第8話 まさかの追い出されるイベント発生?

 廃屋で女の子を発見してから、数刻でも経った時おれはロサに呼ばれた。

「ベン、村長が呼んでる」


  おれは出したばかりのひのきのぼうを消してから「村長が?」と返す。

 それから「ついてこい」と言うロサの後を追う。


 すると、ゲルデが「私も行く」と言ってきた。

「お前は来なくていい」

 ロサの言葉をガン無視するゲルデを見て、諦めたようにため息をつくロサ。

しかし村長か。おれに何の用だろう。ってあれか、朝見つけた女の子の話か。


 なんて考えたところで朝のことを思い出す、ヴェストが言っていたことだ。「追い出される」と言う言葉だ。もしかして、まじでおれを追い出すって話が出てたのか?


 思い返してみるとここ最近妙にロサとゲルデがよそよそしかったんだよな。 え、おれ追い出されんの?


 集会所へと向かうロサの背中を追いつつ、おれはお腹が痛くなってきた。

 ここ追い出されちゃったら、おれどこに行ったらいいんだろうか......。ていうか、あとで捨てるなら最初から飼うなよな。



 集会所に入ると、村の衆が何人か揃っていた。おれがまだ転生してホヤホヤで、この村に拾ってもらった時以来だな、ここは。あの日よりも物々しい雰囲気だ。帰りてぇ。


 ここには、ヴェストと何やら可愛い女の子。見覚えが無いけど誰だあの子は。背中から真白い羽が生えている。あ、さっきの子か。体と髪を洗ってもらったのか。あんなに綺麗になってなぁ......。良かった良かった。

 

 ヴェストは座るおれを睨んできた。しょ、しょうがないじゃん......。思いつつおれは目を逸らした。怖いんだけどあの子。


「急にすまんなベン。ちょっと確かめたいことがあってな」

「何ですか?」

 村長はどこか言いづらそうだ。やっぱり出てけってか。

「......お前の背中を見せて欲しい」

 ほら出てけって......え、あれ? 今、背中を見せろって言った? 何で? 周囲を伺うと村の衆がおれを怖い目で見ていた。何だこの羞恥プレイ。どうして背中を見せなきゃいけないんだろう。しかし、ここで拒否していたらまじで追い出されるかもしれない。背中くらい見せてやるか。


 おれは村長の方へ背中を見せてから、服を捲りあげた。

「ルピア、これか?」

 ”ルピア”というのはさっきの女の子の名前だろうか。おれの背中を見せて「これか」とはどういうことだろうか。男の背中に並並ならぬ興味があるとか? 無いか。


 背中を見せつつおれは後ろを見ると、ルピアが少し顔を近づけておれの背中を見ていた。少し見たあとで、何度か頷いて「これ」とだけ言った。


「村長」

 キツネっぽい顔の獣族が苛立ったような声を上げた。ため息をつく村長。

「迷ってる暇は無い! みんなだってそう思うだろ。なぁオドベノス!」

 話しかけられたオークのオドベノスは苦い顔をしてから「......確かにな」


 空気が悪い。おれの背中を見せてから、明らかにピリついた空気が漂っている。一体何のことだかサッパリわからない。何の会話をしているんだろうか。ていうかおれの背中に何があるんだよ。え、もしかしてめちゃくちゃきったないとか?


「待って。ベンは生まれてすぐに川に流されてるんだよ? レイチェルカンパニーと関わりなんてあるわけないでしょ?」

 ゲルデが怖い声をオドベノスに向かって投げた。

「例えそうだとしても、レイチェルの刺青が入ってるんだぞ。関わりがあることは間違いないだろう」


 わからない単語が飛んできた。レイチェル? なぁにそれ? 

 白熱して、徐々にヒートアップする議論。ゲルデとオドベノスが怒鳴り声を上げ始めた時。


「黙れ」

 村長は怒鳴るでもなく。怖い声を上げるでもなく。落ち着いた声でそう言った。それだけで村の衆はゲルデ含めて全員が黙った。


「訳がわからんか、ベンよ」

「......はい。サッパリです」

「そうじゃよなぁ。ウルペス、オドベノス。気持ちはわかるが、先に説明だけでもしていいか?」

 村長がそう聞くと、ウルペスと呼ばれたキツネとオドベノスはゆっくりと頷いた。


「お前の背中には、刺青が彫ってあるんだ」

 そう言って村長は空中に指を動かし、ナメクジに刻み海苔を4本載せたみたいな絵を描いた。

「ざっとこんな感じだ」

「全然違いますよ」

 オドベノスがツッコミを入れた。

「やかましいな。さっきから文句ばっか言いおって、じゃあお前が描いてみろ」

「わかりました」


 オドベノスは村長と同じように空中に絵を描き始めた。村長と色が違うな。よくわからんけど、これやりたい。

 

