第6話立つ時

 硝煙の匂いが立ち籠める線路上の乗客達。車掌が後方へと誘導を開始し始めた。

 前方車両は、先ほど現れたカブトムシみたいな得体の知れない物体により破壊された。

 車外に飛び出された人たちは呻き叫び声も聞こえている。散々足る惨劇。惨状と言えばいいのか……。


「あっあぁ、何だよぉ。何が起こったんだよ。時田さん。時田……!」


 抱えていた時田さんが目を覚まして声を挙げた後、また眠りに就く様に目を閉じた。その瞬間からズシリと体重が押しかかる。


「おい、起きて。ときたーさぁーん。こんにゃろ。あのカブトムシ!」


 何てことだよ。こんな事が現実にあり得るのか? あり得るのか? ありえねーだろうがよ。

 でも、起こったんだ。起こってんだ。実際に目の前でこんな惨劇……。


 呆然と俺は時田さんを抱えたまま、線路沿いに立ち尽くす。

 何も出来ない怒りと、何をどうすればいいという考えも及ばない。

 一瞬の出来事かの様に惨劇が広がる。


 同じ様に周りも、唖然と立ち尽くす人もいれば、慌てふためくき前方車両に目を向ける人。そしてその呻き声を聞いて駆けつけて介抱する人。

 みんな入り交じり、異常事態だという事だけが分かった。


「君!大丈夫か。元気な人は、車掌について行って」その言葉で、我に返る。

「あっはい」

「この子は意識失ってるのか?」

「た……たぶん……」

「なら救急車がもうすぐ来るから、車掌の指示に従って、俺これだから」


 声をかけて来た男は、胸元に光るバッヂと警察手帳を見せて、硝煙が立ち籠める前方車両に消えて行った。車掌が集まった乗客に向けて案内している。


「皆様には大変ご迷惑をおかけしております。我々も全力を尽くし、救助と介抱へ向けて連絡を取り合っております。まずは、前方に進む事が出来ないため、一つ前の駅へ戻って頂こうと考えております。距離としては、三百mです。何ぶん先程のような」


 大丈夫だろうか? 本当に何も無いまま辿り着けるのか?

緑の物体は確かに得体の知れない物体を処理した。しかし、それだけで本当に終わりなのか?


 慌てて集まった乗客達は、人それぞれ不安そうな言葉を車掌に投げかけている。当たり前だろう。

 目の前で戦闘というものを味わったのだから。被害を受けていないものも不安がるには十分だ。


「くそっ、愛美……早く目を開けてくれよ!」


 時田さんが急に目を見開いた。


「えっ?」

「今、呼び捨てにしたでしょう。二ヒヒヒッ!」

「あっえぇぇ?」

「起きてたのか?」

「今よ、今」

「嘘だぁ。さっきからヤケに重いって……」

「こぉらぁ。女子に向かって重いとか言うんじゃない」

「ハァ…でも安心した」ゆっくりと地面に時田さんを降ろした。

「気絶してたの?」

「アァ、何となく、意識朦朧というか?音は聞こえてたんだけど…よくわからない」

「そう……びょっ病院だ。行かないと」

「いいわよ」

「良く無い。脈が速いって、さっき看護師の人が言ってたし」

「じゃあみる」


 バッとグレーのカーディガンを開けて豊満な胸を押し出した。


「はっ?」

「ほれ、脈」

「馬鹿野郎。人前で触れるか」

「ニヒヒヒヒッ。可愛い子ねぇ。おこちゃまだぁ。誰も触れ何て言ってないもん。心臓の音聞いてって言ってるのに。エローい事考えてんでしょう?」


「あぁああああああああああもう! 元気なら行くぞ。立て!」


「あれ? 怒った顔も可愛い。そんな顔するんだねぇ。初めて見た」


 状況が状況なのに、この子は一体全体この落ち着き様といい、明るさといい何て子だ。


「それより。さっき目が白目向いてたぞ」

「ん、何、分かんない」

「へ?」


 嘘を付いているような表情ではない様に思えた。


 立ち上がった時田さんは俺の肩を持ち、自分の腰に手を当てながらゆっくりと歩幅を列に進めた。


 並びながらゆっくりと誘導し始める車掌。その群れに入り、俺たち二人は乗車した駅へと足を進める。

 遠くから救急車と消防車、パトカーらしきサイレンが鳴り響き近づいて来るのがわかった。


 後ろを振り向くと、まだ白煙が上がったままだ。数名の理解ある乗客と運転士と刑事らしき人物達が、救助に当たっている。


 ヒーローなんていない……。


 こんな惨状でも、さっき現れた緑の物体は戦闘はしたが、後処理をせずに何処かに消えた。


 ヒーローなんて……。


 いないんだ。くそぉ。何がババババギャーンだ。結局作り物の戦隊ヒーローじゃないか。映画やテレビでしか、活躍出来ない空想の産物だ。


 でも、俺は……。いや……俺も同じか。何も……。出来ない……。


 こんな惨状で水の出し方さえ分からない。今朝見た夢が現実に起きたんなら、俺は怪人だ。怪人なら何か出来るはずだ。

 得体の知れない怪人なんだろう? 俺……。


 ヒーローにはやっぱりなれないのか?


 そう思うと居ても立っても居られなくなり、頭を掻きむしり、いきなり進む方向とは逆方向へ、時田さんの手を振り払って走った。白煙が立ちこめる惨状へ一目散。


「あっ、カイトくん。ちょっちょっと」


 白煙が立ち籠める中、数名の人間達が救助に当たってる。


「俺も手伝わせて下さい。何したらいいですか?」

「おい、君。大丈夫かよ。彼女の意識失ってるんじゃ?」さっきの刑事らしき人物が俺に声をかける。俺もそれに直ぐさま返事をして応えた。

「大丈夫です。もう目覚めましたから!」

「チェッ。じゃあ、そこにホースが出てるだろ? それ持って車体に消化剤をかけてくれ!あくまで応急だがな」

「あっはい」


 ホースを持つと勢い良く栓を捻った。消化剤が少し弱いが車体に飛び散った。

後方から時田さんが呼ぶ声。


「ちょっと、どうしたのよ。一緒に逃げないの?」

「あぁ!先に行ってて。俺はちょっとココに残る。消防隊が来るまでだけど」

「もう、じゃああたしも何か手伝うよ」

「君大丈夫なの?」

「はい!」


 消防車と救急車が線路近くに来たのが分かった。

 それと同時に、黒の高級車が、線路脇に停まるのが見えた。


 前方から線路の上を消防車らしき車両が近づいてくるのも分かった。

 みんな、この状況が分かってるんだ!そう思った時だった。

 黒の高級車から降りて来た人物達が見えた。

 何故か、みんな、歓声を挙げている。


 1人、いや2人、いや、全員で5人!揃いも揃っての登場だ。

 救急隊員に紛れて、消防服を着て登場した5人の戦士。


 それは、まさしく有名俳優の木崎真也含む、俺の好きな鳥居いずみもその中にいた。


 爆裂戦士バババギャーンの登場だった。


 時田さんが、瞳をハートにしながら歓声を挙げた。


 いや、時田さんだけでない。

 この状況に居た乗客達全員が、本物の戦士を待ちわびたかのように安堵の表情を浮かべていた。

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