漫画研究会の明日はどっちだ

漫画研究会、悩む

 加藤と東、土田と高梨の戦いが終わってから、数日が経過していた。

 彼らは現在漫画研究会の部室にて、それぞれがいつも通りのことをしている。それは最早、何もしていないともいえるが。

 しかし、今日の室内には、決定的にいつもとは少し違う雰囲気が流れていた。

 当然だろう。こちらの世界でも時々戦っていた土田とは違い、全員がここ数日間で実戦を行ってきたのだ。平常とは違うことに彼らは敏感なのは当然、全員普通ではないからである。

 おまけに、異世界経験者が部室にいるという事実が、どこか浮足立ったような感覚を彼らに覚えさせているのだ。いつも通り、とはいかない。知ってしまったからには、引き返すことは出来やしない。

 だが、そんな雰囲気をぶち壊すかのように、土田が最新の高梨情報を拡散しようとする。どこか雰囲気がおかしいことを自分と高梨のせいではないかと勘ぐったので、気分転換も兼ねてのことだ。


「なあ、知ってるか? 高梨のやつ、兄弟がいてよ」


「へぇ。そういえば意外と家族の話とかってしないよな」


 加藤が一早く反応する。彼はどこかそわそわしたようにも見えるが、土田は気付いていないようだ。

 東はそれほど関心がなさそうに携帯ゲーム機をポチポチといじっていた。まったく興味がないようにも見えるが、果たして彼の胸中とは。

 その一方で高梨は、はっきり言って気が気でならなかった。この男には、自分の家族のことを知られてしまった。大学入学以来、初めて家族に合わせた友人が土田とあの変態にしか見えないおっさんでは、ショックを受けるのも当然だろう。


「こいつの弟、結構いいやつだったぜ。意外と顔も似てるしな」


 土田がまず初めに選択したのは弟の望に関することだったので、心底ほっとした高梨。さすがの土田も、父のことをパパと呼んでいるなどとは言わないだろうと、希望的観測に努めた。現実逃避とも言える。

 そうして少し安心したのか、静観をやめて情報の補足に入る彼女は、まだ気づいていない。こんなものは、土田風に表せばジャブでしかないということを。


「弟は望って言うんだけど、確かに私と似てるところあるかも。チビだけど」


 するとここで、窓の外から物音が聞こえた。高梨と土田は若干怪しんだが、ガタンという音から、誰かが物でもぶつけたのだろうとすぐに意識を部室内に戻す。

 一方で、戦々恐々としていたのは加藤と東だ。

 窓の外には、座敷童子ちゃんと妖精ちゃんの小さいちゃん付けコンビがいるのだ。二人はなぜ物音が立ったのかについてはさっぱり分からなかったが、さっさとこの場から消え去って欲しかった。

 加藤と東が若干そわそわとしていた原因は、この二匹にあるのだ。

 加藤は、どういうわけかこんなところまで勝手にやって来ていた妖精ちゃんをお仕置きすることに決定したようだ。東も、普段とは違って実体化しているらしき座敷童子ちゃんには、お菓子を与えないことに決定した。非情な二人である。だが、その存在がバレるリスクを軽視した彼女たちの行動には、目くじらを立てるのも当然のことだろう。

 外では、小声で二人の会話が行われていた。


「……まずいぞ、妖精ちゃん、音を立てるでない……」


「……あの子がチビって言うから……いけないんじゃない……」


 チビ、という言葉に反応した妖精ちゃん。こんな実にくだらない理由によって、先ほどの物音は立てられていた。彼女らしいとも言えるが。

 幸いにも、土田と高梨はそれ程気にならなかったようで、意識はすぐに高梨家の話題へと戻ったのだが。


 高梨家のことについて着々と話を進めていく土田。それを興味津々で聞いていた加藤に加えて、土田が段々と悪だくみをしている時の顔になっていく様に気付いた東も、いつしか話に加わっていた。東は、土田の悪だくみには敏感なのだ。

 高梨は若干の気恥ずかしさこそあれど、家族のことをよく言われているのは悪い気はしていなかった。舌が乗って来た土田と、それに追従する高梨。ここまでは、土田の術中に完全にハマってしまっていた彼女。

