第7話 廃屋の少年
目が覚めた。
こんなに爽快な目覚めはこちらの世界に来てからでも久しぶりのことだ。
身体を起こす。立ち上がってから、ひとつ深呼吸。ひのきのぼうを出して、何度か降ってみて、パッと消した。
今日は絶好調な日だ。どうしてだろう? 明確な仕事があるからだろうか。
部屋からそっと出る。少し肌寒い。まだ、ロサもゲルデも寝ている頃だ。きっと村のみんなも。と思ったら大部屋の真ん中で金髪の化け物がうつ伏せになって倒れていた。
うわ死んでる? と思い、金髪の化け物の顔に耳を近づけると、規則的な寝息が聞こえてきた。こんな態勢でよくここまでぐっすり眠れるな。
冷たい風が部屋を吹き抜けていきゲルデは身を縮めた。あ、違う。金髪の化け物だ。......ってもういいや。
おれは寝室から布団を引っ張ってきて、ゲルデにかけた。それでもやっぱり起きない。ゲルデはとにかく朝に弱い。今ならイタズラしても起きないだろうな。しないけど。
水を一杯飲んでから、抜き足差し足で家を出た。昨日ゲルデに教わったカニスの家まで歩く。
思えば、村の中を歩くときは必ずロサかゲルデと一緒で手を繋いでいた。今みたいに一人で出歩くことはなかった。なんとなく一人でいる時に村人に会うのが怖かったからだ。おれのことを避けている人もいるみたいだし。
あ、あれはそう言うことかと思い付く。この村は高所に居住空間を作っている。おれが落ちないようにロサかゲルデが手を繋いで外に連れてってくれていた。だから今日もゲルデが付いてくるつもりでいたのだろう。そして早起きしておれを待っていたら、寝てしまったと。可愛い人だ。
なんて考えてる間にあっという間にカニスの家に着いた。おれは物陰に身を隠し、ヴェストくんとやらを待った。
風が吹く。止まっていると肌寒くなってしまう。来ないな、誰も。もしかしてもう行ってしまったのだろうか? もう諦めて帰ろうかなと思った頃、カニスの家から少年が出てきた。
目に見えて、これから悪いことをするぜ、という雰囲気を纏っている。おれが警察だったら秒で職質かけるね。少年にも満たないような年齢の彼は、周囲を伺ってから歩き出した。
カニスにそっくりで猫耳を付けた彼、短く切った綺麗な黒髪が風に揺れている。ヴェストくんか。の跡を追う。耳が良さそうだし、慎重に行かなきゃだ。
ヴェストくんは村の中で今は使っていない廃屋の前で立ち止まると、また周囲を注意深く伺ってから。廃屋の扉を開けた。ギィという音がここまで聞こえてきた。
あの中何があるんだろう......。ちょっとワクワクしてきた。
廃屋に近づいてみる。どうやら使ってないみたいだけど、ここで一体ヴェストくんは何をしてるんだろう。
それにしてもどうやって調べよう。中を覗かなきゃいけないのか。どうも抵抗がある。野郎が部屋に閉じこもっているところを覗くなんて、誰も幸せにならないぞ。
まぁ相手は子どもだ。そっちの心配をする必要はないか。
どこか扉以外で入れる所は無いかなと廃屋の周りをグルリとまわってみると、ちょうど入ってくれと言わんばかりに、窓の外れた場所があった。お、丁度いいじゃん。と、ジャンプしたがまるで届いてない。こりゃ無理だな。
仕方ないから普通に正面の扉から入ることにした。
音が鳴らないようにそーっと扉を開けていく。よし上手く入れたぞと思ったが中にいたヴェストくんとバッチリ目があった。嘘だろ、全然音鳴ってなかったじゃん。こいつ耳が良いな。
ヴェストくんはおれを見ると視界に捉えると、瞳孔を細くしておれを睨んだ。
「なにお前」
おっかない。
早く逃げようかと思った時、ヴェストの正面にいる”何か”がビクッと身体を震わせた。なんだろう。
ジッと見てみると汚れた獣のようなものが怯えた目でおれを見ていた。ヴェストはそれにパンのようなものを与えている最中だった。
なるほど。ヴェストは毎朝こっそりここに来て、この何かに食事を与えていたのか。
「それはなに?」
そう問うとその獣はヴェストの背に隠れた。汚れた羽が見える。鳥の獣か?
「なんでもない。お前こそなんだよ」
「おれはベンジェン、カニスさんに言われて君がここで何をしてるのか調べに来たんだ」
「カニスって誰」
「君のお父さんの名前だよ」
「パパ? ......あのくそジジイ!」
口悪いな。っていうか毛が逆立ってるし、警戒しっぱなしだな。あの爪で引っ掻かれたら、下手すりゃ一生残る傷が付けられる。ここは落ち着いてもらいたい。
猫か......お腹でも見せるか。
おれは裾を捲り上げてお腹を見せた。ワタシキケンジャナイ。
「何してんだよ......」
ヴェストの表情が可哀想なものを見る目に変わる。捌かれる前の魚を見るような。そのお陰で警戒が解けたのか、瞳孔が元に戻った。良かった。
「その子はなに?」
お腹を見せたまま尋ねる。
「こないだ見つけたんだよ。物音がするから中を見てみたら、こいつがいて。お腹空いてるみたいだったから」
”何か”を見るとそいつはパンを齧っている最中だった。
「近づいても良い?」
「......良いけど、脅かすなよ」
「わかってる」
おれはその”何か”に恐る恐る近づいた。
"何か"は怯えるようにヴェストの背後で身を縮めている。近づくと何かが焦げているような臭いがした。見ると”何か”が衣服を纏っていて、その端が焦げ付いていたのだ。
パッと見はわからなかったが、”何か”は人だった。正確に言うと羽を持つ獣族だ。髪の毛は汚れ、ボッサボサだ。それにボロボロの衣服から覗く手足は酷く痩せこけていた。こんな状態で何日もここにいたのだろうか。
「どうしてこの子のこと黙ってたの?」
「......言ったら追い出されるかもしれないだろ、お前みたいに」
「......おれは追い出されてないよ。今のところ」
「きっとすぐに追い出される。みんなにバレたらきっとこいつだって」
そんなことは無いと思う。なにせこのおれが受け入れられてるんだからな。この子だってきっと......。というところでおれはあることに気付く。おれはジッと獣族の子どもの顔を見た。
やっぱりそうなんじゃないか? おれはズカズカと獣族の子に近寄る。途中のヴェストの制止を振り切り、その子の目の前に座る。怯えた目でおれを見てくる。おれはその子の顔にかかった髪を退けて、まじまじとその顔を見た。
そこで、確信した。この子は女の子だ。
そうとわかればこうしちゃいられん。おれは立ち上がり、廃屋から出る。後ろで「誰にも言うなよ!」と言うヴェストの声が聞こえた。
「はいはい」とテキトーに返す。
それからおれはカニスの元へ大急ぎで向かった。
まだ寝ているであろう家の扉をコンコンと叩くと、すぐにカニスが出てきた。どうやら起きていたみたいだ。
「どうだった?」
「すぐに来てください」
おれはアッサリと女の子がいることをゲロった。
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