椅子界転生〜最強の魔術師が椅子に転生しました〜

みももも

生まれ変わったら椅子だった。

 俺は、黄瀬きせ 朱理あかり

 自分で言うのもおこがましいが、俺には魔術の才能があった。

 子供の頃から最高難易度と名高い魔術書を何冊も読んで理解できていたし、実際に発動できる実力も申し分なかった。

 学校の先生なんて、話にならない。

 現場で魔術を使って魔獣狩りをしている一流の魔術師たちからも、一目置かれていたし、学校卒業後にチームに入らないか。というスカウトも聞き飽きるほどだった。

 将来は当然、世界一の魔術師になるものだと思っていた。

 だが、残念ながらその夢は、現実にはならなかった。


 俺は生まれつき、体が強くはなかった。

 だからこそ魔術にのめり込んだと言うのもあるのだが、自体は15のときに急変する。

 常に呼吸は苦しく、歩くこともままならない。

 魔術について勉強しても、魔術の発動に体が耐えきれない。

 そんなもどかしい状態で俺は柄にもなく後悔していた。

「ああ、神様。 もしいるのなら、俺の願いを聞いてくれ……」

 いるはずもない神という存在にまで祈りを捧げるようになっていた。

「俺は後悔しているんだ。 俺の力は、正しく使えば世界を救えるはずだった」

 世界中の人が今、魔獣の恐怖と戦い続けている。

 俺の力はそんな恐怖と戦うためにあるべきだった。だけど

「だけど俺は、俺の力を俺のためにしか使わなかった」

 そのことを死の間際になって後悔している。

 俺は結局、俺自身の力を伸ばすことにしか努力してこなかった。

 だから俺は、誰かのために努力をすることが一度もなかった。

 そのことを俺は、後悔している。

「もしも神様、俺の願いが叶うのならば……」

 俺の願いはただ一つ。

 今更この体が治って動くなんて都合のいいことは願わない。

 過去を変えることはできない。できるのはこれからの未来に願いを託すだけ。

「俺の願いが叶うのならば、来世のことでいい。来世では、誰かを支えるようになりたい。誰かを支えることができるような存在になりたい!!」


 俺の命のことは、俺が一番わかっている。

 俺は今、死んだんだと思う。

 死はとても怖いものだと思っていた。

 だけどこうやって、家族に看取られながら穏やかに死ぬことができるのならば怖くはない。

 俺の魂が、俺の体から離れていく。

 ああ、俺は死ぬ。さらば俺の体よ、安らかに眠れ。

 そして俺の魂もゆっくりとだが眠りについていく。

 輪廻転成説が正しいとするならば、俺の魂は全ての記憶を失って、また新たな生命に宿るのだろう。


 ゆっくりと意識が沈んでいく。

 そして体感時間としてはほんの一瞬後の話だが、おそらく実際にはかなりの時が流れた次の瞬間、俺の魂は再び時を刻み始めた。


(ここは・・・どこだ? 苦しくない。だが体が動かない。目も見えない。まだ生まれる前なのか?)

 輪廻転成説の一説によれば、人は生まれた直後は前世の記憶を持っているという。

 ということは俺は今、まさに生まれようとしている胎児なのか?

(にしては、体が全くといっていいほど動かない。これは一体どういうわけだ?)

 だんだんと、ぼんやりしていた自分の感覚が蘇ってくる。

 どうやら俺は今、4本足で自立しているらしい。

 顔や体といった明確なパーツは持たず、足と足をつなぐ平たい胴体と、一枚板のような突起が上に向かって伸びているようだ。

(この形状、どこかで見たことがあるような……)

 そして次の瞬間、誰かが俺の上にのしかかってきた感覚が。

 突然の重みを感じた俺は、とっさに4本足でしっかりと体を支えるが、それにしても、妙にしっくりくるような……。

(ああ、そうか、そうだ。よく考えたらこの形状……椅子だ。椅子以外の何物でもないわ)


 つまりあれか。

 要するに俺は「生まれ変わったら椅子だった」ってことなのか。

 確かに人を支える存在ではあるが。

 神よ、一体俺に、どうしろと!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

椅子界転生〜最強の魔術師が椅子に転生しました〜 みももも @mimomomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