第5幕/Run Quickly

 さて、ここで問題です。ちゃらん♪

 横浜………と、いえば何でしょう?


 ずばり言って、港!


 なのかどうかはたぶんきっと、意見の分かれるところなのだろうけれど。とりあえずそれは意識の隅っこどころか記憶の奥にすら置かず、所謂ところのつまるところどうでもイイ事だから兎も角として。コンテナが幾つも並んでいるそこ、つまり港を僕は今こうして、


 こつこつ。

 こつこつ。


 と、踵を鳴らしながら独り、待ち合わせ場所付近を歩いている。のだけれど、こつこつという音は靴の底が地面に接触した際に自然と鳴っているだけの事で、意識して鳴らしているつもりはない。そんな事を意識してリズミカルに演出するのは、ダンディーな俳優が主役を張る映画くらいのもんですよ、うん。更にいえば、きりり。と、した二枚目の俳優くらいのもんだよね。


 えぇ、どうせ僕なんてさ。

 三枚目どころか、こほん。


 愚痴るのはヤメよう。辺りを見渡し見回してみたところ、優しく聞いてくれそうな人も犬も妖精も猫型ロボットもタカもユウジもトオルもカオルも近くにはいないみたいだし。って、あぶ刑事率多いねどうも。


「ま、これもどうでもイイ事だな」と、ぽつり。相変わらず緊張感のない性格だよ。これが、豪胆だからという理由から生じる事であるのなら自慢くらいにはなるのだろうけれど、実際のところはたぶんきっと、うん。


 壊れてるんだろうなぁ………。


「やれやれだよ、全く」左腕に巻いてきた時計の針を、ちらりずむ。時刻は現在、午後の11時を少しだけ過ぎたあたり。もう暫くすれば、日付が次の未来へと変わる頃だ。

「お、時間どおりだ。珍しいじゃん、オレ!」なんて、よくよく考えてみれば自虐しているとしか思えない感慨を胸にふと、夜空を見上げる。人間はみんな冒険者さ、まだ見ぬ明日に向かって生きているのだから。って、羊飼いヤメて吟遊詩人にトラバーユですか。怒涛の羊は強力なんだぜ?

「お、満月みっけ!」闇の中に丸い月が浮かんでいるのが見えた。どうやら、星達はお留守らしい。故に、ぽつん。と、寂しげだ。視認はデキていないのだけれど、雲でも漂っているのだろうか? あっ、だから月が朧気に見えて寂しそうだなって感じたのかも………じゃあ、ちゃんと視認デキているという事、なのかな? ま、そんな事はどうでもイイか。

「って、これで3回目だぞぉー」言いながら、ぴたり。理由があって歩みを止めた。それでも、緊張感は依然として全くないのだけれど。ま、それはそれとしてその刹那だけ後、視界を上方から前方へと変える。


 どれどれ、

 えっとぉ、


 いち、にい、さん、しい、ごぉ、ろく、なな、はち、ポチ、ラッシー、フランダース、ヨーゼフ、タロウ、ジロー、カール………がるる。


 暗いから数えるの面倒!


 だから、やぁーめた。って、途中から既に数えてなかったけどさ、あはは。ま、テキトーでもイイんだし、うん。見た感じ両手と両足には余るくらいだろ、たぶん。だったら別にイイじゃん、算数のテストじゃあるまいしさ。誰だよ一応は数えとこうなんて考えたヤツ!


 それは………うん。

 兎も角としておこ。


「来てるヤツみんな残さず始末しちゃうんだし、さっさと終わらせないとだし。あ、夜だけに………ないと、だし?」


 ………ゴメンなさい。

 もう二度と言わない。


 さてさて。僕の視線の先にある視界には今、行く手を阻むかのように立ちはだかる黒スーツの男達が並んでいる。そして、その真ん中には白スーツらしき男が立っている。クソ忙しいこの僕をわざわざ此処へと呼び出しやがったのは、あの白スーツらしき男なのかな? 暗くても白系はなんとなく視認し易いね。有り難う、僕のせいで永遠に主役級にもなれやしない脇役さん。


 そういえば白系というと。映画やドラマとかのワンシーンで撃たれちゃったり刺されちゃったりしちゃう役の人が、赤い血が視覚的に絵になるように着用している………なんていう事もあるのだけれど、そうじゃない時だって普段だってあんな風に着る時は着るだろうから、どうなるかはお楽しみ? 刮目せよ、みたいな。ん………えっと、瞠目せよ?


「何にせよ死亡フラグだな………アイツ、なかなかヤルじゃん」って、何を言ってんだかだよ僕ってヤツは。ま、そんな感じで緊張感が生まれる気配すら全くないまま、ポッケに突っ込んでいた右手を出してみましょうか。


 と、ぴくり。


 断定ホワイト仕立て野郎を除いたその他の上下ブラック野郎達が、僕の挙動に対して敏感な反応を示した。何だと思ったのかは想像に難くないのだけれど。残念ながら、僕の右手に握られているモノは煙草。の、箱。


 で、勿論の事その中には何本か煙草が入っております。カラのハコだけ持ち歩く趣味はないので。吸いたくなったから取り出しました。それだけの事なのにヤダなぁーもぉ、ポッケに拳銃なんて入れてるワケがないでしょーが。


「………バカなのかな」ま、それは兎も角として。空ではない箱の中から上手いこと一本だけを、はむっ。と、口で挟んで取り出した僕は、その時には既に左手で握っていたライターを口元のそれに近づけた。勿論の事それも、ポッケから取り出して、ね。で、かちゃ。んで、しゅぼ………すはぁー。

「んふうぅー」いやぁー、美味いねどうも。なんて事を思ってみたりしたものの、よくよく考えてみなくてもどこがどう美味いのかと訊かれちゃうと激しく困る。でも、でも、頭の回転が良くなって閃きが浮かびやすいんだぞぉー。括弧して当社比、括弧閉じる。


 あらヤダ………せっかちだね。

 黒上下達が距離を詰めてきた。


 もしかして、

 激しく怒っちゃっているとか?


 バカにしやがって、的な? うん。うん。なんだかそんな感じだね。そうなんだ、ふぅ~ん。でも、そっちが勝手に物騒に思っただけでしょ? そんなの預かり知らずですよ、ヤダなぁー。


「ふうー」って、それならそれでわざわざ此処まで出向いたのだから。つまるところそれに付き合う用意は存分にありますけどね。と、まずは一歩。体重を移動させようかと動いたその時。


 ばばはぁーん!


 僕の眼前、僅か二歩先というあたりの路面に、丸まった真っ赤な絨毯が出現した。ふわふわでふかふかなタイプの。おおぉー、ぶぃーあいぴぃー?


 って、なんちゃって。


 勿論の事それは実際のお話しではなくて、僕がイメージした映像。なんかさ、映画の演出みたいでクールじゃん? 実際にはそんな魔法なんて使えませんし、そんな呪文があるのかすら知りませんし、そんな気の利いた演出を用意してくれる裏方さんも見当たりません。


 けれど、です。

 でも、ですよ。


 たしかに出現しているのですよコータロー。この場面ならそのつもりでいたいのですよ。イメージで独り遊びするのは個人の自由ですから、何やかんや言わないでいただけます? って、誰に向かって鼻息ふんがぁーになっているのでしょうか? カッコイイからイイじゃんか!