 オドベノスの描いた絵は村長のよりもずっとハッキリとしていた。魔法の杖の上に、獣が爪で引っ掻いたような痕が3本入っている。

「これと同じものが描かれている。お前の背中にはな」

 オドベノスがおれの背中を指差しながらそう言う。見た目の割に器用だな。しかし、そんな模様が描かれてるなんて知らなかったな。ていうか、どうして教えてくれなかったんだろうか、この二人。

 と、苦い顔をしているロサとゲルデを見る。


 ロサは苦笑いを浮かべ、ゲルデはゆっくりと目を逸らした。こっちみろ。ていうか黙る理由があるような代物なの? これ。


「これなんなんですか?」

「それはレイチェルカンパニーの刺青じゃ」

「れい......?」

「アホな目的のために、手段を選ばんような奴らの集まりじゃ」

「アホな目的って、おれはそんなのとは無関係ですよ」

 言いつつ背中をしまう。

「それはわかる」

「じゃあどうして......」

 無関係だったら怖がる理由がないじゃないか。ただのひのきのぼう出すだけの可愛いガキやぞ。


「その刺青のある者は10歳を迎える前にレイチェルの手先になるからじゃ」

 レイチェルの手先になる? 勧誘されるってこと? そんな危ないところなら入りたくないんだけど......。

「そんな危ない奴らと関わろうなんて思いませんよ」

「本人の意思は関係ない。刺青には特殊な術が施してあってな、被術者を本人の意思のない、レイチェルに服従するだけの人形に変えてしまうんじゃ」


 まじかよ......。おれの意思がなるなる? しかも10歳を迎える前にそんなんどうすりゃいんだよ。あ、皮膚ごとごりっといけば消せんじゃない?


「この刺青って消せないんですか?」

「出来る奴はおる......はずじゃ。ゲルデとカニスは心当たりは無いか?」

「俺は知らない」

「......私も知らないけど、探せばきっといるはず」

「いるとしても、見つかる前にその子がレイチェルの傀儡に変わったら意味無いんだぞ!」

「ウルペスよせ」

「レイチェルの刺青持ちを放置した結果がこの子だ! 村長わかってるのか!?」

 ウルペスがルピアを指差しながら怒鳴る。


「なぁウルペス」と制止しようとするロサに「黙っていろロサ!」と怒号を上げ、おれに向き直るウルペス。

「ベン、よく聞くんだ。この子がこの村にいたのはな、レイチェルカンパニーのクソどもに村人を殺され、住む家を焼かれたからだ!」

 そうだったのか......。でもおれはそいつらと関係ない......ってことはないのか。どうしたらいいんだろうおれ。出て行った方がいいのか? 出て行ってどこへ行けばいいんだよ。


「だったら殺せって言うの?」

 ゲルデの声が震えている。

「......殺せとは言ってない。でも村には置いておけない」

 ウルペスが居心地悪そうにゲルデから目を逸らす。

「そのあとどうするの? 放っておけって? そんなの殺すのと一緒でしょ?」

「......村を守るためだ。俺だって出来ることなら殺すなんて嫌だ」


 それから沈黙がしばらく続く。ゲルデが鼻をすすった音が聞こえる。

 ああ、懐かしい感覚だ。学生時代の修学旅行、班決めの時だ。ぼっちだったおれも、テキトーな班に無理やり入れられた。周りは完全におれを厄介者扱い。あの時は、なるべく空気になることを心掛けていた。

 今回だってそうだ。でしゃばらず、静かにして、従順にしていれば、空気としてくらいだったら扱ってくれるはずだ。


 そうと決まれば、まずは交渉だな。首輪を繋いでくれていいから、とにかくここに生かしてもらおう。

 

 おれが言葉を発そうとした直前、唐突に沈黙が破られた。村長がデカめの屁をこいたのだ。

「お、特上」

 爆音におれは肩をビビらせた。なんちゅう屁だよ。それからして村長の隣に座るウルペスとオドベノスほか何人かが悶絶し始めた。

「屁ごときでだらしない。この分だと、レイチェルが来る以前の問題じゃぞ」

「全く」と言ってから、急に村長が咳き込み始めた。「なにこれやっばぁしぬ」と喉を抑えている。

 なんだこのスメルパニック。


「ベンよ」

 苦しそうに呻きながら村長がおれを呼んだ。

「なんですか」

「お前のことは保留だ、結論は明日出す。ちと待ってくれ」

「わかりました」

 あまり期待せずに待っておこう。

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