第5話 出会い ④
芹沢と一緒にショッピングモールに着くと、入口近くではすでに大きな人だかりが出来ていた。食材売り場の前だと言うのに、小動物用のケージを実演販売しているという光景は冷静に考えればおかしいのだが、磁石とは不思議なものだ。芹沢と俺は何か動きがあるまで近くで待機するよう決めてあったので、適当にふらつきながら談笑していた。
「あれ迷子じゃね?」
芹沢が顎をクイッとさせた方向にはオロオロとしている小学生くらいの少年がいた。でも今は作戦中だしなあ、と行くのを渋っていると、その少年に青年が駆け寄っていった。歳は同じくらいだろうか、大量のぬいぐるみが入った紙袋を床に置き、しゃがみこんで少年に話しかけている。今にも泣きそうな様子だった少年に、紙袋の中から小さな猫のぬいぐるみを手渡すと、頭を撫でてそのまま立ち去って行ってしまった。一緒に探してあげるわけじゃないのかよっ、俺は改めて少年の元へ向かおうとしたが、その必要はなかった。なんと、その直後に母親らしき人物が現れ、少年に抱きついたのだ。2回も出鼻をくじかれたので、少しモヤっとする気持ちもあったが、見つかって良かったとホッとした。しかし偶然とは思えない。あの青年はこうなると分かっていたのだろうか。あの大量のぬいぐるみも、ゲーセンで取ったにしては非現実的な量だった。磁石の存在を知ってから、些細なことにも磁石を結びつけてしまう。どう思う、と芹沢に話しかけると、芹沢は別の方を向いていた。
「かかったみたいだな」
そう言う芹沢と同じ方向をむくと、実演販売を終えた前田さんに熱心に何かを語りかけている女性がいた。少し近づくと、その顔に見覚えがあることを思いだした。
「このホクロがまあ、トレードマークっつうかー、目印っつうかー」
話の終わりに徳永さんはお姉さんの写真を見せてくれた。徳永さんの隣でピースをする女性、歳は40代くらいだろうか、その左頬の部分には2つのホクロが写っていた。
「まあ、見かけたら言ってくれや」
徳永さんのとの会話を思い出し、その事実を芹沢に伝えた。徳永さんはこの作戦には参加しないことになっていた。他にも色々調べてみたいらしい。なんでも、愛の天秤に限らず、この街はなんだか胡散臭いのだそうだ。
「でも今のところは大丈夫そうだな」
芹沢の発言に俺も頷く。助けが欲しくなったら頭を掻く仕草をするよ、と前田さんに伝えられていたため、その女性、もとい、徳永さんのお姉さんが立ち去るまでの5分ばかり、俺たちはその一部始終を遠くから見届けた。
「俺は行ってみようと思う」
作戦後の店内の文房具コーナー、前田さんは彼女の残していったメモを片手に呟いた。そこには手書きで、大まかな地図が書かれていた。駅から続く赤い線の先には赤い丸で何重にも囲まれた場所が書かれている。
「俺も行きますよ」
俺は勢いよく口にしたが、芹沢はあまり乗り気では無さそうだった。
「徳永さんに任せるべきなんじゃねえの、本職の人にさ」
芹沢の言い分はとてもよく分かる。相手は政界を視野に入れるような大きな団体だ、俺達のような素人が簡単に近づくべきでは無い。
「でも、俺たちは磁石だ、磁石のやってることは同じ磁石がどうにかしないと」
そう言うと芹沢は不機嫌そうな顔をした。
「磁石、磁石ってよ、ったく、勝手にやってろ」
そう言い残し、芹沢はさっさと帰ってしまった。前田さんは少し苦笑しながら俺の方を見る。何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。芹沢との出会いだって磁石じゃなきゃ説明がつかないじゃないかっ!、俺には磁石である責任がっ!、俯く俺の肩に前田さんが手を乗せる。励ましてくれているのだろう。芹沢相手に意固地になっても仕方がない。今はこの赤い丸の場所について考えなければ。前田さんと話し合って明日すぐに行くことにした。芹沢のいる学校に行きたくなかったし、善は急げだ。
翌日の朝、親にバレないように俺は制服で家を出て、ショッピングモールで学校に欠席の連絡をした。駅で前田さんと合流すると、手書きのメモを頼りに時間をかけて、ある場所にたどり着いた。
『ハムスターカフェ ラブリー』
時刻は昼前、外からは店の様子は確認できない。入口のドアにはOPENと描かれた板がぶら下がっている。駅から距離があり、立地はあまり良くないとはいえ、店の外観は綺麗で、手入れが行き届いている印象を受ける。
「じゃあ入ってみようか」
俺は前田さんの言葉に対して頷き、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声が左から聞こえる。目を向けると50代半ば程かと思われる男性がカウンター越しにこちらに微笑みかけていた。軽く会釈をして左を向くと、そこには靴を脱いでくつろげるスペースがあり、2、3人の男女がそれぞれ違うハムスターと戯れていた。
前田さんと一緒にカウンターに座ると、先程の男性がお茶を出してくれた。
「店主の芦屋(あしや)です。」
カラカラと氷の透き通った音を鳴らしながら、ガラスのコップを口につける前田さんが目の端に映る。
「いつからここでカフェをなさっているんですか?」
俺が聞くと、芦屋さんは穏やかな顔をした。
「そろそろ4年くらいになりますかね」
4年も前からやっているのか。愛の天秤がニュースや新聞で取り上げられるようになったのは、ここ1年である。今まではなりを潜めていたということなのだろうか。いや、まだこの店が愛の天秤の拠点と決まった訳では無いし…。
「この店は『愛の天秤』となにか関係があるんでしょうか」
俺が返答に悩んでいると、前田さんが核心に迫る質問をした。
「…まあ、そう硬い表情をしないで下さい、小動物に興味はおありですか」
答える前に一瞬顔が曇って見えたが、そう言って芦屋さんが取り出してきた生き物を見て、俺達は認識を改めざるを得なかった。なんと可愛いことか、なんと愛らしいことか。そのハムスターのつぶらな瞳には魔力さえ宿っているかのように感じた。
「どうです?、可愛いものでしょう」
芦屋さんの言葉に笑顔を見せながら、前田さんも食い入るようにそのハムスターを見つめている。どうやら、俺と同じ気持ちなようだ。
「「小動物の可愛さを他のみんなにも教えてあげなきゃ」」
俺たちはどうしてこんなにも愛の天秤に対して敵意にも近い感情を抱いていたのだろう。さっきまで持っていたはずの疑問、不信感が一気に晴れていく感覚がした。朝はあんなにも学校に行きたくなかったのに、今は小動物の事をみんなに知らせてあげたくて、学校に行くことを心待ちにしている自分がいる。
その後、俺と前田さんは1人1匹ずつハムスターを頂いて帰路に着いた。ケージはショッピングモールに在庫があるので大丈夫だと伝えた。前田さんも、ケージを安くしてくれるそうだ。俺は運がいい。ショッピングモールで別れた後の一人で帰る道も、ハムスターと一緒なら、少しも寂しくないや、そう思えた。
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