白菊の花束を
隠者の桃
第1話 謎の転入生?
春の日差しが南向きの生徒会室の窓から差し込む。新学期が始まって一週間は経っただろうか。今日も俺は朝の時間を使って雑務をこなしている。
「おい、柊(しゅう)! 転入生だってよ! 転入生!」
生徒会室の扉を勢いよく開け、飛び込んで来たのは書記の桂志郎(けいしろう)だ。
「なんだよ……。朝からうるせえな。雑用で忙しいんだよ。そんな話は後にしてくれ」
「いやいや! ビッグニュースじゃん! しかも美人な女の子だってよ。何でも南條(なんじょう)さんレベルの美人だって」
「……あーはいはい。俺にはよく分からんよ」
南條さん、か。
「はぁ……。お前少しはそういうの興味持った方がいいぞ」
「あーはいはい。こっちは書記のお前と違って仕事してんだよ。邪魔すんな」
んだよ全くつまらねえな、とぼやきながら桂志郎は生徒会室から出ていった。何もせずに出て行く所を見ると、この話の為だけに生徒会室に立ち寄ったみたいだ。会議の直前直後だけ忙しい書記の桂志郎と違って、庶務の俺は時間外労働が多い。一人でやれる仕事も多いので、こうやって朝の生徒会室で仕事をしている訳だ。
仕事を一通り終え、自分で淹れたコーヒーを啜りながら、スマホでニュースを読んでホームルームまでの時間を潰す。アプリを開くと、トップには臓器移植法の改正のニュースが出てきた。ついこの間改正されたばかりな気がするのに、また別の改正みたいだ。どうやら、脳死じゃなくて植物状態でも臓器移植が可能になるらしい。脳死と植物状態って何が違うのだろうか。
ウェブブラウザを開いて調べようとしたところで、予めセットしてあったアラームが鳴る。そろそろホームルームに行かなければ。
噂の転入生はうちのクラスに来た。だったら、もう少し情報を仕入れておけば良かった。転入生の面倒を見る仕事は、おそらく自分に降りかかってくるのだから。
「はじめまして。----カエデです。よろしくお願いします!」
苗字は上手く聞き取れなかった。後で聞けば良いか。
それにしても確かに美人だ。スラっとした体型で整った目鼻立ちをしている。確かに南條さんレベルだ。と言うか、南條さんと顔が似ている気がする。
「それじゃあ、転入生は…。 真ん中一番奥の席に座りなさい」
「はーい」
やっぱりか、と思った。転入生の面倒を俺が見ろと言うことだ。昔から面倒ごとは大抵自分に降ってくる。
「よろしくね。柊くん」
「あ、あぁよろしく、ええと……」
「私のことはカエデって呼んで」
「そ、そっか。じゃあカエデさん、よろしく」
「『さん』は要らないって。呼び捨てで良いよ」
「こら北辻(きたつじ)! 話すのは休み時間になってからにしなさい」
「すっすいません」
「じゃあ話を続けるぞ。今日の昼休みに……」
転入生の方から話しかけてきたのに、俺が先生に怒られるとはやはり損な役回りだ。まあいつものことだ。気にしてもしょうがない。
それはともかく、今少し話して、転入生からは親しみやすそうな雰囲気を感じた。何故か分からないけど、妹とか居たらこんな感じなのかもしれない、そう思った。
あれ? 何で俺の下の名前を知ってたんだろう?
