磁石

しゃるれら

第一章

第1話 日常

小さい時、テレビを見ていた時、そこには誰もが目を奪われてしまうような素敵な女の人が映っていた。こんなにも人の心を惹きつけてしまう人がいるんだなと、液晶に釘付けになりながらそう思った。


「お前さっきからどうしたよ、渡部の事好きなのか?」


芹沢が話しかけてきた。俺は教室の壁にもたれながらクラスメイトの様子をボーッと見ていただけだ。全くの事実無根である。ただ、クラスのマドンナ的存在の渡部に対して、好意なしに近づく男が居ないのも確かだ。


「だからと言ってやはり、俺にそんなつもりはない」


やはりってなんだよ、そう言って芹沢はケラケラ笑いながら、自分の席へ帰って行く。俺からすれば、芹沢も渡部同様、十分人気者の類である。それでも何故か俺に絡んでくる。お互い高校で初めて出来た友達というのもあるだろうが、なかなか解せないものだ。


出会ったのは入学初日、人で溢れた知り合いのいない教室の中、執拗に辺りを見回す男がいた。かの芹沢である。俺と目が合った途端、右も左もわからずオドオドする周りの人混みを掻き分けて俺に話しかけてきた。まるで沢山ある選択肢の中から俺を選び取ったかのようだった。その時感じたことと言ったらもう、恐怖である。正直、会話の内容は微塵も覚えていない。知らぬ間に連絡先まで交換していたようで、今でも芹沢には内心恐怖を感じている。


芹沢との帰り道、天気予報を信じて持ってきた傘はその役目を全うすることは無かった。それに対して、芹沢は折りたたみ傘の布製ケースに付いた輪っかに指を通してそれを回している。片手が塞がった俺を嘲笑うかのようだ。話をしている間も、定期的にニヤついてくる。本人もそのつもりらしい。駅に着く頃には、周りの目も気になりだしたのか、流石にやめていた。


この近辺一帯は高度経済成長期に作られたニュータウンの1つで、俺の通う門原南高校も、最寄り駅の門原駅も、その時に建てられた。しばらく放置気味だったが、一昨年辺りから開発が再開し、先月には駅前にショッピングモールが出来たばかりである。少し肌寒さを感じる様になってきたこの時期には、いい避難場所だ。


中に入ると、入口近くの食材売り場に多くの人が集まっていた。なんでも、フルーツをジュースにするミキサーか何かを実際に動かして販売しているようだった。紹介している店員の明るい声が聞こえてくる。なぜか心惹かれるが、今は空腹と下校時特有の疲労感でそれどころではなかった。


「やっぱバーガーだよな、バーガー」


芹沢は半分になったハンバーガーを丸呑みするかのように一口で平らげてしまった。よくそんなに一口でいけるものだ、とただただ感心した。


「そういや今日は普通だな」


芹沢は残ったジュースをちびちび飲みながらそう呟く。確かにそうだな、そう思っていると、小さな影が遠くに見えた。小さな男の子が店が並ぶ通りの真ん中をキョロキョロしながら歩いている。うつむいて人混みの中を歩く様子からして迷子だろう。すると、不意にこちらを向いて立ち止まり、迷路の出口でも見つけたかのように走って向かってきた。残念ながら今日も普通ではないようだ。


「お、来た来た」


芹沢も気づいていたようだった。これで何回目だろうか。このショッピングモールは子供を迷わせるのが好きなようだ。まるでBGMかのように迷子のお知らせが鳴り響くことも少なくない。


「僕、迷子かい?」


男の子は頷き、制服の袖を引っ張ってくる。どうやら、休憩は終わりのようだ。芹沢も荷物をまとめて、ニコニコしながら付いてくる。名前を聞いたり、親御さんの服の色を聞いたりして、しばらく歩き回っていると、迷子のお知らせが聞こえてきた。


迷子センターには、若い夫婦が座って待っていた。男の子を連れて中に入ると、夫婦は立ち上がり、男の子に駆け寄ってきた。ちゃんと付いてこなきゃダメでしょ、母親がそう言いながら男の子を抱きしめる。父親は俺たちに感謝の意を伝え、深々と礼をしてきた。軽く会話を交わした後、家族は迷子センターを出ていき、また迷宮へと歩を進めていった。


「また来たねー君たち、今どき迷子を届けてくれる子なんて珍しいよ」


迷子センター担当の女性の店員さんが優しい顔で話しかけてくる。


「いやー、こいつが子供に頼られやすいんですよー、ここに飯食いに来る時はだいたいこうなるんです」


芹沢が俺を指差し、へらへらしながら答える。それを笑顔で聞いている店員さんを見ると、やはり職業として子供と接する人達は笑顔1つとってもプロなんだなと思った。2人が談笑している間、暇を持て余し、ゲームでもするかとスマホを取り出すと、あるネットニュースが目に付いた。


「宗教団体『愛の天秤』が政界に進出か」


なんでも、最近「愛の天秤」なる宗教団体が急成長していて、市長選に候補者を擁立すると会見をしたそうだ。実は、クラスメイトの何人かが、親族に宗教の勧誘みたいなのされたんだけど、と話しているのを耳にしており、興味を持っていた。これがその勧誘先だろうか。


「おい、おうち帰るぞ、歩く迷子センター」


芹沢は話を終えたようだ。


「長谷部貴斗(はせべたかと)です、変なあだ名で覚えないで下さいね」


いい笑顔でこちらを見ている定員さんに自己紹介と軽い会釈をして、帰路に着いた。


「あー、その団体なんか動物愛護団体っぽいらしいぜ、勧誘された友達が言ってたわ」


芹沢によると、その友達の家にハムスター片手に遠い親戚が家を訪ねてきたらしく、小動物こそこの辛い世の中を照らす光だと熱弁されたらしい。


「お前んとこにも来るかもな」


芹沢がハムスターの画像をうつしたスマホを手に持ちながら、中腰で擦り寄ってくる。うちは間に合ってるんで、と軽く礼をし、2人でゲラゲラ笑いながら日も暮れきった住宅街を進んでいった。

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