第4話意識

 液体か何かの中で、空気が気泡をつくり、漏れるような音がする。

 ここは何処だ?


 微かに物音と声が聞こえる。

体が硬直して動かす事が出来ない……。目を開けようとしたが、うすらまぶたまで開けない……。どうしたんだ?俺……。ぼんやりと眩しい明るい光りが差し込んでいる様に感じられる…。どこだろう…。全身動かせずに、耳だけに感覚を研ぎすませた…。


 空調が鳴り響く音。部屋は狭い感じがした。何か固いベッドの上のような感覚。二人の男の声が耳元と胸板辺りでする。


「おいおい!余り注入しすぎると、心臓が持たないぞ?」

「なーに、大丈夫だ。こいつは改造人間。少々の事ではくたばらんよ」


 何だ?何をされているんだ?

 痛みも何も感じない。ただ何かを体に打たれていると思える。

 すると男達がまた話しながら何やら作業をしている音。


「しかし、会長自らお目見えになるとはなぁ……」

「こいつを拝みに来たらしい。よっぽどの期待値なんだろうが……所詮はまだレベル1」

「あぁ、尚かつまだ意識は人間のままだとよ……」

「あぁ!大したものだよ。普通は変化したとたん、意思は無くなるものなんだろうが……」

「あぁ……。流石は真野家しんのけの出という訳か」

「さぁ、仕事に取りかかろうぜ!いつこいつが目を覚ますか知れたもんじゃない」

「おうよ、しかし、予定では一日だな」

「そうなのか?」

「あぁ」

「そうか。なら安心だな」

「とりあえず全部消しとくか?」

「否、それはまずい、こいつの本体はまだ……」

「構わねーってぇ」


 なんだぁ、何をされている。動け、動けよぉ。


 何だ。何が始まるんだ。俺は……どうなるんだ。体を動かそうと必死になるが、感覚がない……。頭だけが冴え渡って、意識だけはっきりとした状態のまま。左腕辺りから熱い感覚が中心に向けて上がってくるのが分かった。


 いっ意識が、飛びそうになる!

 駄目だ。我慢が……。

 ドクンッ!

 ドクンッ!

 ドクンッ!


 体の感覚が戻るようだが、違う。これは変化、繭に包まれて行く時と同じ、熱いものがほとばしる。俺の地の声とは違う何かの雄叫びが辺りを占める。


「フォォオオオオオオオオオフォオオオオオオ!」


 何だ。こっこの感覚は。


「キタキタ、これこれこれ!」

「そらそらそらぁ。もっと苦しめ。そうすれば、お前は本当の大王様のしもべと化す」


「フォオォオオオオオオフォフォフォフォオ!!!!」


 体中がのたうち回るような、蠢く感覚……。しかし自分の意思とは無関係に……。

 なっ、吸い込まれる。意識が奥底に……すっ吸い込まれ……………。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「………………………………………………」

