第6話:泣き虫聖女様
天宮は樹の顔を見た。
「父さんが当時泣き虫だった俺にこう言ったよ。「どんな時でも心だけは強く持て」ってな。今のお前は昔の俺にそっくりだ」
「昔の桐生さんに、ですか……?」
「ああ。皆に嫌われないように、避けられないようにと偽物の笑顔を取り繕ってる所がだよ」
「ッ…………!」
気づいたのだろう。
天宮真白の微笑みは──偽物なのだ。
誰彼構わず優しく接しているのも偽物なのか、あるいは両親から受け継いだ性格なのかは定かではない。
「自分を騙すなよ、偽るなよ。天宮真白。お前の両親は何か言わなかったのか?」
「何かって……。あっ……!」
何か思い出したのだろう。天宮はゆっくりと口を開いた。その表情は少し泣きそうであった。
「……自分の好きな事をしなさい。自由に生きなさい。人には優しく、そう言ってました」
「そうか。なら天宮真白。お前に聞く。今、何がしたいんだ?」
「……分からない、です」
「そうか。それが見つかれば何か変わるかもしれないな」
「え? それって──」
「さて、もう遅いから早く帰れ。これは今後の課題だな。天国にいる両親に、笑顔で何がしたいか言えるといいな」
天宮の言葉を遮るようにそう言って、樹は天宮に笑みを浮かべた。
そしてそのまま立ち上がった樹は、ベンチに座る天宮を見ると──涙を流していた。
「はぁ……泣くなよ」
「……え?」
気づいないのだろう。天宮は自身の指で目元を拭いやっと気づいた。
「なん、で……」
「泣く時は泣いた方がいい。溜め込むのも体に良くないからな。今なら誰も聞いてないし見てない」
「泣いてなんか……それに、桐生さんがいるじゃないですか……」
徐々に溢れ出す涙。
「泣きながら家に帰るのか? 誰かご近所さんに見られるかもな」
「それは困り、ます……あの……」
「ん?」
「誰にも言いませんか……?」
「俺を誰だと思ってる。爺ちゃんと両親に誓ってやる。誰にも言わないし、そもそも俺は何も見てないし聞いてもない」
「ありがとう、ございます……」
小さくそう言ったのが聞こえた。
「あの、少し、いいですか?」
「言ったろ。俺は何も見てないし聞いてもいないって」
「そう、でしたね……」
天宮は樹の服を両手で握りしめながら、顔を樹の胸へと埋めた。そして──天宮のすすり泣く声が、夜の公園に溶けて消えるのだった。
それから数十分後。
「……使え」
樹は天宮にハンカチを差し出した。
天宮の目元は赤く腫れ、頬には泣いて流れた涙の痕が残っていた。
ちょっぴり頬を上気させた天宮が樹を見上げる。
上目遣いとなったそんな天宮が、樹の目にはいつも以上に魅力的に映った。
(うぐっ、それは反則だろ……)
そう思うも言葉には出せない。
言ってしまったら、天宮に距離を置かれてしまうからだ。樹は童貞紳士なのだ。
「天宮使わないのか?」
「……使わせて頂きます」
天宮は受け取ったハンカチで目元を拭う。
涙を拭き終わった天宮は、手元のハンカチを見て口を開いた。
「また、ハンカチを借りちゃいましたね」
そう言って樹に微笑む天宮。
公園の外灯が天宮を照らしており、樹の目に映る彼女、天宮真白は──正しく『聖女』であった。
ほんのり上気させた頬とその微笑みは、天宮をさらに魅力的に惹きたてていた。
そんな天宮を見て、樹の心臓の鼓動が僅かにだが早まる。天宮に答えないといけない。黙っていたら怪しまれる。そう思い至った樹は口を開く。
「そ、そうだな」
(お、俺が動揺しているだと……!?)
どうやら動揺が隠しきれずに、言葉に出てしまったようだ。
「その説はありがとうございました」
「気にするな。それともう遅い時間だ。公園を出るぞ」
「はい」
ベンチに座る天宮に、樹は手を差し伸べる。
意味を理解したのだろう。そっとその差し出された手を取って天宮は立ち上がった。
「ありがとうございます。桐生さんは優しいですね」
「……爺ちゃんの受け売りだって言ったろ」
「ふふっ、そうでしたね」
それからは何事もなく天宮のマンション前に着いた。
「思ったより家から近かったな」
「私も予想外でしたから。桐生さんの家がこんなに近かったとは」
「だな。そんじゃ帰るよ」
「あの、桐生さん……」
帰ろうとした樹を天宮は呼び止めた。
振り返り天宮を見ると──頭を下げていた。
「……どうした?」
「本日はありがとうございました。桐生さんのお陰で少しは心が軽くなった気がします」
「なら良かった」
「はい。また学校で」
「学校では話さないと思うけどな」
「かもですね」
そんな俺の言葉にお互いが笑う。
「それじゃおやすみ。泣き虫の聖女様」
「な、泣き虫ではありませんから! それに聖女でもないです! もぅ……それではおやすみなさい」
天宮を見送って家に帰ると、遅かった樹に三人揃ってニヤニヤしながら問い詰められるのだった。
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