 でしょ、ねえ?

 でしょでしょ?


「………よっしゃー!」そんなワケで赤い絨毯のご登場。異論を挟む余地なんてありません。所謂ところのレッドカーペット。ちゃんと英訳すると………カーペット・オブ・ザ・レッドカラー、とかなのかな? ほら、ハリウッドの大スターとかが颯爽と踏みしめていくようなアレ。そのアレが、ころころころろぉ~。と、一直線に真っ直ぐに視線の先にある視界へと転がっていく。広がっていく。故に、次第に、一筋の赤い道が出来上がっていく。まさに、レッドカーペット。もう一度だけ言おうか。ハリウッドの大スターとかが踏みしめる、あのアレですよ。そのアレを僕は、ジッと見つめる。目で追う。敷かれていくその先頭を、行方を、転がる毎に丸まりが小さくなってゆくそれを、視界に入る限りただただ目だけで追う………のだけれど、すぐに目だけでは視界に収まりきらなくなっちまったので、ゆっくりゆっくりと顔を上げていく。のにも関わらず、ころころころころぉ~、ぴたり。


 ………何、だ、と?


 一直線に転がりながら敷かれていく赤い絨毯が、転がり終える前に止められてしまった、マジかよ。がっでむ! 赤い絨毯は、その圧力に簡単に屈してしまった。暗いから判然とはしないのだけれど、その圧力の元凶はたぶん………あの白スーツ野郎の右足、だよ。ま、イメージなんだからどっちでもイイのだけれど。と、いうよりも僕の最終到達地点が其処だから、止められても支障はないのかも………うん。がっでむアンドびっくりマークってのは取り下げよう。がちゃめらえぇー! 知らない人ゴメンなさい、ぺこり。


 それにしても、

 脳内独り言が多いねどうも。


 って、ま、それはそれとして、だ。僕はその足元から順に、膝、腰、胸、そして顔へ、たっぷりと時間をかけながら視線を上げる。と、いっても白の上下とは僅か15mくらいしか離れていないので、さほどの時間も浪費しない。だからすぐに視線が交わる感じ? ま、暗いから定かではないのだけれど。気持ちの問題だよね、こういうのって。なのでとりあえず、にやり。僕が口の端を上げると同時、まさにその時、アドレナリンとかいうヤツが踊り狂ってトランスしまくっちゃうようなBGMが流れたのだった………。


 以上、

 イメージ映像のみ終わり。


 待たせたかな雑魚ども。オマエもだよ白色スーツ野郎。けれど、でも、その分だけ寿命が延びたのだから文句はないっしょ。それが例え儚いまでにほんの少しの間だけだったとしても、ね。行き先は天国なのか、それとも地獄なのか、そんな事は預かり知らずだから他の誰かに訊いてくれ。知っているヤツが存在するかどうかもそうだ。その代わり、僕が知っている事を三つだけ教えてやるよ。一つ、どっちにしても同じ事が一個だけあるって事。そしてもう一つ、その一個とは苦しみもがきながら死んでいくという事。最後の一つ、それがこの僕によってだという事だ!


 ………、


 ………、


 あ、声に出して言わないと伝わらないか。でも、凄い面倒。どうせすぐにただの塊になる奴等だし、だからわざわざ声にすんのは却下!


「さて、と」んじゃ、まぁ。

「始めちゃいましょう」か。


 呟きながら俺はゆっくりと、けれど確実にアスファルトを踏みしめた。しまった、赤い絨毯もう少しだけ残しておくべきだったわ。歩みを進める前に消しちゃったよ、あはは。でも、どんまい! はじめまして、黒上下&白上下野郎共。


 御用は、なぁ~に?


「なんか、ヤバいかも。めちゃんこ楽しくなってきたぁー!」よぉーし、イメージ映像と音楽を復活させちゃおう。と、提案。勿論の事、即採用。その上で僕は、落ち着いた足どりで赤い絨毯を踏みしめていく。一歩、二歩、三歩。向こうさんも何人かがそれぞれに同じく。今まであった距離が劇的にといった感じで縮められていき、それにつれて表情までも見えるようになってく………おぉー、ヤル気満々だね。どうやら、心の距離までは縮まらないみたい。漂う空気も怒気を軽く越えて既に殺気だし。ま、考えるまでもなくそりゃそうなのだけれど。


「死ねやコラぁー!」

 あ、そう叫ぶ? いいや、叫ばれる? 兎にも角にもそうするや否や、前方左手側の黒上下その1が勢いを強めながら突っ込んできた。死ねやって、アンタさぁ………待てぇーって叫びながら追いかけちゃうような刑事さん達くらいベタじゃね?


 とかなんとか思いながら。


 ソイツのたぶん、推測するにえっ、と。ちょっと待って、えっとね………あ、来たかな。お、胴タックル? を、左に移動してスカす。するとソイツ、おもいっきりヘッドスライディング! あらヤダ、そこにベースとかってあったっけ? 何塁のヤツですか? 暗くて判んなかったよ。じゃあ今、何回の裏なの? それとも表とか? お、お次は右の拳を振り上げたヤツの番らしい。せっかちだね。三時間半ルールのせい?


 ま、イイや。


 僕は左腕で拳を腕ごとブロックし、それによってアチラさんの体勢が崩れかけたとほぼ同時に右拳を肋付近に叩き込む。勿論の事、おもいっきり。素手って、ナメてんの?


 ぼこっ!


 うずくまる右拳男。続けざまにその顔面に右膝を入れる僕。どごっ! という衝突音の中に紛れて、ぴきっ! という音………鼻、かな。どんまい。だってさ、徒手空拳で向かってくるんだもん。むかっとしちゃうじゃん?


 続いて、右足を引いて地面に置くと共に、回転しながら左足を右斜め前に踏み込ませ、回転する軸をそれに変えつつ左足を振り上げて右側から向かってきていたヤツの腹部にその足裏をおもいっきり当てる。所謂ところの後ろ回し蹴りってヤツですおー。


 ぼふっ!


 で、自身の後方へと儚くブッ飛ぶ右から男。まさに、くの字ってヤツですな。その衝撃………慣性の法則? に、よって回転が止まった僕は、白上下野郎に向かって進む。


 勿論の事、

 何事も無かったかのように、ね。


 その途中で面倒な事に雑魚が左側から掴みかかってきたのだけれど、面倒だから視線を逸らさずパッチギ単発のみで軽く撃退。


 がつん!


 すると、激しく面倒な事に続けざま右からも掴みかかられる。が、しかし。これも面倒だから再度のパッチギのみで撃退してみる。


 ごつん!


 直後、正面から前蹴りが跳んでくる。が、これはサイドに避けて掬って持ち上げ、おもいっきり地面に叩きつける。


 ばすん!


 それと同時に跳び蹴りが来たのだけれど、それもひょいと交わして服を掴み、少しだけ持ち上げてから受け身が取れないように顔面から地面へと叩き落とす。


 ぐちゃ!


 あ、さっき叩きつけたヤツをサンドウィッチの具みたいにしちゃったよ、あはは。えぐっ! って、呻いたからタマゴサンドだな………うん、反省します。


 って言うか、

 どいつもこいつも素手?


