第2話 出会い ①

体育は好きだ。バスケなんて久しぶりだが、基本的にスポーツは好きなので嬉しい。


「長谷部、パス!」


芹沢が近い所で片手を上げている。ボールを芹沢に渡すと、芹沢は凄まじいスピードで相手ゴールへ向かっていった。


あいつは柳のような男だ。なんでもそつなくこなすし、人当たりもいい。ことスポーツに関しては目を見張るものがある。


最初に凄みを感じたのは、体育でサッカーをした時だった。言うなれば積乱雲だろうか、そこにあるだけで圧があるというか。敵として芹沢を相手するとそう感じる。パスを出そうとすると、必ずいつも嫌な場所にいる。それなのに、自分がボールを持った時には、味方に簡単なパスをするくらいで、自分では打たない。なのでこっちのチームは誰も芹沢がヤバいとは思わない。まったく、上手く立ち回る男だ。ずっと降り続く雨のようだ。面倒くさいことこの上ない。かく言う俺も舐めていた。しばらくして、度肝を抜かれる。


後半に入り、皆の足が止まってきた頃、芹沢がボールを持った。逆サイドだったので遠目から見ていたのだが、俺にはあいつが笑っているように見えた。実際に芹沢の顔が、くっきりと見えていた訳では無い。まるで、餌を目の前にして生殺しを食らっていた猛獣が己の欲を爆発させるかのような、そんな雰囲気だった、多分。あまりの衝撃だったので誇張しすぎているのだろうと思う。


一瞬だった。


ミドルシュートというのだろうか。放たれた足から一直線にゴールの右上隅に突き刺さったそのゴールは、まさに稲妻。これが、芹沢がただの雨雲ではなく積乱雲たる所以である。正直、めっちゃかっこよかった。


噂が広まるのは早く、芹沢目当てで教室を訪ねてくる女子は多かった。だが、全員芹沢の顔を見ると、話しかける前に去っていった。そこまでイケメンではないのだ。残念。神は二物を与えなかった。


その一件以来、芹沢はクラスの男子から絶大な人気を誇っている。ついでに俺もクラスの男子に覚えて貰えた。棚からぼたもち。相手のゴールに向かう芹沢の背中に、感謝の念を込めて手を合わせた。もちろん目もつぶっていた。だから味方からのパスに気づかなかった。


「突き指ね、でも軽いから大丈夫、すぐ治るわ」


保健室で女性の先生と二人きり。おまけに指を触られている。男子高校生にこれは毒である。健全な生活に支障をきたしてしまう。よく見てみれば、初めて見る先生だ。年は20代後半だろうか。女の人を見た目で判断するのは良くないことだとは思うが、前にいたおばちゃんの先生よりは若いし、色っぽい。


「先週からこの高校に来た南方(みなかた)です、よろしくね」


あ、長谷部です、釣られて自己紹介をすると、先生は微笑んで手早く処置をしてくれた。流石の手際である。保健室の何処に何があるのか、既に把握しているようだった。熱心な先生なのか、はたまた怪我した生徒が多かったのか。恐らく後者だろう。男子が最近怪我しがちなのは、きっと先生が原因だ。一段落つくと、先生は何か含みのある笑みを浮かべてこう言った。


「あなた、不幸ね」


「は?どういうことです?」俺は尋ねた。「確かに人より面倒事に巻き込まれることは多いですけど……」


「いいえ、あなたは不幸なのよ、不幸の磁石なの」先生は続ける。「この世には、磁石を持つ人が沢山いるの」


急だ。急すぎる。話が入ってこない。磁石?なんだそれ。ということはあれか?俺は超能力を持っているのか?ヒーローなのか?頭の中が予測変換の大嵐を巻き起こしていたが、ひとまず話を聞くことにした。


なんでも、磁石とは特定の何かを引き寄せるものであり、俺にもそれがあるのだと言う。俺の磁石は不幸。面倒事に巻き込まれやすい。驚いたが、同時に安堵した。俺の運が悪い訳じゃないのか、俺が悪いのではないのか、磁石が悪いのか!にわかに信じ難い話だが、都合がいいので鵜呑みにした。


南方先生も拠り所と言う磁石を持っているそうだ。簡単に言うと、磁石を引き寄せる磁石。磁石に会っては、この説明をしているという。損な役回りだな。さらに話を聞くと、俺の他にも磁石を持つ人は近くにいるらしい。同じクラスの渡部、ショッピングモールで店員をしている前田、そしてもう1人。


「『愛の天秤』って団体の中にもきっと磁石を持つ人がいるわ、恐らくは愛嬌の磁石」


愛嬌。可愛がられやすい。強力なものだそうで、言うことを聞かせられるレベルなのだと。愛嬌以外にそこまでの強さを持つ磁石がないので、異常な速さで勢力を伸ばしている「愛の天秤」にあるとすればそれなのでは無いかと考えているそうだ。


「それって、ダメな事じゃないですか、磁石の力を悪用して」


「たとえ磁石を持っていたとしても、使い方は自由なのよ、命を奪ったりしている訳では無いようだし」


「確かにそうかもしれないですけど……」


もうすぐ授業も終わるでしょ、先生はそう言って俺に帰るように勧めた。なんだかやり切れない気持ちだ。宗教団体という単語に対して、悪いイメージを持ちすぎているだけなのか。考えてみれば、俺は宗教団体が具体的に何をしている団体なのか知らないな。


教室に戻り、着替えを終えると、購買部で買ったであろうパンを片手に、芹沢が駆け寄ってきた。


「大丈夫だったか?心配したぞ、すごく」


「大丈夫だよ、死にはしないんだから」


ははは、それもそうだな、芹沢は笑って席に戻っていった。それにしても、さっきの話はやはりどうにかしなくては。金儲けが悪いこととは言わないが、放っておいて何かあってからでは遅いのだし。他の磁石の人に声をかけてみるか。初めは渡部がいいよな。よし。俺は決意を抱いた。


放課後、教室に渡部の姿はなかった。早退したのだそうだ。なんてこったい。ただ、クラスのマドンナ的存在に話しかけるという行為が、男子高校生にとってどれだけ高い壁なのかということはわかって欲しい。


「帰るぞ長谷部」


芹沢が後ろから肩を掴む。


「あとさ、ショッピングモールよらね?」


先を越された。心読めんのかよ。おう、と答え、俺と芹沢は教室を後にした。渡部がいない以上、前田さんに話をしに行くしかない。取り合ってくれるだろうか。心配を胸に、駅へと歩を進めた。

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