「良いなー良いなー。なんでカエデちゃんうちのクラスじゃなかったんだ」
「知らねーよ」
ホームルーム後の休み時間、桂志郎が転入生の様子を覗きにうちのクラスに来た。まあ、女子軍団が囲い込んでいて、男子が話しかける隙間もないから、こうして俺と話している訳だけど。
「つーか話したこともないのに良く『カエデちゃん』とか言えるな」
「えーそんなん気にしないっしょ。馴れ馴れしく近づいてみて、ダメだったらその時に考えれば良いっしょ」
「お前のそういうところ……、 まあ いいや」
「えーなんだよ。気になるだろ」
尊敬の念を口にしようとして、恥ずかしくなって辞めた。そうやって俺とも距離を詰めてくれたから、今こうして軽口を言い合える仲なのだろう。
「なんでもねーよ、気にすんな」
昼休み。教室は騒然となった。転入生のカエデさんとクラスのマドンナ的存在である南條さんが、一緒にご飯を食べ始めたからだ。
「おーい。学食行こうぜ」
「ああ。今行くよ」
俺と桂志郎は普段から昼は学食で食べている。生徒会役員の特権で、日替わり定食が無料で食べられるからだ。
「え、ウッソあの二人が仲良くなったんだ」
「みたいだな」
「お前本当に興味ないのな」
「……」
興味ないと言えば嘘になるけど、そんなことを言ったところでしょうがない。彼女は高嶺の花なのだから。
「……早く行こう」
「はいはい」
放課後、生徒会室に役員全員が集まる。と言っても、今は三人しかいないけれど。ちょうど一週間前は始業式で午前授業だったため、今日が新学期初の会議となる。
「今日の議題は、まあ、みんな分かっているように、欠けた二人をどう集めるかなんだけど……」
はぁ、と会長が溜息を吐く。
「急に二人も転校なんてね……」
「こればっかりはしょうがないっすよ。頑張って探しましょう!」
桂志郎は努めて明るい声色で励ましの言葉をかける。
「そうね……。柊くんは大丈夫? 会計の仕事任せちゃってるけど」
「今の所は大丈夫です。ただ、会計監査が居ないのはまずいですね……」
「そうね……」
今の所は、大丈夫だ。ただ、今はまだ四月が始まったばかりの時期である。生徒会の任期はまだ半年残っているし、それ以前に学園祭という山場が目の前に控えている。追加メンバーを集めるのは確定事項だ。
「取りあえず二年で部活入ってない人当たってみます。三年は忙しいっすよね?」
「そうね……。受験ムードもあるし。じゃあ桂志郎くんたちにお願いするね」
「了解です!」
「分かりました」
「こんな味気ない紙貼って人集まるのかよ」
「仕方ないだろ。会長がポスター作ってくれるまでの間に合わせなんだから、こんなもんで良いんだよ」
昨日の会議の後、事務書類のテンプレートの文章だけ変えて、生徒会員募集の書類を雑に作って印刷した。朝の時間を使って、それを掲示板に貼って回っている。絵の上手い会長がちゃんとしたポスターを作ってくれるまでの間に合わせだ。
「あ、柊くんだ。おはよー」
少し遠くから名前を呼ばれる。誰かと思ったらカエデさんだ。
「何やってるの? どれどれ……」
カエデさんが俺の貼った募集用紙を覗き込む。
「今さ、生徒会員募集してんだよね。転校で人欠けちゃってさ。まだ部活決まってないよね? 入らない?」
「ホント? じゃあ放課後見学させてもらっていい?」
桂志郎がカエデさんにグイグイ話しかける。それに対してカエデさんも乗り気のようだ。ここは桂志郎に任せておこう。
「じゃあ来週月曜の放課後ね」
「おっけー。待ってます!」
廊下の端の方に募集用紙を貼って戻って来たら、ちょうど話が終わった様子。カエデさんは先に教室に戻るみたいだ。
「あ、柊どこ行ってたんだよ」
「向こうの掲示板にも貼って来た」
「あーなるほど。サンキュ」
「おう。桂志郎も放課後はちゃんと仕事しろよ」
「分かってるって。そう言えばさ、『ふるふる』って何か知ってる?」
「いや、知らん。何それ」
「さっきカエデちゃんが言ってたんだよね。連絡先交換の時に」
「は? 連絡先交換ってメアドだろ? 赤外線通信すれば良いんじゃないの?」
「だよな……。あの子、たまに良く分からない言葉使うよな」
二人して首を傾げる。不思議な子だ。彼女は一体何者なんだろうか。
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