第3話 出会い ②
俺が話をしている間、芹沢は終始笑っていた。特に、俺は不幸の磁石なんだ、と言ったあたりで。芹沢が笑っているのを見ると、思い詰めていた事がどうでも良く思えてきた。不思議な男だ。
「芹沢は磁石を持ってないんですか?」
当然の疑問だった。渡部が磁石を持っていると聞いた時、ああ、やっぱりそうなんだな、と思った。それと同時に、芹沢もそうなのではないか?、とも思った。磁石の話を聞いた時に考えた、超能力やヒーローを俺以上に体現している男だ。俺と芹沢が並んで、どちらが磁石を持っているか?、と聞いたなら、100人中99人が芹沢を選ぶだろう。1人ぐらいは俺を選んでくれるはずだ。実際、持ってるの俺だし。
「違うと思うわ、その芹沢って子、来てないもの」
拠り所の磁石は、影響を与えるのが磁石相手だけというのもあって、かなりの引力を誇るらしい。本当は怪我するはずのなかった人を、無理矢理怪我させて保健室に連れてくる位なのだから、納得である。つまり、芹沢が来ていないという事は、磁石を持っていない事と同義なのだと言う。磁石の存在よりも、芹沢がそうでない事の方が、俺にとっては信じ難い話だった。
まあ、どちらにせよ、芹沢は頼りになる男だ。磁石の人以外を巻き込むのには抵抗があるが、こいつはいいや、と思わせてくれる。あれ、それって都合のいい男なだけじゃん。もちろん、それも含めて、俺は芹沢を評価している。芹沢自身も、協力すると言ってくれたので、別にいいのだ。
そうと決まれば行動の早い男である。ショッピングモールに着くやいなや、前田と書かれているであろうネームプレートを着けた店員を手分けして探そうと提案してきた。ああ、やっぱり心強いなあ、こいつが味方でよかった、と思った。まあ、実際にはそんなことする必要は無かったのだが。
入口近くの食品売り場で、リンゴを簡単に切り分けられるグッズを実演販売している店員に俺はなぜか興味を引かれた。芹沢も俺に釣られてその方向を向く。
「あの人だよ、磁石の人」
直感がそう告げた。どうして今まで気づかなかったのだろう。どうして不思議に思わなかったのだろう。磁石が存在している、その事を考えれば、これまでの奇妙な事全てに説明がつく。芹沢との初対面、迷子の子供。急に実感が湧いてきて、頭のてっぺんから足先まで、ゾクゾクっと音を立てているのかと思うくらい、悪寒が走った。ふと気づけば、実演を終えて、片付けをしている店員さんに、芹沢がすでに話しかけている。それに気づいてもなお、俺は少しの間動けなかった。
前田利夫(まえだとしお)、人気の磁石、人の興味を引きつける。どうりで気になるわけだ。南方先生は、他の磁石の説明をしてくれなかったので、直接本人に聞いたりしないと詳しくは分からない。先生の目的は、本人に磁石の自覚を持たせることらしく、それ以外の事に興味は無いようで。協力的に見せ掛けた育児放棄である。ライオンは自分の子供を崖から落とすと言うが、俺は試練を与えられているのだろうか。いや、きっと俺を思いやってこその行動なのだ。やっぱり先生は優しいなあ。
興味を引きつけると言っても、自分自身にでは無く、紹介する商品が対象なのだと言う。なんとも微妙な磁石だ。だが、商品を売る立場の人間からすれば、喉から手が出る程欲しいもの。紹介してしまえば、なんでも売れるのだから!
「いや、最初の方は人こそ集まったけど、全然売れ行きは変わらなかったよ」
なんでも、ある日突然、人がどっと集まったそうだ。それまで毎日努力を重ねていた前田さんは、ようやく身を結んだんだ!、と喜んだらしい。だが結果はいつも通り。自身の力不足を商品売場の隅で呪っているところに、南方先生が買い物かごを片手に話しかけてきたのだと。
「それからは練習も捗ったよ、工夫をすればその善し悪しが、客の行動ですぐに分かるからね」
紆余曲折あり、今の盛況につながっているわけだ。だが、話を聞いている限り、明らかに1週間以上前の話であった。先生はいつからこの辺りに住んでいるのだろうか。それに、前田さんは磁石が発現してすぐに先生と知り合ったと言っているが、俺はどうしてすぐではなかったのだろう。
自分が不幸であると自覚し始めたのは小学校にいた頃だ。俺がトイレやら移動教室やらで廊下を歩く時、いつも先生がキョロキョロ周りを見渡しているのだ。そして決まって何か頼み事をしてくるのだ。なぜなんだ、どうしてなんだ、そうやって悩んだのを思い出す。今日こそは捕まるまいと1番に教室を出た時もあった。もちろん1番に移動先の教室に着いた。
「あ、ちょうど良かった、ちょっと手伝ってくれないかしら」
その日は書道の授業で、半紙ではなく色紙に文字を書いてみようというものだった。もちろん配った。なんということも無い頼み事だが、不幸への、運命への抵抗の意志を折るには十分な、両腕にずしりとくる重さだった。配り終わった後も、少しの間手がヒリヒリした。
色々と不可解な点は多いが、先生に聞いてもはぐらかされそうだし、これも不幸のせいなのだと思うことにした。口に出さず飲み込むには、痰のように嫌な苦さだ。うげぇ。そんなことより、今はとにかく協力を仰ぐことが大切なのだ。
「そうか……でも確かにそれはいけないな、金儲けの道具にするのは、うん」
前田さんは磁石に相当感謝しているらしく、協力したいと言ってくれた。前田さんも磁石で金儲けしてるじゃないですか、芹沢が冗談半分に前田さんを小突く。
「ははは、確かにそうかも」
2人はすっかり仲良くなって、曲の好みの話をし始めている。前田さんのやっている事と、あの団体のやっている事は違う。前田さんに例えれば、売り場に商品を出し、買ってくれと言うだけで、売上がポンポン伸びていくということだ。それを必要としていない人でさえ、無自覚に買ってしまう。そんなのはダメだ。磁石がした罪は磁石が拭わなければ。頼られ続けた人生、何かを自分からしようと本気で思ったのは初めてかもしれない。この気持ちは大切にしないとな。
「詳しくは今週の日曜日、お時間よろしいですか?」
大丈夫でしょ?、芹沢も距離を寄せる。
「わかったわかったよ、今週末は仕事は休みだし付き合うよ」
前田さんの振る手に応えながら、俺と芹沢はショッピングモールを後にした。
芹沢と別れた後の帰り道、すっかり暗くなって、普段は邪魔くさいだけの街灯がまるで、まるで、あれだよ、あれ、テレビの番組表みたいな、うん。足元もこんなに明るく照らしてくれて、ほら、落ちてる財布もこんなに見やすい!
交番につく頃には、空は黒に染まり、街灯はその輝きを増し、筋肉は活動を拒否していた。時刻は10時手前、こんな時間に制服で交番を訪ねて来た若者に、暇を持て余してか机に両足を乗せた警官は、俺に疑いの目を向けている。無理もないか。
事情を話すと、書類を出してきて、ここにそれを書け、そこにあれを書けと説明してくれた。落し物を届けたのは初めてだったが、警官の手際が良く、スムーズに事が進んで良かった。軽く会釈をして、振り返ると、帰り道の方向から、真っ直ぐこちらに走ってくる影が見える。これが見えるのも街灯のおかげ!認識を改めなければいけないなと切に思った。同時に、自分の磁石の引力も相当なものなのだと自覚した。
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