第4話 出会い ③

徳永(とくなが)とその男は名乗った。ラフな格好だが、相当走り続けてきたのか、身体中汗だくだった。職業はジャーナリストらしい、この辺りで何か事件でもあったのだろうか。


「実は、姉が変な宗教団体に入ったみたいでね、調べてるんだよ」徳永はため息をつく。「この辺りにその本拠地があるって分かってね、来てみたらすぐにコレだよ……」


顔に疲れが見える、どれだけ探したのだろうか。お気の毒に。まあ、見つかって良かったよ、徳永は大きな笑い声を上げる。警官が慌てて静かに、と注意した。時刻は10時を過ぎたところである。


「君、高校生だろう?届け物は感心だけど、こんな時間まで外を歩いているのはいけないな、今回は見逃すけど、次からは気をつけなよ」


帰るのはいつもこれくらいだが、今までは運良く警官さんに捕まらなかっただけか。もしかして、迷子と同じように、これを機にこれから毎晩会うことになるのだろうか。磁石の事を知ってから、出来事全てが磁石のせいに思えてくる。


「この街も何かと物騒だよねー、ここに来る途中に乗った電車でさ、色々あってさ」


徳永さんによると、小さい男の子を連れた夫婦が駆け込み気味に乗り込んできたらしいのだが、その後をナイフ片手に中年の男の人が追いかけてきたのだと。閉まりきったドアを叩きながら何かを怒鳴っていた所を、駅員達に取り押さえられたらしい。


「ここしかないってタイミングでしたよ、もう少し遅かったら大変な事になってたかも」


徳永さんは警官にも話しかける。なんじゃそりゃ、フィクションの世界の話じゃないのか。この街がそんなに物騒な街だったとは知らなかった。少なくとも、男子高校生が10時をまわった夜を1人で歩き回れる位には平和だったはずだ、いつからそうなったのだろうか。昨日からなのか。いくらなんでもタイムリー過ぎだ。


「徳永さんってジャーナリストなんですよね。調べてる団体ってもしかして愛の天秤ってやつですか。」


よく知ってるね、徳永さんはさっきまでの気の抜けた顔を引き締めてこちらを向いた。そこから徳永は、警官さんと俺に愛の天秤について語り始めた。


約束の日曜日。芹沢と前田さんは終始俺の話を驚きながら聞いていた。それもそのはず、徳永さんの話の内容は、俺たちの抱いていたイメージとは全く違うものだったのだ。


「あんまり詳しい事は分かってないんだけどね、どうやらお金に関することは何もやってないらしいんだよ」


え?、警官も口に出すほど驚いていた。政界に進出しようと目論む宗教団体が金銭関係に手を出していないわけが無い。お布施なり、年会金なり、お年玉なりあるはずだ。


「本当に何も無いんですか?」


だから困ってるんだよね、と徳永さんは肩を落とす。お姉さんの動向にも不審な点はなく、変わったことといえば小動物の世話をせっせとしているくらいだそうだ。余計に怪しい。小動物を隠れ蓑に使って悪事を働いているに違いない。宗教団体に対する偏見をフルに使いながら俺はあることを思いついた。


「小動物用のケージを販売してみるってのはどうですか?」


作戦はこうだ。前田さんにケージを実演販売してもらうことで客を集める、そうすれば小動物を飼っている、ないし興味をもっている人だけが集まってくる、そうすれば必然的に愛の天秤のメンバーと接触できる。


なるほどなるほど、と芹沢が大きく頷いている。横の前田さんも乗り気なようだ。


「特にイチオシって商品でもないから売ることは難しいけど、興味くらいは引けると思うよ、在庫も余ってるから、月曜日の夜に決行しよう」


分かりました、俺と芹沢はそれに同意し、カフェを出た。あの後別れた徳永さんにも作戦の事を電話で伝え、俺は家への帰り道を駆け足で進んだ。


「渡部さん、ちょっといい?」


月曜日の昼休み、自分の席でモジモジしていた所で芹沢に背中を押され、俺はマドンナに話しかけていた。


「私、磁石嫌いなの、申し訳ないけど関わりたくないのよ」


愛の天秤の話に渡部は否定的だった。渡部の持つ人気の磁石は、人の視線を釘付けにしてしまうそうで、見ている本人に自覚はなくても見続けてしまう。渡部は磁石のせいで必要以上に見られてしまう為、どこに行っても視線を感じてしまい、精神的に不安定と医者に診断されてしまうほど負担を感じているらしい。前田さんの持つ人気の磁石とは少し特徴が違うようだ。


「だからごめんね、頑張って」


そう言い残し、彼女は自分の席へ帰っていった。その後ろ姿さえ、俺の視線を釘付けにする。色んな事情があるんだなと窓際で考えていると、芹沢が寄ってきた。


「大丈夫、お前には俺がいる、フラれても落ち込むな」


俺は芹沢の腹にグーパンをお見舞し、自分の席へ戻った。崩れ落ちる芹沢を後目に、俺は放課後の作戦に対して決意を固めた。

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