 ついに決定的なミス犯してしまう。フレンドリーな空気の中、土田は決定的な一言を解き放つ。


「――それで、こいつの親父がこれまたいい人でな。俺のことも結局暖かく迎え入れてくれてなあ。いい親父さんだよ」


「そうそう、パパはあれでいて結構優しい人で……」


「……パパ? 今パパって言ったのか高梨? パパって」


「へー、高梨さんは父上のことをそう呼ぶんだ。詳しく聞かせて貰おうじゃないか」


 ニヤニヤと、以前の土田とほとんど同じ反応を示した加藤と東は、もう完全に土田の意図に気付いていた。

 まさかここまでのネタを持ってきてくれたとは思いもよらない。

 ニヤニヤが、止まらない。


「ちょっとぉ!! なんてことバラしてくれたのよ!」


「あー知らねーなー。自分で言っちまったんだから俺は関係ないなー。けけけ……」


 彼女はこうした責められ方をした場合、大抵はすぐさま反論に移るのだが、今回はそうではないらしい。


「最悪。本当、高梨有里沙一生の不覚よ。よりにもよってあんたに私の秘密を知られたなんて。でも、もうそんなことじゃへこたれないから、私」


 以外にも、彼女は取り乱すこともなく開き直った態度を見せた。もはや彼女にとって、その程度のことが漏れた所でダメージは少ないのだ。一生隠しておこうとしていた異世界と超能力のことが知られてしまった以上、もはやヤケクソ気味ですらあった。


 加藤と東も、なんだか少し悪いような気分になってしまった。そのため、自然と話題も尽きた所で、皆黙ってしまう。沈黙。


 そうしている内に、いつしか加藤と東が受講している必修の講義時間が迫っていたので、二人は部室を出て授業に向かった。そのまま帰るという旨を聞いた高梨と土田も、帰ることにしたようだ。

 部室から誰もいなくなる。だが、そこに窓から侵入する一人と一匹の存在が。


「ユースケ、まさか本当に友達がいるとは思ってなかったわ。てっきり頭の中に住んでいるお友達かと……」


「フフフ、わしの言った通りじゃろう。あやつらはああして親交を深めておるのじゃ。わしも時々楽しませてもらっておる」


 妖精ちゃんと座敷童子ちゃんは、机の上に残っていた菓子に手を出す。無くなっていたら明らかに不自然がられるであろうことには全く配慮しないようだ。おバカ。


「でもいいなー、ユースケばっかり! 私もアリサと友達になりたい! あの子、可愛いわね。顔赤くしちゃって……まるで誰かさんみたいね、ぷー」


 なめたことを口にする妖精ちゃんは地球に来てから半年ほどになるのだが、つい最近座敷童子ちゃんと友達になるまで、基本的には加藤としか喋っていない。グータラな生活から心機一転、これを機に友好の輪を広げていきたいと思っていた彼女だったが、いかんせん人間ではないので難しかった。