 僕は再び歩き始める。その最中に四人くらい、パッチギで返り討ち。連続だったから頭がクラクラしちゃって定かではないのだけれど。どうせ脇役だし覚えていなくてもイイでしょ? 絵になる脇役さんなら別だけどコイツ等、どうせモブだし。


 そんなこんなで到着、っと。


「よっす、白尽くしヤロー! あれれ? 元気なさそうだな。ご飯ちゃんと食べた?」やっぱ正解だった、上から下まで白一色スタイルだよコイツ。スーツにネクタイ、中のワイシャツも、ハットも。おいおい、靴もかよ。想像するに、下着やソックスも白なのかな………あ、新郎なの? もしかして、ラッキーカラーとか。


 ま、そんな事はどうでもイイや。


「この期に及んで話し合い………なんてカードは勿論の事、NGだぞぉー」兎にも角にも。こんばんわだな、新郎擬き野郎。ファッションセンス皆無と言われて久しいこの僕に上から目線で評価なんてされたくないだろうし、時間厳守でと言われた覚えはないのだけれど、ほぼジャストでのほほんかましながら来てやったったぜ。


 ぱぁん!


 で、所持していた拳銃をたぶん新郎なのだろう新婚さん括弧して男そして括弧閉じるの額に押し当てた僕は、それではごきげんようとばかりに躊躇なく発砲………させるとみせかけて、これまた隠し持っていたスタンガンを首筋に押し当ててこちらを躊躇なく、びりびり! っと、放電させましたとさ。


 びくん×数回ほど。

 そして、どさっ。


 痙攣しながら崩れ落ちる白上下野郎。あ、泡吹いてる。ヤバいかな。びりびり、ってのをヤリすぎたかも、あはは。MAXは危険レベルだったみたいだね………でも、どんまい! こっちの本物の拳銃を使用するワケにはいかないもんね。威嚇用として持ってきただけで、もう誰も殺めるつもりはない。ぎりぎりで死ぬかそれとも死なないか、後はソイツの生命力が頼みの綱ってトコまではヤッちゃうつもりではあるのだけれど、ね。あ、一人だけ………ぐちゃぐちゃにしちゃったっけ、たしか。でもそれも、どんまい!


 そうなるに至る理由が理由だけに。

 ま、当たり前の報復行為って感じ?


 とは言っても、

 それでも拳銃の使用はNGです。


 だから、スタンガン。だって、殴り倒すのも蹴り倒すのも踏み潰すのももう疲れたから面倒だし、拳や頭が痛い痛いだし、パッチギの連発でくらくらもしていたりするし、何よりもケツかっちんだから、さ。ザ・時間厳守! 円満な信頼関係を維持する為には大切な事です。あ、そうそう。拳銃もスタンガンもポッケには入れておりませんでしたから。ポッケには、ね。


 だから、

 ウソツキじゃないもぉーん♪


「てへぺろ?」そんなワケで、結局のところミスター白服も雑魚扱いで処分しちゃいましたとさ。ってさ、コイツ等みんな素手ってナメてんの? ちょっとは有名な筈なんだけどなぁ………いや、イイんだけどね。イイんだよ、そんな事は。ただ、素手での格闘は面倒だなって思っているだけで。ホントに、あはは………ホントだもん!


 ま、息一つ乱れず。

 衣類少しもズレず。


 それにしても余裕だったな、マジで………嘘ですゴメンなさい。運動不足かな。ブランクあったからなぁ………あ、だからナメられたのかな。って、しつこいな、僕って。兎にも角にも、だよ。あいぷれいとぃーうぃんってヤツだ。残念なのは水着美女から祝福のキスがないという事、ってゴメンなさい優子さん冗談です!


 このまま次のステージに、と。


 それはそうと良かったね、これで運悪く御陀仏になっても白装束に着替える手間が省けたじゃん。一人だけは、ね。って、恨まれる? ま、何はともあれこれでめでたくコイツ等とはエンドマークな関係って事でイイのではないでしょうか。あ、でもね、エンドロールは流れないから。てか、流さないでおくわ。何故なら、コイツ等の名前を誰一人として知らないからです。雑魚Aとか雑魚Bとかクレジットしても、そんなヤツばっかのスクロールなんて時間の無駄だもんね。


 はぁーい、

 そんなワケで楽勝でぇーす。


 ま、雑魚だから当たり前なのだけれど。向こうさん、飛び道具を使わなかったのは失策だったね。向こうさんは気兼ねなく使用デキる筈なのだから、躊 躇なく使わなきゃですおー。って………やっぱりナメてたのかな。って、しつこい?


 ま、そんなこんなで。


「気を取り直して、と」早速、ポッケからブツを取り出しまして、かちっとな! と、そのブツからピンを抜きまして。ここから真っ直ぐ向かった先にある倉庫の前に、ずらり。と、並んでいる高級そうな外国車。それ等に目掛けてレーザービーム宜しく51番気取りでブツを放り投げる。その際の効果音は我がボイスで賄いましょう。



 えいやっとぉおおおーっ!


 ひゅーん………虚しいな。



 いち、

 にい、

 さん、

 しい、

 ごお、

 ろ、


 どかぁあああーん!



「え! え? えっ?」なんと、カウントしていた甲斐もなく予想より早めの大爆発。ちょこびっとだけ、びびった。びくんっ! って、びくんっ! ってなっちゃった、あはは。結構これでもまだ離れていたつもりだったのだけれど、少なからずな熱風を肌に感じた。それプラス、なんとなく耳に違和感。ま、初めての使用だったし。だからどんまい、まいせるふ。うん………漏らさないで済んで良かった。


 さて、と。


 じゃあ、

 本篇に突入しようか。


「あの奥の倉庫、か」呟きながら、ちらり。時計を見る。もう日付けが変わるあたり。既に報告しに倉庫内へと入ったのか、それともトラップありありなのか、取り敢えず見張りはいないみたいだな………どうする?


 正面から突っ込むか、

 或いは裏手を探すか。


 どちらにしようかな。


 「天の神様の………」言う、と、おり。よし、決まった。けれど、問題はこの緊張感皆無なテイストを維持デキるかどうかだなぁ………冷静さが著しく欠けてしまうと判断力やら何やらが鈍るから、だから敢えて作ってみているのだけれど、この先は目の前にいるだろうから。見られちゃう事になるだろうから、優子さんに………実のところは、自分自身の不甲斐なさとあの倉庫の中に居るだろう奴等への怒髪天で今にもブチキレそうだ。


 ドン引きされちゃうよね。

 住む世界が違うから、さ。


 もう僕は………。


「完全に諦めるしかない、か」考えてみれば虫の良い話だし、もうチクられているかもだし、結局のところは目の前で見られちゃう事になるだろうし。一緒に居たらまたこんな事になるかもだし、ね。


 エンドマークか。

 優子さん………。


 って、

 往生際が悪いぞ。


 優子さんを忘れる為に飛び込んで、忘れたフリして続けて、忘れられなくて更に入り込んで、でも忘れられなくて辞めて、やっぱり忘れたくなくて戻ってきて、そしたらすぐにおもわぬ再会が叶ったのだけれど、そのおもわぬのせいでドン引かれる事になりましたとさ………何コノ優子さんに迷惑かけまくりで自業自得すぎる失恋フラグ。


 マジで立ち直れないかもだわ。

 優子さん………ゴメンなさい。


 今、僕が出来る事。それを、

 精一杯頑張ろう………よし!


