第4話「Apple makes a declaration of war 」





「魔術といえばレイラ、の動画がネットに流れてたぞ。隠蔽とか出来なかったのか?」


 はぁ、とため息をついて、レイラは答えた。


「以前も言ったと思うけれど、魔術は万能ではないわ。記憶の操作にしろ、あそこまで大規模な破壊があったのだから、やるだけ逆効果でしょう?」


「そりゃそうだな。でもそれなら、破壊された原因を別のものに出来なかったのか?例えばガス爆発とか。ほら、キースの時にやっただろ?」





『悪い魔法使い』の一人であるキース=リーブス。


 彼は自分の目的の為に、たまさか目を付けたこの昂星高校を襲った。


 聖が襲われていることを知り駆けつけた俺は、レイラの助力もあってキースを撃退した。


 幸い放課後遅くということもあって,

被害に遭った生徒や教師の数はそう多くなかったが、レイラは所属する魔術協会の協力によって被害者たちの記憶を操作し、『ガス管が壊れたせいで、気が付いたら病院にいた』ということにしたのだった。






「キースの時とは規模が違いすぎるわ。被害の実情と改変した記憶で大きな齟齬そごが生じるわ。数人ならまだしも、何千という人数は不可能ね。それでも私たちなりに全力で対処したのよ? 街の人たちの心理的な外傷を残さないように、街全体に術をかけたり」


 ずい、と顔を近づけて念押しする様に言うレイラ。髪からふわりと良い香りが漂って来て、俺は内心ドキっとしてしまった。


「つまり、あの化け物の恐怖を残さない様にしたってわけか。おかしいと思ったよ。どうりで、アレから一週間しか経ってなかったってのに、街中が平常運行になってたわけだ」


「感謝して……といいたいところだけれど、元はの―――身内の不祥事だもの。むしろ自業自得ね」

 レイラはそう言って少し顔を伏せた。


「レイラ……」


 陰りを帯びた表情をする彼女に俺はかける声がなかった。




 レイラが言う『悪い魔法使い』。それは世界的にも有名なロックスターでもある、ゼノという名の男だった。


 彼は己の目的―――ある一人の少女をこの世界に蘇らせる―――の為に、なんら関係も罪もない人々を利用しようとし、その手段としてとんでもない怪物を喚び出したのだ。


 その少女とはなんと、俺と聖のもう一人の幼馴染である天野清音だった。そして驚くことに、清音はゼノの娘であり、レイラの妹でもあった。


 つまりその時のレイラの目的とは、妹を蘇らせる為に邪な手段を用いようとした父を止めることだった。


 怪物に大勢の人間の恐怖などの精神エネルギーを吸収させ、それを用いて清音が仮死状態のまま時間が止まった世界―――《停止世界》から、並行世界のこちら側の世界に転送するというのが、ゼノの目論見だった。


 ちなみに俺、聖、清音の三人には、幼い頃に出会った《文芸と音楽の女神ムーサ》の半身が宿っているらしい。


 清音の落命を止めたまま並行世界に止めているのも女神の力だ。


 そして俺も女神の力を借り、怪物を退けることが出来た。しかし、レイラは父を喪った。


 俺とレイラの目的は、ゼノとは違う方法を用いて清音を蘇らせるというものだった。





 俺はなんと言って良いか判らなかった。


 その代わり、手が勝手に動いてレイラの小さな頭を撫でた。


 滑らかな髪の手触りを感じながら、俺は自分の行動の迂闊さを呪った。


 滅多にない苦境を共有し乗り切った仲といえども、相手はまだ知り合ってひと月ほどの女の子なのだ。馴れ馴れしすぎる―――だけでなく、相手は小悪魔が制服を着ている様な少女だ。なんせ先日も待ち合わせに遅れたという理由で、マンガみたいに靴やらバッグやらの箱をいくつも荷物持ちさせられた挙句、夜の八時まで付き合わされたのだ。隙を見せたが最後、どの様な要求を突きつけられるか判らない。


 恐る恐るレイラの顔色を伺う俺。


「あれ……?」


 しかしその表情は俺の予想に反し、黙って何かに耐える様な顔をしていた。心なしか耳まで赤くなっている。


「え〜と……レイラさん?」


 俺の呼びかけに対し、レイラは困惑しながらも探る様な視線をこちらに向ける。


 レイラの唇が微かに震え、何かを呟きかけた。


 だが、


「フーヤン先輩〜?もうすぐ全体練習始めるってお兄が呼んでますよ〜?どこですか先輩〜? あ、いたいた先パ……」


 俺を探す快活な後輩の声に中断させられ、また後輩の声も、俺とレイラの姿を見た瞬間に凍りついていた。


「あ〜……りんご君?これはだな、実は少し複雑な事情と道徳的かつ人道的な配慮に鑑みて、この行動をするに能う価値ありと判断したのであって……」


 政治家がする様な、よく判らない言い訳をする俺。


 眼をシンバルの様に丸くし、口を金魚のようにパクパクさせて唖然とするりんご。


 そしてレイラは俺をじっと見つめていた視線を外し、りんごを一瞥。そして再び俺に視線を戻した時、その碧の瞳の奥には、極上の食材を前にした料理人のような稚気を帯びた悦びがあった。 


 あ、これはマズイな。


 危機を察知した俺は、光よりも早くこの場を離脱しようと身を捩った。


 だが、それより素早い動きでレイラは俺の左耳を右手で掴み、さっと口を近づけて小声で囁いた。


「ねぇ?さっきの、淑女に対する紳士としてあるまじき振る舞いには目をつむってもいいわ。なんと言っても貴方は、私の大切なパートナーだもの……ね?(ヒソヒソ)」


「……何が目的だ?(ヒソヒソ)」


「まぁ、人聞きが悪いわ。でもそうね。日本男子としてレディに借りを作るのは良しとしないと思うから、どうしてもと言うならば、日曜日の私のエスコート役という名誉ある大役を与えてもいいわ(ヒソヒソ)」


「日曜日は難しい。親父の手伝いがある。土曜日なら(ヒソヒソ)」


「土曜日は私がオフィスに缶詰なの。交渉は決裂ね。残念だわ(ヒソヒソ)」


「くっ……‼︎ せ、せめて午後、いや日曜日の正午。これならどうだ⁉︎(ヒソヒソ)」


「それでいいわ。手を打ちましょう。詳しい場所はまたメールするわ(ヒソヒソ)」


「わかった(ヒソヒソ)」


 交渉成立。


 首尾よく成果を得た金髪の小悪魔はホクホク顔で、未だ忘我の極地にあるりんごに振り向いた。


「あら?貴女、確かゲンキのお友達よね?変な所を見せてごめんなさい。でも誤解しないでちょうだい。いまのはただ、私が彼に個人的な相談をしていて、落ち込んだ所を慰めてもらっていたの。あくまで友人として、ね?」


 華やかで社交的な、だが俺からすれば胡散うさん臭い笑顔を向けるレイラ。


「はっ⁉︎」と我に帰る高梨りんご。


 そのままの姿勢で数秒間停止しているのは、レイラの言葉を反芻しているためか。


 やがて、


「あたし、負けませんから。フーヤン先輩、みんな待ってますから早く戻って来てくださいね」


 りんごには珍しく、やや険のある顔でレイラに対し意味不明な宣言をすると、俺に当初の目的である用件を果たして早足で駆けて行った。


「……りんご、どうしたんだろうな?」

 

首を捻りながらひとりごちると、レイラが「さぁ?」と言って微笑んだ。

 


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