大人になるってなんだ

誰も答えを教えてくれない

　大人になるってなんだろう。

　そんな疑問を持つようになったのは、今からずっとずっと昔、小学生の頃だった。

「早く大人になりたい」と、口癖のように繰り返すクラスメイトがいた。なぜそんなことを言うのかと聞けば、

「だって、自分でお金を稼いで、自分の好きなように使えるんだよ？」

　そのクラスメイトは今どこでなにをしているのか知らないが、俺は自分で稼いだ金を自分の好きには使えている気がしない。

「ボクは結婚なんて絶対にしたくない」と、一時期毎日のように口にしていた友人がいる。どうしてそんなことを言うんだと尋ねてみれば、

「嫁っていうのは、旦那の財産を我が物顔で管理する独善的で利己的で私利私欲のためにならないことは断固としてやりたがらない、家畜以下の畜生なんだ」

　その友人が偏りに偏りまくった偏見を完全に捨てられたのかどうか知らないが、今では三人の子供を嫁と一緒に養っている。

「子供のままでいたかった」と彼女は言う。互いの本当の名前も知らず、互いに顔と嘘の名前しか知らない彼女は、

「子供のままなら、私は理由もわからないまま幸せだったのに。誰かが守ってくれることが当たり前で、親に育ててもらうことに感謝もしなかったことを後悔することもなかったのに。子供のままなら、こんなに苦しい思いをしなかったのに」

　彼女は、俺に笑顔しか見せてくれなかった。本音か虚言かわからないその言葉を呟いた時は、夜の闇がその表情を曖昧にしてしまっていた。

「大人になるってなんだろう」と、俺は口にする。

　大人になるということは、働けるようになることだろうか。価値観が大きく変わることだろうか。失ってしまった幸せに気付くことだろうか。

　大人になるということに疑問を持たないことだろうか。

　年を取り、甥や姪に「おじさん」と呼ばれる年になり、未だ未婚なことを兄弟や親に疎まれ、それを誤魔化すように稼いだ金で女を買う。

　俺は、こんな大人になりたかったのだろうか。

「大人になるってなんだろう」と、再び俺は口にする。

「子供に戻りたいって思わないこと」

「じゃあ、俺は大人だ」

　そうやって、今夜もまた自分をうやむやにした。