 ほんなら、

 ちゃっちゃと行きますか。


 ………、


 ………、


 八つ当たり確定、と。



 ………。


 ………。



 倉庫内。重く息苦しい緊張感が張り詰めている。総勢二十名といったところだろうか、黒服に身を包んだ男達の誰一人として音を立てない。


 しかし、唯一人。


 倉庫の正面にある主に人間が出入りする時のみの際に使用するドアのあたりで見張りを担当していた若い男が、倉庫の中央あたりに陣取っている者の内の一名へ何やら報告をする為に走っており、その他はただただその姿を見据えながら立ち尽くしていた。


 男が向かっている先には、

 組織のナンバー2がいる。


 そしてその横に、

 今回の首謀者が。


 更にその横に、

 捕らわれた姫の姿がある。


「………」

 優子は様々な感情に苛まれていた。逡巡、不安、恐怖、その中でもこの三つが占める割合は大きく、今こうしてその身に起きている事態の理由が判らないまま、後ろ手に縛られ目隠しされた状態で立ち尽くしている。


「突っ込んでこないのか?」

 その横で、ぽつり。今回の首謀者であるとある組織のボスが呟く。恰幅の良い白髪混じりの男だ。俊二による手榴弾の使用によって倉庫の外でかなり大きな爆発音がした為に、もしやと思って警戒レベルを上げたようなのだけれど。


「羊飼いのヤツ………てくてく歩いて此処に向かってるそうです」

 駆けてきた男がボスのすぐ横にいたこの組織のナンバー2である鋭い眼光をした男に報告しにきた事を、そっくりそのままボスに耳打ちした。


「って事はオマエ、つまり外の………」

「はい。あっさりと全滅したようです」


「うむむ………う、噂どおりの男だな」

「しかも、掠り傷一つすらも刻めずに」


「ますます我がモノにしたくなったわ」

「ですが、かなり厄介だと思いますが」


「だが、こっちにはこのカードがある」

 暫し続いた会話の後、そう言うや否や捕らわれた姫であるところの優子の肩をぽんぽんと叩く。


「あうっ、うう、うく………」

 びくん。と、優子が震える。そして、声にならない声。無理もないと言えばたしかに無理もない事なのだけれど、かなり怯えている様子だ。


「いつまで怯えているんだ。言った筈だぞ? オマエは羊飼いにとって大事な姫なんだ。だから手荒な事など一切しないとな」

 そんな事してみろ、こっちの身が危ない。と、心の中で思いながらも。ナンバー2が無表情で優子に話しかける。低音で抑揚の少ない声色が、かえってその重々しい空気に不気味さを増している。


「うくっ………」

 しかし、優子は事態の中核が飲み込めていない。彼等の言う羊飼いがどうやら俊二であるらしいという事は推測可能なのだけれど、どうして俊二が羊飼いと呼ばれているのかが判らない。そして、どうしてマフィアのようなこの見るからに怖そうな男達が俊二を狙うのか。今朝から続くこの顛末がどのような理由でどのようか終息を迎えるのか、優子には判らない事だらけだった。



 ばんっ!



 それは、突然と言えば突然の事。そして唐突と言えば唐突で、けれど当然と言えば当然な事。広い範囲に大きく響き渡る音がして、倉庫内に居る全員が身構えるでもなく、びくん。と、一様に震える。つたるところ、出入り口用のドアが勢いよく閉まった事による物音だった。


 がらっ、がらがら、

 がらがらがらがららぁあああー!


 その音がした僅かその後。今度は正面にある横にスライドする形で開閉する壁のような大きさの扉の方が僅かに開き、更には少しだけ開いた直後。再び大きな音を立てながら勢いよく左右に分かれていった。そして分かれた中央には分かれさせるに至った男が一人、凛とした佇まいでその姿を現した。


 の、だけれど。


「ユウコさん拉致ってオレに戦闘しかけてきた事、覚悟してんだろぉーな、おい! 全滅させるぞコノヤロぉー! ユウコさん拉致ったヤツはどいつだコラ! 実行部隊は誰だよ!」

 目視可能な範囲にいる数と優子の位置を把握した俊二は直後、怒髪天の形相で声を荒げた。そして、ずかずか。と、倉庫の中へ中へと歩みを進める。その行為は、有利に事を運べる側に立っている筈の向こうさん達つまるところそこに居る優子を拉致した者達の全てを逆に勢いで威嚇するのが主な狙いであり、実のところ人質というカードをほぼ無効化するにはパーサーカーの如く我関せずな無秩序ぶりを演じて暴れるのが良策だったりする。それによって敵さん達は、手元にあるのに人質というカードを切り札として使用する機会を見失うからなのだけれど、実のところ俊二自身その思考より感情を優先している感もあった。


「シュン、くん………?」

 目隠しされた状態だったものの、その声が俊二だと判るや否や、優子はその名を心の底から叫んだ。の、だけれど。がらり。今まで聴いた事のない俊二の怒気を帯びた声色を耳にして、続けるつもりだった次の言葉を飲み込んだ。


「オレ様がそうだが文句があっ」

 簡単に俊二に飲み込まれてしまった事を同じ裏の世界を生きるプライドを傷つけられたと恥じた大男が、有名どころのバウンサーの俊二よりも自分の方が上だと思われたくて、なのだろう。ずいっ。と、名乗り出る。その途端、いいや。何処から湧いてくるのだろう根拠のない慢心さで名乗り出てしまった途端と言うべきか。


「テメェーかゴラぁあああー!」

 感情があからさまに爆発して最早コントロール不可となって一直線、俊二は大男に向かって全速力で躍り掛かる。すると、自然に。と、言うべきか。それともこれこそを当然と言えば当然と表現すべきなのだろうか、優子を拉致ってきた実行犯のうちの一人であるその大男の近くに居た敵さん達が、ざざぁーっ。と、大男一人残し四方八方へと散らばる。


 ばごっ!


「がふっ!」

 俊二による初手の一撃、それだけで勢いよく大男が吹っ飛ぶ。その様はまるで大型の台風によって無残にも飛び散っていく決して小さくはない看板、或いは人そのものようで、バランスを立て直す猶予なく受け身をとる余裕など貰えずにコンクリートの床へと激しく打ち付けられる。


「ただの雑魚が主要キャスト面して真ん中に立ってんじゃねぇーよ、オラ!」

 その初手の一撃で既に勝負あり。クリティカルヒットすら通り越して一撃死と言っても過言ではないくらいのダメージを喰らわせたのだけれど、それでも俊二は止まる気配を素振りを仕草を全く見せず、俊二は続けざまに次の一撃、更に一撃、と。矢継ぎ早に繰り出していく。


 どこっ!

 ばすっ!

 ばきっ!