「そうは言ってものう。わしだって最近舎弟が一人出来たぐらいで、友達など東坊しかおらんのだぞ。気長にやっていこうではないか」


 そう、彼女たちは、万年友達なしコンビでもあった。だが、それまで我慢していた気持ちが、一人の友人にの存在によって堰を切ったようにあふれ出した。

 友達欲しい。めちゃ欲しい。


「甘い! 甘いわよ座敷童子ちゃん。気長になんて言っちゃダメ。これから、そうこれから行動するのよ!」


 妖精ちゃんは何かを思いついたようだ。彼女の思い付きなど、ロクなものではないのだが、是非はいかに。


――


 所変わって、講義終了後の加藤と東は構内を歩いていた。目的地は、キャンパスの端の方にある自動販売機だ。

 そこまでたどり着いた彼らは、何を言うでもなく飲み物を買う。東が買ったブラックコーヒーを加藤の方に投げると、異様に正確なコントロールで手掌に納まった。

 交代だと言わんばかりに今度は加藤がオレンジジュースを購入して、東とは明後日の方向に投げる。それを、超人的なスピードで走ってキャッチすると、二人は微笑を浮かべた。

 東はともかく、加藤はただの魔力の無駄遣いなので、どう考えてもやめた方が良いのであるが。

 そして、何事もなかったかのように近くのベンチに腰掛ける二人は、自ずと語り始める。


「なあ、どう思う?」


「そうだね、僕としてはやはり心苦しいよ。これまで秘密にしてきたことはこれだけだったわけだし、キチンと説明するのもいいかなと思ってるんだ」


 二人が悩んでいるのは、土田と高梨に自分たちのことを伝えた方がいいのでは、という点についてだ。異世界、それは異常なこと。信じて貰えるかは神のみぞ知る。

 もっとも、二人には彼らなら気味悪がることはあっても親交の断絶までは至らないだろうという確信もあるうえ、そもそも隠すのが面倒くさいからという理由もあったのだが。

 早くバラして、楽になりたい。楽に、なりたい。

 そんな会議は、春風がほのかに暖かい時間が終わるまで、長々と続けられた。


 一方、件の高梨と土田は、部室を後にしてある公園に向かった。

 彼らにとって公園と言えば、川原公園。それも、戦闘の跡地に来ていた。


 立ち入り禁止のテープが張られているその広場には、生々しい戦いの爪痕が残されている。砕けた地面、僅かにこびり付いた黒ずんでいる血痕など。

 それを遠目に見ながら、二人もある悩みを抱えていた。その相談に来ていたようだ。


「おい、どうする? 家族のことはああは言ったけど、能力の方はマジになって考えてんだぞ。どうするよ」


「そうね……私は別にあいつらなら言ってもいいんじゃないかと思ってるけど」


「なんか、いけそうだよな。なんとなくでしかねぇけど」


 そう、彼らも加藤と東と同様に、自分たちの秘密のことを明かしてもいいものかどうかについて悩んでいた。

 もはや彼らの親交の度合いは、相思相愛の男女レベルに高くなっていたのかもしれない。唯一無二の親友、などと言った表現は彼らなら唾棄すべき物言いだと切り捨てるだろうが、傍から見た彼らは入り込む余地がない程には親密そうな雰囲気が溢れていた。

 残念なことに彼らに友達が少ない原因の一つである。


「よし決めた、心の準備が出来たら言っちゃいましょう。これでうまくいったら、心のつっかえが取れる様な気がするわ」


 覚悟を決めた土田と高梨は、かつてない程に決定が早かった。

 それ程、漫研のメンバーのことを大事に思っているのだろう。


 そして高梨が瞬間移動テレポーテーションで消えると、土田はあることを思い出した。

 ゲートの件について、何一つ話してない。

 溜息を付いた彼は、こちらの世界に残ったおっさんの処遇について思索を行うのであった。


――


 翌日。最初に動いたのは高梨だ。


「買い物でも行かない? そろそろ、漫画のラインナップも更新したいところだし」


 この提案については、全員が確実に部室に集まる機会を生み出すためのものだった。もし仮に「大事な話があるんだけど」などと四人が共有しているグループチャットに書き込んだところで、無視されるか、ここに書けばいいじゃん、となるのは極めて明白だったからだ。

 漫画を買うという行為は、それぞれ趣味嗜好が異なる彼ら全員を食いつかせる、唯一の共通点だ。異世界を攻略済みであるという点以外において、実はそれ程共通点のない彼ら。

 四人で出かけるのは数か月振りのことだ。滅多に遠出をしない彼らはこうでもしないと動かないということから、高梨の判断で決めたことだったが、意外にもメンバーの食いつきはよかった。


「いいんじゃねぇか? 俺もここの本棚にもそろそろ飽きて来たところだしな」


 いち早く反応したのは土田で、これはもちろん高梨の思惑に気付いてのことだ。

東と加藤も肯定的な態度を示した。

 これは高梨と土田サイドの思惑など知る由もない彼らにとってみれば、完全に利害が一致した形になる。高梨が動かなければ、実は最初に提案を仕掛けたのは東だ。

 それも、内容は彼女と同じく買い物にでも行こう、である。

 変な所で一致する彼らはやはり、運命がめぐり合わせた存在なのかもしれない。


「決まりね。明日は選択しかないし、サボりましょう」


――


 一方で、またもや彼らの会話を盗み聞きしていたある二匹のチビッ子たちはというと……


「聞いた? 買い物ですって。私たちも無理やり着いて行っちゃいましょう」


「うむ、しかし、お主の考えてることは面白いのう。それに、まさかそんな術があるとは……」


「でしょでしょー! これが異世界仕込みよ! さーて、どうやって登場しようかなー!」


 彼らの苦悩など知らずに終始お気楽な彼女達は、果たしてどのような行動を起こすのだろうか。

 座敷童子ちゃんはともかく、妖精ちゃんは間違いなくトラブルの源なので、町に出るなどもっての外なのであるが。

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