第6話 桂志郎の覚悟とカエデの願い

 あっと言う間に時間は過ぎ、もう明後日は白菊祭だ。明日は夜通しで作業の可能性があるため、俺と桂志郎は早めに帰宅することになった。会長と南條さんはオープニングセレモニーのリハーサルが長引いているらしい。

「柊、夕飯食いに行かね? 飯食ってくるって親に伝えちゃっててさ」

「ああ、いいよ。いつものラーメン屋?」

「そうだな。そうしよう」

 桂志郎とラーメンを食べに行くのも久しぶりだ。最近は、俺は南條さんと、桂志郎は会長と予定があることが多かった

「今日は少し歩かないか? 話したいこともあるし」

「良いけど……。どうしたんだ?」

 桂志郎がいつになく真面目な表情をしている。それを夕日が照らして、重たい雰囲気を醸し出していた。

「一応さ、前もって伝えておこうと思って」

「どうした?」

「俺さ、会長に告白するよ」

「は!?」

 驚いた。会長と桂志郎が仲良いことは分かってたけど、まさか桂志郎がここまで真剣だとは思っていなかった。

「後夜祭のダンスに誘ったんだ。最後に、思いを伝えるつもりだ」

「そ、そっか……。頑張れよ」

「いやいや、他人事じゃないだろ。南條さん誘ったのか?」

「え……? いや……。誘ってないけど」

「はぁ……。そんな事だろうと思ったわ」

 桂志郎が呆れ顔で大きなため息を吐く。

「南條さんが好きなんだろ?」

「……」

 何も言えなくなる。少し前だったら、きっと否定していただろうけど、今はもう否定することも出来ない。彼女と過ごす時間は本当に楽しいし、ずっと一緒に居たいとさえ思えてしまう。

「でも、南條さんと話し始めてから二ヶ月くらいしか経ってないし」

 彼女と話すようになってから二ヶ月しか時間が経ってない。もっと時間をかけて、その時を待った方がいい。

「生徒会の仕事に支障が出たら嫌だし」

 そうだ、生徒会だ。俺たちは生徒会を続けていかなければならない。今期の生徒会の任期だって十月頭まで残っているし、きっと来期も全員残りたいと思っているだろう。そんなタイミングで、俺が南條さんに告白して失敗したら、きっとどちらかは生徒会から居なくなることになる。そうなるくらいなら、告白なんてものはもっと後で良い。このまま、良い友人関係を続けられれば、それで良いんだ。それが良いんだ。

「だから告白なんて……」

「なあ! いい加減にしろよ!」

 桂志郎が怒声を上げる。彼の怒声を聞いたのは初めてだ。

「な、何だよ」

「お前がさ、生徒会の人間関係を壊したくないとか、そんなことを思っているなら、言っておくけどな」

 桂志郎はこれ以上なく真剣な顔で、俺の目をじっと見つめて、宣言した

「俺は後夜祭で会長に告白する。これからの生徒会がどうなろうが知ったこっちゃない。俺は会長に思いを伝える。なあ柊、お前はどうするんだ?」

「俺は……」

 俺は、怖い。怖いんだ。今の関係性を壊してしまうのが怖い。二人で出掛けられる友達、それで、そのまま、お互いに都合のいい関係でも良いじゃないかと思ってしまう。

 桂志郎に比べて、俺はなんて臆病なのだろう。


*   *   *


 翌朝のホームルーム終了後、カエデさんが俺の席に来た。鬼のような形相だ。

「昼休み、屋上に来て! 話があるから!」

「は、はぁ……」

 彼女は一体何を怒っているんだろうか。さっぱり見当がつかない。


 昼休み、学食で食べる時間は無いだろうから、購買でパンを買ってから屋上に向かった。

 扉を開けると、カエデさんは既に屋上に居た。黒いショートヘアが風に靡く様子がサマになっている。

「あ、やっと来た。逃げるんじゃないかと思ってたよ」

「逃げるって何からだよ」

「風夏ちゃんへの告白から?」

「えっ」

「あ、何で知ってんのって顔してる。朝ね、桂志郎くんとちょっと話したんだよね」

 情報源は桂志郎か。なるほど、俺と南條さんの生徒会での様子まで知っているような口振りで話すのは、桂志郎から情報が漏れていたからか。

「その話を聞いてね、文句があってね、朝は少し怒っちゃった。ごめん」

「いや、まあ気にしてないから」

「だったら良かった。んでね、プロポーズ大作戦のキューピットとして、少し柊くんに話しておきたいことがあるの」

 カエデさんはもう怒っていないようだ。その代わり、どことなく暗い表情をしているように見える。

「これはね、まあ私の好きな小説のお話なんだけどさ。ある所に、両片思いの男女が居ました。二人は、友達のまま何年も何年も一緒に過ごして、ある時にようやくちゃんと付き合うことになりました。付き合ってすぐに、男は病気になって死んでしまいました。女は泣きました。何でだと思う?」

「男が死んで悲しかったからだろ?」

 どうしてって、そんなの決まっている。死に別れて悲しいからだろう。

「ブブー。五十点って所かな」

「えっ」

「女はね、もっと早く男とちゃんと付き合っていれば良かった、もっとちゃんと愛し合えば良かったって、後悔で泣いたんだよ」

 後悔、か。俺には考え付かなかった。後悔という言葉が、俺の心に重くのしかかる。

「好きな人と一緒に居られる時間ってね、多分柊くんが思っているよりもよっぽど短いんだよ。だから、ちゃんと付き合って、密度の濃い時間を過ごさなきゃダメなんだ。もっと生き急がないと、間に合わなくなるんだよ」

 カエデは、泣きそうな目をして、諭すように俺に語りかける。彼女の言葉は小説を基にした話のはずなのに、まるで彼女が経験してきたことが集約されているような、妙な説得力があった。

「私が伝えたいのはそれだけ。決断は柊くんの自由だよ。じゃあね〜」

 そう言ってカエデさんは屋上から出て行ってしまった。さっきまでの暗い表情とは一変して、すっきりとした表情だった。

 カエデさんの話は、俺の心の奥の方にグサリと刺さってしまった。俺は、決めなければならない。後悔の無いように、決断しなければならない。

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