「ぎゃっ! う、ご………」

 対して大男は、反射的な防御反応として両腕で頭を抱えるようにして丸くなるのみ。反撃の意思も力も皆無といった状態で打ち込まれるがままに、一方的になす術なく沈んでいく。


「オラ! オラ! 雑魚が! モブが! テメぇーは日陰で体操座りしてろやボケぇえええー!」

 が、しかし。それでも俊二は止まる気配を見せない。試合を裁くレフェリーもいないし、そもそも試合ではないし、試合でいうところのタオルを投入するセコンド陣は戦々恐々となってただただ、噂に違わぬ羊飼いの姿を眼前にして介入する意思を失っている。


 ばこっ!

 ばこっ!

 ばごっ!


 故に大男は、

 地面との接地面を増やしていくのみ。


「雑魚がオラ! ゴラぁあああー!!」

 俊二はそれでも止まらない。


 ばきっ!

 べちゃ!

 ぐちゃ!


「「………」」

 大男が自身の意思を披露しなくなり、されるがままに原型を崩されるのみとなっていくのを見て、そこに居る全員が戦慄を覚えているのだけれど。特に優子を拉致した実行犯残り二名の戦慄度合は今まさに、それを遥かに超えたものだった。


「あとは誰だ! オマエか、おい! おい、オマエかよ! あ? オマエ等ごときがクライマックス飾れるとか思ってんじゃねぇーぞ! 呆気なく退場させてやんよクソ共がぁー!」

 沈めても尚、ぴくり。とも、動かなくなっても。収まる事なく、収める事まなく、止まる事なく、止める事もなく、俊二は一向に鎮まらない。



 その時。



 がらがらがらがららぁあああー!


 と、裏手側の大きな扉が開いた。



 ざざざっ、ざざっ、ばさっ!


 そこに屈強そうな男達が並ぶ。


 ざざざっ、ざざっ!


 更に、

 正面の入り口にも同じく。


「仲間だと? どういう事だよ、おい!」

 この展開に、首謀者である敵さん達のボスがたじろぐ。彼にとっては、まさか。の、顛末だったであろう。俊二は一匹狼というか単独で事に当たるのが普通だったので、ぞろぞろとこうして自分達が、ぐるり。と、囲まれるくらいの数の者が潜んでいるなんて思いもしていなかった。故に高価そうな毛皮のコートの下の、これまた高価そうなスーツ、の。更にその下に来ているワイシャツが、汗でびしょびしょになってしまっていた。そこでただただ立ちすくんでいるだけなのに、立ちすくむに至る理由によって汗が止まらなくなっていた。


「影の手ですけど、何か?」

 見るからに屈強そうな男衆の中に唯一人の女性。中心に立つ小春が、冷めきった表情で冷たく言い放つ。彼女が言う影の手、とは。こちらもまた裏稼業の住人による組織の一つで、裏の世界でも相当な力を持っているそれ。構成員の数やボスや幹部の情報などその全貌が闇に包まれており、まさに影のように、ターゲットとなった者の傍へと潜り込む。そして与えられたミッションの完遂を果たすと、何処へともなく姿を消す。そんな組織だ。


「どどどどうして此処が判ったんだよ!」

 眼前その先に広がる集団が影の手だと聞いて、首謀者であるところの敵さん達のボスは途端に狼狽する。もう既に勝ち目はないと悟ったのだろう、壁が立ち塞がるだけで逃げ場のない後方へ、じりじり。と、ただただ少しでも遠去かろう僅かでも距離を置きたいという心理のままたじろぐ。


「其処にいらっしゃる羊飼い様と行動を共にしておりましたもので」

 悪足掻きする意思さえ見られず狼狽したままの敵さん達のボスに小春が、さらり。と、そう明かす。羊飼い君ではなく、羊飼いさんでもなく、羊飼い様と呼称したのは、私では歯が立たないと素直に感じてしまう存在としての俊二への畏怖なのだろう。


「おい、どうやって羊飼いを手懐けたんだ!」

 と、狼狽し続けている敵さん達のボスがその表情を愕然とするそれに変えながら叫ぶ。俊二が大切に想う優子を拉致し、そしてその優子の身柄を鍵として俊二という手札を我が物にして、それで意のまま俊二を使おうようという策略を選ぶしかなかった筈が、それ程に傘下に置くのが困難な筈の俊二が、影の手と手を結んでいる。彼にはその方法が皆目検討がつかなかった。

 

「身の丈に合わない事をするからこういう結末に至るのですよ。そのような方法では対峙する結果しか生みません。ですからこれは当たり前の終着点です。宜しいですか? 私達が裏手の方に待機して成り行きを窺っておりましたところ、正面の方から爆音が響いてまいりましたもので、隊を二手に分けてみたのですよ。そうしましたところあらヤダなんとそれは羊飼い様によるアナタ方へのお茶目な御挨拶だと判明しました故、それならばと少しお手伝いをさせていただきました。そしてその後、そのまま今の今まで待機しておりましたの。ですが、このままでは羊飼い様だけが目立ちますので、影の手ですけどスポットライトを浴びにこの手を伸ばさせていただきました」

 しかし小春はご丁寧な状況説明を続けるのみで、どうやら敵さん達のボスによるクエスチョンに答えてあげる気は更々ないようだ。


すると、ここで。


「うん。あのドアを開ける時に、ね」

 漸くと言うべきなのか。その間に優子を我が手に取り返していた俊二が、幾分だけ落ち着いた声で参入の意を示した。と、言っても。補足説明をしてみました的な、謂わば映画でいうところの特別出演のような程度なのだけれど。


「なんと………」

 最早ここまでと観念して覚悟を決めた。と、いうワケではなかったのだろうけれど。愕然としながらも、へなへな。若しくは、わなわな。或いは、よろよろ。と、敵さん達のボスはその場にへたり込む。


「気づけよ、おっさん。たかだか御一人様であんなデカい扉を動かせるワケないだろ? まだ何人か潜んでるかもとか想像するのが普通だぞ………ファンタジー要素なんて皆無な現実世界をナメんな」

 よくこれで組織のトップが務まるなと敵さん達のボスに呆れながら、俊二はその呆れる様を言葉にして毒を吐く。


「ええ、私も激しく同感ですね………では、羊飼い様。この男達は全て私達が頂戴する事と至しますけど、それで宜しいですね? 何せ私達の仲間がヤラれておりますので、きっちり。と、お返ししませんとね」

 へたり込んでそのまま、がっくり。と、肩を落として項垂れる敵さん達のボスに心の底から呆れながらも。小春は部隊を統率する者として、そして影の手の幹部として、これは譲れませんという意思を声の色に宿して俊二に告げる。


「うん。オレにその意思を左右させる権限なんてないし、だから何の文句もないよ。そんなワケで呆気なく終了! って感じ? 結局のところ、雑魚は大した描写も作り出せずに退場、と」まだ優子さんに酷い事をした奴への報復が二人残っているけど、影の手が連行するならただでは済まさないだろうし、ここは引いておこうか。

 内心では思うところがあったものの、俊二はこの件で争うのは優子にも得ではないと考えて身を引く事を選ぶ。


「こっちには人質がいるんだとか何とか言われると面倒ですよね? ですからパーサーカーとして特攻を決める………なるほど、でした。たしかに作り物では人質うんたらかんたらは定番ですが、人質を人質として此処に持ってくるだなんて、現実では連れて行けと言っているようなものですものね。やはり羊飼い様は敵に回したくありません。では、これで失礼します」

 暫しの会話の最後で落としどころを提案した俊二に対して、小春は異論は無いという意思表示をした上で。そう言い終えると同時に無言のジェスチャーにて、屈強そうな部下達に撤収の意を投げかけた。


 ざざっ、ざざざっ!

