ロックスター☆かく語りき2 〜リトル・ウイング〜

平明神

第0話「 The boy meets the girl 」






 ヒトが他の動物と比較して優れている所はどこだろう。


 身体能力?


 走れるし、泳げるし、物を掴んで投げられもする。そういったバランスの良さはかなりのものだが、跳んだり跳ねたりの種目別ではやはり、チーターなどにダントツで劣ってしまう。


 であれば、やはり脳ではないか。


 文明と文化を創りだし、発展させていく人類の脳。


 様々な《概念》を理解し、抽象的なカテゴライズができ、意味の無いヒエラルキーを構築できる。


 素晴らしき人間の脳。


 だが悲しいかな、あくまで生物の生体機関にすぎない。


 うっかり時間を間違えたりするのも仕方ないと思うのだ。


 うん、わかっている。


 ただの言い訳だ。


 とどのつまり、待ち合わせの時間を一時間間違えて遅刻しそうなおかげで全力疾走しているので、少しだけ現実逃避というか、責任転嫁をしたかっただけなのだ。


 という訳で、俺は全力疾走している。


 鬼の形相だったために、ベビーカーを押している主婦が、眼をみはって俺を見ている。


 それはそうだ。


 何と言っても、待ち合わせ相手は小悪魔みたいな少女。隙を見せたが最後、どんな方法で付け入られるかわかったものでは無い。


 こうなったら、近道しかない。


 俺は進行方向右手に広がる林を見る。


 この林の中は、市が管理する公園になっている。


 遊歩道や休憩所もあり、野球のグラウンドも内設しているので、それなりに広大と言えるだろう。


 この公園の中心を直線で突っ切れば目的のバス停への近道になるのだが、入口へは長い階段を登らなければならないために、なるたけ通りたくなかったのだ。


 インドア人生を邁進してきた俺には辛い選択である。ただでさえ小学校の運動会以来の全力疾走なのだ。


 しかし、背に腹は代えられない。


 俺はなけなしの体力を使い切る思いで、階段を駆け登った。


 グラウンドを縦断しようとした俺の耳に、かすかな『音』が聞こえてきた。


 規則性のある音階の人声。


 つまりは歌声が、風に乗って俺の耳をくすぐる。


 その柔らかな歌声に誘われて、俺は茂みを覗き込む。


 グラウンドのフェンスの裏にあるベンチに腰掛けて、一人の少女がいた。


 歌はその少女の桜色の唇から紡がれていた。


 なんて澄み切った歌声だ。


 俺はそう思い、しばしの間聴き入ってしまった。


 だが間の悪いことに、俺のジーンズのポケットから短い電子音が流れた。


「―――っ⁉︎ 誰⁉︎ 」


 異変を察知した野生のキツネさながらに、少女はこちらに振り向き誰何した。


「あ、ご、ごめん……」


 結果的に覗き見してしまった形の俺は、決まり悪く謝りながら茂みの陰から姿を現した。


 「あー、その、あ、怪しいヤツじゃないんだ」


 しどろもどろになりながら、まさか俺が不審者しか口にしないあの有名なセリフを吐くことになるとは、と考えていた。


「…………」


 少女は、両腕で己の体を抱き、まさしく不審者を見る目つきをしていた。


 いかん。かなり警戒されている。


「ま、待った! 黙って聴いてたことは謝るが、俺は別に―――」


 何かの誤解ーーーと言っても状況的にそう思われても仕方ないことではあるがーーーを解くための弁明は、しかし少女の一言でせき止められた。


「―――へ、変態……」


 震える声で呟いた少女は、身を翻し、脱兎の如く逃げ出した。


 変態……変態……へんた……


 その一言は石化した俺の内部でいつまでも反射していた。


 しばらくして石化を解いたのは、ポケットから再度漏れ聞こえてきたメールの着信音だった。


 そこには……


もうI’ll get すぐthere very 着くわsoon


どこに Where areいるのyou at?』


 という重いペナルティを予感させる待ち合わせ相手からのメールがあった。

 

 どうせなら、あのままずっと石化したままでいたかったと、俺は曇天の空を見上げたまま沈鬱な気分になった。

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