第5話時よ

 大きく音を立てて揺れる電車。鉄の車輪が軋む音が脳天に響き渡る。立っている人たちは、吊り革を両手で握り腰を据える。座っている人も前屈みになり、恐怖心を消せない印象だった。俺たちもその挙動の人に入り交じり、時田さんの腰を強く抱きしめた。


「きゃあっ!」

「うぉ! なっなんだぁ!?」


 悲鳴が車内に響く。


 身体を引き寄せて、体勢を整えようとするが、反作用で身体が前に押し出される時だった。

空中にふわりと体が浮く感覚……。否、実際浮いている……。


 急ブレーキの轟音が鳴り響きながらも、何とも心地よい感覚を味わった。

宙に浮くとはこの事か……。

 一瞬かと思われたそれは、スローモーションの様に目の前の乗客が動いているのが見えた。隣の時田さんは必死に俺の肩にしがみつき、目を閉じていた。ふわり……。

 何秒も続くこの感覚。まるで時がゆっくりと動いているような音だけが車内に鳴り響いていた。


 二人だけが他の乗客とは違う動き。取り残されたような浮遊感。これは一体なんだ?


「おぉおぉおぉおぉおおぉお!」


 雄叫びが車内に占める。何だよ!何?何が起こってんだ?まさか天災?それとも事故?不安が過る。居ても立ってもいられないが、この浮遊感で宙を舞っている状態ではどうしようもない。


 その時!ゆっくりと隣の時田さんが目を見開いた。

 その光景はまるで意識が飛んでいるような感じ。白目を剥き、その白目から輝いた光が放たれている。


「えっ……? とっ時田さん?」

 アナウンスの声が突然聞こえだしたが、スローモーションで声が吃って聞こえる。

「じょ……う……きゃ……く……のぉ……み……な……さぁ……まぁ………」


 宙に浮いた身体が二人してゆっくりと床に着地したら電車は停まっていた。

 ざわめきが車内に響き渡り、皆辺りを見回す。隣の時田さんは意識を失ったかのようにその場に倒れこみ俺に押しかかった。


「だっ大丈夫? 時田さん! とき…愛美ちゃん!」


 足に力が入っていないのか、その場に崩れそうな体を脇を持って支えた。

前の乗客がそれを見てか、席を譲ってくれた。

 その場で肩を揺らし、意識の確認を再度とったが、愛美ちゃんは目を閉じたままだ。


 慌てて、周囲の人たちに助けを借りる。


「突然、意識を失ったように崩れて……。愛美ちゃん、目を覚まして!」

「誰かぁ! こちらの車両に医療関係の方はいらっしゃいませんか!?」席を譲ってくれた人が周囲に声を挙げる。


「どうしましたか?」

 一人の女性が近寄って来てくれた。


 腕と口元に手を当てて介抱してくれている。と、いきなり前方の車両で大きな物音が聞こえてきた。

 それと同時に人の悲鳴らしき声も…。


「きゃあ!」

「うわぁ!」窓ガラスが割れるような音もする。

「なんだ? 何が、起こってんだ、こんな時に!」

「あなた付添いの人?」

「えっ、はい!」

「脈がちょっと速いから、意識は多分すぐに戻るだろうけど、一度すぐにでも医者に診せたほうがいいわ」

「ありがとうございます」


 その女性はすぐに扉の非常開閉ボタンを押して扉を開けた。

 周りの人たちに助けられながらも、時田さんを抱えて車外に降りた。

 すると前方に見慣れない人間とは違う、巨体の赤黒いカブトムシに似た得体のしれないものが、電車の前に立ちふさがっていた!


「なんだ!? あれ……!?」


 かっ、怪人? 現実にあんなものがいるか? 普通……。ちょちょっと待てよ。カブトムシにしちゃ大き過ぎるし!こぇーーーーーーーー! どうしよう!? 逃げないと。でも時田さん放っては……。

 あぁ、もう。どうすりゃいいの? 怖いし逃げれないし。頭を掻きむしるぐらいしか出来ない。情けねーって、俺……。

 あれが怪人だったとしたら、俺のあの夢。


 急に車内が慌ただしくなる。否、俺も内心はどぉーーーーーーしようもなく不安一色。


 介助してくれた女性が、車内電話を使い、車掌に意見をしているのを確認しながら、線路を時田さんを抱えて渡る。


「すぐに救急車くるから!」


 そう告げると女性たちも乗客も一斉に車外に飛び出してくる。

ゆっくり電車から離れていくと、上空からものすごいスピードと轟音で、緑の物体が現れた。


「あっあれは!」


 ヒデオじゃないのか? と思いつつも、乗客たちに流されて、俺たちは線路を渡る。電車の鉄がへし曲がるような音を出すのが聞こえた後、後方で悲鳴が聞こえた。


 振り向くと人間たちが宙を舞い、電車から投げ出されていく。赤黒いカブトムシが電車を投げ飛ばすのが見えた。


 嘘だろ!? これ、何だよぉ。あれはいったい!?

 緑の物体がカブトムシめがけて何かを発射した。カブトムシは大きな鳴き声のようなものを挙げて飛び散った。その時、抱えていた時田さんが目を覚まし、いきなり大声で叫んだ。


「やりやがった、こんちくしょう!」


 目を見開いた時田さんは、悪どい顔つきで言い放つ。一瞬目を疑った。この子はいったい…。


 緑の物体は、カブトムシが弾け飛んだ後、すぐに上空に消えていった。悲鳴と電車の残骸で煙幕が立ち込めるこの一帯。俺はとんでもないものを見てしまった。何だよぉこれ…何だよぉ。一体全体!ちきしょーーーー。現実社会で空飛ぶ緑の物体。それに巨体カブトムシ。ありえねーってば。


 頭をまたもや掻きむしり、恐怖のあまり歯をギシギシと鳴らした。

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