帰還とパニック

 戦闘終了後、土田はまず事態を把握することに努めた。

 なにせ、彼らは今、異世界にいるのである。落ち着いて現在の状況を認識、共有することが何よりも優先されるべきなのは明白だ。そうでもしなければ、混乱は免れない。

 しかし、落ち着いていられない者が一人。


「おっさん、あんたよね。こんなことしたの」


「そ、そうだが、こうするほかに、じょうきょうをだはすることはできなかっただろう」


「そういうことを聞いてるんじゃないのよ。いい? 帰れる保証もないのにこんな所まで連れて来るなんて、おかしいと言ってるの」


 高梨有里沙におっさんが詰められていた。彼女の言うことはもっともではあるのだが、仲間割れは今回のようなケースでは避けるべきだろう。土田が諭す。


「おい、おっさんがこうでもしなきゃ死んでたかもしれねぇんだぞ。そこんとこ配慮してやってくれてもいいんじゃねぇか」


「……ふん、分かってるわよ。でも、本当どうするつもり?」


 彼女の得意技である、一旦すべてを飲み込むが炸裂する。後におっさんは彼女から仕返しを受ける可能性が高いが、この場ではとりあえず、何もしないことにしたようだ。

 土田がひとまず確認したかったことは、どうして自分がゲートを通ることが出来たのか、という点についてだ。実際、これまで幾度も触れては拒絶されてきたゲートに飲み込まれた理由が、さっぱり分からなかったのだ。


「おっさん、俺はゲートを通れないはずなんだが」


「つちだ、おまえのしっているあのげーとは、ていこくぐんのざんとうがつくりだした、ものだ」


「あ? あいつら、そういうカラクリだったのか……」


 そう、かつて土田が異世界に召喚された時の物とは違って、これまで幾度となく彼を襲ってきた敵兵は、自前のゲートを通ってやって来ていたのだ。しかし土田は当然疑問に思った。


「じゃあ、お前はどうやって俺らの世界に来てたんだよ」


「本当ね。話を聞く限り、あなたも実は敵だということに……」


 高梨が超能力を放つ姿勢に入る。腕をブンブンと振りながら慌てて否定をするおっさんは、コミカルですらある。慌てふためくおっさん。


「ちがう! わたし、おうさまのめいれいできている。わたしにはどうやら、げーとをよびよせるとくいたいしつ、らしいのだ!」


 土田は、それを聞いて一つ納得したことがある。敵はゲートを作り出してまで自分の世界にやって来て攻撃して来た。しかし、ならばなぜ敵でも何でもない味方のおっさんがこちらにやって来れたのか。その答えが個人の特異体質だとは、到底想像できるのものではない。


「どんな特異体質だよ。つまりあれか、最初に俺達の世界に来たのは偶然だったってことかぁ? それでその特性に目を付けたあのとんでも王様が、俺に刺客が送られていることに気付いてお前を助けに寄越したと?」


「……おおむね、そのにんしきであっている」


「そんなのあり得る? ていうかそれが本当だとして、最初の質問に対する答えになってないわよ。土田がゲートを通れた理由について、何か知らないの?」


 高梨の疑問はもっともで、それ以外にも、そもそも王様がどうやって土田が帝国軍の残党に襲われていることを知ったのか、助けを送るならなぜ戦闘要員を寄越さなかったのか、など、疑問が尽きない二人。


「それは、わたしにもわからない。おそらく、おうさまでも、はあくしていないとおもう」


「……はあ。ま、考えたってしょうがねぇな。とにかくまずは、この荒野から出るか、ここで元の世界に変える方法を見つけ出すかのどっちかだ」


 高梨は土田のこの言葉を聞いて、心底嫌がっていた。ゲートのことならなんとかしてあげられるかも、とは言ったが、まさか当の異世界にまで来てしまう羽目になるとは思いもしていなかったためだ。

