第2話「 the video that I didn't wanna watch 」





「フーヤン先輩、『天使』の噂、知ってます?」


 灰田とクレセント・ミュージックであった翌日。俺はいつも通り軽音部の部活に勤しんでいた。


 部室である音楽室には俺と高梨部長、その妹で一年の高梨りんご、同じく一年の守屋翔馬と香山せいら、三年の草尾雪乃先輩の六人が集まっている。


 ギターのチューニングをしていた俺に話しかけてきたのは高梨りんご。部で一番小さいが、一番元気な後輩で、軽音部のマスコット的な存在だ。


「……天使? いや、何だそれ?」


「えー、知らないんですかー? 今めっちゃバズってますよー!」


 大きな眼をさらに大きく見開き、りんごは信じられないというように叫んだ。


「つってもなぁ。知らないもんは知らないし」


「あ、私知ってる。いまネットで動画がすごく出てますよ」


 そう言ってスマホ片手に話に加わったのは、香山せいらだ。


「これですよ、これ。本当に凄いんですよ」


 香山はスマホを操作し、やがて目的の画面を呼び出して俺に示した。


 スマホにはyou tubeの画面が写っている。


 いくつもの動画のサムネイルが並んでいるうち、その一つを香山はタッチした。


 サムネイルがズームし、スマホのディスプレイいっぱいに引き伸ばされた。


 まず画面に映ったのは夜の街。


 そして周囲の人々の悲鳴と怒号が聞こえてきた。それを裏付けるように逃げ惑う人々。


 時折、画面が激しくブレたりしているのはやはり、撮影者も慌てているからだろう。


 最初の印象は、"どこかの国の戦争" だった。ビルは倒壊し、車もひっくり返り、夜の街は市街戦の様相を呈していたからだ。


「……ん?」


 だが俺は十秒ほど眺めた後、いくつか違和感を覚えた。


 まず映っている人々。モンゴロイドばかりだ。


 それに聞こえてくる言葉は日本語。


 車は右側車線を走っている。


 これは―――日本だ。


 思えば俺は、この瞬間から嫌な予感がしていた。


 この数十年、日本で戦争が起こったなんて話は聞いたことがない。


 だが、ここまでの被害を受けた事件を俺は知っている。


 何故ならば、それはで起き、俺が体験したからだ。


 冷や汗を流す俺に気付かず、俺の横からディスプレイを覗き込み、香山は「あ、いま映りますよ」と言った。


 画面は少し遠くにある、小山のような黒い物体を映している。


 その時、『なにアレ……?』という音声が聞こえてきた。


 声が指し示すものを、カメラは捉えた。


 夜空の中、淡く発行する物体が浮いている。


 少し遠くてよく見えないため、カメラはズームアップしていく。


 やがて画面には、常識では考えられない光景が映し出された。


 それは人影だった。


 俺の冷や汗は、静かにその量を増していく。


 白いローブを纏い、フードを目深に下ろしているためにその顔は見えない。


 さらにその人物は、純白のギターを肩から提げている。


 現代日本の常識に照らし合わせれば奇異な風体だが、そこまではまだ常識の範囲内だ。


 問題は白いローブの人物が、翼を広げてビルより高い空に静止していることだろう。


 もちろん、足場などない。


 完全に宙に浮いている。


「凄いですよね、コレ。なんか最近アップされたみたいなんですけど、完全に特撮ですよね。じゃなかったら、噂通り本当に天使ですよ……ってアレ?どうしたんですか、不夜城先輩、凄く汗かいてますよ?」


 香山の指摘通り、俺は顔から滝のように汗を流していた。


「いや、何でもない……。それよりも噂って何だ?」


「え?ああ、それは―――」


「なんかですね、、天使があらわれて歌声であのを追い払ったらしいですよ!」


 俺と香山の間から割って入ったのは、先ほどとは打って変わってむくれた表情のりんごだった。


「へ、へぇ。そうなのか……っていうか、急にどうした、りんご?」


「別に何でもないですー!」


「?」


 訳が分からず首を捻る俺はりんごに尚も質そうとしたが、音楽室の扉が開いたことで中断されてしまう。


お邪魔するわExcuse me―――あら、お取り込み中だったかしら?」


「いや、何でもない……。それで、急にどうした、レイラ?」


 扉の向こうから現れたのは、俺たちと同じ昂星高校の制服を着た女子生徒だった。


 彼女に部員全員の視線が集まる。


 よく見れば彼女の背後にも、数人の生徒がいる。恐らく―――いやほぼ間違いなくここに来るまでの道程で、金魚のフンよろしく取り巻きと化した生徒達だろう。


 やはり彼女の容姿は、見る人をあまねく魅了するらしい。


 白金の髪に負けないほどに輝くような白い肌の顔は、まさしくサファイアをめ込んだかと見紛うばかりの大きな瞳と、それを引き立たせる長く繊細な睫毛まつげ、形の良い鼻梁、触れたいという欲望を引き起こさせるパールピンクの唇、華奢な身体。

 

海外からの留学生である、レイラ=マクファーソンだ。

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