。
「それよりも、俺たちどっかで会ったことない?」
実は俺は、この歌声に聞き覚えがあった。
「……なに? いまどきそのセリフないわよ?」
途端に警戒心を露わにする少女。
「いや、冗談とかナンパとかじゃなくて、真剣に。絶対どっかで聴いた事あるよ。こんな凄い歌声、俺が忘れるわけがないって」
「え? ああ……そう? あ、ありがと……」
ふざけた気配のない俺の表情に下心は無いと判断してくれたらしく、ストレートな賞賛に瞳をそらす少女。
「でも私、アンタに見覚えないわ……よ」
しかし少女は再び俺の顔を見つめ、ピタリと停止した。
そして眉間が徐々に険しくなり、やがて口元に手を当て「あ‼︎」と仰天した。
「な、なんだ⁉︎」
「アンタ、いつかのヘンタイ‼︎」
「は⁉︎」
この女、窮地を救った俺に言うに事欠いて変態だと? そんなことは未だかつて誰にも……。
「あ」
そういえば、つい何日か前にも変態呼ばわりされた事がある。
急速に俺の記憶の
真昼のグラウンド。そのベンチ。栗色の髪の少女。透き通るような歌声。
「―――へ、変態……」
思い出した。
「グラウンドで歌ってた娘だ」
そうだ。確かに数日前、グラウンドのベンチで出会っていた。
「……アンタ、ストーカーだったの? やっぱり変態ね」
もともとツリ目がちだったが、彼女の眼は今や逆三角形にまで釣り上がり、ゴミを見る顔で吐き捨てた。
「ちょっと待て。流石にストーカー呼ばわりはひどいぞ? いや、変態も大概だけど」
「でも私をつけてたんでしょ? じゃなきゃこんな偶然ある訳ないじゃない!」
もはや噛み付かんばかりの剣幕である。
面倒なので放置して帰りたくなったが、少女の剣呑な様子に遠巻きに見ていたギャラリー達も胡乱げに俺を白眼視しだしたため、一言でも弁解せずにはこの場から離れられなくなった。
「そんな偶然があったんだよ。第一俺はお前のことなんかこれっぽっちも知らない。今の今まで会ったことを忘れてたくらいだ。―――お?」
そこで俺のスマホにメールの着信があった。
『 I’ll arrive there in a New York minute :) (もうすぐ着くわ(^ ^))』
レイラからだ。
「んじゃ俺は待ち合わせがあるから」
片手を上げて踵を返そうとした俺に、ツインテール は「あ、ちょっと……!」と制止しかけたが、それには構わず俺は一目散に駆け出した。
――――――――――――――――――――
「ま、間に合ったな……」
先ほどのツインテール少女と別れてから200メートルほど走って、俺は待ち合わせ場所に到着した。
「ギリギリね」
「おわぁっ⁉︎」
背後から聞こえた声に急いで振り向くと、やはりと言うか、金髪が眩いレイラが立っていた。
「お、驚かすなよ……」
「ふふ。ごめんなさい。遠目にも急いで走って来るゲンキが面白いものだから……。でも、あと1分遅かったらアウトだったわね。steadyを待たせるような悪い人にはa penalty よ?」
「誰がステディだ……」
外国人のレイラが言うと、そこはかとなく重く感じるんだよな。ていうか、そんな深い付き合いでもないだろう。
「でも間に合っている事には間違いないから
すると突然、レイラは首を傾げた。
「ど、どうした……?」
「…………」
俺の問いには答えず、レイラは目を
何かの声に耳を傾けるかのように。
ていうかなにこの沈黙、怖っ!
「レ、レイラさん……?」
やおら瞼を開けたレイラは、俺の目をじっと見つめる。
「な、なんだ?」
答えの代わりに彼女は、ニコリ……いや、ニヤリと口元を歪ませた。
「今日も荷物お願いね、ダーリン?」
「は? ペナルティ⁉︎ なんで⁉︎ 」
ニコリと可愛らしい笑顔のレイラ。黒いオーラを撒き散らしてなければ見惚れてしまっていただろう。
しかし、何が彼女の負のスイッチに触れてしまったのか判らない俺は、焦る焦る。
「さぁ、行くわよゲンキ。
混乱する俺を尻目に、ツンとして歩き出すレイラ。
「な……何なんだ?」
俺は後を追いながら、しきりに首を捻るしかなかった。
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