 考えに考えて、彼女が出した結論とは。


「そういえば私、瞬間移動を試したことがないわ。世界間の」


 この場で出せる提案としては、最も現実的なのかもしれない。土田も特に異存はないようで、少し希望が見えたと安堵する。


「試してみる価値はありそうだな」


「ただ、ちょっと待ってね。力使い過ぎで頭痛いから」


 それから彼らは、特に何をするでもなく、各々が自由時間に入った。

 土田は、どうして自分がゲートに入れたのか、という点についての考察を。

 高梨は、何も考えず、ただ地べたに座って目を閉じている。

 おっさんは、本当に何もしていなかった。


 そんな中、土田の頭では一つの説が浮かび上がり始めていた。

 それは、そもそもゲートとは、何か条件を設定できるものだった、ということを思い出したことに起因している。彼が異世界に降り立った後、王国から教えられたゲートについての情報は、二つだ。

 一つは土田を召喚するためのモノで、帰還にも対応しているということ。そしてもう一つが、帝国軍の魔王を倒さない限り帰還は出来ないということだ。

 つまり、そもそも帝国軍の残党が作り出したゲートであるならば、土田が通れるように設定などしないのではないか、ということに思い当たったのだ。


「……クソっ、マジっぽくねぇかこれ。こんな簡単なことに気付かねぇとは、情けねぇぜおい」


「どうしたのよ」


 思考を深めていく内に、いつの間にかそれなりに経過していたらしい時間。いつしか高梨は休憩を終えた様で、思わずこぼれてしまった土田の独り言を聞いていたのだ。


「ゲートには、条件付けが出来るんだ。つまり、奴らが作ったゲートだから、俺が通れないように設定していたんじゃないのかってことだよ」


「……嫌がらせの域ね、それ」


「まったくだ。畜生」


 土田は、分かっていなさそうに首を傾げていたおっさんにも同様の説明をした。

 まさに目から鱗だと言わんばかりに目を見開いて納得したような様子を見せるおっさんを尻目に、高梨は慎重な座標設定を行っていた。

 というのも、世界を渡ることに失敗してしまえば、どこでもない異次元空間みたいな所に飛ばされるのでは、という懸念が彼女にはあったからだ。


 だからこそ、昔彼女が異世界に飛ばされた直後は、一度は考えた瞬間移動テレポーテーションによる帰還を、実行に移すことが出来ずに現在に至っているのだ。

 だが、背に腹は変えられない。こうでもしなければ、帰還の方法はないに等しいのだ。というのも彼女は、おっさんの言うことをあまり信用していなかったからだ。

 それに加えて、仮におっさんの言っていた特異体質が真実だったとして、恐らく自在にゲートを呼び寄せることは出来ないだろうと当たりを付けていたのだ。


 自分のことは、自分で解決して道を切り開くしかないということを、異世界生活で身に染みていた彼女は、ようやく座標の設定が完了したようだ。


「オーケー。さあ、誰が最初に行く? おっさん? それとも土田?」


 高梨が二人に問いかけるが、答えはすぐには帰ってこない。ベストの選択が分からないからだ。仮に誰が行っても、失敗してしまえばそれまで。


「なんてね、まずは私から行く。向こうに行けたら戻って来るから、しばらく待っててね」


「……頼んだぞ! 成功したらなんか奢ってやるからよ!」


 そうして、高梨は瞬間移動を使い、その場から消え去った。


――


「成功……したのね!」


 高梨が転移先に選択したのは、自分の家だ。それも、独り暮らしのアパートではなく、彼女の実家だ。

 高梨が生まれてから最も親しんだ場所ゆえ、完全に座標を把握することが出来ている唯一の場所だ。事実、生まれてこの方彼女は実家への瞬間移動に失敗したことはなかった。


「よし、これで土田をこっちに……」


 と、いった所で突然ドアがノックされた。誰もいないはずの部屋から物音がしたことに誰かが気付いたのだろうと高梨は考えたが、それどころではない。もう一度、あそこに行く必要があるのだ。気合を入れ直そうとすると、やって来たのは父親の高梨孝太郎たかなしこうたろうだ。


