第2話 鬱

 涼しいから少し肌寒くなってきた11月の中頃、俺はノルマに対しての進捗が悪く、上司の矢野支店長から愚痴を言われることが多くなっていた。「毎月の給料から自分がどれぐらい稼がなきゃいけないかわかるよな!?お前のしている仕事内容や姿勢にはそういったハングリー精神がないんだよ。毎日何考えて営業に出てんだよ!あ!」半ば恐喝のような朝礼での尋問も増えてきた。「昨年私の担当顧客は設備の老朽化より特需が見込めていました。今その特需が落ちついたことが数字が伸び悩む原因です。しかし、私自身その状況を打破すべく、新規顧客の」「うるせーよ!」こちらの言い分は聞く耳もたずだ。「いいわけする前に数字とってこい!馬鹿が!」「申し訳ございません。営業行ってきます。」力なく返事をして俺はオフィスを飛び出した。 

 俺に与えられたノルマは約四億の売り上げである。そのノルマは達成するしないに関わらず毎年勝手に増えて営業を縛っていく。そのノルマに対するアプローチは経営者からは何もなく達成すれば支店長の手柄、できなければ営業の失態。悲しい現実である。

 金という数字が俺を苦しめていく。ただの紙切れに縛られ毎日、頭の中を埋め尽くし…心がどんどんすり切れていく。「こんなもののために人は熱狂し人生を使うのか」何十回呟いただろう…俺の頭は金という数字に埋め尽くされていた。

 毎日くたくたに働いても手取り20万円そこそこ…家賃や生活費、大学の奨学金を返済すると殆ど手にのこらない。

 営業車のラジオから日経平均株価が上がっただの、東京オリンピックへさらに追加投資だのずいぶん耳聞こえのよいニュースが流れてくる。…この国は今好景気らしい。本当にそうなんだろうか。今の俺には全てがまやかしにみえる。

 そんなことを考えたのも束の間営業先に到着した。…鉛の体を引きずり金のために心と体を削っていく…

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