「………………………………………………」

「………………………………………………」

「カイト?カイト?カーーイト!!!」

「ん?」

「起きなさい。何時だと思ってるの!」

 目が開いた。

体が軽い。勢い良く上半身を起こした。俺の部屋…。ベッド…。ふとんを捲り上げた母親が、怪訝そうな目つきで俺を見ていた。

「ったく…。いつまでたっても子どもね?」

「……あっあれ、ここ……俺の部屋……だよ……な?」

「何言ってるの。さっさと起きて、ご飯食べて。もう昼よ? 待ち合わせあるんじゃないの?」

「…………あっ?」


 慌てて飛び起きて、辺りを見渡した。

 部屋は、小綺麗に整頓され、窓も割れていない。


 少し唖然とした表情を浮かべると、ボブヘアーでロンTにカーキ色のエプロン姿の母親が、顔を覗き込み目を浮つかせ手を挙げて呟く。


「寝ぼけてる?そんな時間じゃないわよ?遅刻しても知らないぞぉ!」

遅刻?遅刻…。誰かと待ち合わせ?うん?頭をひねった。


 すると、母親は、呆れた表情で舌を出した。


「時田さんと待ち合わせじゃないのぉ?あぁ!もしかして、もう振られたぁ?』

「あっ!えっ?」


 今の状況がのみ込めず、思わず母親に問いただした。


「さっきまで俺、怪人(かいじん)で、でも…。今は…普通に日常がそこにあるような…。

俺…。改造人間にされて……。それに、母さん、WORLDへ諜報行ってるんだろう?」


 一瞬の間が空いた。

 声高々に小馬鹿にしたように母親が大笑いした。


「あんた、大丈夫? 風邪引いて、頭でも可笑しくなった? それとも変な夢でも見てた? さぁ起きた起きた」

「ちょっ……ちょっと待って。今日、何曜日?」

「何曜日って、土曜日。一日会社休んだんでしょ? 昨日はグッスリ寝てたじゃないの? それも分からない?」

「はっ、えっ? 一日グッスリ?」

「さぁ、もう行かないなら連絡ぐらいしときな? でも前から楽しみしてたんでしょ?」

「あっ!」

「ようやく思い出した?時田さんに振られたらあんた路頭に迷うんだからね?うまくやりなよ?遅刻しても、あたしの責任じゃないし……ほら、起きた」

「あっあぁ!」


 言われるがまま、慌てて服を着替え、白いシャツを着て、黒のパンツを履いて家を飛び出した。


 そういえば、今日は休日だった事も忘れていた。ベッド脇の時計も確認した。確かに25日土曜日。英雄ひでおと飲んだのは、木曜日だったから…。あの後、一日グッスリだったのか?


 うーん。腑に落ちない。さっきまで見ていたのは夢?現実じゃないのか?本当に?


 映画どころの話じゃないけど…。断るには惜しい彼女だ。天真爛漫で顔も結構可愛いし、何て言っても、取り柄の無い俺の事を好きだと言ってくれる。


 時田さん。時田愛美ときたまなみ。付き合ってまだ1ヶ月も経たない彼女とのデート。


 時田愛美ときたまなみ…さんとは、母親の友達が俺に出会いが無いのならと、娘さんを連れて来てくれてお茶してからの付き合いだ。まぁ、親が繋がって知り合ったとでも言えばいいのか。


 さっきまでの大王会長とのやり取りも全部夢なのか?起きたら普通にベッドの上だったし、全く検討がつかない。確かに壊れていた窓枠も修復された?それとも元々壊れていなかったかの様に、綺麗なままだった。何がどうなっているのかさっぱり分からない。


 気になって、映画どころの話でもないよな?あぁ!!!もう!!断るか?

 たしか…。

 待ち合わせは、駅までのバス停近くの公園だったよな?

行こうか行くまいか、戸惑いながらも公園までの道のりを頭を掻きむしり、爪を噛みながらウロウロしていた。


 風が冷たく身にしみた。後方からバスが俺を追い越し、バス停で停まった。

数人降りて来るその中に、セミロングの髪を風に靡かせ、今年流行のロングのグレーカーディガンとデニムにパンプスで少し大人っぽい格好をした時田愛美が降りて来た。


 すぐに気づいたのか、こちらに向けて手を振った。


「カイトくーん!久しぶりぃ!早いじゃん!いつも遅刻ギリギリなのに…」

 あっっちゃー。見つかった。これは、もう行かないと断るのも彼女泣かせるよな?