 ずるずる、ずるずる。


「ま、待て! 待ってくれ! 頼む!」

 するとここにきて往生際の悪さを発揮した敵さん達のボスは、小春の部下達に連行されようとする我が身を一心不乱に暴れさせる。


 ごきっ!


「むぉがっ、が、あ………」

 が、しかし。そんな敵さん達のボスに対して小春は、まるでスマホから流れる音量を下げるかのような軽さで彼の口を塞ぎ、そして小箱の中身を見てみようとその蓋を開けるかのように何事もなく彼から声を奪った。


「わお。無表情でアゴ外しますか」

 影の手は容赦なさすぎだよ………と。自身の事については、さらり。と、棚に上げて俊二が呟く。


「ですが、静かになりましたでしょ?」

 にっこり微笑む小春。

「それに、優しい方だと思いますよ?」

 そして、そう続けた。


「何その微笑み逆に怖すぎる!」

 そう言いながら。これだから影の手は………と、棚卸しする事なく俊二は尚もそう思った。


「そうでした、優しいと言えば………」

 そのまま撤収して影となり、闇に紛れて消えるつもりだったのだけれど。思い出したかのように呟きながら、ちらり。小春はゆっくりと優子に向き直った。


「何でしょ、う、か………」

 小春に見据えられた優子に、多大な緊張が走る。つい先程、煩わしいと他人の顎を外したような人からの視線である。裏の世界の住人の経験など一切ない優子からしてみれば、そうなるのも無理はないというべきだろう。


 が、しかし。


「どうしてドアを開けちゃったの?」ドアを開けずともブチ破って侵入しかねないだろうなぁーとは思いつつ、兎にも角にも無事で良かったよ。

 と、安堵しながら俊二が話しかけた。俊二にとって悪気はなく、故に話しを遮ったつもりもない。なんなら、小春が何か言おうとしていた事に気づいていたかも怪しい。


「えっ? あ、ゴメンなさい。アタシ、てっきりシュンくんだと思ったから………」そう言えば、俊くんがチャイムを鳴らすなんて一回もなかったんだった………私ってバカだね。

 思い出しながら、俊二からの問いかけに優子が答える。


「我が家に帰ってきたのにわざわざチャイムを鳴らすなんて、よほどの亭主関白か新婚さんくらいだと思うんだけど」あ、優子さんがチャイムを鳴らすのって、そういう意味だったのかな………。

 言いながら俊二はそう感じた。


「そうだよね………ゴメンなさい」なんだか一緒に暮らしてるみたいな気持ちになれるから、だから私はチャイムを鳴らしていたんだけど、そんなの俊くんは忘れちゃってるよね。

 言いながら優子は切ない気持ちを覚える。


「あっ………そっか」たしか、『チャイムが三回鳴ったら私が来たという合図だからね。だってほら、ピンポンピンポンピンポーンってさ、クイズに正解したみたいでしょ? だから忘れないでよ?』だったっけ。だとしたらあの頃の優子さんって、僕にも同じようにしてほしかったのかもな。そっか、ゴメンね。今の今まで気づかなかったよ。

 と、俊二は今更ながらにして漸く優子の真意に気づいた。


「………シュンくん?」俊くんどうしたの? どうして急に黙っちゃうの? 俊くん今、何を考えてるの?

 と、優子は優子で俊二のちょっとした変化を敏感に察知して不安になる。


「「………」」

 そして、沈黙が流れるに至った。


 と、ここで。


「こほん! あのぉ………私の存在、もしかしなくても忘れておりませんか?」

 実のところは空気を読む事に長けている小春が、けれど空気を読まないキャラのように言いながら二人を交互に見る。

 

「あっ、忘れてました」

 と、俊二。勿論の事、悪気はない。


「なんと、酷いです!」

 と、小春。勿論の事、判った上で返す。


「そう言えば、名前も知らないし」

 これも勿論の事、悪気はない。


「コンボとは………でも私、そう言えばまだ自己紹介をしておりませんでしたね。あらためて自己紹介させていただきますが、小柳小春と申します。ぺこり!」

 が、しかし。連続で喰らった小春は判ってはいても多少の精神的ダメージを負ったようで、少しヤケ気味で話しを進めようとまずはそのとおり自己紹介から始めた。


「あ、小柳小春………もしかして」あの、小柳小春なのか? 単独で名前が知られている存在だから、てっきり僕みたいな一匹狼タイプだと思ってたわ。そっか、影の手だったのか………。

 実のところ有名なアサシンである小春のその名前に、こちらも有名どころのバウンサーであった俊二は聞き覚えがあるどころではなかったようで、すぐさまその名前を思い出すに至る。


「はい。もしかしなくてもそのとおり、小柳小春かっこ麗しき乙な女かっこ閉じ、まるです。闇夜の羊飼い様に漸くお会い出来て嬉しかったです。それにとても楽しかったですし、ね? 羊飼い様は風来坊だと噂されておりますとおり、かなり捜したんですよ?」

 が、しかし。俊二に明かしてどう思われるかなんて少しも気にしていない素振りで、そしてその上で本来のキャラを変える事なく。小春はそう返して俊二を窺う。どうやら、何やら含みを持たせつつも本当に俊二に用があったらしい。


「お断りします!」

 すると、それがどういう類いの事か敏感に察知した俊二が即答で却下の旨を告げた。


「えっ、と………まだ何も」

 流石に面喰らったのか、小春が幾分だけ慌てた態度を見せる。


「でも、そうなんでしょ?」

 何なのかを悟っている俊二が、断定的にけれど確信に満ちた言い方で小春を牽制する。


「たしかにそうですが………」

 そんな俊二に対して小春は、そう言うしかないといった感じでそう答えた。


「お断り致します」

 俊二が断固拒否の旨を告げる。


「予想はしておりましたが、ですがやっぱりそのとおりとなりますと困りましたねぇ………あ、お話しは変わりますがこのお方が忘れられない大切な女性ですか?」

 話しの中身を聞くつもりさえないという程の拒否を受けるに至って小春は暫し困惑を続けていたのだけれど、初対面の時のように少し戦法を変えてみようと思い立ち、その材料に優子を選ぶ事にしてそう訊いてみた。


「えっ………」

 すると、優子が驚いた様子を見せた。しかしながら、その答えに期待を持ちながら俊二を見つめる。


「そうだけど」

 即答だった。俊二は即答で肯定した。


「えっ………」

 すると、再び。優子が驚いた様子を見せた。しかしながら、すぐに。どんなに機微に疎い人でも察してしまうであろうほどに嬉しそうに顔を綻ばせた。


「即答するのですね。動揺させるのが狙いでしたのに。ただただ動揺するお姿を再び見てみたかったというのもありましたので激しく残念ですが、お話しを元に戻させていただきます………坂木優子さん、この度は申し訳ありませんでした。全て私共のミスです。どうか許してください」

