第1話「 It's a misunderstanding 」



 初夏のとある日。


 俺はエフェクターケースと学校鞄を両手に、そしてギター二本を背負って歩いていた。


 いつもよりギター1本分余計な荷だ。


 これが自分の荷物ならばまだしも、他人の荷物だから俺の目を不機嫌なものにしてしまう。


 さらに俺の足は自宅への最短ルートを外れ、とある楽器店へ向けられている。


 そこには、このギターを渡すべき人物がいる。


「いらっしゃいませー」


『クレセント・ミュージック』という看板の下の扉を開いた俺の耳に、元気な店員の少女の声が聞こえてくる。


 その明るい声が、俺を更にイラっとさせる。


「ってなんだ、ゲンか」


「なんだとはなんだ。ジリお前、失礼なヤツだな!せっかくお前の忘れ物を持ってきてやったってのに」


 レジカウンターからふざけた挨拶をしてきたのは、この店のエプロンをかけた特徴的な外ハネ髪をした幼馴染の少女―――三日月聖だ。


「あーそうだった。ごめんごめん。そこに置いといて」


「このヤロォ……」


 全く悪びれる様子のない聖に俺は追撃を検討したが、よく見るとカウンターにお客の姿。接客中とあって俺はしぶしぶ断念した。


 空気を読んだ というよりも、その客が俺のよく知る人物だったからだ。


「あ〜〜。……不夜城だ〜」


「灰田か。珍しいな、こんなとこにいるなんて」


 妙に間延びした声で俺を呼んだのは、同級生にして俺と同じ軽音部の部員でもある、灰田凛という少女。


 こんなとこ呼ばわりに抗議の声を上げる聖だが、実際、同じ軽音部のベース担当の鈴木ましろや、ドラム担当の高梨りんごなどはよく見かけるが、灰田には比較的縁遠い気がする。


 なぜなら、眠そうな目とふにゃふにゃした挙措、そして聖を超えるほどのサイズを誇る上半身の一部分バストを持つこの少女は、ヴォーカリストなのである。


「そうだよね〜。珍しいよね〜。でも今日は、これ見にきたんだ〜」


 そういって灰田が指し示したのは、ショーウインドウに陳列されてある色とりどりな金属製の筐体きょうたいだった。


「エフェクター? ああ、そうなのか。ん? でもお前には必要なくないか?」


 エフェクターとは、楽器とアンプの間に組み込む装置のことで、音を歪ませたり、残響を加えたり、音程を変化させたりできる便利な機械だ。


 ギターやベース用だけでなく、ヴォーカル用のエフェクターも販売されている。


 だが、灰田はこう見えて多彩な歌声を持つ。


 ラウドなデス・ボイスからポップなクリーン・ボイス、果てはコミカルなキャラクター・ボイスまで自在に繰り出す、十の歌声を持つ女だ。


 だからエフェクターに拘らずとも良い気がするんだが。


「ありがと〜。でもね〜、私の声でハモリたい時は〜、どうしてもね〜」


 そう言って、ちょっと困り顔をする灰田。


「ああ、なるほど。確かにハモリは同じ音質の方が良いからな。灰田の声に草尾先輩のハモリじゃ、どうしてもアンバランスになるもんな。じゃあそれは、ハーモナイザーか。最近は良い奴が発売されているからな」


「そうなんだ〜。それで〜、ジリに色々と見せてもらってたの〜」


「そういうこと。あ、ゲン。やっぱギターをバッグから出して、作業台に置いといて。すぐ整備メンテするから」


「へいへい……ったく、茶くらい出せよな」


「勝手に上がって飲んで。あ、冷蔵庫にコーラあるから飲んで良いよ」


 そう言って店内から三日月家へ続く『STAFF ONLY』のドアを指差していう聖。


 そんな俺たちを、灰田はニヤニヤしながら眺めていた。


「やっぱりジリと不夜城ってさ〜」


「「ん?」」


「……付き合ってんの〜?」


「「はぁっ⁉︎」」


 とんでもない爆弾発言に、俺と聖は首を勢いよく灰田に向けた。


「なな、ななななになに何言ってんのぉ⁉︎」


「落ち着けジリ。おい灰田、なぜそうなる?」


 わたわたと顔を真っ赤にして狼狽うろたえる聖を見て逆に冷静になった俺は、溜息をついて灰田をただした。


「え〜、だって前は結構噂になってたよ〜。さっきも何か勝手知ったる〜って感じだったし〜?」


「ち、ちが……っ!ゲンはほら、何ていうか昔から親同士が仲良くて……」


 聖の弁解の途中、俺は灰田の言葉に引っ掛かりを覚えた。


「ん?『』……?」


「あ〜、今は不夜城の新しいカノジョかっこ金髪かっことじるの話題で〜、持ちきりだよ〜」


 その言葉に俺と聖は、恐らく別々の理由から顔をしかめた。


「あれ〜?どうしたの〜?」


 不思議そうに首をかしげる灰田。


「いや……別に。ただ言っとくが灰田。何度もいうが、俺とはそういう関係じゃない。あとジリが言ってたように、俺とジリはただ昔から知ってるってだけだ。そこんとこヨロシク」


 聖は「そうそう」と笑顔で何度も頷くが、なぜか一瞬口元が引き攣った。


「え〜、つまんないな〜」


 などと不満を口にする灰田に、俺はこれ以上ヘンに絡まれてはたまらないとばかりに別れを告げ、その場を辞去をした。


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