「うぃっすぅ……そんなに遅刻魔かい?」

「まぁ魔ではないけど、魔に近いかもねぇ。ねぇ? 今日は爆裂戦士バババギャーンの3本仕立てだよね? 楽しみなんだぁ。爆裂戦士、バババギャーン、トォ!」


 時田さんはその場で、恥ずかしげもなく、ポーズを決める。ちょっと視線をそらしながらも、俺はニコリと微笑んだ。


 爆裂戦士バババギャーンとは、戦隊ものと言えば子ども向けだが、ストーリーは、かなり練り込まれており、恋愛や友情や戦士ものには無い、上司や部下との人間模様が複雑に入り組んだテレビシリーズの20話から配信して、子どもは愚か、その親御さん達から火が着き、高校生以上の若者が恥ずかしげもなく話題として登っている最近では珍しい映画なのだ。


 俺の街にも、ポスターや看板などが色々とかけられている。尚かつ、そこに出て来る主人公たちのカッコいい事。第一に、主演を務める俳優、木崎真也きざきしんやは今年一番の人気スターへと駆け上がった人物だろう。この作品から本格ドラマなどに出る機会などが増えたと、雑誌にも出ていた。今一押しの俳優だ。


 時田さんはこの木崎真也のファンという事。俺はこのバババギャーンに出て来るヒロイン、バババギャーンピンクの鳥居いずみのファンという事で、話が盛り上がり時田さんとの付き合いが始まった。録画したDVDの交換や、出ている作品の交換などが縁で仲は深まって行った。


 今作の新シリーズの開幕と共に告げられた渾身の3作連続シリーズを待ち遠しくて、ようやくの公開日に合わせての映画デートという形となったのだ。


 そして、何と言ってもこの公開に合わせて、俳優陣が舞台挨拶に来るという事で、前売りチケットはあっという間に完売した。何とか取れたチケットで、俺たち二人は今日映画をみる事になっている。のを俺はすっかり……。でも仕方ない。夢の中だったんだから!そうだよぉ。夢夢。だって、こんな平凡な日常。なぁんにもないじゃんかよぉ。


「トォ!」


 という訳で、幾らこんな恥ずかしいポーズでも、今や人気の作品だから、誰も気に留めもしない。


「ほらっ、いくよぉ。クシュン」時田さんは、一つクシャミをした。

「どうしたの。風邪?」

「ん? 鼻炎……最近調子悪くて、花粉のせいだと思う」

「気をつけなよ?」

「うん……ありがとう」

「ちょっ、ごめん。ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」

「えっ何? 何処行くの?」


 でも気になった俺は、記憶に新しい一昨日の家のテレビと、会社で見せられた駅前のビルがどうなっているか確認したいため、時田さんに待ってもらった。


 駅前のマンションビルまで走って行く。映像に映し出されていたビルは、建設中の垂れ幕と、青の網がマンション全体に覆われていた。


 俺が戦ったであろう痕跡は全く残っていなかった。

ホッと肩を撫で下ろした。待たせている時田さんが何事かと呼んでいる。直ぐさまその場から立ち去った。


 映画館は、駅から3駅先の市内にある東洋映画館。待ち遠しくもあり、気ばかり焦ってハシャグ時田さんを見ると、まるで子どもを見ているような感じだった。まぁそんな所も可愛くて好きだ。


 電車に乗ると、中吊り広告もバババギャーン特集。そして子ども達が親御さんと一緒にワクワク感を募らせて、お面を被っている。待ちきれないのは俺たちだけではない事がわかった。


 今日は台風が近づいているのか、天気は良いが、風がものすごく強い日だ。

強い風の衝撃が電車内にがとどろく。中には、時々その音に恐怖を覚えて泣く子どももいるぐらいだった。無事に着ける事をみんな何処か祈っているのか、車内は一気に静かになった。


 電車は地元の駅から2つ進み、水島駅を出た。次の駅、南駅が目的地だ。その水島駅を少し進んだその瞬間だった。


 電車が急ブレーキをかけて停まろうとする。車輪の音が車内に鳴り響いた。そしてアナウンスが突然流れ出し、車内はざわめきに忽ちに変わってしまった。


「急ブレーキにご注意ください。足元、揺れに十分注意し、吊り革をお持ち下さいますようお願い致します」


 線路の鉄部分と車輪の鉄が犇めき合い甲高い音が鳴り響いた。車内は揺れて、俺は時田さんの腰に手を回した。なっ何だよ!

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