 ここで足掻いても成果を得るのは厳しいと早々に判断した小春は、一旦引き下がろうと決めて実のところまず何よりも先にしようと思っていた優子への謝罪をする事にした。


「えっ! え、えっ?」

 が、しかし。思いもよらぬ場面で先程事もなげに顎を外してみせるような小春に深々と頭を下げられたので、優子は困惑の表情で俊二を見つめた。


「………?」

 どうやら、俊二も意図が判然としない様子だ。


「警官を装って貴女を連れ出したのは我が影の手なのです。申し訳ありませんでした、かえって危険に晒してしまう事態となってしまいました」

 申し訳なさそうに、そして正直に。小春は今朝の顛末について自分が知り得る事を話し始める。


「「えっ………」」

 と、小春からの丁寧な謝罪だけで既に困惑に近いものを覚えていたところに思いもしない事実が加わった事で、俊二と優子は揃ってフリーズしてしまった。


「そんな………」

 の、だけれど。二人が揃って驚きの意を見せるに至った理由は同じでも、裏の世界の住人ではない優子は俊二よりも内容の理解に充分というワケではなかった。なので、そんな二人の心情を厳密に伝えるとするならば俊二の方は、えっ! そして優子の方は、えっ? と、なるかもしれない。


「あ、そう言えば………」

 部屋で小春が何か言い掛けていた事をすぐに思い出した俊二は、今になって漸くあの時に聞いておくべきだったかもと思った。


「………えっと、何でしょう?」

 俊二が何か言うつもりなのかと思った小春は、俊二に次のターンを渡したのだけれど、俊二が何も言わないので、逡巡しながらも窺ってみた。


「え、いや、話しの腰を折ってゴメン。何でもないから続けて」

 が、しかし。ただ単にそれを思い出したというだけの事だったので、俊二はそう告げて小春を促した。


「判りました………では。信じていただけないかもしれませんが、実はあの者共が貴女を拉致して羊飼い様を組織に組み入れる為のカードにしようとしているという情報が入りまして。此方と至しましてはそうなると厄介な事になりますので、先手を打って貴女を保護しようとしたのです」

 申し訳ありませんという意を崩さぬまま、小春は優子に、そして俊二にも顛末を説明する。


「保護、ですか………」

 今度は優子が逡巡する。眼前で起きた一連の体験をこれは現実だと受け入れてはいるのだけれど、それでもまだどこかで非現実的な数々を受け止められないでいたからだ。


「はい。ですが、どうせならそれが恩義となれば義理堅い羊飼い様は此方についていただけるのではという、自身の組織に対して言うのも皮肉なモノですが、姑息な。そのような案が出まして、しかもそれが採用されたようで、ならば早めに動いてしまおうと少々強引な手段を選んでしまったようなのです」

 と、ここまで話し終えたところで。申し訳なさからなのか、小春は優子から視線を外した。


「それが………あの警官さん?」

 しかし優子は、丁寧に応対してくる小春に誠意のような心を感じていたので、此方も同じように接しなければ失礼だという生真面目さから、兎にも角にも落ち着いて取り組もうとした。


「はい、そうです。警官であれば人の目も訝しさを和らげますし、一般のお方でしたら一応は平和的にお越しいただけますでしょ? ですが、早めにと急展開で動いてしまったので、情報が洩れてしまいました。故にあのような、そしてこのような危険な」

 優子から視線を外したまま、小春は真摯に事情説明を続けるのだけれど。


「待って。それは違うよ。原因はオレだから。怖い思いをさせたのはオレ。オレが悪いんだ」

 と、ここで俊二が割って入った。


「シュンくん………」

 俊二の声色と表情から本当にそう思っているという事を感じ取った優子は、途端に胸が苦しくなっていく。小春にも同じような思いを抱いてはいたものの、優子にとってそれが俊二となると、どうしてもその感情は深いものになっていく。


「ユウコさん………ホントにゴメンなさい。全てオレのせいです。責任とります。ユウコさんの好きにしてイイよ。死んで詫びろと言うなら、今すぐにでもそうする。どんな責任でも………とります。ゴメンなさい!」

 自分までがこうして優子に怖い思いを味わわせてしまったという罪悪感に苛まれていた俊二は、優子にそう告げて深く頭を下げる。

「嫌われても………仕方ないと思ってる」

 と、同時に。別段の変化は見受けられないものの自身の裏の顔を知られてしまったという焦燥感にも苛まれていた。実際に眼前で優子に壁を作られる場面を想像すると、覚悟を決めたとはいえそれは俊二にとって恐怖心を芽生えさせるに値する事だった。


「羊飼い様………」

 と、ぽつり。誰に話しかけたワケでもなく、誰かに聴き取ってほしかったワケでもなく、言ってみれば同業者である分どうしても共感してしまう悲しみも含めて、俊二の表情や声色から痛い程にその思いと想いが伝わってしまい、おもわずそう呟いた。


「………何でも、イイの?」

 が、しかし。実のところ優子は、俊二の裏の顔についてあまり気にしてはいなかった。なので、俊二や小春が思い悩む事とか別の方向の思惑を実行に具現化しようと目論む。


「何でもします!」

 頭を下げたまま、俊二が答える。


「羊飼い様………坂木さん!」

 と、ぽつり。これもまた先程と同様の理由で呟きながら。そして俊二と優子を何度も何度も交互に見つめながら、羊飼い様ファイトです………坂木さん受け入れてあげてください! と、心の中でその度にその度に語りかける小春。


 暫しの静粛の、後。


「じゃあ、じゃあ、さ………シュンくんに責任とってもらおっかな」

 優子がその重い空気を動かした。


「うん………何でも言って」

 何を言われるか見当もつかないのだけれど、何を言われても受け入れよう。と、俊二は改めて覚悟を決める。


「じゃあ、じゃあ………例えば、ほら、その、えっと、お詫びとしてこの先も、ずっと、さ………ずっと、傍に、居てくれた、り、とか?」

 優子の思惑、そしてその具現化、更には目論見とは、まさに今こうして告げたこの事であった。これが上手くいけば逆プロポーズ宣言のような形になるので、その緊張感は許容範囲を簡単に凌駕してしまうくらいなのだけれど、俊二が頭を下げたままで視線が重なっていなかった分だけ、なんとか。その分だけの差で、やっとの事。少し言葉にしては勇気を使い切り、けれど奮い起こして続け、またすぐに使い切り、再び奮い起こす。それを繰り返して漸く、最後まで言い終える事が出来たという感じだった。


「………えっ」

 途切れては現れ、また途切れてはまた現れる。そんな言葉の数々を繋げていく事でその内容を理解し終えた俊二は、当然と言えば当然の事。思いもしないだったので、おもわず顔を上げた。


 勿論の事、

 願わずにはいられない事だったから。


「なんなら、なんなら、さ。その、もう、さ。いっその事、アタシを、ほら、お、お、お嫁さんに、しちゃうとか、してさ。そ、その、面倒見て、くれるみたいな、さ………」

 俊二の事だけを想い続けてきたからなのか、実のところ優子は彼の裏の顔についてはあまり気にしてはいなかった。と、言うよりも。裏の世界に片足を踏み入れてしまっているこの状況に身を置いていても、それでもまだ現実離れしすぎていて自分が今そういう状況だと実感しきれてはいないのだろう。つい先程の俊二の激昂についても、目隠しをされていたので視覚的な効果は皆無だった為、優子にしてみれば→何だか凄い事になってるみたいだけど俊くん大丈夫かな………。くらいの、その最初から最後まで俊二の身を案じるという感覚のみであった。あの激昂した声だけでも大丈夫かどうかは敵さん達の側だと充分にそして存分に判る筈なのだけれど、それでも俊二が自分を助けに駆けつけてくれたという事実の方に意識が向いていた。だからなのだろう俊二が裏の世界の顔を見せるに至ったその事実さえ、自身の想いの達成の為のカードにしようとした。


