第5話:暗い夜道での涙

 そして現在、二人で夜道を歩いていた。


「すまんなこんな騒がしい家族で。天宮には迷惑をかけた」

「……いえ、楽しかったですしそれに――羨ましいです……」

「……そうか」


 最後にぽつり小さく零した言葉につい天宮を見てしまった。

 だが、その表情は悲しそうで少し羨ましそうな、そんな複雑な表情をしていた。

 やはり天宮の家族に何かあったのだろうが、なにか言われない限り関わるつもりはない。


「困っている人、助けや救いを求めている人、泣いている人がいたのなら、その手を差し伸べてやりなさい」


 そんな複雑な表情をした天宮についそんなことを言ってしまった。何故言ったのだろうと思うも樹は考えるのやめた。考えるだけ無駄なのだ。答えはいつか、いずれわかる時が来るのだろう。

 天宮がこちらを見ていた。


「……爺ちゃんからの受け売りだ」

「そうでしたか。良いお爺さんですね」

「もちろんだ」


 樹、いや、樹の家族にとって、祖父は誇れる存在なのだ。

 それから無言が続いたのだが……


「……桐生さん。少し話を聞いてもらっても?」


 天宮が小さい声だがそう呟いた。


「ああ。誰にも言わないから安心してくれ。そもそも言い振らす友達なんていないけどな」


 自嘲気味に笑う樹に、天宮はふふっと笑った。


「ありがとうございます」


 そうお礼を言って天宮はポツポツと語り始めた。


「私の家庭環境──というよりは家族関係が少し複雑でして……」

「複雑?」


 つい聞き返してしまった。

 樹の家族の場合は、ご近所でも有名な程仲が良い。

 中学二年の妹がいるが兄妹関係も問題ない。むしろ仲が良いほうではある。


「はい。私は──養子なのです」

「天宮が……養子?」


 驚いた。


「はい。それは私がまだ七歳の頃。両親が乗用車とトラックの交通事故でガードレールを超えて崖から転落し、私の目の前で亡くなりました。その時一緒に乗っていた私は奇跡的に一面を取り留めました」


 まさか、事故で両親を失っていたとは思いもしなかった。天宮の表情を見ると、両親の事を懐かしんでいるようだった。そんな雨宮は続ける。


「祖父もすでに他界しており、私を引き取ってくれる人が全くいなかったのです。そこに、遠い親戚が引き取る事になり、それが今の両親です」

「……そうか。だが、何故泣いていたんだ?」


 両親の事を思い出して泣いたとかなら分かる。

 だが、昨日今日と見た表情はとても複雑であった。


「……引き取られた今の親なんですが、その前に天宮グループって聞いた事ありませんか?」


 こちらを向いてそう尋ねる雨宮に答える。


「当たり前だ。世界を股に掛ける大手企業だろ? ──待て。って事は引き取った親ってのが……」

「はい。その通りです」


(なるほど。天宮は社長令嬢なのか……)


 天宮が品行方正、成績優秀な理由が分かった気がした。恐らく必要だから強要されられたのだろう。

 天宮は続ける。


「私の家は近くと言いましたが──マンションで一人暮らしなんです」

「……アレか」


 この当たりでマンションといえば樹の目線の先、あの三十階建てのしか見当たらない。


「そうです」


 マンションまであと少しの距離になり、近くに公園が見えた。


「あの、少し寄っていきませんか?」

「そう、だな」


 少し長そうな話だったためそうする事にした。

 移動して近くのベンチに座る。

 ベンチに座った天宮は、その白い小さな手を、一生懸命はぁー、はぁーと息を当てて温めていた。

 秋の夜は寒い。


「少し待ってろ」

「あのどこに……」


 小走りで近くの自販機へと向かった。

 少しして戻ってきた樹の手には二つの缶が。

 ちなみに両方ともココアである。


「ほら。寒いんだろ? やるよ」

「え? でも……」

「人の親切心を無駄にするのか? なら俺が飲むけど」

「いえ、そんなつもりでは……」

「なら受け取れ。今日は寒いからな」

「では頂きます。ありがとうございます」


 礼を言って缶受け取ると、両手で握りしめ手を温めてから飲み始めた。


「体が温まります……」


 そんな天宮を見て、樹もココアを一口飲んだ。


「では続きを」

「ああ。別に最後までじゃなくてもいいんだ。無理はするな」

「はい。でも話させて下さい」


 天宮の目は真剣であった。

 断るつもりはないので静かに頷いた。


「ありがとうございます。では……」


 それから天宮は全てを語った。

 引き取られは良いものの、その親にはもうすぐ次期社長になる息子と、今年中学三年生になる娘がいた。よって天宮は養子のため愛されなかった。必要な物は与えるだけ与え、礼儀作法も無理やり教えこまれたようだ。

 そして、高校生になるのと同時に一人暮らしをする事を話すとすんなり了承された。


「そうか。それは辛いな……」


 例え樹だろうと、そんな家庭環境に耐えることは出来なかっただろう。天宮は頑張っていたようだ。


「義兄と義妹も当たりは強かったです。義兄は結婚してもうすぐ社長になるようです。二人とも私の事は昔から、何をしようがどうでもよかったみたいです。小学校でもお金持ちどからとイジメられてきました。ですが唯一私の救いだったのは、両親との思い出と、注いでくれた愛情だけでした」


 本当に辛い生活をしていたようだ。


「……これが私の全てです」


 話し終えた天宮。

 天宮に、大丈夫だよ、という無駄な励ましは返って逆効果だろう。

 自然と口が開いた。

 

「そうか。それで?」


 ただ端的に簡潔に返した。


「……え?」

「俺から励ましの言葉が返ってくると思ったのか?」

「それは……」


 言葉に詰まる天宮に樹は続ける。


「俺は中学に上がるまでイジメられてきたさ」

「桐生さんがイジメに?」

「ああ。他の家より多少裕福だからってな。天宮と同じ理由だよ」

「私と同じ……」

「ああ。でも俺は天宮とは違う」

「……違う?」


 そう、天宮とは違うのだ。それは──


「心の強さがだよ」

「心の、強さ……?」


 ──心の強さだ。




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