「有里沙、帰ってくるときは玄関からにしなさいとあれほど……」


「パパは黙ってて! 今それ所じゃないから!」


 「酷いなまったく……」と言い残して消えた父のことなど既に頭にはない彼女。集中力を高めていく。しかし、第二の邪魔が入る。今度はノックすらなく、勝手に部屋に入って来ようとする者がいた。今度やって来たのは、弟の高梨望たかなしのぞむだ。


「姉ちゃん、親父に何言ったんだよ。結構落ち込んでた……」


「ふん!」


「うおっ、あぶねぇ! 何すんだまったく……」


 念動力サイコキネシスによって強制的に高梨望を排除した彼女は、ようやく座標の指定を終わらせた。瞬間移動で飛ぶ。いつもとは少し違う転移の感覚に戸惑いながらも、帰還に成功する。高梨には、たった一度の経験しかしていないにも関わらず、既に失敗はしないという自信があった。

 もはや彼女にとって、世界間の転移は苦ではなくなっていた。彼女は、超能力に関しては天才と言っていいだろう。もっとも、比較対象は彼女の家族位しかいないのだが。

 ドヤ顔で荒野に降り立つ彼女。


「待たせたわね」


 颯爽と登場する彼女は、かつてない称賛を浴びた。


「マジでか。よっしゃ、帰れるぞ! ありがとよ。お前がこんなに役立つとは思ってなかったぜ」


「たかなし、すごい。これでいつでもかえれるようになった。すばらしい」


 土田の方は捉えようによってはこれまでは何の役にも立たない風に思っていたことになるが、彼女は気にしない。だって彼女はポジティブ。


「じゃあ掴まって、変なとこ触らないように。あー、ようやくこれで終われるわね。さ、私達の世界へとっとと戻りましょう」


 だがこの時、彼女は帰還を急ぐあまりこの先起こるであろうことを予測できていなかった。移動先は、彼女の、実家である。家族もいるのだ。


 どうやって二人の見知らぬ男を家に連れて来たことを説明するのか、必見である。


――


「だから、違うって! たまたま知り合っただけで……」


「いきなりヤンキーと変なおっさんを連れて来ておいて、それで納得するとでも思ったのかよ! もっとちゃんと説明してくれないと困るなぁ!」


「ああ、有里沙がこんな変な人と知り合いだなんて……父さんはもうダメだ……」


「あ、父さん倒れたよ有里沙。なんとかして」


 現場はパニックだ。騒々しい高梨家の面々が、有里沙が連れて来た二人の男に興味津々だ。

 最初に彼らの存在に気付いたのは、当然のことながら菜月美だ。千里眼で一度目の帰宅を菜月美は、何か面白そうなことが起こる予感がしていたので一度消えた有里沙の部屋で張っていたのだ。

 そして菜月美は、彼らが帰還した瞬間三人を見て、満面の笑みを浮かべた。これはいい話のタネになると言わんばかりに家族に「有里沙が家に男を連れ込んでる」と吹聴したのだ。彼女が笑うのは、滅多なことではない。


 事態に気付いて顔を真っ赤にして瞬間移動で逃げだそうとした有里沙だったが、それを阻止したのはなんと菜月美ではなく、土田だった。

 彼も菜月美同様に、いい笑顔を浮かべている。もちろんこれは、悪意の塊だ。悪意に満ち満ちていた。

 彼は彼で、つい数時間前まで戦っていたとは思えないほど疲れを忘れて喜々としていた。それはもちろん、加藤と東に提供するいいネタが手に入ると見込んでのことだ。土田はけっこうイタズラ好きなのである。

 そして、そうこうしている内にいつの間にか集まってしまった家族に、有里沙はとても苦労させられていたのだ。


「こんなことで倒れるのが悪いのよ! 大体パパは――」


「パパ? パパって言ったのか、高梨。パパって」


「ち、ちが……」


 土田の容赦ない一言。これがトドメとなって、ついにうずくまってしまう彼女は、顔面が真っ赤であった。とにかく、恥ずかしくてたまらない。凄まじいまでの羞恥心に、周りが見れない。


「あーもう! こんなことになるなら協力するなんて言うんじゃなかった!」


 「もういや!」という悲痛な有里沙の叫びが、高梨家にこだました。

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