「ユウコさん………」

 こういう一面があるところが所謂ところの女性の強さであり情の深さなのかもしれないし、恋は盲目という昔から言われている心理を表すに最たる事なのかもしれないし、優子自身の個性的な感性なのかもしれないのだけれど、俊二にとってはまさかのまさかで大逆転、地獄に落ちるつもりが許されていて天国行き、感極まるのも当たり前なくらいの気持ちに身も心も包まれるに至る。


「なんちゃって………ゴメンなさい」

 が、しかし。固まったままでいる俊二を眼前に見た優子は、それは感極まって幸せを噛み締めている最中によりフリーズしているようにも見える状態だとは気づけなかった。なので、おもいきって告げてみたものの失敗だったようだと焦燥し、そして落胆しながらそう言った。


「ユウコさぁーん!」

 が、再びしかし。ここで俊二が漸く気持ちを爆発させ、ぎゅっ。と、優子を抱き締める。


「あうっ! え、えっ、あああの、えっと、えっ、と………シュンくん?」

 途端に、今度は優子が硬直する。


「でも。それ、責任とる事にならないけど」

 優子の耳元で、俊二が言う。


「………えっ?」

 俊二の意図が判らず、優子が逡巡する。


「だってオレ、幸せになっちゃうもん」

 俊二が告げる。


「シュン、くん………」

 俊二が発した言葉の意味を理解した途端、優子は全身至る所全てが幸せに震えるのを感じた。


「ユウコさん、ホントにイイの? またこんな事になるかもだよ? オレのせいで」

 しかし。優子の想う気持ちが本気である俊二は、だからこそ。その心配の種を正直に訊く。


「その時はまた、今日みたいに守ってくれるんでしょ? シュンくんはその時も、正義のヒーローしてくれるでしょ?」

 すると、顔を上げて俊二を見つめながら。優子はそう返して、にっこり。と、微笑みを浮かべる。もうこんな事にはならないように守ってくれるんでしょという言い方をしないのは、決して俊二を信頼しきれていないからではなく、信じているからこそなのは勿論の事である。


「勿論、必ず守ってみせます」

 俊二は心の底からそう即答した。


 の、だけれど。


「でも………それだと、また怖い思いをさせてしまう事になるよ?」

 もう二度とこんな事にはさせないと強くそして深く自戒してはいるのだけれど、また今日みたいな事になってしまわないかという不安や危惧を拭いきれない。


「じゃあ、じゃあ、アタシを守ってくれる事。それが責任。それならイイでしょ?」

 もうここは押しの一手で望む幸せを掴み取るしかないと思っている優子は、俊二が心を曇らせるそれらを全力で潰していく。

「もう、離れるのはイヤ………離れたくない!」

 そして、想いを爆発させる。


「ずっと、オレの傍に居てください」

 それで漸く、俊二も想いを言葉にする。


「ずっと前から、シュンくんのモノですけど?」

 すると。漸く俊二からのプロポーズを掴み得た幸福感と安堵感を胸に抱き、優子は微笑みを浮かべながらイタズラっぽく返す。

「ホントに………アタシでイイの?」

 しかし、やはり芽生えてくる不安も覗かせてしまう。そう言いながらも、そう訊きながらも、そう告げながらも、やっぱりイヤだなんて言わないでねという思いがその表情を如実に変えてしまう。


「ユウコさんの傍に居させてください」

 それを察した俊二は、言い方を変えてもう一度その想いを言葉にする。そして優子を見つめ、見つめ続け、見つめ続けたまま、優子の返答を待つ。


「離れてなんか………あげないんだからね」

 俊二の再びのその言葉によって幸福感と安堵感が不安を駆逐するに至った優子は、努めて可愛く、意識して甘えるようにそう答えた。


「「………」」

 暫し見つめ合うまま、そしてどちらからともなく吸い寄せられるようして、二人の距離が徐々に徐々に一つに重な………る少し前で、ぴたり。


「………」

 俊二の視点で言えば、自身の唇を這わせる為に優子の唇の位置を何気なく確認し、徐に目を閉じながらその距離を詰めていくだろうそのあたり。


「………」

 優子の視点で言えば、少しずつ少しずつ距離を詰めてくる俊二の唇に視線を移し、意識して顔を上げて最短距離に自身の唇をセットしつつ、ゆっくりと目を閉じるだろうあたり。


「じゃあ、時間は沢山あるね」

 このままキスしちゃおっかなぁー。と、実のところ強く思っていたのだけれど。その勇気なく、俊二はそう言って会話を続けた。


「えっ、時間?」

 このままキスとかしてくれるのかなぁー。と、実のところかなり期待していたのだけれど。俊二からの謎かけのような言葉によって、訊きながら優子は俊二の瞳に視線を移し直す。


「うん。だからその間に考えといてよ。だって、それだけだと責任とる事にならないから。男は惚れた女性を守る為に産まれてきたんだし」

 キスするに至れない意気地なしな自分に心の内では落胆しつつも、俊二は自身が告げたその意味を補足するように示した。


「じゃあ、じゃあ、覚悟しといてね?」

 キスに至らなかった事を残念に思いつつも、自分だけがそれを望んでいたと感じて恥ずかしくもなっていた優子は、それを隠すように意識して可愛くそう返した。


「うん。じゃあ、帰ろっか」

 お互いに別々に生きる中で成長していったのは事実なのだけれど、それぞれ年齢を重ねていってもうあの頃の二人ではないのだけれど、離れていた分だけ、そして離れていても忘れるつもりのなかった分だけ、今の二人は意識せず故に自覚なくあの頃の自分達に戻っているのだろう。更に言えば、その頃の二人に戻ってしまうのだろう。


「うん、我が家に帰ろう!」

 今後どんどん深まっていこうと、例えその中で諍いが起きようと、きっと二人は手に手を取り合って共に育んでいくのだろう。


「我が姫の、仰せのままに!」

「じゃあ、手を繋いで帰ろ?」

 仲睦まじい二人、

 それはずっと変わらないままで。



 ………、


 ………、


 


 その頃、

 少しだけ離れた場所では。


「………」

 最前列の特等席で二人の成り行きを見守りつつ、そしてこのまま見ていても良いのか迷いもしつつ、けれど一向に捗らない事にやきもきしながら。どうせ私の事なんて、とっくの昔に跡形もなく一切合切すっかりしっかりぽっかり上から下まで完璧に完全に当たり前のように無慈悲に無遠慮に無様にさしてあからさまに忘れ去られてしまっているんだろうなぁ………ぐすん。と、小春が思っていた。


 その溜め息とは裏腹に、

 微笑みを浮かべながら。



 ………、


 ………、


 ………、




             第5幕 終わり

             終 幕へと続く

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